GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光
4
「やあ、シン。久しぶり」 「お久しぶりです。サイさん」 ザフト軍施設の一室で、異なる立場の、普通であれば同じ場所に立つはずもない4人が、顔を見合わせていた。4人にとっては、同じ道を歩むことなど当然のことであったのだが、彼らの立場の重さや違いには、その4人が一緒に立っている図だけで周囲の者が酷く驚愕するほどのものだった。 「まずはともあれ、フェイスおめでとう、かな?」 「はい、ありがとうございます」 「あれ?なんか嬉しくなさそう?」 「そんなことはないですよ。…ただ」 ん?とオレンジの髪の青年は首を傾げ、先を促す。シンは、落ち着いた表情のまま応えた。 「フェイスになっても、俺がやりたいことは同じだって気づいただけです」 ぽかんと。オレンジ色の髪の青年は、呆気にとられた後、ニカリとさわやかに笑って、がしがしとシンの頭を撫でた。…撫でたというより、かき混ぜた、といった方が正しいか。 「いやー、おまえも言うようになったねぇ!」 「うわわわわ!やめてください!ラスティさん!」 「『ラスティ』って呼べって言ってんのに、まだ言うか」 片手でぐちゃぐちゃになったシンの頭を抱え込んで、ぐりぐりと拳の骨が当たる部分を頭頂部に押し付ける。 「あいたたたた!」 「ディアッカだけかよ、敬称ナシは。おまえらアヤシイんじゃないのぉ?」 「何言ってんですか!ディアッカはディアッカでいいから、ディアッカなんですよ!」 「あーん?」 敬称など気にしないディアッカだったが、さすがにその言い草には剣呑な表情を見せた。 「ラスティこそ、ラスティでいいだろが」 「そういえば、俺ってディアッカの先輩なのに、『ラスティ』って呼ばれてるよなぁ」 「先輩なんて、遠い昔の話だろ」 「年上なのに」 「年上に見えないからな。……って、おい。シン、オマエ、オレが年上に見えないって言うのか?」 少しばかり論点をずらしたディアッカの心遣いに気づきつつ、シンは「ん?」と首をかしげた。 「年上ですよ?」 「ふっふん。だろうな」 「かなり年上」 「…ん?」 「おっさんですよね」 「んあ?」 どうにも『してやられた感』が否めず、ディアッカは顔をしかめた。ラスティが声をたてずに笑っている。多分、『してやった』のはラスティなのだ。 目を伏せて、ぽりぽりと金髪の頭を掻く。 「あー、もういいから。オマエ、ラスティのこと、呼び捨てにしとけ」 ハイと応えておきながら、シンがラスティを呼び捨てで呼ぶのは、この会合が終わる間際のことだった。 「じゃあ、いいかな。本題に入って」 場が和み、必要以上の緊張が解けた後、おもむろにサイは切り出した。 「現状は、既に連絡してる通りだけど、始める前に一度確認しておこう」 そう言って、サイは部屋の中央に鎮座するテーブルに置かれたモニタのスイッチを押す。表示されたのは、宇宙の地図だった。 まずは、地球上での動き。オーブやセレベス各国に差し向けられた、技術購入工作。国の抵抗がなければ『購入』になるが、そうでない場合、セレベスでの技術者拉致などの強行工作がなされることとなる。実質上、『購入』ではなく、『強奪』というところか。 問題は、そこまでして手に入れた技術の使いどころであろう。広範囲の情報収集から、サイの予測に沿って、ラスティが廃棄コロニーを調べたところ、確かに『コバルトキャット』の暗躍を知ることができた。 『コバルトキャット』―――ブルーコスモスの。 「奴ら、とんでもねー数のモビルスーツを造ってる」 うって変わって酷く真面目な顔をしたラスティが、調査として潜入した際、直接目にしたことを口にした。 「セキュリティは、やたら高いけど、少人数なら入り込めないわけじゃない。そもそも作業員も少ないんだ」 今どき、職人気質もない。直接、人の手によって作られるモビルスーツなど、稀だ。だから、その話に特に珍しいことはなかった。 「だけどさ。いないんだよ」 「誰が?」 ディアッカは、唐突なラスティのセリフに、首を傾げる。 「じゃあ、シンに問題。モビルスーツがいっぱいあるところに、普通いる人間って誰だ?」 「え?俺ですか?」 いきなり話を振られて、シンはうーん…と考え込んだ。 「技術者…は、いなくても問題ないですよね。メカニック…はいますよね」 「うん。それに?」 「えーと…、メカニックがいるっていうなら……あ!」 シンは、考えを巡らせていたところに、ふと思いつく。 「パイロット!」 「そのとおり」 ラスティは、明瞭なシンの声に、ニヤリと笑う。 「製造工場であるデブリ帯に、パイロットがそんなにいるはずはないんだけどね。メカニックはいるのに、パイロットが一人もいないってことは考えられないんだけどねぇ」 「見かけなかったの?」 「俺が調べた限りは、一人としていなかったよ」 ラスティがそう言うのだ。パイロットは、本当に一人もいなかったのだろう。 モビルスーツの製造工場に、ラスティが言うとおり、パイロットはいる必要性はない。が、それなりの数のモビルスーツが製造されているのなら、品質向上のため操作感の良し悪しを意見するテストパイロットがいるのが普通だ。そして、『コバルトキャット』の支配するデブリ帯の製造工場では、それだけの数のモビルスーツが生産されているのだ。 「まあ、それがどういう意味を示してるのかは、今のところ分からないけど。対策としては、デブリの製造工場、1個くらいは潰しておくから。少しは戦力を削れるでしょ」 相変わらず、さらりと言う。「ちょっとそこまで散歩に行って来る」というようなノリだ。 特にラスティが言及することはなかったが、1つ潰すのがせいぜいだった。確認した3つの施設全てを対象としたいところだが、1つずつ襲撃すれば、2つ目からはセキュリティのレベルが上げられ攻めづらくなるのは必至で、3箇所を一気に攻めるほどの人員が、こちらにはない。 実質上、1箇所を攻め落とすのが限界なのだ。 「でも、敵さんにこっちが気づいたっていうのが知れる。それだけは覚悟しといてね」 「そうはいっても、こちらが誰であるのか気づくまでは、しばらく時間がある。ガードは強くなるだろうけど、その間に調査を進めることにするよ」 主に、『コバルトキャット』の動きについて。そして、モビルスーツの配送先、パイロットについて。 これだけ具体的に動いている『コバルトキャット』に脅威を感じる。今までに所有していたであろうモビルスーツの数と、今もまだ生産されているモビルスーツの数を合わせると、ザフト軍のモビルスーツの数を軽く上回っているのではないだろうか。 しかも、いまだに相手の戦略の中身が見えてこないことに、強い焦りを感じていた。 対応が遅くなれば遅くなるほど、それだけ自身の窮地が近づいてくる。自分の命だけではない、自分の親しい者や、自分の国に住む者。いろんな守りたい者が危険に晒されることとなる。 「俺は、どうすればいいですか?」 現時点で、自分が殆ど役に立っていないことに情けなくなり、シンはたまらず問いかけた。 「具体的な指針を示せなくて申し訳ないけど、相手の動きを正確に掴むまで、今までどおり訓練に励んで欲しい」 ほら、やっぱり、と思う。 フェイスになったところで、己は変わらないのだ。脅威に晒されながらも、己のできることなど少ない。自分の無力さに嘆くことは、随分前にやめたというのに。 シンの失意に気づいたのだろう。サイは冷たくもあった真剣な表情を柔らげ、静かに微笑んだ。 「シン、君が役に立っていないだなんて、思っていないよ。本当に、君には非常時に助けてもらいたいんだ。今は、その準備期間。君が訓練を怠ったら、皆共倒れになる」 「怠ったりなんか…!しません!」 「知ってる」 目の前でむざむざ死なせた大切な命に、自らの無力を痛いほどに感じ、何度当時の自分を罵ったか知れない。そして、当時の自分がもう二度とこんなことを繰り返さぬようにと、強くなれと、現在の自分に悲鳴を上げるのだ。 そんなこと、分かっている。分かりきっている。 唐突に、自らが沈めた海色のモビルスーツを思い出した。 二度と、と自分に言い聞かせておきながら。果たして、自分には戦う資格があるのだろうか。自分には、この人達の力になれるほど、役に立てるだろうか。 劣等感に頭を押し付けられ、自然、シンは俯いた。 「まー、サルがいくら考えてもいいことなんかないから、てきとーに鍛えとけ」 雰囲気を台無しにする声が、ふと降りてきた。 「…なっ!」 「キーキー喚いてないで、落ち着いてサイの言うことに従えってこと。わっかんねーかなぁ、やっぱサルだと」 「サルじゃない!」 「そっか、今日日のサルは、もっと賢かったっけ」 ああ言えば、こう…。先刻までの悩みなど、きれいさっぱり吹き飛んで、シンはディアッカに面と向かう。 「サル以下の、アンタに言われる筋合いはないっ!」 「なんっだそりゃ!クソザル!」 「うるさい、オッサン!」 売り言葉に買い言葉。いつの間にか言い争いに発展していたソレは、「あ、資料忘れた」と言ってそそくさと退出したディアッカで、唐突に幕を閉じた。 「かわいがられてるよねぇ」 場違いな言葉に、シンは目を見開く。思わず必死の形相でラスティを振り返ってしまった。 「は!?目が悪いんですか!?めちゃくちゃ虐げられてるじゃないですか!」 「いや、アイツの場合、キライな奴にはとことん近づいていかないから。面倒くさがって」 「そう。完全無関心。『かまう』って時点で相当気に入られてるのに、『面倒見る』っていうんだから、相当気に入られてるよね」 以前は距離を置かれて話しかけることはあってもアイツから声をかけられることなんてなかったのに、随分と変わったもんだ、とうんうんと頷くラスティに、サイが同意する。 「嘘だっ!…う…、嬉しくない…」 (シンだって) サイは、声に出さずに思う。 シンだって、ディアッカには随分と気を許している。ディアッカには吐く暴言も、サイやラスティには決して言わない。ディアッカが、シンの暴言に本気で怒ったこともない。シンとディアッカの言い争いは何度か見ているが、次に会った時にそれが影響して2人がぎこちない雰囲気になることはなかった。 (兄弟みたいだ) シンが真っ向から否定するのは目に見えていたので、声に出さずにそう思う。シンの頭をぐしゃぐしゃに撫でているラスティの目も穏やかだ。きっと、サイと同じことを思っているに違いない。サイは、微笑ましいじゃれあいを見て、そう思っていた。 「昔のダチに、ちょっと顔見せてくる」 ディアッカに付き添うついでに、とラスティが席を立った。シンとサイが部屋に残される。 手持ち無沙汰に、サイが提示したモニタの内容をぼんやりと見つめていると、おもむろにサイが切り出した。 「シン、伝えておきたいことがあるんだ」 テーブルにだらりと寄りかかり、だらしなく投げ出した腕に顎を乗せていたシンは、サイの声に耳をピクリと動かし、ひょこんと顔を上げた。その小動物を思わせる動きに、サイは苦笑を禁じえない。 「口止めされてるけど、アイツは絶対に言わなそうだから」 アイツが誰であるかなど、シンは聞かなかった。誰のことを示しているかシンが分かっていることをシンの表情で確認し、サイは続ける。 「以前に、オーブ襲撃の話になってね。君の名前が出て、話してたことなんだけど」 そのときを思い出すかのように、サイは遠くを見る目つきになった。 「オレはさ…」 それまで饒舌だったディアッカが、シンの名前が出た直後、口を重くした。確か、休戦時、当時まだ新人でもあったミネルバの隊員が集められたばかりで、ディアッカが配属されていたジュール隊が実質フォローに入り、ミネルバの試験的ともいえる初のミッションが終わった直後だった。 かたくなだったシンの態度が軟化し、なんとか言葉を交わせるようになった頃。 「すっごい自分勝手な思いだとは分かってるケド」 ディアッカが、自嘲気味に笑う。 「確かに、アイツの家族は連合がオーブに襲撃してきたときに亡くなってしまったけど、オレはアイツが生きていて、アイツだけでも生きていてくれて、嬉しかったんだ。ひとつでも多くの命を救えたって思えて、サ」 まるで紙切れのように、ごく軽く、たくさんの命が散っていった。命の紙ふぶきの中、それはたったひとつ救えたと思える大切な命だった。自分が生きていて、自分が戦った意味を見出せる、たったひとつの命。 身近な死という喪失を知っていたから、シンがどれだけ悲嘆に暮れたかは、知っているつもりだった。 けれど、それを知っていても、酷く自分勝手であるとは分かっていても、願わずにはいられなかった。 運命を押し付けるわけではない。が、せっかくの助かった命。その命を大事に、ひとつでも多くの命を救っていってもらいたいと。 「…いえ」 神妙な顔つきのサイに、姿勢を正したシンが重く口を開いた。 「それは、俺の運命だと、使命だと思ってます」 言わずとも、ディアッカの思いはシンに届いていたのだ。サイは、いつのまにか成長している目の前の少年に目を細め、ゆっくりと手を差し出した。 「でも、君は独りじゃないから。俺達も一緒に行くから」 おまえだけを行かせない。 シンは、差し出された手を大事そうに握る。温かい手のぬくもりに、なんだか胸が熱かった。 「はい、よろしくお願いします」 嬉し涙に瞳を潤ませていると、戻ってきたディアッカが早速それを冷やかす。せっかくの感動が台無しだと思いつつ、心強い仲間がいることに、シンは何にでもなく心底感謝していた。 to be continued |
ここでしか見れないドリームパーティー。 見たいのは、書いてる本人だけ とかだったら、 ちょっとサミシイかもしれない。(十分ありうる) |
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