GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



「艦長、近くの民間シャトルから通信が入りました」
「この忙しい時に何?」
 エターナルとアークエンジェルの攻撃を退けたものの、ダイダロス基地への道行きは非常に危ういものであった。…というのに。
「詳しいことは分かりませんが、こちらへ乗り入れたいそうです」
「は?それはどういう意味なの?」
 こちらこそ聞きたい。タリアの疑問に、オペレーターの困った表情が、そう応えていた。
 結果的に、シャトルの受け入れ態勢に入ったミネルバに、ひょっこりと現れた青年は、戦場に似つかわしくなく、穏やかな表情をしていた。
「サイさん!」
 司令室へ現れた青年に、メイリンは思わす腰を上げて声を上げる。
「やあ、メイリン。久しぶりだね」
「ハイ!」
 ここが、戦艦であること忘れてしまっているかのような、ごく日常的な会話。ステラやスティングのエクステンデッドに始まり、かつて敵だったキラ、そして今度は民間人。次から次へと現れる面倒事に、タリアはこめかみを押さえて頭痛をやり過ごした。
「一体、何?メイリンは、彼を知っているの?」
 タリアの問いに応えようとしたメイリンをそっと遮り、サイはタリアに向かって一歩進み出た。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、サイ・アーガイル。オーブの国家組織の末席にいる者です」
「オーブの?」
 さすがに、タリアの表情が複雑に曇った。司令室内の空気も、微妙に不穏なものとなる。
 オーブは、ザフトの敵ではないが、味方ではなく、先日ロード・ジブリールをかくまった疑いで、攻め入った国でもある。互いの立場が微妙であるのは、表面的に隠せおおせようとも心理から拭えない。
 サイは、そんな雰囲気になることを予測していたのか、慌てずにそのまま続けた。
「末席と言っても、オーブ国家の支配からは外れた特権組織です。私がここにいることは、オーブも知りませんので、安心してください」
「そうは言ってもね…」
「ええ。信じられないと思いますが、こればかりは信用してもらうしかありません」
「何か、交渉の材料でもあるの?」
 サイの自信ありげな態度に、タリアは気づくところがあった。さすがミネルバの艦長だ、とサイは満足げに笑む。
「はい。これから、ミネルバにとって、ザフトにとって、ひいてはプラントにとって有用なお話をします。話を聞いて、敵に対処していただきたい」
「どういうこと?」
「このままいけば、間違いなくザフトは窮地に陥ります。下手をすると、プラントが滅ぶハメになる。その前に、できるだけの対処をしたいのです」
「そのために話を聞けってワケね」
「判断するのは、貴方です」
「無茶苦茶ね」
「はい、無茶苦茶です」
 呆れた表情をするタリアに、サイは笑い返した。ある意味、敵陣に一人突っ込んできたようなものだ。それなのに、臆面もなく、言われたとおりに戦え、とは。しかも、その表情は、タリアが話を飲むことを知っている。
(大した子だわ)
「とりあえず、話を聞くわ」
「ありがとうございます」
 サイは、隠すことなく嬉しそうな表情をした。そんなときだけ、年相応の少年のような顔をする。
「私達は、むしろ…」
 サイは、神妙な顔つきに戻り、続けた。
「貴方がたを助けたいのです」


 目の前には、さざめくように並ぶモビルスーツの大群。
 とうとう、秘密兵器が来たね、とは、サイの言葉だ。その後の言葉も、シンは痛烈に覚えている。
「ってことは、ダイダロス基地に、俺達に知られたくないさらなる秘密兵器があるってことさ」
 見られたくない。隠したい。
 そうやって防御を厚くすれば、そこに大事な何かがあると言っているようなものだ。
「そう簡単には通してくれそうにないけど」
 幾重にも連なるモビルスーツの戦列に、思わずため息が出た。一騎当千とは言うものの、本気で一機で突っ込んだのなら、ほぼ確実に蟻地獄と化す。行き着くところは『死』しかない。
 しかし、無理だとしても無茶だとしても、やらねばならない。ダイダロス基地を放置したらきっと、絶対に取り戻すことのできない大事な何かを失うことになる。
「レイ、ルナ。準備は?」
「できている」
「なんとかね」
「二人とも、戦術は頭に入っているか?」
「…うっ。それも、なんとか…だわ」
「俺もあやしいところだけど、ここまできたらやるしかないだろ。データベースの抽出はOSに任せるさ」
「敵は待ってはくれないぞ」
 冷静な声が、レイは既に戦術を完全に自分のものとしていると告げていた。本当にまったく、こいつはたいした奴だ、と頼りがいを感じつつ毒づく。
「分かってる!」
 キラの特訓を受けた。サイから情報をもらった戦術について、短い時間ながらも頭に叩き込んだ。できうることはしたつもりだが、否応なく緊張が体をかたくする。
 今回の敵に対面するのが初めてなんだから、実戦も初めてだ。初めてモビルスーツに乗って戦ったことを思い出した。あのときは、なにがなんだか分からないまま、回りに流されていつのまにか終わっていた気がする。
 きっと。
 カクゴヲ、キメロ。
 ―――やるしかないのだ。
 後方のミネルバから、信号弾が上がる。時間だ。
「じゃあ、行くぞ」
「分かった」
「オーケー。こうなったら、いくわよ!」
 シンとレイが左右に飛び、ルナがブラストインパルスガンダムでライフルを構えた。
「いっけえー!」
 ライフルの弾道に、幾重ものモビルスーツの戦列は、潮が引いたように避けてゆく。避けてインパルスを狙うように飛び掛ってくるモビルスーツを、
「させるもんか!」
左右に展開したシンとレイが仕留めていった。行く手を阻むストライクダガーは、シンとレイの攻撃を受け、次々と爆発して数を減らしてゆくものの、見たところでは、まったく数が減っているようには見えない。むしろ、ダイダロス基地から流れ出すストライクダガーの方が多いんじゃないのか?
 疑いを抱くほどに、ストライクダガーの数は絶望的に多かった。厚い壁が目の前に立ちはだかる。
 そんなことは、分かっていた。
「けど、俺は進むって決めたんだ!」
 シンは、神経を尖らせてストライクダガーの攻撃を次から次へと避けると、気合の声を上げた。

 覚悟を、決めろ。



 一方、シン達の怒涛の攻めに気をとられている間、モビルスーツの大群が配置された反対側からこっそりとダイダロス基地に忍び込んだ一小隊があった。
「事前に手に入れた図面はあるが、信憑性が薄い。さっさと制御室を掌握するよ」
「了解」
 油断なく辺りに目を配りながら、リーダー格と思われる人影が言った。
 宇宙用戦闘スーツに身を包み、頭はメットが覆っている。良く知る人間でなければ、その体格や身のこなし、口調などから判断しなければ、彼が誰であるかなど分からない。
「まずは、図面どおりに攻める。ジャマーで監視カメラは気にしなくてもいいけど、見つかったら相手は拘束するように」
 相手は、必ずしも憎たらしい敵ではない。心と裏腹に捕らえられ、ロード・ジブリールに奴隷のように使われている者も多いと聞いている。殺すのではなく、あくまで気絶させてその身柄を拘束し、誰にも見つからないよう事が終わるまで隠しておくように、という指示だった。
「人質はいない。賭けられてるのは、おまえらの命だけだ。安心だろ?」
 明るく言ったその言葉に、数人の部下達全員が、堪えられずくすりと笑った。
 自らのヘマで、外のモビルスーツ戦が不利に傾くことはない。後にも先にも、あるのは自らの責任だけだった。ヘマをしたら、そのしっぺ返しを食らうのは、あくまで自らなのだ、と。
 つまりは、ヘマをしたら、自分が死ぬだけなのだ。
 しかし、それは悪い意味だけではない。それだけの実力を、彼らは有している、という評価でもあったのだ。
 リーダー格の彼、ラスティは、引き連れてきた部下達が信頼に足りうるものだ、と理解していた。だから、自らの責任を負える、責任を取らざるを得ない状況でも冷静に行動することのできる彼らを、激励するのが自分の仕事だと心得ている。そのことを知っている部下達も、ここまできて、緊張をほぐそうとするラスティに、笑いを禁じ得なかったのだ。
 身を潜めつつ、人通りの少ない殺風景な通路を進んでゆく。手に入れた図面はほぼ正確だったが、制御室に近づいてゆくにつれ、曖昧な点や食い違った点が増えてゆく。
「ま、これこそが制御室に近づいてる証拠ってね」
 軽口を言うラスティだったが、神経は張り巡らされている。小さな物音でさえ、鋭く反応して、それが何であるかを瞬時に判断する。ここは、敵の本拠地なのだ。
 なんとか大きな銃撃戦もなく、制御室に辿り着く。シン達が表舞台で大立ち回りをしているお陰だろう。敵の注意は、シン達に向けられていた。
 ラスティが、無言のまま部下達に目配せする。部下達は油断なく銃を構え、制御室の扉の前に集まった。
 制御室制圧は、すぐに成った。
 配置されていた連合軍人を拘束してまとめ、部下に忙しく指示を出していると、コンソールを操作していた部下のひとりが、悲鳴のような声をあげるのを聞く。
「大変です!」
 声音が、ただごとではない。しかも、信頼する実力のある部下達だ。「やはり勘違いでした」などという言葉は聞けず、きっと、見間違いなどではなく、良くないことがその先にはある。
「これを見てください!」
「…なんだ?この装置は?」
 部下が見せた画像には、何かの装置が映し出されていた。どこかで見たような形だ。それを思い出そうとすると、行き着いた記憶に血の気が引いてゆく。
「ジェネシス…」
「はい。その機能を引き継いだ後継機のようです」
「それが、ここにあるっていうのか?」
「それどころか…」
 さらに示された画像に、一瞬にして血が沸いた気がした。
「発射のカウントが始まっています!」
 待て。待て待て待て待て…!それは、封印すべき兵器だったではないか。その兵器が、問答無用で奪った命は、何千何万と思っている!
「標的は!?」
「ちょっと待ってください」
 慣れない連合のコンソールを、部下は必死に叩いている。次々と表示されるデータが、最悪の結果を導き出そうとしていた。
「出ました!プラント、アプリリウスです!」
 一瞬、制御室が静寂に包まれた。
 脳が、事実を否定する。けれど、現実は変わることなく、想像した結果は全身を怒りに震えさせ、思考を停止させる。絶望的な可能性が怒りを突き破り、顔が青ざめてゆく
 ラスティは、怒りに我を忘れそうになる自分を、強引に引き戻した。
「分かった。引き続き、発射を止められないか、試してみてくれ。あと、ミネルバにいるサイにこのことをなんとしてでも伝えて」
「了解」
 全力を尽くしていることなど、部下の必死の表情を見ていれば分かる。ならば、自分達がすべきことは…。
 ラスティの判断は早かった。
「作戦を変更する。モビルスーツの対処は後回しだ。まずは、発射を阻止するために、コントロールルームを占拠する」
 ラスティの顔は、部下の皆同様青ざめていたが、声はしっかりしていた。ここで動揺して膝を折っている時間はない。少ない残りカウントでも、可能性があるのなら、阻止を図る。
 ラスティは、画像に映されたその兵器の名を目にした。
「今から、レクイエムのコントロールルームを占拠する作戦に移行する!」
 ついてこい!とラスティは声をあげて、制御室を飛び出した。真剣なまなざしの部下達が続く。一刻の猶予もならない。
 プラントの鎮魂歌など、奏でさせるものか。
 ラスティの表情は、いつになく怒りに満ちていた。


 最初と状況が変わらない。
 絶望的にそう思った。
 神経をすり減らし、なんとかこちらの損傷を避けつつ相手を落としていっても、次から次へとモビルスーツが補充されてゆく。相当数のモビルスーツを撃破していたはずだった。今までの最高戦績と言ってもいいほどの。
 けれど、目に見える戦果は、まったくと言っていいほどなかった。むしろ、最初よりモビルスーツが増えた気さえする。エネルギーパックで機体の補給はしているものの、乗っている人間のエネルギーは無尽蔵ではない。すり減った神経と、疲労が体を重くしていた。
「いったい、どんだけいるっていうんだ!」
 叫んでも、仕方がない。仕方がないと分かっていながらも、愚痴を吐きたい気持ちになった。
 撃破されて空いた戦列を埋めるべく、次から次へと流れるように変更される戦列。対抗すべく、その戦列の形を見定め、最も効果のある戦術を記憶から引っ張り出し、同時に対処法をも思い出して、即座に対応する作業が続いている。一瞬でも遅れれば、手痛い反撃が待っていた。
 戦術変更の選択は的確で、一瞬前まで安全地帯だった場所が、戦術の変化で直後に最も危険な場所に変化する。
 こんな状況が続いたら、こちらが疲弊して、自滅するのを待つだけだ。
 なんとかならないかと現状を打開する方法を考える間もなく、戦列が変わる。先刻から、それの繰り返しだ。すり減った神経に、シンは焦りの声を上げた。
「ちくしょう!なんとかならないのかよ!」
 ルナマリアの照準が、少しずつずれてきている。動きの少ないレイの表情も、モニタに映したそれは、憔悴しているように見えた。
 このままでは、まずい。確実に、負ける。
 負けた先は、自らだけでなく、守るべき者達すべての『死』しかない。
 シンは、迷う暇もなく戦術が変わった瞬間に、ひとつの決心をする。現状を打破するには、多少の危険を伴おうとも、突っ込むしかなかった。
「レイ!ルナ!これから俺が突っ込んで、前線を混乱させる!その間に、なるたけ敵の数を減らしてくれ!」
「…分かった」
「ちょ…、待ってよ。そんなことしたら、アンタの方が撃ち落とされるわよ!?」
「どっちにしろ、このままじゃジリ貧だろ!」
 そのとおりだった。だから、レイはシンの言葉に異論を唱えなかったのだ。
「そうは言っても…」
「じゃあ、任せたからな!」
 そう言って、シンはデスティニーガンダムを敵陣に突っ込ませた。前線を混乱させて、主導権をこちらが掴まなければ、どっちにしろこちらに勝利は見込めない。
 はっきり言って、無茶だというのは分かっている。平行線の戦闘が、今まで限界だったのだ。それを、こちらから攻めれば、
「ちぃっ!」
こういうことになる。
 シンは、舌打ちをした。
 一瞬にして、ディスティニーガンダムはストライクダガーに囲まれている。ストライクダガーは、突撃してきたディスティニーガンダムに即座に合わせ、ビームライフルからダガーに持ち替えていた。
 接近戦において、銃火器は不利だ。敵は、悔しいくらい、戦術をわきまえている。
 圧倒的に不利な状況に、唇をかみ締める。
「言ったそばから、これかよ!」
 情けない。けれど、泣き言を言うのは、後だ。
 ビームサーベルで、近寄るストライクダガーを薙ぎ払う。一対一なら、負けない自信がある。一対五でも、なんとかできる自信があった。どれだけキラに鍛えられたか。
 けれど、今の状況は、それを遥かに上回る。突き進むにもストライクダガーの厚い壁があり、退くにも猫の子一匹さえ通る隙間はなかった。
 前後同時のダガーを、避けることもできず、相打ちのようにビームサーベルを突き返す。ディスティニーガンダムの太ももあたりにダガーがかすって小さな火花を上げたが、構っている暇などない。次は、左右同時だ。左からのダガーをシールドで受け止め、右のダガーを腕ごとビームサーベルで切り落とす。腕を失ったストライクダガーを蹴り飛ばし、腕から爆発してゆくストライクダガーに誘爆され、数体のストライクダガーが砕け散っていった。それを見届ける暇もなく、次の攻撃が繰り出される。
 次々と増えてゆくディスティニーガンダムの傷で、コックピット内にアラームが鳴り響く。
「まだ、動けるだろ!黙ってろよ!」
 めまぐるしく視線を動かし、一瞬もストライクダガーの動きから目を離さず、手にしたビームサーベルで確実に一体ずつ屠ってゆく。
 少なからず幸運なことに、ひとつひとつのストライクダガーの動きは、粗雑なものだった。寄り集まった大群は圧倒的な凶悪さだったが、優秀なパイロットが操るモビルスーツに比べれば、一体のストライクダガーは木偶同様だ。
 ただ、一体だけであれば、の話だったが。
 四方八方からのストライクダガーの攻撃に、致命傷はなんとか免れているものの、ディスティニーガンダムは傷を増やしていった。小さな傷がセンサーを弱らせ、駆動を鈍らせ、ほんの少しずつ動作の自由を奪ってゆく。その小さな変化が、少しずつ受ける傷を大きく、増やしていった。
 斜め下から襲ってきたダガーを避け、蹴りを繰り出そうとする。…が。
「!」
 意に反して、ディスティニーガンダムの右足は動かなかった。瞬時に確認したモニタは、右足の損傷率40%という数字と、動作率30%という現実を叩きつける。けたたましく鳴るアラームが、今まで無視を通してきた腹いせとばかりに、シンの耳を打った。
 ならば、ビームライフルで…。
 間に合うものか。それに、ビームライフルを出す左腕の駆動系も、先刻傷を受け、動く度に数瞬遅れる。その数瞬を、ストライクダガーは待ってくれない。
 左手奥に控えていたストライクダガーが、そんなディスティニーガンダムの隙を貪欲に狙い、情け容赦なくビームライフルを撃ってくる。避けるためのブーストも、片方が動作しなくなっていた。
 半ば覚悟を決めた時。
「危ないっ!」
 上げられた声と同時に、背後から放たれたレーザービームが、飛び込んできたストライクダガーの胸に吸い込まれていった。
 ならば、シンのやるべきことは、左奥からのレーザービームの対処だ。
 構えていたシールドを少しずらし、レーザービームを弾き返すと、撃ったストライクダガーにお返しとばかりにレーザービームをくれてやる。
 背後に迫った機体をモニタに映すと、懐かしい声がした。
「シン!」
「…ステラ?」
 モニタに、こぼれんばかりのステラの笑顔が映し出される。考えもしなかった援軍の到来に、シンは切羽詰った状況だというのに、思わずぽかんとしてしまった。
「なんで…」
「シン、助けにきたの」
「だって、身体が…」
「のんびり話してる暇はないぜ!」
 唐突に割り込んできた声に、ディスティニーガンダムに強襲しようとしたストライクダガーがレーザービームを受け崩れ去ってゆく。シンは声のする方を振り仰いだ。
「スティング!」
 見間違いではない。ステラの駆るガイアガンダムの背後に、スティングの愛機、カオスガンダムがいた。
「俺達は大丈夫だ!いいから、おまえは一旦下がれ!ここは俺達が食い止める!」
「うん!ステラ、シンを守るから!」
「…スティング。ステラ…」
 話をしている間も、ストライクダガーの攻撃が止むことはなく。割り込んできたガイアガンダムとカオスガンダムが、素早い動きでディスティニーガンダムへの攻撃を裁いていた。
「ほら!早く行け!」
 高エネルギーのライフルをストライクダガーの壁に数発撃ちこみ、スティングはディスティニーガンダムの突破口を作り出す。
「おまえがさっさとこっから退がらないと、こっちも大変なんだよ!」
「…必ず、戻ってくる…!」
 スティングのわざとらしい嫌味に、シンは自分が足手まといであることを理解する。カオスガンダムの作り出した小さな突破口に、ディスティニーガンダムを滑り込ませた。
 だが、追撃の手は緩められない。
 隙だらけのディスティニーガンダムの背中を、執拗にストライクダガーのビームライフルが狙う。
「シンをいじめるの大嫌い!…全部、全部いなくなれぇー!」
 ステラの操るガイアガンダムが、唸りを上げてソードで突破口周辺の敵をなぎ払う。瞬く間に、ディスティニーガンダムを囲むストライクダガーが、数を減らしてゆく。
 追い詰められていたシンは、スティングとステラの作った突破口のお陰で、いつのまにか荒くなっていた息を整え、落ち着きを取り戻していった。
 冷静になればこんなもの。突破口を広げることなど容易い。それは、満身創痍のディスティニーガンダムであっても、だった。
「キラさんのスパルタに感謝しないとな!」
 キラの特訓には、機体損傷度が上がった場合のシミュレーションも含まれていた。当然といえば当然で。いつも万全の体制で戦えるわけではないのだから。
 そして、その恩恵のまま、本当に機体の動作率が下がっているとは思えない動きで、ディスティニーガンダムはストライクダガーの隙間を突破してゆく。
「俺も大概に馬鹿だよな」
 ディスティニーガンダムの後姿を見送りながら、スティングは独りごちた。
 馬鹿みたいに、体が喜びの声を上げている。シンの助けになれること。自らがここにいる意味があるということ。そんな小さなことに。
「いや、十分デカいか」
 勝手に顔が笑っている。目の前で踊るように舞うガイアガンダムの操り手も、同じ気持ちであることなど、聞かずとも知っていた。
「こら、ステラ!自分の役割、忘れるなよ!」
「ん。分かってる、スティング!ステラ、シンを守る!」
 空気が軽い。まとわりついていた重い枷は、ここにはない。大丈夫、もう、走れる。この足をくれたのは、おまえだ、シン。だから、いつだって無茶な頼みは聞いてやる。
 だから、一緒に。
 行こうぜ、シン。


 レクイエムのコントロールルームは、当然ながら極秘とされていた。制御室でなんとかダイダロス基地の図面を手に入れたものの、コントロールルームの記述はなく、コントロールルームがあるであろう候補は、いくつもある。
(全部あたる時間はない。一発で当てなければ、レクイエムは発射される)
 考えろ。集中しろ。脳を総動員して、手がかりとなる記憶を手繰り寄せろ。
 俺ならどうする。敵ならどうする。
 基地の中央に走りながら、思考する。
 中央に向けて、増えてゆく警備兵の数。シェルターの数。
「ってことは、ダイダロス基地に、俺達に知られたくないさらなる秘密兵器があるってことさ」
 頭によみがえるサイの言葉。ストライクダガーの厚い戦列がダイダロス基地を取り囲んでいた時のもの。
 もうひとつの秘密兵器は、レクイエムのことだったのだ。自然、知られたくないものは、奥底へ隠し、警備を厚くする。
 …で、あれば。
「レクイエムのコントロールルームは、基地の中央だ!多少荒っぽくとも、警備を突破する!ついてこいよ!」
 ラスティの声に、追従していた部下達がおうと応え、走っていた足をさらに速める。ここまでくると、全力疾走に近かった。あがってゆく息に、必死な本人達は気づかない。
 間もなく、幾重にもかさなる警備の壁を突破し、重厚な扉をマシンガンで破壊して突破すると、様々な機器類がならぶコントロールルームに辿り着く。
「ビンゴ!」
 喜びも束の間。
「残り30秒。…29、28…」
 耳に入った声に、一気に血が失せてゆく。能面のような無表情で、オペレーターがカウントダウンを始めている。
「サイに、すぐに軌道上から退避しろと、なんとしてでも伝えろ」
 その命令が、精一杯に正気を保った最後の言葉だった。その後の記憶は、ラスティ自身にはない。ただ、聞いたところによると、初めて見る取り乱した姿だったとのことだった。
「やめろ!今すぐ、それを止めろ!!」
 マシンガンを無茶苦茶に放ちながら、コントロールルームの中央に走ってゆく。コントロールルームの警備兵が撃ち返してきたようだったが、かすり傷でもないのにラスティの足を緩めることはできなかった。
「やめろ!今すぐ止めろ!それを撃つな!」
 どうやって止めるだとか、そんなことは分からなかった。ただ、きっとコントロールルームを丸ごと破壊すれば、レクイエムは止まらないかと、小さな希望を抱いていた。
 実際どうなのかは、もちろん分からない。
 ただ、衝動がラスティの行動を止めることができなかっただけだ。
「…22、21…」
 無情に告げられるカウントが、レクイエムの発射を現実にさせてゆく。モニタに映されたレクイエムが、その巨大な自分自身を、集中した熱のためか、徐々に光り輝かせてゆく。
「撃つなぁっ!あそこには、すごい数の人がいるんだぞ!」
「…13、12…」
 ラスティの部隊の強襲にも関わらず、オペレーター達は無表情のままカウントダウンを続けてゆく。彼らに意思はなかった。彼らにあるのはただ、命令の遂行だけ。
 それが、ブルーコスモスの作り出した頭脳系のエクステンデッドに他ならなかった。この基地のどこかにいる、ストライクダガーの大軍を操る兵も、同じように洗脳、強化された頭脳系のエクステンデッドであろう。サイの予測したとおりの結果。そして、そのエクステンデッドの行動を阻止するために、ラスティ達はダイダロス基地に潜入したというのに。
 結局、立ちはだかる壁は同じだったということ。
「今すぐレクイエムの発射を止めろ」
 カウントダウンを告げるオペレーターの頭に、銃口を突きつける。しかし、オペレーターは微動だにすることはなかった。そのオペレーターが、レクイエムの発射を止める方法を知っているかどうかなど、分からない。そもそも、レクイエムの発射を止める方法があるのかも分からない。けれど、突きつけられた銃口に死ぬかもしれないというのに、オペレーターの表情は動かなかった。
 レクイエムの発射の方が、自らの命より大切だと言うのか。
「そんなことのために、おまえらは生きるっていうのかよ!」
「…7、6…」
 無情にもカウントは減ってゆく。そこには、一切の容赦はない。
「やめろやめろやめろやめろやめろっ!!」
 叫んでも止まらないことは、先刻から承知だ。けれど、他にすることがない。なんとか止めたいと思うのに、その手立てが、手元にない。
 止められるかもしれない場所に、俺はいるっていうのに!俺の行動如何で、何万人もの命の行方が決まるというのに!
 俺は何もできず、ここでのうのうと見てるしかないっていうのか!?
「…3、2、1…」
「やめろぉぉぉ―――っ!!」
「0」
 途端、コントロールルームが、レクイエムを映す巨大なモニター群で、眩しいほどの光に包まれた。光速で、レクイエムから放たれた光が、宇宙を貫いてゆく。
 避けることも適わず、対抗できうるはずもなく、ただそのままに崩れ去ってゆく軌道上の艦隊。そして、その行き着く場所は。
 それを。絶望的な無力感に打ちひしがれながら、ラスティはただ見つめることしかできなかった。


to be continued



サイメイ。
ミネルバの3人の共闘。
ラスティの工作。
ステラとスティングの助太刀。

アリエナイ展開。
でも、これが書き手のドリーム。


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