GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



 ギルバート・デュランダル議長自らデスティニープランを発表した後、プラントの士気を上げていたラクス・クラインが偽者である可能性が全世界に広められ、取り巻く空気に混乱が充満していた。そんな頃、オーブを発った『コバルトキャット』、『ワーズ』ことロゴスの首領であるロード・ジブリールが、月面のダイダロス基地に軍を展開していた。いまさら、ジブリールの目的を確認する必要もない。
 ロード・ジブリールは、プラントの、全てのコーディネーターの命を消すため、第二の秘密兵器を繰り出そうとしていた。
 もちろん、ザフトの戦艦であるミネルバは、ダイダロス基地の殲滅の任務を受け、忠実に任務を全うすべくかの基地へ向かっていた。その前に、あろうことか立ちはだかった戦艦がある。
「アークエンジェル…」
 白を基調とした、かつてのドミニオンに良く似た戦艦。その背後に、もう一隻。
「エターナル…。なんで…」
 戦場に似つかわしくない、ピンクの戦艦。本当に戦うために存在しているのか、疑わしくなるその戦艦は、明らかにダイダロス基地へ向かうミネルバの航行を阻止しようとして、立ちはだかっていた。
「艦長さん。ひとつお願いがあるんですけど」
 第一戦闘配備がなされた慌ただしい艦内の司令室で、相変わらずののんびりとした声が、ミネルバ艦長であるタリアへかけられた。振り向けば、声と同じく穏やかな表情の彼が、パイロットスーツに身を包み佇んでいる。その瞳は、穏やかなものの、静かな決意が滲んでいて、その覚悟は随分と前に決められたことなのだと知れた。
 その彼の意思を、誰が止められようものか。
 出撃直前、メカニックの怒号が飛び交う中、第一戦闘配備の放送が続き、警報が鳴り続ける。パイロットは自らの機体に乗り込み直前の調整を行い、準備が整い次第、指示に従い機体は次々と射出されてゆく。文字通り戦場のごとくだった格納庫に、見慣れた白髪が見えた時、シンは度肝を抜かれていた。
「キラさん!?」
 思わず、コックピットから体を乗り出し声をかけてしまう。大声が身体に負担をかけるキラは、シンを見上げて声を出さずに小さく手を振った。その姿はパイロットスーツ。手にはメットを抱え…。
(まさか、あの人、出撃する気か!?)
 無茶だ。
 今のキラは、モビルスーツを操縦するどころか、降りかかるGにでさえ耐えられない。死ぬつもりなのか!?と。
 一般機であるザクに乗り込んだキラを認めると、慌ててコックピットに戻り、通信を開く。モニタには、いつもどおりのキラが微笑んでいた。
「キラさんっ!どうしてっ!?」
「うん。ここは、僕が行かなきゃいけないと思って」
「でも、その身体じゃ無茶だ!」
「無茶は承知だよ」
 そう言いつつ、キラはひとつひとつ機体の調整を進めてゆく。
「でも、これは僕が引き起こした結果だから。僕が、責任を取らなきゃいけないことだから」
 僕は行く。
 タリアがキラの出撃要請に応えるしかなかったと同様、シンもキラを止める言葉を持たなかった。きっと、キラはずっと覚悟していた。ミネルバに立ちはだかるアークエンジェルやエターナルと戦わなければならないことを。その前線に立つべきは、自分であることを。
 多分、シンに助力するためミネルバに乗り込んだ時から。
 キラがミネルバに乗艦できた理由は、大方ヨウランから聞いている。監視だ、と。いくら身体能力が著しく下がったとはいえ、元敵だ。それも一番の強敵。その身柄を確保できるのなら、監視できるのなら、願ったり適ったり、というところだったのだろう、ザフトとしては。だが、それでもいい、とキラは言ったらしい。
「キラさんは、ミネルバで待機しててください。ここは俺が…」
 諦めが悪いとは自覚しながら、シンはキラに声をかける。既に、2人ともミネルバから出撃していた。目の前には、アークエンジェルとエターナル、そして、数体のモビルスーツが待ち構えている。
 ここは、戦場なのだ。
「僕は、大丈夫。君がいるからね」
 そう言って、キラはいたずらっぽく笑う。
「は?」
「僕がいるとね、シン、君は僕を守ろうと、戦ってくれるんだよね」
「それは…、まあ…」
 一寸先の自らの命すら見えない戦場でも、キラの口調はあくまで穏やかなままだ。その調子に飲まれないよう気を張るシンだが、どうしても流されそうになってしまう。
「以前の僕は、『皆を守ってあげる』っていう気持ちで戦っていたんだ」
 それは、シンにも覚えがある。驕った自分は、ヨウランや友達を遠ざけた。それでは駄目だったのだ。それでは。
 …ならば。
「僕は、シン、君を信じてる」
 少しのにごりもない瞳が、シンを見つめてくる。
「信じるってさ、凄い力なんだよ。『信じてもらえてる』と思うと、自然と力が湧いてくるんだ。『守ってあげる』なんて、自分だけの気持ちじゃ、とても届かない」
 皆が、俺を信じてる。
 信じてくれてる仲間を、友達を、裏切ることなんて、できるわけがない。
 俺も信じてるから。
「…強く、なれるでしょ?」
「…確かに!」
 キラの微笑みに、シンはニヤリとした笑みを返した。
 この手にある力は、自分だけのものじゃなかった。戦略やサポートや、それぞれが皆、自分の役割をまっとうしている。自分だけじゃなく。信じた仲間のために。仲間の信頼という力をみなぎらせて。
 そして、戦闘は開始された。


「あんなに目立って行動しておきながら、今更『命を狙われたー』って反撃するのって、逆ギレもいいとこなんじゃない?」
 ミネルバとエターナルが交戦状態に入ったという報告を聞き、陽気な青年は明るい声のまま言った。手元は忙しいままだ。銃や手榴弾など、物騒なものを手にし、てきぱきと準備している。
「だって、当然でしょ。俺が近隣の国の首領なら、そんな危ない奴、ほっとかないからね。狙われて当然じゃない?下手に放置したら、意見が分かれた途端こっちの命が狙われるワケだし」
 ガシャンと大きな音を立てて、大型の銃の調子を整える。その銃の名前は分からないが、見てくれからして、とんでもない戦力を持つことは大方予想がついた。着々と準備を進める青年は、手にする兵器の物騒なこととかけ離れた笑顔で、カラカラと軽く笑う。
「それを分かっていないで戦力率いたなら、まー、アレだ。『浅はか』っつーか『迂闊』っつーか。ま、『馬鹿』だな」
 ぴしゃりと言い放つ。一片の擁護もなかった。
「そんな奴に付き従った奴らも、『馬鹿』と言わざるを得ないっつーか?」
 最後に、自らの着衣の状態を確認する。見慣れたカーキ色の、地上用のだぶついた戦闘服ではない。体にぴったりフィットした、宇宙用の戦闘スーツだ。あちこちにポケットのようなものがついていて、同様に物騒な代物が装着されている。
「ホントに狙われるのが嫌だっつーんなら、身の危険と隣り合わせで、静かに生きるしかないんじゃない?成功率は、限りなくひっくいケドさぁ」
 要するに、そもそもが、そんな目立った行動をしなければ良かったのだ、と。身分不相応な行動は起こすもんじゃないねぇ、と彼はうそぶく。
「じゃあ、もしそんな行動をしてしまったら、どうするのさ?」
「そりゃあさー」
 オレンジ色の髪を揺らし、彼は立ち上がる。
「命懸けで責任取るしかないっしょ」
 決意の色を瞳に浮かべ満足そうに笑むと、じゃあ行ってくる、とラスティはモニタ越しのサイに手を振ってみせた。


 ギルバート・デュランダル議長は、全世界を統べる。遺伝子によるデスティニープランによる、人の意思を殺した、死んだ世界を。そんな世界を創造することなど、なんとしても阻止しなければならない。
 そう決意して、ここに来たはずだった。
「そう決意したのだろう?」
 モニタ越しの男は、不敵な笑みを浮かべて、そう言いきった。
 決して、目の前の男の笑みは、人が良いものではなく、好まれるものではない。生まれながら人の上に立ち、自信を持った、人が従わないなど疑ってもいない表情だった。
 普段なら、心底嫌悪するところだ。実際、彼のしてきたことは、非人道的なことが多いと聞いている。けれど、ギルバート・デュランダルという大いなる敵の前に、わずかな力しかない自らにとっては、これ以上ない味方でもあった。
「ここは、共同戦線といこうではないか」
 孤立無援の自らにとって、願ってもない誘い。男の力を借りなければ、きっと何の印象も残せず、何の戦績も残せず、主張さえ戦場に消えてしまっただろう。
 だから、ラクス・クラインはその男の手をとった。
 ロゴスの首領、ロード・ジブリールの。

 いつだって、目の前の赤い機体は、シンの行く手を阻んできた。かつては仲間だった彼の乗る機体。インフィニットジャスティス。
「なんでアンタは、俺の邪魔をするんだ!」
「おまえこそ、なぜ分からない」
「分からないのは、アンタだろ!」
 いつだって、空っぽだった。彼の願いも言葉も行動も、すべてのことに彼自身の意思はなく、借り物の理想が上滑りしてゆく。そんな彼の言葉が、シンに響くことはない。
 キラの乗るザクは、遥か後方をゆっくりと進んでくる。キラがここに辿り着くまでに、付近の敵を一掃する必要があった。
 そこに、彼だ。
「アンタは、何で戦ってる!何のために!アスラン!」
「そんなの決まってるじゃないか!死んだ世界を作るデスティニープランを阻止するためだ!おまえこそ、何のために戦ってる!」
「戦争のない世界を作るためだ!」
 そんなこと、決まっている。一兵士が持つには、抱えきれない崇高な理想だ。ディアッカにも、理想を持つなと言われた。分かっている。
 目の前には、いろいろな理由が障害がある。けれど、行き着く先の願いは、いつも『戦争のない世界』だったのだ。
「デスティニープランを阻止すれば、理想の世界がやってくるとでも思ってるのかよ!」
「そんなことは思っていない!」
「同じだ。変わらなきゃ、変えてみなきゃ、世界は変わらない。変えてみて、上手くいかなかったら、また変えればいいだけだ」
 変えなきゃいけない。この、死が繰り返される輪廻を、どこかで断ち切らねば。
「変わらない世界こそ、死んだ世界だ!」
 明らかに、正義の機体はシンの言葉で怯んだ。その隙を、シンは見逃さない。どれだけ、こちらはキラに戦略を叩き込まれたと思っているのだ。
「はぁっ!」
 気合の声を上げ、ビームサーベルを振り下ろす。盛大に火花が散って、インフィニットジャスティスの左腕と左足が吹き飛び、爆発した。
「なっ!」
「下がってください。アスラン」
 冷静な声。この声は、聞いたことがある。
「ラクス・クライン…」
「初めまして、でしたかしら?シン・アスカ」
「さあ?俺は良く見たことがあるけどね」
「それは光栄ですわ」
「最近見てたのは、アンタに似た違う人間だったけどな」
「そうでしたか」
「今のザフトの士気を高めてくれたのだって、アンタじゃない。もう一人のアンタだ」
 ミーア・キャンベルは、かつてのデュランダル議長が造り出したカリスマだ。ラクス・クラインの存在を危ぶみ、本物のラクス・クラインが消えた後も居続けるように見せるために造った、偽者。
 デュランダルが、ラクス・クラインを亡き者としようとしたかどうか、真実は分からない。だけど。
「なぜ人はそれを気にする。本物ならすべて正しくて、偽者は悪だと思うからか」
 レイの言葉を思い出した。
 シンとしては、それだけで十分だった。以前は分からないが、今は世界を良いものに変えようと真実願って行動しようとしているデュランダル。プラントのために在り続けようとするミーア・キャンベル。それが、偽者であろうとなかろうと、そんなものは関係ない。真実の意思とそれに伴う行動があれば、偽者であろうとも悪なのでは決してないのだから。
 むしろ、本物であって正しくない方が、よっぽどの悪だ。
「貴方も、デュランダル議長の示す『死の世界』を支持するのですか?」
「死んだ世界って言うけど、ディスティニープランは、死んだ世界を創るわけじゃない。なんでそんなことも分からないんだよ」
「遺伝子が決めた世界に、未来があるとは思えません」
「それこそ、決め付けだ。決め付ける前に、何でデスティニープランについて、議長と話し合おうとしないんだ」
「議長が私の存在を否定するからですわ」
「そんなの、それこそ本当かどうか分からないじゃないか!しようともしなかったクセに、いまさら何を!」
 確かめもせずに、相手を排除しようとする。いつだって、ラクス・クラインは『テロリスト』だった。そこに、話し合いの入る余地はない。身近に、そのために犠牲になったキラがいたというのに。
 シンは、それが心底許せなかった。
「遺伝子で不幸になってるのは、キラさんじゃないか。きちんと、遺伝子に合った環境にいれば、あんなに不幸になることもなかったんだ。アンタに利用されて捨てられることもなかった」
「私はキラを捨てた覚えはありませんわ。キラは、自分の意思でエターナルを降りたのですから」
 ラクス・クラインは、いつだって正しい。ラクス・クラインの中で。
 ラクス・クラインの中で、いつだってラクス・クラインは正義の中心の頂点にいる。だから、ラクス・クラインの意思に反する者は、いつだって世界の敵だったのだ。
 ラクス・クラインという、一人だけの『世界』の。
 そんなもの知るか、と思う。
 世界は、一人だけのものじゃない。皆いて、皆息をしていて、皆が皆それぞれの意思や気持ちを持っていて。それは、いつだって、今までだって、これからだって、恒久に変わることがないんだ。
「遺伝子の決めた世界だって、最後に自分の生き方を決めるのは、いつだって自分自身の意思だ!」
 この広い宇宙で。人は生きてゆく。自らの意思を持って。その意思が、時に他の人とぶつかることがあって。そこに争いが生まれて。
 けれど、争いは『悪』ではなく。そうやって人は、他の人を意識していく。そうやって、理解してゆく。必ずしも、争いは『死』を呼ぶものではない。
 そのはずだった。
 けれど、地上にも宇宙にも争いが消えることはなく、命だけがいたずらに消えてゆく。消えゆく命に、残された者には、悲しみだけが残されてゆく。
 変えたい。そんな世界を変えたい。
 それが、可能であるとか、可能でないとか、そんなことは関係なかったのだ。
「やってみないことには、分からないさ」
 未来を止めてしまったら、人はそこまでだ、と。センパイはそう言った。
「俺は、ディスティニープランを信じてるわけじゃないけど、人の可能性を信じたい。そんなディスティニープランにしてくれるはずだと、議長のことを信じたい」
「ですが…」
「もちろん、失敗する可能性はある」
 議長が、シン達の気持ちを裏切る可能性も。ラクス・クラインの危惧する気持ちも分からないわけではない。
「裏切られた時は、そのときだ」
 かのセンパイは、そうも言っていた。
「けどな」
 そう言って、シンを指差す。静かに笑んだ表情の中央にある瞳は、これ以上なく澄んでいた。
「何のためにオレ達がいると思ってる。間違ってると思ったら、とことん『違う』って言うさ。命をかけて」
 それだけの責任が、自分達にあるのだ。その責任の重さにつぶされるのではなく、自らに課せられた期待に胸を張れ。
 デスティニープランが成されれば、そこで終わりではない。命ある限り、責任はいつも傍らにある。その責務を全うするこそが、『生きる』に同意だと。
「俺は、生きることをやめようとは思わない」
「うん、そうだね。それは、偉いことだと思うよ」
 唐突に、声をかけられた。振り返れば、見慣れた緑色のザクが、シンの駆るデスティニーガンダムの後ろに佇んでいる。
「キラさん!」
「キラ!?」
 通信が開き、モニタに映ったかつての同胞に、さしものラクスも声を上げた。
「シン、ここはいいから。ダイダロス基地へ行って。あっちの方が心配だ」
「でも…」
「大丈夫。君に信じてもらえないと、僕も戦えないから」
 キラは、物理的に言えば、まったくもって戦えない。流れ弾を避ける手段さえ、ナチュラル用に調整されたOS次第だ。武器さえ、手にしていない。
 だが、シンはキラの言葉を受け入れた。キラの言うとおり、キラの希望は、シンにダイダロス基地へ向かって欲しいところなのだろう。シンはダイダロス基地へ向かうべきなのだ、そこでこそシンが必要とされているのだ、と。
 きっと、シンの言葉は、ラクスに響かない。タリアがキラの出撃を許可したように、きっとここはキラでなくてはダメなのだ。
「分かりました。でも、気をつけてくださいね。俺、まだキラさんに教えて欲しいことがいっぱいありますから」
 暗に「死ぬな」と言っていた。
「分かってる。僕も、シンとまだまだ話したいことがたくさんあるよ」
 モニタ越しに、笑みを交わす。かつての敵同士だったとは思えない穏やかな2人の会話に、ラクスは不思議そうに首を傾げていた。
「怖くないのですか?キラ」
 デスティニーガンダムに乗ったシンが立ち去った後、ラクスは疑問をそのままキラにぶつける。
 いつも、キラは人を傷つけることを、人に傷つけられることを恐れていた。人に傷つけられることを恐れて、あえて刃をかざしていたようにも見えた。
 それなのに。
「怖いよ。とても怖いけれど、僕は『生きる』ことと戦う決心をしたんだ」
 そこに行き着くまで、随分と遠回りをした。一番のきっかけを与えてくれた少年は、キラへの信頼を示し、ここを立ち去っていった。だから、キラはここで力強く立っていることができるのだ。
「ラクス、僕は君にもう戦って欲しくないんだ」
「キラ?」
 目の前のモビルスーツは、ナチュラル用のモビルスーツに違いなかった。武器も手にしていない。…なぜなら、パイロットの能力は、モビルスーツの動作を操るのが精一杯で、戦うことなどできなかったからだ。
 アークエンジェルで、フリーダムを1歩も動かせなかったキラを、ラクスはこの目で見ている。
「僕は、もう戦えない。こんな戦えない僕の願いを、もし聞いてくれるのなら」
 エターナルに送信されたキラの表情が、モニタの中で穏やかに微笑んだ。
 ラクスが知らない表情。ラクスの見たことのない表情。
 キラの笑顔なら、何度も何度も見ている。けれど、記憶の中のどんな笑顔のキラとも違う、全てのものを内包した、それでいて底抜けに優しい表情だった、それは。
 キラは、ラクスがキラのスーパーコーディネーターの能力を、能力のみを欲していたことなど、とうに知っているから。それを知りながらも、ラクスへ向ける笑顔は変わらず。
「平和の歌を歌って欲しい」
「…っ!」
 こんな、1秒後に自分の命があることさえ分からない戦場で、丸腰のまま戦艦の前に立ち、口にした願いはだたひとつ。
 思えば、なぜ私はここに立っているのだろう。ラクスは、自問する。
 スーパーコーディネーターだったキラを、救いたかった。至高の存在と信じていたキラを救う行為で、自らのステータスに重ねていたことを、今更ながらに知る。キラの傍に場所を決めれば、自らが戦っていると勘違いしていた。人を救うと信じて、実際にしていたことは…。
 人を殺すことだ。
 自らの手は、血塗れていた。
 ラクスのとる手段として、いつも「話し合い」の文字はない。問答無用で敵を駆逐するのみだ。自らの正義を信じて。その正義は、果たして本当に正義だったのか…。自らに都合の良い、自らの黒い欲望を白い天使の表情で塗り固めて作り出した偽善ではなかったか。
 キラは、そんな自分から、離れていった。キラがスーパーコーディネーターの能力を失ったから、だけではない。スーパーコーディネーターの能力しか見ていなかったラクスを、キラは見限ったからだ。
 なぜ、その現実を見ない。なぜ、人を殺す。なぜ、世界を救っているなどと、思い上がっている!
 目指すところは、平和だった。
 それは、今も昔も変わらない。それだけは、形を歪めなかった。それだけが救い。それだけが自らの在りよう。
 間違っているのは、いつも手段だった。
 自らの邪魔になる者は、排除すれば良いのではない。真の平和を願うなら、きちんと相手の置かれた状況を理解し、話し合い、歩み寄ることが必要なのだ。相手が剣をとっても、同じこと。
 胸を張って「真の平和を願う」と主張するのなら、相手の剣に貫かれても、相手を受け止めることに他ならない。
 胸に手を当て、鼓動を落ち着けてから、深く息を吸う。
「………」
 歌おうとした意思とは裏腹に、声が出ることはなかった。ラクスの喉は、血塗れた自らの手を知っているのか、「平和を歌う」ことを畏れたのだ。そして、自らに「平和を歌う」資格がないことを断罪した瞬間でもあった。
 それが、真の平和を願い、戦ってきた結果だった。
 いつも、いつでも、望むなら歌えるものと思っていたのに。
 ラクスは、信じられない、と目を見開く。
「ラクス、落ち込まないで」
 キラが微笑む。キラは、その結果を知っていた。
「彼女は今、歌えないと思うよ」
 大事な友達が、そう言っていたから。
 そうだ。やっと思い出した。
 僕がしたかったことは、世界の平和とか、自分の意思で世界を塗り替えるとか、そんな大層なものじゃなかった。
 ただ。
「僕は、友達を守りたかっただけだったんだ」
 戦艦に乗って、モビルスーツに乗って、敵を駆逐したかったわけじゃない。本当はずっと、敵なんてどうでも良かったんだ。
 友達がそこにいれば。友達の世界が傷つかずにいられれば。
 それで、僕は満足だったんだ。
 たとえ。
 たとえ、栄光が遠くとも。
「だから、もう一度、初めからやり直そう。ひとつずつ、ゆっくり、自分のできる限りの力で、友達を守る努力をするんだ」
 障害を取り除くのではなく、障害を受け入れる覚悟をすることから。そこから始めよう。
「キラ…」
「きっと、歌えるようになる。平和の歌が」
 その歌はきっと、聴く者の心に沁みてゆき、心が広がっていくから。戦場を駆けて戦力を見せ付けるより、随分とその足取りは重いだろう。けれど、刹那的で暴力的な戦力より、包み込むような歌は消えることなく聴く者の一部になり、ほんの少しずつとはいえ確実に、平和の歌の心は広がっていくから。辛抱強く続ければ、きっと。
 ラクスの瞳には、涙が溢れていた。ラクス自身は、気づいていないのだろう、その涙を流したまま拭うこともせず。
「キラ、私はまだ許されるのでしょうか?」
 その言葉には応えず、キラは微笑んだ。
「一緒に行こう。僕は、ラクスの傍にいる」
 貴方の味方だ、と。
 これから始まる懺悔の道は、針のむしろに等しいものであろうとも。僕達は、それをしなくちゃいけない。僕達が手をかけた、失ってしまった命のためにも。
 栄光は遠い。
 けれど、ここに、こんな近くに、貴方がいるのだ。それを幸せと言わずに、何と言うのだ。
 僕は、その小さな幸せだけでいい。
 世界中のその小さな幸せを守るために、僕達はここから始めるんだ。


to be continued



いつでも、自分の行動には責任が伴っていて。

きちんと、責任をとれる子のハズなんです。
きちんと、周りを見れる目があるハズなんです。

彼らを歪めてしまったものを追求するより、
今は彼らの未来を祝福しよう。

そんな話。


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