GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光



 予感はあった。
 予感があったからこそ、調査したといえる。そうでなければ、調査の指示など出すはずもない。
 調査結果を再度読み返して、彼は深いため息をついた。
「…サイに話すか…」
 調査結果が真実ならば―――調査員の腕は彼が熟知している。真実でない可能性は限りなくゼロに近い―――先行きは暗い。いくら彼が楽観的な性格をしていようとも、ネガティヴな考えを否定することはできなかった。
「…今後、ザフトは厳しくなるな…」
 薄暗い部屋の中、彼は独り小さく呟いた。
 後から考えれば、その言葉は、確かにこの世界の未来を予言していたといえた。


 吸い込まれそうな青い空から、柔らかな陽がさんさんと降り注いでいる。そう遠くない海岸から、潮の香りを乗せたさわやかな風が、半そでから伸びた腕をさらりと撫でていく。それはとても穏やかな風景。
 その景色からは想像もできない状況に、この国、オーブは陥っていた。
 ユウナ・ロマ・セイランとカガリ・ユラ・アスハの誰が見ても明らかな、政略結婚。式中にモビルスーツで連れ去られたカガリ・ユラ・アスハ。オーブの理念という名の、これまでのかたくなまでの「中立」という立場を理由とした、連合の執拗な参戦要請。その裏に隠れた、オーブのモビルスーツ生産能力と機械工学技能を目的とした吸収工作。
 次から次へと訪れる危機に、息をつく暇もない。
 そんな中、彼はオーブの首長邸に程近い白い建物に入っていく。飾り気のない質素な建物だった。鉄筋をコンクリートで固めたよくある風の2階建ての建物。中に入っても、特に目立つ装飾品はなく、人気のない受付にぽつんと置いてある花瓶にオレンジのガーベラが2本ささっているのみだった。持ち主の性格が知れようというものだ。
 彼は誰もいない受付を素通りすると、迷いなく2階の奥の部屋に向かう。何人か廊下ですれ違うものの、彼を引きとめようとする者はおらず、反対に会釈する者すらいた。
 開け放たれたドアを抜け、事務所風の長い部屋の奥で立ち話をしている青年に軽く声をかける。
「サイ」
 数人と話し込んでいたサイが振り返る。真剣な表情が、訪れた彼を認めるとふっと崩れた。
「やあ、早かったね」

 奥の応接室へ通されると、ざわついた隣の部屋が嘘のような静けさだ。もちろん、応接室とはいえ、相変わらず装飾品はない。ソファのクッションが破れていないだけでもマシといえようか。…まあ、汚いわけではない。こぎれいではあるのだが…。
「相変わらず飾り気がないねぇ…」
 半分呆れ気味に彼は息を吐く。
「そう?使い勝手が良ければ問題ないと思うけど」
 サイが手ずから淹れたコーヒーのマグカップを、手渡す。彼は抽象画を思わせる原色で彩られたマグカップを受け取りつつ、再びため息をついた。
「マグカップ…。ここは、ソーサー付きのコーヒーカップとかさぁ…。マイセンとか、無茶な要望は出さないから、もっとこう…」
 飾らない性格であるのはいい。けれど、それが組織の顔として、イメージとして表に出る場合は、少し気を遣った方がいいんじゃないか、と以前から言っていた。…が。かといって、サイの美意識は過激というか、ちょっと変わっているというか、どぎついというか…。つまりは、センスがないと言えて。
 …誰か、助けてくれ。
 それが、彼の正直な気持ちだった…。
「はいはい。で、そんなことを言いにわざわざ来たんじゃないだろ」
 ぶちぶちと文句を言う彼を、やんわりとした口調でサイが止める。彼は、淹れたてのコーヒーを一口口にすると、表情を変えた。青い瞳が真剣な光を灯す。
「先に連絡した通りだけど、ちょっとまずいことになってさ」
「最近開発された通信技術だっけ?」
「そう、それ。それなんだけどさ」
「凄いんだって?今までの通信速度を何倍も上回る、って聞いたんだけど。光速よりも早いって、どういう構造してるのさ?これまでの通信技術の根本を覆す感じ?有線じゃないとダメなわけ?それとも無線で…」
「ストップストップ」
 矢継ぎ早に質問するサイを、彼は手で押さえるようなジェスチャーをして、慌てて引き止めた。普段はすこぶる冷静沈着なサイだが、こういう時には、根っからの知りたがりの性格が顔を覗かせる。
「いや、俺も専門じゃないから、はっきりとしたところは説明できないんだけどサ。凄いのは、自国のことながら、認めるよ。そうじゃなくて…」
 彼は、ちょうど良い熱さになったコーヒーを一口飲むと、そのコクと味に満足してから、ふうと一息ついた。マグカップのセンスはいただけないが、コーヒーの味は確かだ。サイの味覚は正確なものと安心する。
「問題は、その技術を買った奴らのことさ」
 彼の瞳が冷えると同時に、サイの表情からも柔らかさが身を潜めた。
「相手は?」
 ここが、盗聴器がしかけられていない、他の者も侵入してこない安全な部屋であっても、お互いの顔は内緒話をするそれに近く、その声は自然と潜められた。
「サイは知ってるかな。最近、頭角を現してきた、『ノア・カンパニー』って企業」
 サイの表情が、その企業名を聞いた瞬間、一層険しくなった。その表情で、彼も、サイがその企業に思い当たるところがあると知る。それどころか、これは…。
「…まずいね…」
 一足飛びで、サイの中では結論が出たらしい。その結論の筋道にあるキーワードを知らない彼は、当然のように疑問を口にした。
「どういうこと?」
 サイは、ソファの背もたれに腰を落ち着けて、指を組む。
「その企業、俺達も調査してるところ」
「…ってことは…」
「そう。オーブにも『技術を買いたい』って、再三来てる。その報酬は破格だね。資金難で味方の少ないオーブとしては、喉から手が出る程だ」
「こっちと同じだな。世界的な開発技術にしても、こちらに提示された金額も破格過ぎる」
「どうやらあちらの意向は本気らしいけれど、問題はその金の出所だよね」
「それも、オーブにもうちにもってんじゃ、倍の金額を保持してるってことになる。相当な組織じゃなきゃ用意できないな」
 そこで、サイにも彼にも、同じ組織が頭に浮かぶ。
「…やつらは、機密保持を第一に掲げるらしいけど、あっさりとバレるもんだね」
「そうでもないさ。俺達以外の相手には、企業を変えたり手段を変えたりしてるって調査結果もある」
 そこで、サイは「あ」と気づいたように、小さく声をあげた。
「そっか。俺達の関係を知るわけがないからか。国家同士の表向きの繋がりはないからな」
「それと、こんな小さな国同士、集まったって何もできない、って過小評価されてるってことだろ」
 サイと彼は、顔を見合わせてニヤリと笑う。
「それで?そちらの大統領の意向は?」
「そりゃもちろん、全面抗戦」
「オーブは、今のところ政権を握ってるのがユウナ・ロマ・セイランだからね。政的馬鹿ではないけれど、状況が状況だからな。フィフティーフィフティーってところか」
「べっつに、オーブがどうこうってワケじゃないよ。俺が聞いてるのは」
 サイは、彼の突っ込みにくすりと笑う。
「ああ、分かってるよ。俺としては、相手にとって蚊ほどの小さな組織だけど、全面抗戦だ」
「その応えで、じゅーぶん」
「じゃあ、あいつに連絡しないとね」
「えー、またあいつかよ」
「だって、俺達と繋がりがあるのって、あいつしかいないじゃない」
「ま、そうなんだけどね」
 彼らは、お互いに同じ相手を思う。遥か遠く、プラントで軍人をしている、褐色の肌で金髪の彼を。表面はおちゃらけているものの、紫の瞳が強い意志を持ったままの彼を。
「じゃあ、いつにする?」
「用意ができたら、すぐ」
 通信手段で連絡をとることなど、彼らには手段の中に含まれなかった。どこでハッキングされるか分からない方法など、とるはずもなく。彼らの中で、プラントへ出向くことは既に決定事項だったのだ。
「オーケー。じゃあ、用意ができたら連絡する」
「こっちも」
 サイが、彼に手を差し出した。彼もそうしようと思っていたのか、先手をとられたことに、小さく照れたように笑う。
「よろしく、サイ」
「よろしく、ラスティ」
 そして、ラスティとサイは、顔を見合わせて再度ニヤリと笑った。


to be continued



なんでこの2人が知り合っているのか、とか。
よもや自分の二次創作内でパラレルを書くことになるとは。(主にステラ関連)
てか、またこの2人かヨ!的な。

…彼らには、なんかあったんでしょう。あれと同じくらいの。
…いろいろすんません…。

でも、やっとこさ主力が出張り始めました(笑)。


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