GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ9

トモダチ



「分かっているのか?アレに再び乗ることは、自らの命を縮めるどころか、死ぬ可能性もあるんだぞ?」
 かけられた言葉は厳しいものだったが、声音はゆっくりと静かなものだった。
 もう、彼らだって分かっている。この、しかめっ面の初老の男が、顔には似合わず平和主義者であることなど。まだ短い期間しか共に過ごしていない彼らを、心から心配しているのだ。
 緑色の髪を持った青年が、何を経験してくればそのような表情になるのか、達観したように笑う。
「心配してくれるのはありがたいけど。あいつ、ヤバいんだろ?…なら、俺達の助けは邪魔にならないだろうし。ってか、必要とされてる気がするんでね」
「死ぬのはダメ。だから、戦うの。守るの」
 金髪の少女も、その瞳に決意の色を灯している。向かう先が、死が溢れる戦場と、本当に知っているのか疑問にさえ思うほどに、その表情は静かで真っ直ぐだった。
 しかし、戦場は、以前彼らが息をしていた場所だ。死ぬ運命で縛られ、死んだまま生き長らえさせられていた場所。
 …彼らが一番知っている。
 そして、彼らの手が、既にもう洗い落とすことができないほどに、血塗られていることなど。たとえそれが、彼らの意思と関係のないところであろうとも。
 それらを全て了解したうえで、今、戦場で必死に運命と戦っている彼のため、彼らはこれから失われる命を負う覚悟を決めたのだ。…いや、彼と共に過ごしていたときから、すでに覚悟はあったのかもしれない。
「僕たちの命ってさぁ、あいつに救ってもらったもんなんだよね。僕たちの命は、あいつのものでさ」
 重いことを、本当に軽々と言ってのけるものだ。彼らの瞳は輝いていて。そんな存在がいることを、羨ましいとさえ思う。
「だから、あいつを助けるために命張るのは、当然のことなんだよ」
「しかし、君は彼に殺されたようなものでは…?」
「僕が殺そうとしてたからねぇ」
 あっはー、と彼は何事もなかったように笑う。その瞳は、この上なく澄んでいた。
「それでも、あいつが僕を必死に救おうとしてたことを、僕は知ってる」
 タッドは、穏やかな表情を見せた。面倒を見るうちに大事な子供達となった彼らを、快く送り出そう。彼らの無事を、心から祈って。
「そうか。君達にとって、彼は大事な友達なんだな」
 その言葉に、恥ずかしそうに、嬉しそうに目の前の彼は笑う。
「そ。マブダチってやつ」


 避け切れない!
 次々と襲い掛かってくるストライクダガーの怒涛の攻撃を裁きつつ、その背後からディスティニーに向けて真っ直ぐに放たれたレーザービーム。避けたくとも、もとより敵モビルスーツに囲まれた状態では、避けるスペースさえない。スペースを空けるためには、敵モビルスーツを退けなくてはいけなくて…。
 そんな余裕は元よりなく、流れる冷や汗に突破口を見つけ出せず、レーザービームはディスティニーを今にも貫こうとし、迫り来るレーザーの光が視界いっぱいを占めて眩しさに目を背けることもできないまま見開いた目で見つめ、半ば覚悟を決めたとき。
「へったくそ!」
 耳を刺す声に、時が止まった。
 聞き違えるはずがない。
 けれど、彼は遥か遠い場所へ行ってしまったはずで、ここにはいないはずで。声の主が彼であって欲しいという想い、…願いと裏腹に、理性は彼がここにいないことを、いるはずがないことを訴えていた。
 …でも。
 彼はいないという現実と、彼の声であると信じたい願いが、交差しせめぎあう。
「なーにやってんだよ!」
 今にもディスティニーを貫こうとしていたレーザービームは、問答無用で割り込んできたモビルスーツのレーザービームで相殺された。あおりをくらって、数体のストライクダガーが爆発していく。
 見間違えるはずがない。
 追い詰められたシンが、海へ落としたモビルスーツ。彼が乗っていた、海色をしたモビルスーツ。
 小憎たらしいくらいにするすると隙間を抜け、対する相手を翻弄するあの動き。いつのまにかボールがバスケットをくぐっている、あの動き。
 駆るモビルスーツも、生身の彼も、同じクセがあることに驚いたあの頃。
 ふと、流線的なフォルムのモビルスーツがにじんでいることに気づいた。
「ぼーっとしてんなって!次、来るよぉ!」
 そうだ。ソレは、後だ。今は…。
「分かってる!」
 名前は呼べなかった。呼んでしまったら、今、目の前に広がる光景が儚く霧散してしまうようで。実は先刻のレーザービームでシンが死に、天国で己の夢想を見ていたんだよ、と宣告されてしまうようで。
「僕は左、おまえは右!」
 けれど、一向に消える気配はない。
 彼は、変わらずそこに居た。
 何度も何度も争ったバスケットボール。彼の動きはこの体が知っている。考えなくとも、体は彼の動きに合わせて勝手に動いていく。
 ビームランスがストライクダガーを斬る。背後から狙われたレーザーに何の反応を返すこともなく、海色のモビルスーツはストライクダガーの反撃を裁いた。今にも海色のモビルスーツを貫こうとしたレーザーは、ディスティニーのシールドによって遮られ、ディスティニーのビームライフルによって射撃した機体を削る。そして、ディスティニーの隙を狙ったストライクダガーに、海色のモビルスーツのビームランスが鉄槌を下すのだ。
 ひらひらと、重いはずの機体が軽やかに踊る。2体の舞は一瞬の惑いもなく。
 かける言葉などいらない。相手がどう動くかなど、記憶よりなにより、この身が知っている。交わす言葉より先に、動作は早く。
 空気のような連携。まるで2体がひとつであるかのような動きに、波のように襲い掛かるストライクダガーは急激に数を減らしていった。
 そして微かに見えてくる突破口。
「隙間見ーっけ!突破するぜぇ!?」
「分かった!」
 2体のモビルスーツは一点を狙いレーザービームを放つ。お互いに合図をせずとも、相手の狙う場所が分かる。
 体が、高揚感と感動で打ち震えていた。まるでディスティニーが自らの手足になったような感覚。
 忘れていた。
 コートで対峙していたとき、確かに相対していた相手だったけれども、常に心はここにあった。同じ処に、今も在る。
 どんなにもがいても振り切れなかった足かせは、脆くも崩れ去っていく。今では、なぜそんなものに足をとられていたのかさえ、思い出せない。
 大丈夫。
 俺はここから進んでいける。
 抱いた思いは、熱く尊く、そして優しく。
「反撃!」
「開始ー!」
 2体のモビルスーツは、怒涛のように劣勢を巻き返していった。


「シン、おつかれ!」
 格納庫に傷だらけのディスティニーガンダムが戻ってくる。早速開いたコックピットを覗き込むと、ヴィーノは中にいるはずのシンに労いの言葉をかけた。
 が。
 返ってきた言葉は何もなく、無言のままシンが飛び出してくる。
「…ちょ…。なんだよ!シン!」
 ヴィーノが不満げに声をあげると、脱ぎ捨てられたヘルメットが眼前に飛び込んできた。
「う…わっ!」
 すんでのところで受け止める。視界いっぱいにヘルメットの赤が占めていたのを自らの手でどけると、シンの背中は既に遠ざかっていた。
「何すんだよ!シン!」
 続けて言おうとした「ちょっと待て」という言葉を飲み込む。どうせ言葉にしても、今のシンは聞いちゃいないだろう。
 一部始終を見ていたヨウランが、シンの背中に声をかける。
「戦闘が終わって、艦内は重力調整されてるからな。気をつけろよ」
 聞いているのか聞いていないのか、シンの後姿は無言のまま、艦内に続く扉の向こうに消えていった。
「なんだよ、アレ」
 シンが去ったのを確認して、ヴィーノは口を尖らせた。
「まあ、そう言うなって」
「…俺さぁ、最近思うんだけど」
「なんだ?」
「ヨウランって、シンに甘くないか?」
 じとーっとヨウランを見ながら、ヴィーノは納得がいっていない表情をする。指摘をされて、ヨウランは意外そうに応えた。
「そうか?」
「そうだよ。今とか」
「俺は…」
 ヨウランは、シンの消えていった扉を遠く眺める。
「こんな圧倒的な差があった戦闘から、シンが無事に帰ってきて、ホッとしてるんだよ。ヴィーノも、そうだろ?」
「…まあ、そうだけどさ…」
 シンが出撃した時は、今生の別れかとも思っていた。それを救ったのは、かつて敵だった者たち。シンが大事に思う友達。
 一刻も早く彼らに会いたいシンを、何も聞かずに送り出した。それが当然と思ったからこそ。
「まあ、ヴィーノにも優しいし、俺」
「はぁ!?整備してる時の鬼のようなオマエを自覚してないの!?」
「いや、仕事には厳しいよ。とーぜん」
 少しのミスも許さない、整備をしている時の鬼の形相のヨウランを思い出して、ヴィーノはげっそりとした表情をした。
「それこそ、納得いかねー…」


「アウル!」
 ああ、すぐに触れられない距離にいるのがもどかしい。もっと早く動けよ、足!
 通路の先に立つ水色の髪を持つ少年が、シンの声に振り向いた。多分、彼はニヤリとかっこつけて笑いたかったんだろう。けれどそれには失敗して、満面の笑みがこぼれてしまっていた。
 シンが、彼に飛び込んでいく。
「アウル!」
 抱きついたアウルの体は、当たり前のように温かかった。シンの体を、アウルの腕は当たり前のように抱きとめていて。生きている、と実感できた。
「よぅ、シン。元気だったかよ」
「アウ…ル…!」
 なんだかもっと言いたいことはたくさんあったはずなんだけれども。嗚咽にまみれた声は、言葉を成さず、嬉しさで埋め尽くされた脳は、他の事を考える隙間がなかった。
 もういいんだ、と唐突に思った。もう、いいのだ。もう泣いていいんだ、やっと泣けるんだ、と。
「泣き虫だなぁ、オマエ」
 笑いながらシンの身体を抱きとめたアウルの瞳にも、溢れて光るものがある。
 ずっと会いたかった。会って、かけたい言葉はたくさんあった。
 でも、会ってみたら、他には何もいらなかったのだ。言葉はいらない。ここに居て、ここに同じ気持ちが在って。
 凍えた腕は、君の体温でとけてゆく。
 君がいるという喜びが、僕を満たしてゆく。
 世界は、こんなにも鮮やかだったのか―――。
「シン!」
 シンとアウルが、共に喜びを噛み締めているところに、飛び込んできた姿があった。
「わっ!ステラ、おまえ…ちょっと…待っ…!」
 手加減を知らないステラの抱きつきを、支えきれないシンとアウルの2人の体は、急激に倒れこんでゆく。
「うわ、わ…!」
(わー、馬鹿だねー)
 青春あっぱれという風に、他人事を決め込んでいたスティングの胸元を、掴む手があることに気づく。
「あ?」
 強引なステラの引き込みに、ぐらりとスティングの体も傾いた。
 皆一緒に抱き合いたかった。ステラの純粋な思いのまま。
 ドスン。
「ぐえ」
 結果は見えていたわけで。
 何か悲鳴のようなものがあがって、通路に4人の姿が重なって倒れた。
「うふふふふ」
 面食らっていたシンとスティングも、ステラの嬉しそうな笑い声に、同じように笑い声を上げてゆく。触れるお互いのぬくもりが心地よかった。
「あはははは」
「はははは」
 そんな中、振り上げられた拳がある。
「笑ってないで、さっさと降りろっつーの!重力調整されてるんだぞ、ここ!」
 シンとスティング、ステラの3人の体に押しつぶされたアウルが、息も絶え絶えに声を上げた。
「重い!重!…お・も・い!」
 その声と裏腹に通路に響く笑い声で、アウルの体はしばらく解放されそうになかった。


end



こんなシンだったら良かったのに。
こんな新連合だったら良かったのに。
こんなミネルバだったら良かったのに。

そんな妄想のカケラ達を集めてみた結果でした。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

もうちょっと、「遠き栄光」に続いていたりします。


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