GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



 ロード・ジブリールが用意したのは、大量の兵器。
 その情報は、否が応にも、ザフトの状況が良くないことを示していた。
 ザフト、ひいては、シンの。
 しばしば治療施設に訪れる彼に、思わず詰め寄ってしまったのも、その情報を聞いたばかりで気が立っていたからかもしれない。
「ミネルバは!?シンは無事なのかよ!」
 咄嗟に、その胸倉を掴んでいた。どうしようもなく不安で、どうしようもなくシンの前に立ち塞がる敵が憎かった。その憤りを彼にぶつけるがごとく。
「アウル…?」
 殺気立ったアウルの様子を不思議そうに見つめるステラの視界を、息を飲んだスティングが遮る。白い研究室は、4人だけで、痛すぎるほどの緊迫感に埋め尽くされていた。
 元エクステンデッドのメンバーの肉体強化を無に返すべく、フェブラリウス市長タッド・エルスマンが用意した施設。プラントや最高評議会にこの施設の情報が漏れれば、元エクステンデッドのメンバーは研究対象として即座に連れ去られ、人体実験されることであろう。きっと、元エクステンデッドを人間として扱うことなど、彼らの考えには微塵もなく、元エクステンデッドが実験中に死ねば、躊躇なくホルマリン漬けにするであろうことも想像に難くなかった。
 そんな極秘施設。ばれれば、フェブラリウス市長の地位も危ない。もちろん、それを依頼した、息子である目の前の青年の立場も。
 アウルの言葉に、普段おちゃらけているはずの彼には珍しく、その瞳には剣呑な色が浮かぶ。ザフトの緑の制服がアウルの手の中で皺くちゃになることも厭わず、彼は瞳を薄めた。
「だったら?どうなんだ?」
 声は低い。
「シンに何かあったら許さないって言ってんだよ!」
「許さずに、どうするんだ?」
「オマエを…!」
「オレを?どうすんだよ?その、ボロボロな体で。オレに勝てると思ってんの?甘いんじゃないのォ?」
 瞳は冷たいまま、彼はニヤリと口の端を歪めた。こんな馬鹿を見ていると愉しくてたまらない、というふうに。
「これでも僕はエクステンデッドだったんだ!」
「今はただの、薬中毒患者だけどな」
「…っ!」
 振り上げた拳は、いともたやすく彼に掴まれた。
 エクステンデッドとしての肉体強化を施さなくなってから、ずっと身体は重い。治療中は、凄まじい痛みとだるさと吐き気で、本当に自分の身体を切り離したくなる。彼の言うとおり、筋肉はおろか内臓や骨、ホルモンバランスから細胞ひとつひとつに至るまで、身体はボロボロだった。以前の軽かった身体が、まるで夢だったかのように。
 今だって、掴まれた拳を、全力を出してもその手から振り払えない。
「…くっ!」
 悔しくて、涙が出そうだった。
「僕が助けに行く!」
「アイツに会う前に、1日もせずにくたばるけどな。それどころか、この施設から出た瞬間に、死ぬんじゃないのかァ?」
 ハハハ、と褐色の肌の彼は笑った。
「それでも!」
 激情のまま拳に力をこめると、なぜか、びくともしなかった手は振りほどけた。再度上げた拳は、怒りのまま、強く、そして素早く。
 ガッ!
 一瞬後、アウルの拳は、彼の頬に命中していた。顔は一瞬傾いたが、ボロボロの身体で出せるパンチの威力など、たかが知れている。きっと衝撃で舌を噛んでも、出血すらしない。
 彼はゆっくりと顔を上げると、紫の瞳でアウルを真っ直ぐに見つめた。先刻までの、嘲るような表情は、そこにはない。
「たとえシンに合流できたとしても、今のおまえはシンにとっちゃ守るべき者だ。戦友じゃない。足手まといだ、って言ってるんだよ」
 知っている。この重い身体は、嫌だと言っても自分のものだ。自分自身が、一番知っている。
 たとえ命を張ろうとも、今の自分では、シンの足手まといにしかならないと。
 だから、今アウルがここにいることも、シンに伝えないでいてもらっている。己の存在が、いたずらにシンの心を乱さないように。シンが、僕らを気にせず、力いっぱい戦えるように。それは、シンの命を護ることに繋がるように。
 …けれど。
「…だって!今、シンは窮地に立ってるんだ!…助けに、行きたいんだ…!!」
 声は、いつの間にか震えていた。
 こんな身体じゃなければ、今すぐにでも、駆けつけたい。そして、僕は生きてるんだと伝えたい。おまえの所為で死んだんじゃないんだ、と伝えたいのに!
 苦しい。辛い。もどかしい。
 なぜ、この身体は思い通りに動かないのか。…悔しくて、たまらない。
「分かってるさ。だけど、今おまえがすべきことは、一刻も早くアイツに会うために、治療に専念することだろ?」
「…え?」
 目の前の彼の表情が、いつのまにか柔らかいものに変わっていた。優しく、頭を撫でられる。
「オレは分からないけどサ、治療、すっげえ辛いんだろ?それでも、おまえらは頑張ってる。それだけ、強い願いがあるってことだろ?」
「…ディアッカ…」
「おまえらの身体が良くなるまで、オレがシンの背中を守るのを引き受けてやる。だから、おまえらはさっさと身体を治して、シンを助けに行け」
 シンは戦っている。ディアッカも戦っている。俺達も、ここで治療という名の敵と戦っている。
 皆、お互いを守ろうとして必死に戦っていた。それを、ディアッカは「認めてやるよ」と言っていた。
 見上げた長身のディアッカの姿が、ふいに滲む。
「…僕は、シンに会って伝えたいんだ。シンと戦いたくなかったって。僕を殺したと思って傷つくことはないって。…そして、謝りたい」
「そうか。そりゃ随分と気合の入った目標じゃねーの」
 ディアッカは、アウルの水色の頭を撫でる手を止めた。邪気のない微笑みを浮かべる。
「頑張りな」
 たった一言。
 素っ気ないとも思われそうなその一言は、それでも、明日への希望を信じさせた。
「アウル」
 ずいぶん前に、ディアッカの胸倉を掴んでいた拳はゆるくさげられている。その手に、重ねられる温かい手のひらがあった。
「ステラね。シンに早く会いたいから、頑張るから。痛いの、我慢するから。アウルも頑張ろう?」
「そうだな。俺達も、負けてられないからな」
 ステラがアウルに微笑みかけるのと同時に、スティングがアウルの肩をポンと叩いた。
 辛くないわけはない。治療の苦しみに、大事な友達を助けに行けない苦しみ。何もかも投げ出したくなるその瀬戸際で、いつも思い浮かぶのは、彼との約束。
 シンは、遠い地で頑張ってる。疑うこともなく、そう信じられた。だから…。
 なあ、シン。今、僕はこんなだけど、必ずそこに行くから。必ず、おまえに借りを返しに行くから。待ってろとは言わない。けど、必ず追いつくから、先に進んでろ。
 …頑張れ。俺も、俺達も頑張るから、おまえも、頑張れ。
 頑張ろう。共に、頑張ろう。前に進むために。たとえ、日に一歩だけしか進めなかったとしても。
 僕らは、明日へ進んでいくんだ。
 拳は、決意に震えている。
 アウルは、先刻ディアッカを殴れた意味が、なぜだか分かった気がしてした。


 オレンジ色の強烈な光がピカっと破裂すると、派手な煙を上げて建物の一部が木っ端微塵に崩壊した。そして、次々と連鎖する爆破。
 潜入や爆破工作を得意とするラスティに、抜かりはない。休憩時間を見計らい、休憩場所を外して設置された爆弾は、綺麗にモビルスーツの格納庫と製造機器を舐めるように破壊してゆく。
 数人の部下と、索敵にひっかからない程度の場所でシャトルを停め、様子を窺う。
「昔の俺も、これくらい手際が良ければ、死にそうにならずに済んだのにねぇ」
 カラリと呟いたラスティの言葉に、部下達が苦笑を漏らす。内容が内容であるのに、ラスティの声音はまったく深刻さを感じさせなかった。
 むしろ、以前のその体験が、今のラスティを創っていた。もう二度と、同じ過ちは犯すものか、と。
 だから、ほぼ完璧といえるこの工作も、最後の爆破が収まるまで、その後もしばらく様子を見るまで、軽口を吐こうとも気を抜くことはない。
「あれ?」
 製造工場の様子を見るために設置してきたカメラが映し出すモニタ。シャトルの前面に展開されたモニタを見ていた陽気な表情が、一変した。
「なんだ…あれ…」
 夢でも見ているのか、と思う。
 爆破されてゆく製造工場から、次々とモビルスーツが滑り出てくる。ただ、射出したのとは違う。
「動いて…る?」
 ゴーストでも見ている気分だ。
 パイロットはいなかった。そもそも、製造工場にいた人間が全てモビルスーツに乗っても、数十体が限度だ。なのに。モニタの中を縦横無尽に乱舞するモビルスーツは、軽くその倍は凌駕している。
 シャトルの中は沈黙で張り詰めた。それぞれの顔が蒼白に落ちてゆく。
 断ち切ったのは、ラスティだった。
「こちらの存在が知れる!ここを離れるぞ!」
 鋭い声に、部下達は我に返る。
 こちらのシャトルは戦闘用ではない。さらに、あんな数のモビルスーツに囲まれれば、結果は見えていた。
「距離があるうちに、全速力で振り切る!」
 センサーに反応されないようじりじりと後退していては、何かのタイミングで見つかったとき既に攻撃範囲に入ってる可能性が高い。それでは遅い。
 振り切れない可能性もあった。だが、さしものラスティでさえ顔面を蒼白にさせているのは、それが原因ではない。
(なんだ…、あれは…)
 ぞっとする。未知のものに嘲笑われたかのように、冷や汗は背筋を流れていった。


 意味が分からない。
 率直な感想は、それだった。
「確かに、『動いて』いるね」
 受動的に射出されただけでなく、自らの意思でというように、有象無象のモビルスーツが飛び回っている。まるで、大量発生した虫のようだ。その気味の悪い想像に、サイはうっと呻く。
 ぞっとしない。
「もうひとつ、見てもらいたいものがあるんだ」
「何?」
 もうおなかいっぱいな状態だったが、ラスティは自分の目で見て、その場にいた当事者だ。サイだけ逃げることはさせないぞ、という意思がそこにあって、サイはうんざりしつつも次を促す。
「コレなんだけどさ」
 製造工場を監視するカメラが撮った映像が切り替わる。画面は暗くなったが、先刻見せられたシーンと同じようだ。動き回るモビルスーツの動きに、見覚えがある。
「これは?」
「サーモグラフィで見た映像」
 その説明だけで、サイは了解した。
 暗い画面で、中央は赤く染まっている。それは、製造工場で発生している爆発だった。爆破で発生した熱が、画面を赤く染めている。
 が、他は暗いままだった。モビルスーツが乱舞していても。
「人が乗っていない…」
「そういうこと」
「…」
 まるでゴーストだ。そう思う。けれど、映像で見ただけのサイと、その場にいたものの、しばらくの時間で落ち着いたラスティは、冷静な判断を下すことができた。
「人工知能かな?」
「決め付けるのは、早いと思うけどね」
「しっかし、あのクソ複雑なモビルスーツの操作を、人工知能が全うできんのか?」
 できない、と断言するにも、時期尚早の気がした。なんにせよ、まだまだ情報が足りない。
「でも…」
「ん?」
「詳しいことは分からない。でも、これが連合の秘密兵器ってところらしいね」
「ああ」
 神妙な顔つきでパイロットなしで動き回るモビルスーツを見つめ、しばらくサイもラスティも口を開くことはなかった。
 一刻の猶予もなくなり、いち早く拉致された技術者を救うこととする。技術者に話を聞けば、少しは情報を得られると思われた。
 実際は、そう思いたかった、ともいえた。


 だが、現実はそんなに甘くなかった。
 ラスティが当初の手筈どおり救い出した技術者は、何も知らなかった。
 当然といえば、当然だったかもしれない。機密情報は、人に知られれば知られるほど、敵側へ漏れる可能性が高いから、あえて情報を知らせなかったのだろう。
 拉致された技術者が続けさせられていた作業は、渡されたデータをより効率的な数値へ上げる解析だったと言う。外観が見えない窓のない部屋で、独りきりの作業だったというから、その他に情報を得ようがない。
 また、人工知能の研究が『コバルトキャット』で進んでいるかどうかは、疑わしいところだった。モビルスーツの操作は、ラスティが言うとおり複雑極まりなく、ナチュラルが操作するにはナチュラル用に作られたOSが必要となる。それでも、ナチュラルの操縦者が必要なわけで、完全に人の手を離れたモビルスーツは、お目にかかったことがない。
 さらにいえば、『コバルトキャット』が人工知能の研究を進めている気配はなかった。人工知能の研究者は、『コバルトキャット』にいない。既に調査済みのことだ。それでは、最新通信技術の技術者のように、いずこかへ拉致されたかというと、そうではない。人工知能研究者の権威は、それぞれ自分の研究に没頭していることも、調査済みだった。
 それならば、と思う。あれだけのモビルスーツの数を操作する、同じだけの数のパイロットが必要となる。本当に胸糞悪いが、『コバルトキャット』はパイロット養成のために、身寄りのない子供達を攫っていた。けれど、子供達が大量に消えたという情報もない。こちらで把握している『コバルトキャット』のパイロット養成所に、人が増えたとの情報もなかった。
 拉致された技術者から話を聞く線は消え、人工知能が無人のモビルスーツを動かしている線は消え、パイロットが大量養成されている線は消え、製造工場のひとつが爆破されてから他の製造工場のセキュリティレベルも格段に高くなり、モビルスーツの配送先を追う線も消えた。
 打つ手がなくなり、頭の中が真っ白になる。
 こちらが手をこまねいている間にも、『コバルトキャット』は確実に戦力を上げている。いつの間にか、八方塞に追い込まれ、逃げ場を作ることさえ許してもらえない。そんな状況に追い詰められているかもしれない事態に、焦りだけが増してゆく。
 サイは、資料を画面いっぱいに重ねたモニタの前で、珍しく苛々と頭を掻きむしった。


「キラさんって、ああ見えてスパルタなんですね…」
 少々疲れた表情のシンが、モニタに映る。苦笑を隠せず、サイは口を握った手で抑え、モニタから目を逸らした。
「笑わないでくださいよ。ホント厳しいんですから!」
「うん。まあ、そうだろうね」
 キラという人物を知っているサイとしては、そう応えるしかない。元来、真面目な奴だ。やることはいつも一直線で、手を抜こうという気が一片とてない。そもそも、「手を抜く」ということに気づかないところがある。
 そんなキラが、戦争を終わらせようと強い決意を持っているシンに助力しようと決めたのだ。一度決めてしまったら、キラの決心は重く、ついていく方もたまったものじゃない。
 それに、身体を壊してから、何かが吹っ切れた感のあるキラは、心底相手を思いやり優しく、そして真っ直ぐに真剣なのだろう。きっと、シンにしてみれば、真綿で首を絞められる、そんな感じだ。
「苦労してる?」
「…見て分かりませんか…?」
 恨めしそうに言うシンが、可笑しかった。
 本当は。
 こんな雑談をしている場合ではない。
 ひたひたと迫っているはずの『コバルトキャット』の脅威に、対策を立てなければならなかった。一刻も早く。世界が戦場となる前に。大切な者を失う前に。
 けれど、どうすればいいんだ!?
 『コバルトキャット』が直接手を下さなくても、既に八方塞だった。目の前に宣告された残りの時間は少なく、死刑台への距離は数歩。けれど、周りの景色は黒い霧に覆われたまま、実体を見せようとはしない。
 サイは、実刑への時間が迫っていることを知りながらも、その絡め取られた手足を解く方法を知らなかった。そして、そのことを告げられない自分を、もう一人の自分が嘲笑している。
 どう考えても、卑怯者だった。
 それは、不治の病を知りながら、宣告できないでいる医師に似ている。伝えなくてはいけない。けれど、どうやって伝えれば良いか分からないまま、焦燥と重い責任感だけが責め立ててくる。
 誰にも相談できないまま、自分の中に押し込めている。そんな自分に気づいているのか、ディアッカもラスティも直接声をかけてくることはなかった。サイは、彼らが彼らなりに少しでも情報を得ようと奔走していることを知っている。
(本当に、皆いい奴ばっかりだよな)
 失いたくない。
 失いたくないというのに。
「…今は、遠隔射撃の訓練をしているんですよ」
 いじけた感のシンの声に、思考の海に沈んでいたサイは、急激に現実へ戻された。
「遠隔射撃?以前、ディアッカがバスターで撃ってたみたいな、あれかな?」
「いえ、多分それって長射程ライフルのことだと思いますけど、そういう一撃必殺みたいなのじゃなくて」
「一撃必殺ねぇ…」
 なんだかんだで、大物を取り逃がしまくっていたディアッカのことを思う。
「散らばる敵にひとつずつロックオンしていって、一気に射撃する…。サイさん、見たことありませんか?『ミーティア』」
「『ミーティア』?」
「以前、キラさんがフリーダムに搭載させてて、一気に何体も落とすやつです」
 何か、脳裏にひっかかったものがあったが、そのまま相槌を打った。
「ふうん」
「敵の機体を一機ずつ見るんじゃなくて、視界はそのままに視界の中の敵をロックオンさせてゆくって…、理屈は分かるんですけどね」
「一機ずつに集中しないってことかな?」
「そうなんです。一小隊を視界に入れて、視線を動かさないまま照準を当てるっていうか。一小隊を一機として見るというか…」
「一対多…」
 サイは、無意識に呟いていた。
「そう、そんな感じ。数体は取り逃してもいいから、一体に集中しないまま、できるだけ照準を数多く合わせるっていう、曖昧な感じで…」
 分かるんだけど、上手くいかないんだよなぁ、とぶつくさ呟くシンの言葉は、サイの耳に届いていなかった。
(一対多…。一体に対して、数体。一体に対して、数十体)
 思考に耽る。
(一体に集中せず、曖昧に、数多く…)
 思考が集約してゆく。段々と収束を見るその結論は。
「…そうか…。そうだったのか…」
 サイは、静かに呟いた。
「サイさん?」
「ありがとう、シン。やっと壁が突破できそうだよ」
 精悍な顔つきで、サイは目を上げる。何のことやら分からずきょとんとしたシンに、嫌味のない表情のまま彼はニヤリと笑ってみせた。


to be continued



シンとアウル。
サイとラスティ。
んで、ディアッカ。
やっぱり、ドリームパーティ的な。
でも、好きだ。
妄想の産物になってしまっている(笑)、彼らでも。


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