GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ8

ミライ



 掌には、先刻渡された流線的なフォルムの白いバッジがちょこんと乗っていた。
 フェイス。
 ザフトにて最上級の特権を与えられる、非常に手に入れにくいものだった。
 けれど、以前の羨望の対象だったそれを手にしてみても、あまり感慨は湧いてこない。フェイスであっても、フェイスでなくとも、シンの目指すべきところは同じだったからなのだろう。
「これからも、プラントの、ザフトのために尽くしてくれたまえ」
 それは、ギルバート・デュランダル議長に対しても同じだった。以前、憧れていたデュランダル議長を前にしても、シンの心臓は落ち着いたままだ。静かな心のまま、応える。
「了解しました」
「今後の一番の課題は、デスティニープランだ。成功のために、助力を頼むよ」
 シンに微笑みかけるデュランダルの表情に、ふと、以前から疑問に思っていたことを、あのいけ好かないセンパイが口にしていたことを、聞きたくなった。
「議長、聞きたいことがあるのですが」
「なんだい?」
「デスティニープランを実行すれば、本当に戦争は終わるのでしょうか?」
 デュランダル議長は、唐突なシンの問いに驚くこともなく、慈悲深い表情で微笑む。
「ああ、そう信じている。未来のことは分からないが、そう信じて行動しないことには、何も始まらないからね」
 デュランダルは、不確定な未来のことであったためか、断定を避けた。実際のところ、デュランダル自身、そう信じたい、という希望なのだろう。
 その言葉で、デュランダルの予想通り、シンに不信感をつのらせたような表情は現れなかった。とりあえずのところ、デュランダルの返事に満足したのだ。
 ただ、まだシンには疑問がある。
「もし、プランと違う人生を歩みたいという希望が出たら、どうするおつもりですか?」
「シン!」
 咎めるようにレイが声を上げると、デュランダルは手で制した。
「ああ、それは難しいところだ、シン。私としても、希望を叶えたいと思う。だが、その希望を叶えてしまったら、プラン全体のバランスが取れなくなってしまうかもしれない。反対に、適正を正しく把握できれば、プランと違う人生を希望する人間が現れないかもしれない。プランが上手くいっても、戦争はなくならないかもしれない。何も定かではないんだよ」
「じゃあ、プランが失敗したら、違う方策を行うんですね」
 少なからず、それにはデュランダルも言葉を失った。プランを提唱した相手に対して、失敗の話をするなど、失礼でもある。だがしかし、それよりも。
 組織の指導者でもないシンが、まだ実行してもいないデスティニープランの後のことまで考えているとは。
「俺は、あんまり頭が良くないんです。だから、ちゃんと『見よう』と思ってます。見たものが間違っていたら、全力で止めます。間違っているかどうか分からない時は、実行してる人を良く『見よう』と思うんです」
 それは、あくまで信じるのは、デュランダルその人ではない、と言っているようなものだった。もし失敗したのなら、デスティニープランにしがみつくのではなく、次の方策に柔軟に移行していくのだ、と。
 そうでない者、誤ったものに縋りついて離れない者は、シンがその手で断罪する。…そう、シンは言ったのだ。
 さらに、シンにとって一番大事なことは、戦争を終わらせることであって、デスティニープランではなく。戦争を終わらせるために尽力している者には、協力を惜しまない。だから、戦争をなくすことを目標としているデュランダルは全面的に信じるが、己の利益のために動くデュランダルには刃を向ける、と。
 やんわりとした脅迫でもあった。
「俺は、いろんなものを奪っていく戦争が、心底嫌いです。だから、戦争を終わらせるためなら、全力で戦ってみせる。そう思ってるんです」
 静かな決意の瞳が、強い意志を宿している。本当に、ここに辿りつくまで、幾多の障害を乗り越えてきたのか。
 シンの吸い込まれそうな瞳で、デュランダルはデスティニープランに固執していた自分に気づく。
 …忘れていた。
 デスティニープランそのものが大事なのではなかった。
 ディスティニープランの在りようは、自らに合わない境遇に陥ってしまうことを避けるためであって、不幸になることを避けるためであって、決められた道に人をはめ込むのを強制するものではなかった。デスティニープランを思いついたときは、確かに心の平穏を目指していたはずなのに。いつの間にか、自らが自らを不幸と定め、周りが見えなくなっていたのか。

「ギル、ごめんなさい」
 シンが気を遣ったのか、先に退室していき、議長室にデュランダルとレイが残ると、申し訳なさそうにレイが言った。
「なにがだ?」
「先刻のシンの発言です」
「…ああ」
 レイは、先刻のシンの発言を、身分をわきまえないもので、デュランダルに対して不遜だと受け取ったのだろう。だがしかし、レイはシンの発言をなんとしても止める、という行動はみせなかった。…それは、そういうことなのだ。
「いや、私としては、大事なことを思い出させてくれた。そう思っているよ」
「そう…ですか」
「彼は、随分と成長したようだね」
 レイの表情がぱっと明るくなった。すぐに自覚したのか、その表情を引っ込めるが、デュランダルが見逃すはずもなく。デュランダルの表情は、愛しい子を見るように慈愛の満ちたものになった。
「レイ」
「はい?」
「彼は、きっとこれからも前に向かって進んでいくよ。着いて行きたいのなら、置いていかれたくないのなら、頑張らなくてはならないね」
 たった数ヶ月前には、世間のことなど何も理解していない、何も理解しようとしない、生意気な子供だった。それが、いつのまにか自らの足で立ち、地盤を固め、確かな目を持っている。何が彼をそうしたのか。
 もう、レイが、大事な人を褒められて嬉しいと思う表情を隠す必要はなかった。デュランダルは、シンを認めてくれて、レイが隣を歩くべきだ、と。そう、認めてくれたから。
「俺は、シンの目指す未来が見たいんです。だから、ごめんなさい、ギル」
 その言葉は、レイが共に歩もうとする相手として、デュランダルではなく、シンを選んだのだということを示していた。
「謝らなくていい。私も、彼の未来に夢を見てしまったようだからね」
「ギル…」
 デュランダルは、心から微笑んでいるようだった。そこに、後ろ暗いところはなく。悲しみも苦しみも混じってはいなかった。
 レイも、久しぶりに見る表情。
「さて。私も頑張らなくてはならないかな。彼に置いていかれないようにね。レイ、君もだ」
「はい!」
 晴々とした表情で、レイはデュランダルに敬礼をした。その表情も、デュランダルが久しぶりに見たものだということを、レイは知っているのだろうか。
 どちらにせよ、その表情を引き出したのは、涙の数だけ果てない崖を這い上がった者だったのだが。


「あいつらは、オレの客人だ。…言ってること、分かるよな?親父」
「まったく…。面倒なことだ」
 タッドの深いため息を聞きつけ、ディアッカはニヤリと笑った。
「それは、『引き受けた』って意味でとっておくぜ。親父も治療しがいがあって、医者冥利に尽きるだろ?良かったな。っつーワケで、ヨロシク」
「情報操作は、自分で始末しろ。そこまでは面倒を見る気はないからな」
「へーいへい。分かってますよ」
 さすがにタッドだ。ディアッカにやられっぱなしではない。仕返しと、釘を刺すことを忘れてはいない。
 彼らが政治的に利用される可能性は、十二分にある。それを阻止するべきは、地球の勤勉なおせっかい焼きのナチュラルでも、地球に降り立ったコーディネーターの堕天使でもなく、一番現場に近いザフトに所属しているディアッカの仕事だ、と言っているわけだ。
「オレだって、気色悪いブルーコスモスの道楽に付き合うつもりは、毛頭ないからな」
 身寄りのない子供達を集め、実験体としてエクステンデッドを作り出したブルーコスモスの幹部達を、心の底から嫌悪した。同じ人間の意識とは、とても思えない。奴らの思い通りにはさせない。それが、大多数の子供達の中の、たった3人の命であっても。
 諦めるものか。約束したのだ。生意気で、喚き散らして煩く、最初は憎しみの瞳しか見せられなかった、運命と戦う彼と。
 彼も戦っている。そんなところに、オレだけキツいからって戦線離脱なんて、できるわけないだろ?
「そうか。それを聞いて安心した」
 タッドは、ディアッカの表情を見て、満足そうに笑った。
 きっと、それは、息子に対して、息子が大切に思っている仲間達に対して、最高のエールだったのだ。


to be continued



デュランダルさんには、至極まっとうに我に返ってもらって、
至極まっとうにレイの父親役になってもらって、
レイを認めることで、成長したシンのことを認めて欲しかった。(長い)

だが、ホント、ただの悪役にするなら、そっちの方が味があったと思うんだよなぁ。


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