GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ4
オモイ
「あなたは、自分のしたことを分かっているの?」 「…分かっている…つもりです」 半ば反抗気味の、暗い表情のまま。その瞳の下には、黒いあざのようなクマがあり、彼が彼女を想って眠れなかったことを示していた。 「本当に?彼女は、また調整されて、貴方の敵として現れるかもしれな…」 「分かっています!」 シンは、タリアの言葉を叫んで遮った。艦長室には、シンとデスクについたタリアしかいない。もちろん、怒鳴らずとも聞こえているのは言うまでもなく。 「じゃあ、あのまま衰弱して死んでいくステラを見てろって言うんですか!?見捨てて殺せと言うんですか!?」 「そう、怒鳴らないで、シン」 タリアは、脳まで響く声に、こめかみを押さえた。頭に血が上ったのか、赤くなった顔は変わらないものの黙ったシンを見て、タリアはひとつため息をついた後、続ける。 「貴方は信じられないかもしれないけど、私達は貴方の味方よ、シン」 「…だったら…!」 「まだ、話は終わってないわ。落ち着いて聞いて」 興奮したシンが、聞こうとする体勢を必死に作ろうとするのか、息苦しい肺に新鮮な空気を入れようと、大きく息を吸った。まるで、陸に上がった魚のようだ。 「確かに、私が議長へエクステンデッドについて報告するところを、貴方は見かけたかもしれない。私は、私個人である前に、このミネルバの艦長なの。艦長に軽はずみな行動は許されない。私の判断いかんで、クルーの生死が決まるのよ。…もちろん、貴方もその一人」 「……」 タリアには、ミネルバのクルーを守る義務があった。エクステンデッドであるステラが、いくら見た目上危険がないとはいえ、職務上報告する義務があったのだ。 人の目がある以上、タリアも監視する立場であれ、監視される立場でもあった。相手があの議長、ギルバートであれば、尚更だ。どこで情報が漏れるかも分からない。 ミネルバ艦長がエクステンデッドの情報を隠蔽している。 そんな態度を見せたのなら、どこで誰が見ているか分からない。 それは、分かっている。けれど…。 「あなたは、あのエクステンデッドの子、ステラと何があったのか私には分からないけれど、大事に思っていた。あの子が、私達の同胞の命を数多く奪ったとしても。…そうよね?シン」 面と向かってタリアに指摘され、意識して見ないようにしていた現実を叩きつけられた。 ステラは、…エクステンデッドは、純白の存在ではなく。限りなく真紅に近い存在だ。その色は、同胞の命によって染め抜かれている。 「同胞」と言ってしまえば遠い。シンにとって、レイやヨウラン、ヴィーノやルナマリアを想像すれば。ステラにその命を奪われたと想像すれば……。 ただ、胸が苦しかった。 「……すみません。…でも、…だって、ステラは、自分の意思で戦ったわけじゃなくて…!」 だだをこねる子供だとは分かっている。けれど、反論したかった。大事な存在を否定されたようで、我慢ができなかったのだ。 「そう…みたいね。けれど、あのままでは衰弱して、死に至る可能性が高かった」 シンが声をあげようとすると、目に飛び込んできたタリアの神妙な顔つきで、息を飲んだ。 「私はね、シン。私個人としては、あの子を助けたかった。そう思っているの」 タリアを、穴が開くほどに見つめるシンに、タリアは微笑みかける。 「ただ、あの子の命を救えばいい、と思っていたわけじゃなくてね。あの子の置かれた環境から、あの子を解放してあげたかったの。極々、個人的に、ね」 一人の子供を持つ、親として。 口には出さなかったが、タリアは胸の中で付け加えた。 ステラが自分の子供だったら、と想像すると、その壮絶な思いは計り知れない。可能性がないとは言い切れなかった。誰もが、誰の子供も、ステラになりうる可能性があったのだ。 だから。…だから、その事実を否定したくて、自分の意思がステラを救いたかった。ステラの命を、ではなく、ステラの存在を。心を。 けれど、タリアはミネルバの艦長である自分自身を無視できない。艦長である自分と、一個人である自分との葛藤。 表情ににじんだ苦悩があった。 「これでも、あの子を助ける方法を模索していたつもりなのよ?…今更言っても遅いかしら」 自嘲気味に、その人は笑った。 なんて綺麗な表情だろう。 シンは言葉を失って、タリアを見つめていた。…とても懐かしく感じたのはなぜだろう? タリアは、シンの今の表情を、泣く直前のものだと知っている。けれど、年頃の少年に、タリアがそれを知っていることに気づかれると、馬鹿にしていると勘違いされる恐れがあった。なので、にこりと微笑みかけるにとどめることにする。すると、シンは恥ずかしくなったのか、顔を赤らめ、ぷいと顔を逸らした。 「……すみません…」 彼にとっては、殊勝な言葉だった。タリアは、その言葉に満足する。 「ひとつだけ…」 タリアが、穏やかな表情のまま、言葉を紡いだ。ゆっくりと、シンの顔がタリアに向けられる。 「ひとつだけ、お願いがあるの」 「なんですか?」 「貴方は過去に、無条件に信じられる大人を失ってしまったかもしれないけれど。信じられる大人がいることを否定しないで欲しいの。貴方のことを大事に想っている人は、友達にも仲間にも大人にもいることを…」 じっと、シンはタリアの言葉に聞き耳を立てていた。 「信じて欲しいの」 そしてその言葉は、すんなりとシンに染み込んでいく。 その脳裏に、失ってしまった家族の笑顔が浮かび、そこにレイやヨウラン、ヴィーノやルナマリアの姿が増えていった。家族の温かさに囲まれていた懐かしい感覚が、流れ込んでくる。 独りではないよ、と。 そう、どこかから声が聞こえた気がした。 艦長室を退出し、自室に戻る途中、休憩室からもれてきた会話に自分の名があることに気づき、シンは足を止めた。 「…シンもレイも、また、軍規違反を許されるんだな…」 「ザフトレッドだからってことか?…はっ、さすがだな、エリート様は」 「シンが、遠い人になっちゃったみたい」 「あのエクステンデッド、なんて言ったっけ?ステラ?どうせあいつ、また敵になって俺達を殺しに来るんだろ?なんだってそんな敵を助けるようなことするんだか」 無意識に、歩は進んでいた。休憩室の入り口に現れたシンに、少なからず驚いた顔で、思い思いの格好でたむろしていた面々が振り返る。 「シン…」 決まり悪そうに呟いたヴィーノの前に出て、ヨウランがシンを睨む。 「なんだよ。文句あるのか?おまえがやったことは、ザフトの人間を殺すことなんだぞ?」 (あの子が、私達の同胞の命を数多く奪ったとしても) はっとして、タリアの言葉を思い出す。どうして、ヨウランやヴィーノが、シンの選択を無条件に支持してくれると思っていたのだろう。最近、ヨウランともヴィーノともロクに話していなかった。それどころか、彼らがシンを不信そうな目で見ていたことを忘れたか? でも、ステラを馬鹿にするようなさっきのセリフは許せなかった。海が好きだったステラ。優しく慰めてくれたステラ。自らが生命の危機に蝕まれようとも、シンを心から心配していたステラ。 彼女は、優しい。 「ステラは、望んでエクステンデッドになったわけじゃない!」 「ああ、そうかよ!俺達は、そんなこと知らないけどな!」 「望んでなる奴なんて、いるわけないじゃないか!」 「知るかよ!いるかもしれないだろ!?」 いつの間にか、シンとヨウランは胸倉をつかみ合いながら、顔を突き合わせていた。睨んだ瞳は本物で、お互いを今生の敵を見るような目つきで見ていた。 シンの脳裏に、ステラやアウル、スティングと過ごした時間が思い出される。温かくて優しくて、懐かしい感覚を思い出していたあのとき。 それを…、それを、馬鹿にするな! シンの表情が、怒りだけではないものに歪んでいく。ヨウランはその表情に気づかないわけはなかった。 「なんで、あいつらを悪く言うんだ!あいつらの何も知らないくせに!」 カッと、ヨウランの目が見開いた。 ガッ! 一瞬後、床に投げ出されたシンの体。 「ヨウラン!」 ヴィーノが泣きそうな顔で、今にもシンに飛び掛ろうとしているヨウランを、後ろから全身で止める。 床に殴り飛ばされたシンが振り返り睨んだ先に、憎いヨウランの顔があったはずなのだが。そこにあったのは予想に反して、今にも泣きそうな、シンがさっきまでしていたような歪んだ表情だった。 「分かるかよ!おまえが言わないことが、なんで分かるんだよ!おまえは何も言わなかっただろ!?おまえが言わないことが、どうして俺達に分かるって言うんだ!」 (貴方のことを大事に想っている人は、友達にも仲間にも大人にもいる) 思い浮かぶのは、また、タリアの言葉。 いつも、手を差し伸べられることなどないと思っていた。今ここで戦っている者は、自分独りなのだと。 けれど、手はいつだって差し伸べられていたのだ。跳ね除けるどころか、その手を見ようとしなかったのは自分で。自分の殻に閉じこもっていたのは、自分で。 「…でも、あのままじゃステラは…」 「そう言って、あいつを連合に戻したら、今度は俺達が殺されるけどな。おまえだって殺されるかもしれない。分かってんのか!?」 「俺が守る!」 「どっちを!?俺達が殺されるか、あいつらを殺すか。どっちだよ!?」 「どっちも守るんだ!守るって約束したんだ!…もう二度と、失うのは嫌なんだ!」 家族を失って、次こそは大切な人を守ると誓った。そしてまた、その手でアウルを殺した。あの血を吐くような誓いは何だったのか。 だから、今度こそは。今度こそは、守りたいのだ。大切なものを。すべて。 命を懸けても。 シンの悲痛な叫びに、休憩室は静まり返った。静寂を破ったのは、ヨウランの呟くような声。 「…それを。…それを、おまえは一言だって俺達に相談したのかよ…」 「…え?」 思いもしなかった言葉に、シンはヨウランを見上げる。ヨウランの辛そうな表情に、息を飲んだ。 「…ヨウラン?」 「ふんっ」 ヨウランを見つめたまま、呆けたように何も言わないシンにしびれを切らし、ヨウランはヴィーノの束縛を解くと、肩をいからせたまま休憩室を出て行った。 「シン。ゴメン…」 ヴィーノが、何に謝ったのか、そそくさとヨウランを追って出て行く。居づらくなったのか、動向を固唾を呑んで見守っていた面々が、ぽつぽつと休憩室を退室していった。 独り残されたシンは、静かに思考する。殴られた頬は、痛みで己の存在を主張し、熱を集めた痣はそれでも温かく。そしてまた、どこかからか声がする。 独りではないんだよ、と。 to be continued |
前作SEEDから思っていた、 「ちゃんとした大人がいればなぁ…」 理想論。 そして、 「シンを正しく導いてくれる人がいれば…」 という理想論。 本編で、ヨウランとヴィーノを、もっと活躍させたら、 結構面白かったと思うんですけども。 |
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