GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



 発射された位置を解析した結果を元に、シンとアウルはレクイエムに辿りつく。
 先刻まで、まとわりついてくるストライクダガーの対処に振り回されていたが、突如その攻撃は止んだ。きっと、サイが止めてくれたのだろう。
「オーケー。敵さん丸見え!」
「弱点は、ミラーの中心だ!」
 ジェネシスを参考に造られているのであれば、と、事前にサイがレクイエムの弱点であろう箇所を図面に表してくれていた。そこを狙い、一点集中で狙撃する!
「いくよ!アウル!」
「いつでも!」
 当たり前のように流れる、あうんの呼吸。ここが戦場だというのに、一歩間違えば死すらちらついている場所だというのに、なぜか心は浮いていた。きっと、隣にいる温もりの所為だ。
 ミーティアとストライクフリーダムの全火器、アビスガンダムの全レーザー砲を、レクイエムの中心に向ける。そして、合図もなしに、シンとアウルは同時に発射させた。圧倒的な火力に眩い光が発生し、突き刺す光を思わず手で遮る。
 しばらくして、破壊されたレクイエムと対面することを想像し、光が消え去った後を見やった。
 が。予想に反してそこにあるのは、レーザー砲を撃つ前となんら変わりのないレクイエムの姿。
「な、なんで…」
 シンの顔からも、アウルの顔からも、血の気が失せてゆく。想像の範疇を超えていた。
「ちっ、これくらいの火力じゃ、ビクともしないってワケ?」
「だって、ストライクフリーダムとミーティア、それに火力の強いアビスガンダムの一斉射撃なのに!」
「それでもダメだってことなんじゃない?」
 軽い声に反して、アウルの額には汗が浮かんでいる。
「じゃあ、どうすればいいんだ!」
「僕にも分かんないケド、切り刻む、とか?」
「斬る…、そうか!それなら!」
 ストライクフリーダムがビームサーベルを構え、アビスガンダムがビームジャベリンを構えた直後、そんな二人を嘲笑うかのように、レクイエムが再度光り輝き出す。
「なっ。コイツ、また発射段階に入ったのか!?」
 陽電子が集中するレクイエムに近寄ることなど、自殺行為だ。飛び掛ろうとした機体を、二人は急停止させた。
「どうすれば…」
「…アウル」
 焦り出したアウルに、俯いたシンが、小さく声をかける。
「あん?このクソ忙しい時に何?」
「ストライクフリーダムは、Nジャマーキャンセラーを載せてる」
「知ってるケド。だから、何?」
「ストライクフリーダムは、核で動いてるんだ」
「!」
 その言葉に、アウルは言葉を失う。
「でも、だからって、どうするんだよ。機体と心中でもする気!?」
「そんなことはしない。予備動力を積んでるし、補助でミーティアの動力源を使えば、核の動力を失ってもなんとか動けるから。むしろ、Nジャマーキャンセラーの動力を使わなくて良い分、無駄なエネルギーを消耗しなくなる」
「…分かった。じゃあ、さっさとやろうぜ。僕がついてる」
「知ってる」
 極限の状態に、馬鹿馬鹿しい励ましを聞いて、思わずシンは笑って応えた。
「なんだよ。僕は本気だよ?」
「それも分かってるよ」
 アウルは口を尖らせたが、シンは笑みを隠せない。それはきっと、君がいるからだ。君が信じてくれてるからだ。
 キラの言葉を、再度思い出す。
 だから、俺は強くなれるのだ。


「レクイエム、機能停止!」
「おお!」
 思わず、司令室には歓喜のどよめきが走った。ダイダロス基地の一角で、大きな爆発があったことが見てとれる。
「シンがやったのね」
「あの光、核か…?」
「多分、そうだな。ストライクフリーダムの核を使ったんだろ」
「シン、大丈夫?」
 それぞれがレクイエムの崩壊を眺めつつ、感嘆を漏らす。
「大丈夫だ。予備動力もあるだろうし、アウルもついてる」
「うん」
 スティングの言葉に、ステラは安心した表情を見せた。ストライクダガーの動きも止まっている。本当に、危険がないと思ってのスティングの言葉だったのだが…。
「なっ、何これ!」
 ルナマリアの悲鳴がほとばしった。見れば、インパルスガンダムの左腕が切り落とされている。
 切り落とした相手は…。
「ストライクダガーが動き出している!」
「なんで!無力化したんじゃなかったのか!?」
「そのはずだ。だが、これは…。一旦退いて、体勢を整える!」
「って言ったって、こんなんじゃ…」
 退くにも、動かなくなったストライクダガーを駆逐するために、それぞれが戦列に突っ込みすぎていた。今や、ひとつひとつの機体が引き離され、ストライクダガーに囲まれているような状態。先刻の、ディスティニーガンダムのようだ。油断したわけではない。指揮するエクステンデッドも、操舵する通信機能も失った今、ストライクダガーが動くはずはないのに。
「一体どうして!」
 信じられない光景を見て、タリアが声を上げる。そこに、コンピュータルームから通信が入った。
「艦長!」
「メイリン、何が起こっているの!?」
「バグです!」
「バグ?」
「ストライクダガーの動作には、複雑なプログラムが組み込まれていました。だから、エクステンデッドの遠隔操作にも、次々に切り換わる戦術にも対応していたんです」
「けど、そのプログラムの中に、バグが潜んでいた。むしろ、故意的に潜ませたウィルスと同じです」
 メイリンの説明を、サイが引き受ける。タリアは、ゴクリと喉を鳴らした。
「どうすればいいの?」
「こちらは、プログラムのバグを修正します。そちらは、引き続きストライクダガーの対処をしてください」
「分かったわ」
 そこで通信は一旦途切れたが、暴走したストライクダガーの対処など、生易しいものではない。戦術にのっとったストライクダガーの大軍も脅威だったが、意思のない大群は烏合の衆とは成り得ない。容赦なく、予測のできない攻撃を仕掛けてくるだけだ。そんなもの、悪意の凶器そのものではないか。


 プログラムにひっそりと潜んでいたバグ。思いもよらぬ落とし穴は、プログラムを作った己さえも攻撃対象としていた。つまりは、ダイダロス基地や、連合の艦隊さえも。
「まったくバグって奴は…。俺は嫌いだね」
「好きな奴なんていないさ」
 ラスティの冗談に返しながらも、サイは再度司令室への回線を開き、的確な指示を出してゆく。その指示の先は、ザフトと等しく連合の救済の道でもあった。そんなところが、サイなのだと思う。
「メイリン、急がなくていいから、バグの修正を頼むよ」
「は、はい!」
 『急がなくて良い』とは言ったものの、状況は1秒をも争う逼迫した状態だ。自然、メイリンの額には、自然、焦燥の汗がにじむ。
「大丈夫。メイリンならできるから」
 肩に置かれた手から、じんわりと安心感が漂ってくる。メイリンは、ひとつ長く息をつくと、鬼神のようにキーボードを叩き始めた。


「きゃあぁぁぁっ!」
「ルナマリア!」
 左腕を失くし、バランスを失った状態では、一方的に不利だ。捨て身のストライクダガーの攻撃に、ルナマリアの駆るブラストインパルスは追い込まれてゆく。
 助けに行こうにも、レイも他のモビルスーツもストライクダガーに囲まれていて、予測のつかない攻撃を裁くのに精一杯の状態。
「くそっ!なんとかならないのか!?」
 スティングが吐き捨てた時、ルナマリアに斬りかかろうとしていたストライクダガーが、どこからか飛び込んできたレーザービームに貫かれた。振り上げられたダガーをそのままに、ストライクダガーは爆発し、残骸も残さず消え去ってゆく。
「え…?一体どこから…」
「待たせたな!」
 レーザービームの飛んできた方向に目を向ける。鮮やかな青いザクを先頭に、モビルスーツの部隊が突っ込んできていた。
「ジュール隊!」

「ちくしょう!なんで、こいつら!」
 突如動き出したストライクダガーに、シンとアウルも囲まれていた。だが、ストライクフリーダムはメインの動力源をレクイエムの破壊に使い、失った状態。動きは格段に鈍い。一方、暴走したストライクダガーの攻撃を裁きながらストライクフリーダムも自らさえも守るには、アビスガンダムに荷が重すぎた。
「ちっ、接近戦じゃ、さっきより凶悪だぞ、こいつら」
「悪い。遠距離に持ち込むには、こっちに振り切れるスピードがない」
「僕は、そんなこと言ってるんじゃないよ!」
「アビスガンダムだけなら、何とか抜け出せるかも…」
「それ以上言ったら、僕は馬鹿にされたと思って、怒るからねぇ!?」
 とは言っても、分が悪すぎる。切り抜けるにも、動力が足りな過ぎだ。
「くそっ」
 歯を食いしばっても、状況は変わらない。ストライクフリーダムの動きは相変わらず緩慢だ。目の前で振り上げられたダガーにも、狙い撃ちされそうになっているレーザービームにも、反応しきれない。
 コックピットへの直撃を覚悟した時。突然、ストライクフリーダムに攻撃をしかけようとしていたストライクダガーが、二体一緒にレーザービームで串刺しにされた。
「な…」
「よう、無事かぁー、シン?」
「ディアッカ!?」
 遥か遠く、こちらに高エネルギーライフルを構えているザクが見てとれる。あんな遠距離からここを狙撃したというのか?
「ひとつ貸しにしといてやるから、遠慮なく突っ込んでいいよ。アウル、オマエもな」
「アンタに貸しなんか作るかぁー!」
 シンとアウルの声が、一瞬の違いもなくシンクロした。途端、意地だとでもいうのか、ストライクフリーダムとアビスガンダムの動きが格段にアップする。
「あーあ、意地張っちゃって」
 そう言って笑いながらも、ストライクフリーダムとアビスガンダムを取り囲むストライクダガーを、ディアッカは確実に減らしてゆく。そのザクを襲うストライクダガーがあるが、ディアッカはそれに気づきながらも頓着しなかった。なぜなら。
「不満です」
「仕方ないでしょ。シホ以上に適任がいないわけだし。オレを守って戦える奴なんて、そうはいないわけだしさ」
「実力の評価について、不満はありません。ただ、あなたを守るという任務に納得できません」
「手厳しいねぇー」
 ディアッカはそう笑いながら、ライフルを撃ち、ストライクフリーダムの背後に迫っていたストライクダガーを屠る。ディアッカのザクを狙っていたストライクダガーは、シホのザクに一瞬にして一刀両断された。シホの操るザクは、ディアッカのザクを守りつつ、華麗に舞う。そのために、ディアッカは遠距離射撃に集中することができたのだった。
 一方、イザークは、部隊の者を引き連れて、ミネルバの救出に向かっている。
 ジュール隊という心強い味方の到着に、形勢は逆転した。ジュール隊を召集したサイの目論見は、一寸も誤っていなかったのである。


「できました!」
 メイリンの満足げな声が上がる。
「さすがだね、メイリン」
 笑顔のサイだが、メイリンは、サイが終始手を肩にのせていたことが、安心感を持たせてくれたことを知っている。
「ううん。サイさんがずっとついててくれたお陰です」
「まあ、それくらいはなんとかね。どう転んでも、メイリンの手伝いはできないから」
 ごめんね、と苦笑する。ナチュラルのサイにとって、コーディネーターのプログラム解析能力は量りかねた。羅列する文字を見たところで、何も分からない。分かったところで、コーディネーターの倍以上の時間を要すことだろう。
 けれど。
 サイは、誰よりも真剣に、メイリンが操作しているモニタに目を凝らし、流れる文字を必死に追っていた。
 プログラムの内容を理解できなくとも、理解できないと分かっていても、サイは手を抜かなかった。その心意気が、何よりも安心感をもたらした。
 だから。
 その真剣なまなざしを知っていたから。
 事実、そんなサイの姿があったがために、メイリンは心置きなく作業に集中でき、予想以上の成果を挙げることができたと言えたのだった。


 ストライクダガーの動きが無効化され、レクイエムも破壊された、静かなダイダロス基地の司令室に、彼の姿はあった。
 ロード・ジブリール。彼の息のかかったブルーコスモス、首領であるロゴス。いずれも、敵であるコーディネーターを、味方であるナチュラルでさえも、人を人とも思わない攻撃を繰り出した憎むべき敵。その頂点に君臨する張本人。
 ジブリールの他に司令室にいた者達は、既に拘束していた。ジブリール本人も、四方より銃の照準を合わせられている。
「驚いたね。今までと同じく、逃げ出すと思っていたのだけれど。ああ、それとも、ここまで窮地に陥れられるとは思っていなかった、というところか。それに、私が来なければ、如何ようにも逃げ出せる、といったところかな。確かに、君の用意した攻撃には、少々手間取ったがね」
「なぜ、おまえがここに!」
 信じられないという表情。実際、司令室を占拠したミネルバのメンバーも、ジブリールの目の前で立ちはだかる人物の登場に驚きを覚えていた。
「ギルバート・デュランダル!この、裏切りものがっ!」
「妙なことを言うね。そもそも私達の間に、信頼関係などなかった。裏切りようがないというものだよ」
「貴様…!貴様こそ、憎むべきこの世の崩壊を願っていたではないか!」
「そんな昔のことは、覚えていないな。私は、この子達の作る未来が見てみたくなっただけだよ」
「それこそが、世界の崩壊であると、なぜ気づかない!」
「君に世界を明け渡す方が、世界の崩壊であると思うがね。世界の崩壊になど、興味がなくなったと言っただろう?」
 ギルバート・デュランダルの表情は、あくまで落ち着いたまま。声を上げてはいるが、取り乱した姿を見せたくないのか、ロード・ジブリールはギリギリのラインで威厳を保ち、平静を装っている。
「ナチュラルもコーディネーターも、この世界に既に存在するのだよ。それを誰も否定できはしない。共存する未来を模索するしかない。そのために、コーディネーター、ひいてはナチュラルが不幸になるのは居たたまれないというわけさ」
「何を!詭弁だ!」
 デュランダルは、頷くように軽く笑んだだけで、否定しなかった。自らが汚れているのなど、自覚している、とでも言うように。
「この子達は、一筋縄ではいかないのだよ。私がこの子達を見ているようでいて、私はこの子達に監視されているのでね。少しでも手を抜いたのなら、手酷くたしなめられることになる」
 ジブリールに銃を向けて構えているシンを、デュランダルは振り返った。そして、レイ、アウルと、ジブリールを取り囲む青年達を順に見つめてゆく。その表情には、デュランダルには初めて見る慈愛があった。
「この子達は、私が誤った方向に進んだのなら、命をかけてでも私を止めてくれる、得難い大切な存在なのだよ」
 ロード・ジブリールは、怒りに震えていた。こんな状況に陥っている自分を許せぬ、というところなのだろう。自らの上に立つ者など、自らの自由を奪う者など、後にも先にも居てはならなかったというのに。ここに、ギルバート・デュランダルという憎きコーディネーターに拘束される事実など、到底あってはならないものだというのに。
 デュランダルは、そんなジブリールに勝ち誇るでもなく、静かに断罪する。ジブリールのそんな葛藤になど、全くもって興味はなかった。
「君には、そんな存在が居なかったようだね」
 そして、ロード・ジブリールは、決して逃れられない枷に捕らえられたのである。

 ここに、長きに渡ったブルーコスモスが裏で操る連合と、プラントが有するザフト軍との戦争は終わりを告げた。
 戦闘領域全てに、戦争終結の宣言が流れ、それは地球にもプラントにも送信されることとなり、この世界に生きとし生ける者は、その恩恵を手に入れることとなったのだった。


 戦闘が終わり、ミネルバの食堂や休憩場所は、ここが戦艦であることなど忘れられたかのような、宴会さながらの様相に変わっていた。それぞれが互いの肩を抱き合い、手に入れた勝利の美酒に酔いしれる。いまだ実感の湧かない、勝ち取った平和というものに、瞳に喜びの涙を浮かべつつ夢を語っていた。
 その様子を、物陰より眺める二人の姿がある。
「ギルバート。私、思うのよ」
 その呼び名は、二人だけの時のものだ。当然のようにそれに気づいたギルバートは、小さく頷いて先を促した。
「私達、随分と多くの子供達を持った、ってね」
 さすがにその言葉は予測していなかったのか、ギルバートは小さく目を見開き、優しい表情をしたタリアを穴が開くほどにじっと見つめることとなる。
 抱き合って喜ぶシンやアウル、ヨウランやヴィーノの姿を遠く見つめつつ、タリアは慈愛に満ちた表情をしていた。その視線を、傍らに佇むギルバートに向ける。その表情は、なぜか茶目っ気のあるものに変わった。
「だから、医学の進歩を気長に待って、あの子達の成長を見ていかない?」
 くすり、とギルバートは笑う。
 それは、コーディネーターの遺伝子の関係上、ギルバートとタリアの直接の子供が見込めないという現実を、進歩してゆく医学が変えてくれるかもしれない未来を待ちつつ、両手に抱えきれないほどの子供達と一緒に生きていかないかという誘いだった。
「それは、抗いがたいお誘いだね」
「でしょう?」
 そして、ギルバートとタリアは微笑みあう。
 愛しき子供達。その子供達が真っ直ぐに成長してゆくこと。その姿を見つめ続けること。子供達が笑って過ごせる世界を作ること。
 時には道を誤ることもある。その時には、その子供達が頬をひっぱたいてでも、私達を止めてくれることだろう。その存在は、なによりもの得がたい宝。
 そんな未来。
 そんな未来を見ませんか。
 そんな誘い、断れるわけがなかった。


 きっと、ギルバート・デュランダルが全力を挙げ考え抜いたディスティニープランをもってしても、この世界はまた争いに陥ることもあるだろうと思う。
 けれど、大丈夫。ここに居るのは、私だけではなかった。
 私が貴方を思うように、私を思う貴方がいるから。そんな貴方が、私を導いてくれるから。
 この世界は迷いながらも、明日に進んでゆけるのだ。


end



組織というものは、こうあって欲しい。
人と人との関係は、こんな信頼で結ばれているといい。
そんな、
ぬるいとは自覚しているものの、夢を見てみたい、
理想。

今日を精一杯戦って、明日を迎える彼らに幸いを。


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