GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ6

ケツイ



 選択肢は、殆どなかった。
 いずれにしても、ステラとスティングがミネルバに残ることは、エクステンデッドの身体が特殊なことと、戦艦では十分な医療体制が整えられないことも相まって、危険性が高く、選択肢に含まれることはなかった。
 ならば。プラントに行けば安全なのかと考えると、そういうことにもならない。エクステンデッドという特殊な身体に、研究という名目で人体実験を試みようとする輩が少なくないことは分かる。
 どうすれば良いかと考えたところ、シンが縋る相手は一人しかいなかった。
「…状況は、以上の通りです。…よろしくお願いします…」
 モニタの向こうの相手が承諾してくれるのか、半ば疑い気味のまま、シンはむっつりとした表情で頭を下げた。
「あ、今の見えなかった。もう一度」
 相手は、シンの予想通りの言動を見せ、二度目のシンの礼を要求した。やっぱり、と思い、シンは顔を上げて反論する。
「見えないわけないだろ!モニタに映してんだから!」
「ああ、余所見してた。わりぃわりぃ」
 少しも悪びれず、モニタの向こうの青年は金髪の頭を掻く。これだから、コイツは嫌いなんだ!
「お願いします!」
 やけっぱちで、シンは再度頭を下げる。
「あ、気持ちがこもってない。30点。もう一度」
「アンタな!」
 ここまできて分からないシンではない。相手は、シンで遊んでいるのだ。
「こっちは真剣なんだ!」
「あっそ。だからって、なんでオレが面倒背負い込まなきゃいけないワケ?」
「それは…」
 シンは口ごもった。彼の言うとおりだ。面倒というより、プラントにいる者にとっては、最大級の危険を犯すことになる。
「オレには、何か得になることでもあんの?」
「…ない…けど…」
 脳裏に浮かぶのは、ステラとスティングの笑顔。彼女らの笑顔が曇るのは嫌だと思う。彼女らの存在が消えることは、心底嫌だと思う。
 この世から消えてしまった大切な家族。この世から消してしまった、大事な友達。
 もう二度と、同じ過ちは起こすものか。
「ないけど!もう二度と、失いたくはないんだ!今度こそ、守るんだ!欲しいのなら、この命だってくれてやる!だけど、あいつらは、あいつらの命は守りたいんだ!」
 モニタの向こうの彼は、あまり驚いた表情をしなかった。シンのその言葉を待っていたようにも見える。そして、静かに問うた。
「おまえ、自分の命も、って言ったケドな。自分の命がどれだけのもんだと思ってんだ?」
「え?」
「ちょっと耳貸せ」
 金髪の彼が、ちょいちょいと手招きする。呼ばれるまま、モニタに顔を近づけ、スピーカーに耳を寄せると、唐突に怒号が鳴り響いた。
「おーばかやろう!!」
「!!」
 鼓膜が割れんばかりの大声に、シンはしばし耳を覆った。キンキンと耳鳴りがする気がする。
「言っておくケド、おまえの命なんざ、ちっぽけなもんなんだよ。命を懸けるって言うけどな。懸けたところで、命の代償に望むもんが手に入ると思ったら、大間違いだっつーの」
「そんな…っ」
「敵にとっちゃな」
「…え?」
「分かってないねェ。だから、馬鹿なんだっつーの」
 鼓膜の痛みはやっと治まってきた。疑問符を大量に浮かべ、シンは彼の言葉に耳を傾ける。
「オマエの命は、敵にとっちゃちっぽけなもんだ。けど、仲間にとっちゃ尊い。丁度、オマエが今守ろうとしてる奴らみたいにな」
 コクリと頷く。シンにとって、ステラとスティングの命は尊い。何物にも変えがたいものだ。
「命を捨てるな。敵に、敵にとって価値のない命をくれてやるな。ちっぽけな命で仲間のでかい命を守れ」
 なんという矛盾。
「…む、無茶苦茶だ」
「ああ、そうだろうね。オマエがやろうとしてるのは、そんな無茶苦茶さ。だから、覚悟が必要なんだよ。命を捨てる覚悟じゃない。命を守る覚悟が、な」
「…な…」
「あー、そうそう。自分の命を守るのも忘れんなよ。自分が生きてなけりゃ、仲間は守れないからな」
 無理矢理とも言える論理に、呆気に取られたシンを、金髪の彼は呆れたように見る。
「どうなんだ?覚悟は?あんのかよ」
 不敵に笑う彼を映すシンの瞳に、ゆるやかに溢れる生気の塊。決意の塊が光を放つ。
「あります」
 はっきりとした応えに、モニタの向こうの彼は満足そうに笑った。そして、通信を切る直前に、シンへ余韻のように一言残していく。
「頼みは引き受けた。安心しろ。それと…」
 彼の笑みが残像となって残る、切れて黒いモニタに、シンは敬礼する。
「死ぬなよ」
 彼の、ディアッカ・エルスマンの言葉が、シンの心にゆっくりと染み込んでいった。


「スティング、ステラを頼む」
 静かな表情に、スティングは断ることなぞ思いもつかなかった。
(あれ?シンって、こんな奴だったっけか?)
 身長が伸びたように思えた。
「できるだけ手配はしたけど、スティングやステラを狙う輩はいなくならないと思うんだ。けど、俺は一緒に行けない。だから」
「分かってる」
 シンの言葉の裏に潜むものに気づき、スティングは頷いた。
 エクステンデッドの身体の構造について調べたがる者は、プラントにいないはずはない。むしろ、エクステンデッドを人とも思わず、実験動物としてしか見ない輩が、てぐすね引いて待ち構えているのだろう。その危険をできるだけ取り除いたと、シンは言った。ならば、後は、自分の身とステラの身を守るのは、スティングの役目だ。
「シンは?一緒じゃないの?」
 ステラが無邪気にシンに訊く。
「ゴメン。俺はまだやらなきゃいけないことがあるんだ」
「戦うの?」
「うん。そういうことになる」
「ステラも戦う!シンを守る!」
「ステラ。シンを困らせるな」
 スティングが、コツンと、軽くステラの額を小突く。気持ちは分からないではない。スティングだって、ステラと同じく、ここに残ってシンの手助けをしたい。けれど、このまま残れば、間違いなく足手まといだ。
 早急にプラントへ渡る手配はしたが、それでもスティングとステラの身体は不調を訴え始めている。このままでは、以前ミネルバに担ぎこまれたステラの二の舞だ。それだけは避けたい。
「シン…」
「大丈夫。ステラ。俺は、守るんだ。だから、また会おう?」
 ステラの頬を、シンの掌が包み込んだ。くすぐったそうにステラが微笑む。
「うん、約束ね」
「ああ、約束」
「俺からも、約束だぜ?」
 スティングが、手を差し出す。シンは、差し出されたスティングの手をしっかりと握った。
「ああ。必ず」
 2人とも、遠くない過去、初めて会った時の握手のことを、懐かしく思い出していた。


to be continued



シンとディアッカはガチンコです。
ディアッカ視点で描くと、なんでかいつもかっこ悪かったディアッカさんは、
シン視点で描くと、なんだかかっこ良いセンパイで、
納得いきませんネ(なんでだ(笑))。


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