GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ7

ユウキ



「連合のデータベースにあったエクステンデッドの情報を、フェブラリウス市市長に送っておいたわ」
「ありがとう、メイリン。凄く助かった」
 機器類や接続コードで溢れかえったミネルバの一室で、シンはメイリンの元を訪れていた。その部屋の奥には、スーパーコンピューター。ミネルバの制御を一手に引き受ける性能を有している。その、機関部でもあるスーパーコンピューターを使って、メイリンは作業を行っていたのだ。
「でも、良く思いついたな、連合のデータベースをハッキングするなんて」
 スティングやステラを救うために、シンとて手段として考えなかったわけではない。だが、シン自身がそこまでのハッキング能力を持たず、さらにそれを実行できる人物がいるかや、引き受けてくれるよう頼めるかについては、自信がなかったのが正直なところだった。バレれば、軍規違反どころか、連合に付け入られる可能性が高い。
 …バレればの話、だが。
 実はトップクラスのハッキング能力を持つメイリンは、難なく連合に知られずにやってのけた。連合のデータベースを探し当てることすらできなかったシンは、感嘆するしかない。
 メイリンは、少し考えたようなそぶりを見せて、惑いながら口を開いた。
「ホントは、黙ってるように言われてたんだけど…」
 メイリンは、ベルリンでスティングとステラを救い出し、ミネルバに乗せて良いか聞いてきたシンのことを思い出していた。なぜか今のシンには、助力を惜しむ気はしなかった。
「頼まれたの。連合のデーターベースを探って、エクステンデッドの情報をハッキングするように、って」
「誰に?」
 極自然に浮かんだ疑問を、シンは何気なく口にする。メイリンは、再度迷ったが、意を決したようにその名を口にした。
「ヨウラン」
「…え?」
「ヨウランがね。彼らを救い出しても、きっとまた衰弱してしまうから、治療をするために情報が必要だって」
 絶句したまま、シンはメイリンの言葉を耳にする。思い浮かんだのは、休憩室で殴られた時、辛そうに顔を歪めていたヨウラン。
「デストロイをフリーダムが狙った時も、そう。あの時、ステラを救うことに集中して、シンは周りが見えなくなる可能性があるから、注意してやってくれ、って」
「…なんだ、…それ…」
「シン?」
 シンの声が震えていた。
 だって、俺は見捨てられたんじゃなかったのか?俺はインパルスのパイロットで、エースの赤で、皆を守ってやってるんだって、驕っていたんだ。アウルやステラやスティングのことだって、一言も相談しないで、自分勝手に行動してた。そんな奴のために人に頭を下げる必要なんて、そんな奴と友達になる価値なんて、ないじゃないか!それなのに!
「それなのに!なんで!」
 泣きそうになっているシンに、宥めるような目で微笑んだメイリンが話しかける。
「あのね、シン。ヨウランはずっと悩んでたの。シンの力になりたいのに、シンが一人で頑張っちゃってたから。シンは、誰の力もいらないんじゃないかって」
「…そんな…。そんなこと…、あるわけないじゃないか!」
 いつも、辛くて、苦しくて。失った家族のことを背負って、仇をとることは戦争を終わらせることだとばかり信じて、それしか考えていなかった。でも、必要以上に辛く苦しく自分をさせていたのは、差し伸べられた手を素直にとれなかった自分。
 周りを見れなかった自分は、一体どれだけのものを捨ててきたのか。
 うずくまったシンの肩を、メイリンは優しく抱く。
「だから、お礼は、ヨウランに言ってあげて」
「でも…、もう遅い…」
「そんなことない。ヨウランは、待ってるから」
 以前は、高慢な態度に少なからず嫌気がさしていた。けれど、メイリンがシンを嫌いになれなかったのは、シンの境遇とシンの本質を知っていたからかもしれない。
 きっと、少し道を間違ってしまっただけなのだ。
「だから、ね」

 色黒の腕が袖から伸びている背中は、格納庫ですぐに見つけることができた。相変わらずの整備服姿。
 そっと背後に立って、かける言葉をあれやこれやと探していると、彼は気配に気づいたのか、振り返った。シンの姿に一瞬驚いたようだが、すぐにむっとした顔を作り出す。鈍感な奴でも分かる。その表情は「作って」いた。
「…なんだよ…」
「ヨウラン。俺…」
 何といえば伝わるのか…。簡単なようでいて、シンにとっては途方もなく難しく感じられた。
(…あれ?ちょっと待てよ?)
 難しい理由を考えてみる。第三者的に考えれば、思ったことを素直に言えばいいことだった。それを邪魔しているものは何か。
(ここまできて、俺は自分を取り繕うとしてるってことか…)
 自嘲めいた笑いがこみ上げてくる。
 自分を良く見せようとしなければ、何も難しくはない。飾らず、素直に、駄目だと思う自分も、情けない自分も、全てさらけ出せばいいだけだ。難しくしているのは、自分のつまらないプライドだけ。
 …それなら。
「メイリンに聞いたんだ。連合のデータベースをハッキングすることも、デストロイに乗ったステラを救うときも」
 ヨウランが、ハッとして決まり悪そうに顔を逸らす。それだけで、シンが何を言おうとしているのか瞬時に理解してしまったのだ。
「…俺、ヨウランの助けがなかったら、また同じ間違いを繰り返してた。…だから…」
 シンは、ヨウランを見つめて、穏やかに微笑んだ。その笑みは、自然と体の中から湧き上がってきたもので。
「ありがとう、ヨウラン」
 言ってしまえば簡単なことに気づく。思いに言葉を乗せ、ほんの少し勇気を出せばいいこと。
 シンは、まとわりついていた空気がふっと軽くなるのを感じていた。
「シン…」
 どんな表情をすればいいのか、分からなくなっているのだろう。複雑な表情のまま、それでいて決して冷えたものではなく、不器用に優しい表情をしたヨウランが見たシンは、はにかんで笑っていた。
 言葉は必要なかったわけじゃない。言葉がなくとも良かったならば、こんな紆余曲折を味わうこともなかった。
 けれど、余計な言葉は必要なかった。もう、知っていたから。ずっと隣にいて、彼は彼のことをずっと大切に思っていたから。
 少ない言葉で、十分だったのだ。

「…どうしたの?行かないの?」
 物陰で彼らを見守っていたレイに、女性の声がかけられた。
「ルナマリア…」
 ぎこちなく笑いあうシンとヨウランのもとに、ヴィーノが嬉しそうに近づいてくる。それを、レイはじっと見つめたまま。ルナマリアは、レイの視線の先を、同じように追った。
「あーあ、ばっかみたいよねぇ、私達。どうせこうなることは分かってたのに。あの馬鹿が、気まずいまま器用に顔突合せられるワケないじゃない。…ねえ、レイ」
「……」
 レイは、じっと2人を見つめ、黙ったまま身動きしなかった。表情が硬い。ルナマリアの言葉が耳に入っていないわけではない。…けれども。
 それで、あ、と何かに気づいたように、ルナマリアは小さな声をあげた。
「あ、そうか。…もしかして、レイ」
「…?」
「嫉妬してるんだ」
「…なっ?」
 ルナマリアの表情が、意地悪いものに変わっていく。心底意地悪をしようというわけではなくて、それは相手をいじるのを楽しむような小悪魔の顔だ。
「今までシンって孤立してたから、『シンの味方は俺だけだ』なんて思ってたんじゃない?」
 言われてみて初めて、図星であったことに気づく。なんだかそれは、浅ましくないか?と、レイは自分に問いかけた。けれど、あっさりそれをルナマリアが覆す。
「あれでいて、結構シンって人気あるわよ?今まではいろいろあって、皆がシンの傍から離れてたから、シンの隣で安穏としていられたかもしれないけど、これからは分からないと思うけど。誰かがシンの隣を専有しちゃうかもしれないわよ?それでいいの?」
「俺は、そんな…」
 「こと思っていない」という言葉はすんでで飲み込んだ。言葉と裏腹に、焦ったようなレイの声。ルナマリアは、いつもは表情の動かないはずのレイの様子を見て、くすくすと笑った。
「冗談よ。…と言いたいところだけど、本当かもね。レイがシンのことをそう思うんだから、皆もシンのこと同じように思うのは不思議じゃないわ。だから、レイ。こんなところにいていいの?シン、とられちゃうわよ?」
「だから、俺はそんなこと…」
「思ってないの?」
「!…そ、それは…」
 珍しく、レイが口ごもった。それを見逃さないルナマリアは、不意打ちでレイの背中を押す。
「なっ!ルナマリア!」
「レイは、考え過ぎるのが良くない癖よ。こんなときは、何も考えず、体当たりすればいいの」
 思いの外強い力で押し出されたレイは、つまづきながらも、シンとヨウラン、ヴィーノの3人の前に躍り出てしまった。
「レイ?」
「何でもないんだ、これは!」
 シンの怪訝な表情に、咄嗟についた言い訳が口をつく。何が何でもないのか、言った本人さえ分からない。
 その肩を、がっしりと叩く者があった。
「ちょっと聞いてくれよ、レイ!」
「ヨウラン?」
「コイツってばさ、いまだに機動装甲の特性、使いこなせないんだって」
「なっ!使えてるよ!」
「バーカ。『使えてる』ってーのは、レイみたいに、機体の動きに合わせてレベルを変えられることを言うんだ。なっ、レイ?」
「…あ、ああ」
 顔を真っ赤にさせたシンに、勝ち誇った態度のヨウラン。それを見て大笑いするヴィーノ。
 ああ、そうか。ここが俺の居場所なんだ、と。
 思いのまま、望みのまま行動することは、至極簡単なことだった。受け入れてもらえないかもしれないなどと、そんな不安は、少しの勇気で飛び越えられる。その勇気でさえ、与えてくれる仲間がいるのだから。
 レイは、ルナマリアの暴挙とも言える行動に、心から感謝していた。ヨウランの手で髪をぐちゃぐちゃにされながらもこっそりと振り返ると、ルナマリアがこちらを見て微笑んでいるのが見えた。


to be continued



きました。
青春大爆発物語。
でも、こんなミネルバが見たかったなぁ…。
という本心はだだ漏れな気がします。


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