GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光
キラ1
追い詰められた、と焦ったときは、既に遅かった。 眼前に迫る、ソードインパルスの巨大なソード。確実にコックピットを狙うそれに、ソードインパルスのパイロットの執念を刺すほどに感じる。 操縦桿は、傾け切って、ガチガチと耳障りな音を鳴らしていた。もう、これ以上の機動力はない。これで、全開だ。 けれど。 今にもコックピットを刺しそうなソードの軌道を、十分に逸らせない。コックピットの背後に控える核の融合炉が、キラの背筋に冷や汗を流した。 「うあぁぁぁぁぁぁ…っ!」 悲鳴を出した…のだと思う。爆音の中、耳が、自分の悲鳴を聞いた気がした。 爆風に揉まれ、吹き飛ばされ、身体のあちこちが切り刻まれて凄まじい痛みを訴えた。何もかもがぐちゃぐちゃになり、ふいにぷつんと意識が途切れる。 そして、フリーダムは、ソードインパルスに落とされたのだった。 白い天井があった。 音はない。完全な無音の世界が、むしろ耳に痛かった。 じっと天井を見つめながら、自分が置かれた現状を考えてみる。酷い頭痛があり、全身もきしんで痛みを発していた。けれども、渇望するように、むさぼるように、自らの記憶を手繰り寄せていくのを止めることはできなかった。 ザフトのモビルスーツと戦っていて…。インパルスが出撃してきて、フリーダムで応戦して、いつもとは違うインパルスの動きに翻弄されて、インパルスはソードインパルスに実装して、ソードが…。 そこで、視界に火花が散った。脳が、思い出すことを拒否したのだ。 どうやら生きているらしいと実感したのは、部屋をぐるりと見回したとき。見覚えのある白い壁は、アークエンジェル内の医務室らしかった。 しかし、何か違和感があった。体中が主張する痛みは、分かる。だが、それではない、何か。 ぐるぐると回る思考に痺れを切らし、きしむ身体に眉間に皺を寄せながら、身体を持ち上げる。呻き声は、薬品の並ぶ薬品棚のガラスに映った自分の姿に凍りついた。 なんのことはない。包帯に包まれ、点滴の針が刺さった自分の姿は痛々しいものの、見慣れすぎる程の顔があった。 それではない。 その顔を縁取る…。 「…うあ…あ…」 恐怖におののいて、無意識に声が出た。一度出てしまえば、それは止まらず。 「…う、うわぁぁぁぁぁぁぁ…!!」 全身を襲う恐怖。目覚めてからずっと感じている身体の中の違和感。身体の中で、見知らぬ虫がさざめいているような気味の悪さ。 目に映るソレは、きっとその結果。 確信があった。気を失う前と、今の自分には、決定的な違いがあるのだと。それは、映ったソレだけではないのだと。 きっと、遺伝子レベルから、己は変化してしまったのだと。 …変化ならまだしも…。 …きっと、己は遺伝子レベルから、欠損してしまったのだ、と。 「うわあぁぁぁぁぁぁああああ…っ!!」 薬品棚に映ったキラの姿に、純白とも言える白色がある。今までのキラをかたどる時にはなかった色。 ―――キラの髪は、真っ白に変わっていた…。 自らが恐いほどに感じていた違和感は本当で、精密検査を受けた結果に、現実を思い知らされる。 キラの遺伝子は、フリーダムの核融合炉の爆発でずたずたに傷つけられ、スーパーコーディネーターでなければ、すでに生きているのが不思議な程のものだった。ナチュラルであれば、核の発する放射能を受け止めきれず、即死していたことだろう。…そんな状態。 白い髪で、見た目からもはっきりと分かるキラの受けた傷の大きさに、アークエンジェルのクルーは皆、痛ましい視線を向け、なぐさめの言葉を口にした。 …けれど。 皆が思うような、外見だけの問題ではなく。 汗ばんだ手が握る操縦桿が、カタカタと震えている。もちろん、操縦桿を握った本人の震えが伝わっているからだ。 「やっぱり…、ダメだ…」 絶望が、視界を闇に落とした。 操縦桿を握っても、どうやって操縦していたのか、思い出せない。OSの構造どころか、使用方さえあやふやだった。次々と画面に映し出される単語が分からない。画面の遷移に目がついていかない。 なぜ、こんな大きな機体を動かせていたのか、皆目検討がつかない。 あんなに、易々と操縦していたというのに。呼吸をするに変わらない程の、極簡単な。 「焦ることはありませんわ。いずれ身体が治れば…」 「下手ななぐさめはやめてよ、ラクス」 「……」 ラクスの労わるような声に、感情の色のない声で、キラは遮った。 遺伝子が身体の治癒と同じく、自然と治癒していくなんて、聞いたことがない。放射能に汚染された大地でさえ、生命が戻るのに何百年もかかるというのに。 もう、二度と、以前のキラに、キラは戻れないのだ。 問答無用で下された運命。 それを、どう受け止めろと言うのだ。 「ラクス。僕は、アークエンジェルを降りるよ」 「キラ!それは…!」 キラは、ラクスを見ようともしなかった。沈んだ瞳に、希望は映ることなく。 何かと言おうとする沈黙の後、ラクスは、諦めたかのようにゆっくりと頷いた。 「分かりました。キラのお好きなようにすると良いですわ」 (止めないんだ) 止めて欲しかったわけではなかったが、あっさりと引き下がるラクスの態度に、キラは「ああ、やっぱり」と思っていた。 (やっぱり、僕は必要じゃないんだね。僕そのものは。君に必要なのは、スーパーコーディネーターである、キラ・ヤマトなんだ) 絶望的に思う。 今までも感じていたことではあった。けれど、再確認する必要はなかった。スーパーコーディネーターであるキラには。 けれど、ここにいるキラ・ヤマトは、ただの人間だ。モビルスーツを操縦する能力もなく、平凡な人間の能力さえ備わっているか疑わしい、人以下の人間だ。 僕が、嘲っていた、ただの人間だ。 キラは、オーブの地に立っていた。 先の争いで命を落とした者達の慰霊碑。慰霊碑を取り囲む緑の芝が、海からの風に凪いでいる。その公園の全貌を望む小高い丘の道端。設けられた手すりに触れることもなく、海から吹き上げる風に、真っ白な髪をなびかせていた。 耳に届くのは、波の音と風の音だけ。時折、ウミネコの鳴き声が物悲しく虚空に響くのみだった。 物悲しい風景とは裏腹に、明るく降り注ぐ太陽の光に、海の青と空の青が目に眩しい。空に浮かぶ雲は真白で、真夏の空を思わせた。頬を、海からの湿った風が、暖かみを帯びて撫でていく。 なんともなしに、その情景をキラは眺めていた。飽きることもなく、寄せては返す波の形を目で追っていく。 ここはいい。何もないはずの虚しさは、キラを責めず、何かを強制するわけでもない。ただ、そこに在り続けるだけだ。そんな、当たり前のことが、キラに安堵を与えている。そんな風景。 戻る場所を失ったキラは、オーブに降り立っていた。特に大きな理由があったわけでもない。ただ、行き先はと考えたら、オーブしか残っていなかっただけだ。 と、だるい身体から、不意にこみあげるものがあった。 ゲホッ、ゴホッ! 喉が熱く、咳き込むことをやめたいのに、こみ上げてくる咳は喉を刺激する悪循環。たまらず、膝が折れた。狭まった喉は呼吸を困難にし、息が苦しい。映画で良く見るように、このまま血でも吐くんじゃないかと、それと同時に内臓までもが崩壊を始めるのではないかと、恐ろしい想像が脳裏を掠める。 「大丈夫ですか!?」 唐突に、少年の声が降りかかった。応えようと身をよじるが、その姿を目にする前に、支えきれない身体がよろめく。 「ご…め……」 「喋らなくていいですから。…こうすると、楽になりますか?」 そんな声が聞こえると、キラの背中をさするものがあった。きっと、彼の手だろう。手つきはぎこちないが、温かい。 「ゴホッ!…あり…がと……」 「礼はいいですから」 彼は、手を休めることなく、そう応えた。 どのくらい経っただろう。 ひゅーひゅーと小さな呼吸音を残して、激しい咳き込みが治まっていく。幸い、血を吐くことはなかった。少しだけ、キラはほっとする。 「ごめん。ありがとう…」 地面に膝をついたまま、緩やかに顔を向ける。目の前の少年は、幾分あどけなさは残しつつも強い意志を秘めた赤い瞳をしており、キラとはさほど歳が変わらないように見えた。 「あ、いや。ちょうど通りがかったら、アンタ…あなたが倒れこむのが見えたから」 そう言って、黒髪を揺らして振り返ると、背後に止めたバイクに目を向ける。ついでだから気にするな、と言いたいのだろうが、あまり自己表現は上手くないように見て取れた。 バイクのエンジン音など、まったく気づかなかった。随分と切羽詰っていたんだな、とキラは自嘲気味に思う。 「ううん、それでも。助かった。ありがとう」 青白い顔色のまま、キラは彼に微笑みを向ける。途端、彼は正面きっての謝辞に面食らったのか、顔を赤らめて目を逸らした。 「…えっと。…どういたしまして…」 どうやら、彼は感謝の気持ちを受け取るのにも、慣れていないようだった。不器用な人なんだな、とキラは思う。わざわざバイクを停めてまで、膝をついた者を介抱し、その体の具合を心配するのだ。心根は優しい少年なんだろう。 「あの…さ」 「?」 少年は、言いにくそうに、そっぽを向いたまま言葉を続ける。 「病院とか、行った方がいいんじゃないの?」 ああ、そうか。やはり、この少年は優しいのだ。 「うん、そうだね。でも、家が近いから、帰るよ」 「もしかして、歩いて帰るのかよ!?」 信じられないという顔が向けられる。 キラは、不思議そうに首を傾げた。 「そうだけど?」 「信じらんねぇ!アンタ、自分の顔色知ってんのか!?今にも倒れそうな顔してんのに!」 少年の剣幕に、キラは一瞬きょとんとすると、堪えきれずにぷっと吹き出した。キラの反応に慌てふためいた少年は、即座に顔を真っ赤にさせる。 「なっ!何がおかしいんだよ!」 「ふふ…。いや、ゴメン。君って、本当に優しいんだな、と思って」 「はぁ!?」 暢気なキラの発言に、少年は毒気を抜かれたようだ。はーっと長いため息をつくと、諦めたように小さな提案をする。 「あのさ。その近いっていう家まで、送ってくから。…ってゆーか、送らせろ」 俺の気が済まないから!このまま放っておいて死なれても、後味悪いから! 言葉になることはなかったが、そんな言葉がキラには聞こえるようだった。 to be continued |
キラを、本当のキラらしく書きたい。 そんな理想から。 SEEDのキラが本当なら、 「あのキラなら、こうしなかったはず」「あのキラなら、こんなことしなかったはず」 という思いから。 |
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