GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



 事の詳細を話してから、『ノア・カンパニー』が提示してきた金額を口にすると、それまで興味のなさそうにだらりとした態度をとっていた彼は、ひゅうっと口笛を吹いた。
「そりゃあ、随分と気合の入った金額だねぇ」
 人一人が一生遊べて暮らせる、という値段ではない。それどころか、ちょっとした企業なら、社員全員が遊んで暮らせて、馬鹿をしなけりゃ百年先まで企業は安泰だ。
 そんな金額だった。
「それを、オーブとセレベスに、同時に提示してきたってワケか」
「そういうこと」
「とんでもねーな」
 彼の率直な意見だった。
「多分、オーブとセレベスだけじゃない。他の国や企業にも、目ぼしい技術があったら交渉をかけてるはずだから、全部の支払い考えたら、一企業の動かす金額じゃないよ。軽く『国』の換算になる」
「支払い相手を抹殺して、技術だけ持ち逃げー、ってこともあるかもねぇ」
「あー、こわいこわい」
「で、その怖いことになる前に、対策をとりたい、ってわけ」
「隊長でもなんでもない、緑な軍人に何ができるってんだよ」
 「けっ」と吐き出すように言う彼に、オレンジの髪の青年はアイスティーをストローですすりながら笑った。
「そうだよねー。赤でもなんでもないもんね」
「うるさいよ、元赤。こっちも元赤だっつーの」
 言い合いをしている2人の流れに飲まれず、黄色のサングラスをした穏やかな瞳の青年は、にこりと笑う。
「もう、すでに1人救ってくれたじゃないか」
「…俺じゃない」
 声は暗い。
「ディアッカが手配してくれなかったら、彼は死んでた。実際の処置をしてくれるのがディアッカの父親でも、彼が生き延びられたのは、間違いなくディアッカのお陰だよ」
 最初、その言葉に照れたようなそぶりを見せたディアッカだったが、よくよく考えてみると「だから、もっと協力しろ」と、脅迫されたようなものと気づく。目の前の青年は、至って穏やかな表情のままだが、相変わらず腹の中は真っ黒だ。…と言うと、後が怖いので黙っているが。
 まあ、腹黒い、では口が悪いかもしれない。彼は、先見の明があるのだ、と思う。何度その思慮深さに助けられたことか。
 だから、やっぱり、彼の頼みを聞かないわけにはいかなかったのだ。
「でもさ、最終的には、自軍の保険になると思うケドね。奴がこれだけ準備して潰したい相手って、ザフトだろ?」
「まー、元実家を軽く言ってくれますこと」
「いやー、おまえらが清く正しく、つよーく守ってくれると信じてるからこそ、だよ」
 わざとらしいウィンクに、ディアッカはげっそりする。
「ソレにはなんっか納得いかないケド」
 つんつんとはねたオレンジの髪を、恨めしそうに指で指した後、褐色の顔は表情を引き締めた。
「言われなくても、奴らのいいようにはさせないさ」
 その言葉に、それを聞いた2人とも、深く頷く。
「それじゃ、いいかな?」
 サングラスの青年は、見合わせた表情を確認して、言う。
「じゃあ、始めようか」
 それぞれの役割と、連絡手段と、それぞれの暗号という名のニックネームを、てきぱきと決めてゆく。
 そして、奴のニックネームは『コバルトキャット』とされた。
 それが、始まりだった。


 それから、いくらも経たないまま。
「まずいことになった」
 いつになく真顔のラスティから、歓迎しない情報が届くことになった。
 モニタ越しに集まった3人は、モニタに映ったそれぞれの渋面を、己の姿を鏡に見るように見るハメとなる。
「どういうこと?」
 自然、問うサイの声も低くなる。
「裏切りそうな奴の監視は強めていたはずだったんだけどね。こっちの最新通信技術が、『ノア・カンパニー』に買われた」
「はぁ!?」
 『何やってんだよ』と言わんばかりのディアッカを制して、サイはラスティに続きを促した。いつも陽気なラスティの表情は、硬いままだ。
「実は、現状はもっとヤバイ」
「どういうことだよ」
「その技術を研究してた博士も、拉致された」
「はっ!」
 もう笑うしかない、という風に、ディアッカは「話にならない」とこぼす。
「でも、ちょっと待って。何も対策はしてなかったの?」
 ラスティにしては珍しく、やられっぱなしのような内容に、サイは首を傾げた。あらゆる可能性を考えて対策を立てるラスティにしては、あまりに迂闊過ぎる。
 事実、その問いに、ラスティはいたずらを企んでいる少年のような笑みを浮かべた。
「してないわけでもない」
「なんだよ、そのとってつけたような言い方は」
「まー、そんな怒んなって。セレベスが国として『ノア・カンパニー』の要求を受け入れなかったら、相手がこういう強硬手段に出るのは、大方予想がついてた。だから、こっちが劣勢をひっくり返す手立てがないワケじゃない」
 「あーん?」と、眉間に皺を寄せたディアッカは、良く分からない、とサイと同様首を傾げる。
 ラスティは、順に説明するから、と立てた人差し指をちょいちょいと動かしてみせた。
 ラスティの説明は、こうだ。
 セレベスが『ノア・カンパニー』の要求を受け入れなかった場合、直接、通信技術を開発した担当者に連絡を取ろうとするのは、目に見えていた。さらに、その担当者の中でも、提示された金に目の眩むであろう者も予想がついており、本人には分からぬように監視の目を光らせていた。
 が、『ノア・カンパニー』は一筋縄ではいかないらしく、金だけではなく処遇についてもエサをひらつかせ、通信技術の担当者からデータを掠め取ったのだろう。その担当者は、現在行方が知れないが、多分、この世の者ではなくなっている。
 技術情報のデータがあれば、事足りるはずだが、奴らの行動はそれでは終わらなかった。
 技術の開発者でもある博士の拉致である。
 それも、予測していなかったわけではなかった。
 どうやら、博士の家族を先に誘拐し、家族を人質にしたようだが、ラスティにとってそれは考えていたとおりの筋書きだったらしい。
「なんでだよ。博士をなんとか救い出したって、家族が殺されたら、元も子もないぜ?」
「そんなこと、させるわけないよ。奴らの意図を掴んだら、さっさと博士も家族も救い出すだけだし」
「おまえ、そんな簡単に言うケドなぁ…?」
 呆れ顔のディアッカに、ラスティは面白そうにくっくと笑った。
「だから、さ。何もしてないわけじゃないんだって」
 おもむろに、ラスティは手元の携帯を開いて、画面をそれぞれのモニタに映し出した。画面には、等高線のような曲線が並んでおり、ある2箇所で、白い丸が点滅をしている。
「なんだこれ」
「博士と家族の居場所」
「……は?」
 あまりにも突飛な答えに、ディアッカは思わず口をぽかんと開けた。
「『ノア・カンパニー』の買収工作が怪しいってんで、事前に取り付けておいたんだ」
「何を」
「GPS」
「は?」
「博士と家族の頭蓋骨にはさ、GPS送受信のチップが貼りつけてあるんだよ」
「なっ!」
 なんでもないことのように言うラスティに、ディアッカとサイは目を剥く。
「技術開発で身体を酷使しただろうからさ。臨時の健康診断をしたんだけどね。せっかくだから、家族も、ってね。そしたら、博士にも博士の家族にも異常が出てさぁ。」
 ラスティを敵にまわしたくない。
 何度目か分からない思いを新たにする。
「……ってことで、博士と博士の家族は、ココにいるワケ」
 ラスティが、地図上の白い2つの点を指差した。なにやらGPSを取り付けた際の相手を誤魔化すシナリオとか、チップの機能とかを事細かに説明していたようだが、ディアッカにもサイにも、聞こえてはいなかった。
「ああ、良く分かった」
 オマエがとんでもなく恐いってコトが。
「さすが大統領秘書だな」
「そんな褒めるなよー。当然のことだって」
 当然のことなのか。
 そして、褒めてないから、照れたように顔を赤らめるな、気持ち悪い。
 コホン、とサイが咳払いをした。場の空気が改まる。
「じゃあ、『コバルトキャット』に情報が流れるのは時間の問題ってことだね」
「ってことは、とうとう動き出すな」
 セレベスの通信技術が奴らに渡ったのは確かに痛かったが、今回で上手く手に入れられなかったら、どうせあらゆる強硬手段を駆使してでも奴らは技術を手に入れただろう。それだけ欲しい技術だということが分かっただけでも僥倖と思うしかない。とうとう、息を潜めていた奴らの行動が、表に表れてくる。尻尾を掴む絶好の機会には違いなく。また、この機会を逃せば次はなく、自分達の死が訪れることは明白だった。『コバルトキャット』は容易い相手ではない。
 セレベスの最新通信技術が何に使われるのか。
 同時にオーブへのモビルスーツ技術買収工作があったことを考えれば、モビルスーツ関係であることは想像がついた。ザフトへ、プラントへ戦争をしかけようとしているのだ。滅ぼすために。息の根を止めるために。
 ―――そんなことは、させるものか。


to be continued



なんだか、私の書くラスティは最強です(笑)。
ドリームしている、とも言う。


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