GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ3

ウミ



 ステラは、エクステンデッドだった。
 シンの駆るインパルスと交戦し、ミネルバに担ぎこまれた、負傷したステラ。治療し、調査した結果が、そんな言葉だけの冷たい結論。
 じゃあ、と思う。
 ガイアガンダムに乗っていたステラ。その傍らでいつも戦っていた、カオスガンダム、アビスガンダム。あれらに乗っているのは、間違いなく…。
 ステラの傍らで笑っている、スティングとアウルの顔が思い浮かんだ。シンに差し伸べられた手と、シンが差し出した手と。触れた、握った手は確かに温かくて、彼らがそこに在ることを、当然のごとく主張していた。
 彼らは、生きているのに。
 連合の戦闘用生体CPUだと聞いた。連合の上層部は、彼らを戦闘の駒にしか考えていないと。否、駒以下だ。人として認めていないのだから。
 吐き気がする。
(あいつらは生きているんだぞ!)
 そんな境遇に追い詰めた連合の上層部の奴らを、この手で、この拳で思いっきり殴ってやりたかった。
「彼女は連合のエクステンデッドです」
 ミネルバのドクターがタリア・グラディス艦長に報告した言葉が、何度も何度も脳に響き、リフレインする。
 首を振って、その事実を消そうとした。けれど、その思いは確信となって、涙をにじませる。
 そして、目の前の海色のモビルスーツは、コートで対峙した彼の動きと酷似していた。
 いや、「似ている」なんて甘いものじゃない。
 あの機体は、「彼」そのものだった。

「アウル!」
 声を張り上げる。
「アウル!!アウルなんだろ!?聞こえてるだろ!?お願いだから、俺の言葉を聞いてくれ!」
 絶叫。
 血を吐くほどの声に、反応することなく、容赦ない攻撃はとどまることを知らない。襲い掛かるGに、歯を食いしばる。手足を斬るなどまどろっこしいことはせず、一直線にコックピットを狙ってくる正確なビームランスをすんでのところで避けた。
 その一寸たりとも容赦せず、インパルスの、インパルスのコックピットを貪欲に狙ってくる攻撃に、泣きたくなる。海色のモビルスーツのパイロットは、シンの命を奪うことに、インパルスを倒すことに一片の悲哀も抱いてはいないのだ。
 ただ、目の前にいるのは、敵。その敵をどうやって無傷のまま落とすか。それだけが、海色のモビルスーツのパイロットが抱いている思考。次々と襲い掛かる攻撃で、痛いほど分かる。分かってしまう。
「なんで!…なんでアウルなんだよ!!」
 出会ったとき、最初は敵を見るような目をしていたけれど、根っからの負けず嫌いな性格の所為で、シンと握手をし、はにかんで笑った彼。今でも、あのときのアウルの表情は、目に焼きついている。
 友達になれると思った。…いや。もう、友達だと思っていた。
 肩を並べて生きていく。それが当然というより、自然だと。
「アウル!」
「そう軽々と俺の名前を連呼しないでくれない?知らない奴にそう呼ばれまくると、…イライラするんだよっ!」
 実際、胸に湧き上がってくるイラつきは、先刻から酷くなるばかりだ。胃の中に綿を詰め込んだような、すっきりしない気持ち悪さが胸を圧迫する。だからなのか?さっきから胸が痛いのは。
 分からない。
 分からない。…分からないんだ!
「今までだって、何度も呼んでた!思い出すまで、何度だって呼んでやる!」
「おまえなんか、知らないって言ってるだろ!」
 アウルはビームランスで、目の前の目障りなモビルスーツを薙ぎ払った。当然のように避けるモビルスーツ。先刻から思っていたが、動きは悪くない。
 ちっと舌打ちする。
「へったくそ!」
 一瞬、浮かんだ映像があった。
 夕焼けに映えるバスケットボール。攻めるアウルをディフェンスする少年。最初ぎこちなかった動きは、段々と良くなって、3本に1本はゴールを決められるようになってしまった。アウルも手加減を忘れて本気で攻めあぐね、負け惜しみで言ったそのセリフに、ディフェンスの少年がニヤリと笑うその口元が見えた。
 …けれど、どうしてもその上に視界が上がらない。彼の顔が、どうしても思い出せない。
「なんで、なんでだよアウル!なんで『知らない』なんて言うんだよ!俺だ!シン・アスカだ!」
 知らない。
 知らない。知らない。知らない!
 俺を呼ぶな!
 おまえに呼ばれる度、胸が悲鳴を上げてきしむんだ。俺をかき回すな。放っておいてくれ。
 もうやめろ!おまえの知ってる『アウル』は、俺じゃない!
「呼ぶな!」
 薙いだビームランスの後に、追い討ちでビーム砲を放つ。
 早くこの戦闘を終わらせて、楽になりたかった。息が苦しい。息が出来ない。全身に冷や汗をかき、肌が粟立つ感覚。
 目の前のブラストインパルスは、その攻撃さえもすんでのところで避ける。まるで、こちらの動きを知っているみたいだ。繰り出す攻撃は、ことごとくかわされている。
 まるで悪夢。醒めない悪夢で、底のない泥沼から這い出せず、もがいているようだ。
 アウルは真っ青な顔で、ゆっくりと首を振った。
(…この僕が、…恐い?…何が?…何を、恐がっているっていうんだよ。こいつに殺されることを?…それとも…?)
 膝がガクガク震えている。
「アウル!」
 声が身体全身に響く。問答無用で染み込んでくる声に、抗う術はなく。
「呼ぶなって言ってるだろぉ!」
(嫌だ!…嫌だ!…おまえなんか…!)
 ビームランスを縦に振り下ろす。なぜか、ブラストインパルスは左に避けることを知っていた。そこにまたビーム砲を撃てばいい。一瞬早めだ。そうすれば終わる。
(おまえなんか…おまえなんか…!)
「落ちろぉー!」
 ブラストインパルスが左に避けようとした。
 瞬間。アウルを包み込む周囲が、完全な無音になった。白い、真っ白な世界。
 そして、声を聞く。
「……いいの?」

 振り下ろされたビームランスを避ける。避けた先に、ビーム砲の砲口が開かれた。
「しまっ…」
 咄嗟にビームジャベリンを突く。
 その攻撃を、アビスガンダムは避けるはずだった。今までの動きからすれば、ごく自然な動きなはずだったのに。…けれど。
 一瞬、アビスガンダムの動きが止まった。開かれた砲口からビーム砲が発射されることはなく。その機体をビームジャベリンが貫いていた。
「…え?」
 頭の中は真っ白で、何が起きたか理解を拒む。
 ビームジャベリンであっけなく動きを失ったアビスガンダムは、重力に逆らうことなく、ずるりとその機体を海面に落とした。派手な水飛沫が上がり、ブラストインパルスの機体をも濡らしていく。
 そして、しばらくした後、海中で爆発が起こった。
 映像を見ているようだった。ここに自分がいるという感覚が欠落している。
 ああ、そうか。この現実を受け入れたくないだけなんだ、と。
 シンの中で、何かが焼き切れていった。


 あの後のことは覚えていない。
 いつの間にか戦闘は終わっていて、軽く畏怖めいた目でクルーが出迎え、労ってくれた。
「凄いな!良くやったよ!」
「おまえ、何機落としたんだ?数え切れないんじゃないのか?」
 …そんなことを言っていた気がする。
 いつもなら、誇らしげに胸を張って「たいしたことないよ」と言うところだ。けれど、今はそんなことどうでも良かった。
 身体の中身が真っ白になった気がする。自分のものだという意識がまるでなかった。なぜだっけと思い出そうとすると、じりっとした痛みが頭を襲う。
 でも、その痛みは受けるべきなんだ、と。なぜかそう思う。頭が痛みを訴えるまま、痛みを甘んじて受けたまま、脳は思考を続ける。
 スローモーションで、じっとりとねっとりと脳を舐める映像。
 ビームランスが振り下ろされて、避けた先にビーム砲を撃たれそうになって、反撃をした。それまでの動きなら容易に避けられるはずの攻撃に、一瞬躊躇する海色の機体と、貫いたビームジャベリン。海に落ちていく同じ色の機体は、やがて大きな爆発を起こし、藻屑となった。
 ああ、俺がアビスガンダムを落としたんだ、と。この手で、アウルを殺したんだ、と。
 アウルは、もうこの世にいないんだ、と。
 自室に戻って、アウルを死に至らしめた手を、アウルの温かな手を握った手を、ただじっと見つめたまま、そう思っていた。


「ゴメン。ステラ…」
 何度も、舌に乗せようとした名前はあった。けれど、口にしてしまったら、彼がこの世界から消えてしまったのが本当になってしまうようで、どうしても彼の名前を紡ぐのには抵抗があった。
 暗い嘲笑が漏れる。
 何が「本当になってしまうようで」だ。本当にしたのは、自分ではないか。彼をこの世界から消したのは、シン自身だ、と。
 そこに思考が流れ着くと、笑みが固まった。全身に鉄のおもりをつけたようだ。ずしりと重い体を、支えていられない。重みに抗うこともせず、ガクリと床にひざをついた。
 まともに、ステラの顔が見れなかった。
「ゴメン…。ステラ…。俺、ダメだったんだ…」
「シン…、なんで謝るの?」
「…ゴメン…」
「…シン…?」
 ふわり、と。ベッド際で俯いたシンの頭を撫でるものがあった。はっとして顔を上げる。
 そこには、やつれたステラの笑顔があった。シンの頭を撫でた腕は細く、目はくぼみ、明らかに生気が消えていく瞳。それでも、シンに惜しみなく注がれる笑み。
 じわりと湧き上がるものがあった。
「そんな…!そんな資格はないんだ!」
 ステラの笑みを受けていいはずはない。俺は、ステラの兄弟とも言える大事な仲間をこの手で…したのだから。
 胸が苦しい。ここに彼がいないことが、この世界に彼がいないことが、彼に手を下した自分がのうのうと生きていることが、全てが虚しかった。ぽっかりと胸に空虚な穴が開いている。それなのに、なぜ何もない胸は痛みを主張するのか。
「シン。どうして泣くの?」
 歯を食いしばって、零れ落ちそうな涙を制服の袖で拭う。
(しっかりしろ、俺!もう少し、頑張れるだろ?)
 無理矢理、笑みを浮かべる。鏡を見なくても分かる。目は笑ってはいないし、口の端もひくついている。見れたもんじゃない酷い顔だ。
 …けれど。
「さぁ、なんでかな?…きっと、ステラが優しいからだよ」
 声音は、なんとか震えていない。いつもよりかなり低い声だったが。
 ステラは、不思議そうに小首をかしげた。
「シンも優しいよ?」
 ああ。
 なぜこんなにも無垢で純粋な瞳は、真っ直ぐ俺を貫くのだろう。
 こみ上げてきたものを、必死で飲み込む。
「俺は…、優しくなんか、ないよ…」
 友達をこの手で…した俺が、優しいはずはないんだ。だから、そんな優しい瞳で、俺を見ないで欲しい。
 ステラは優しい。俺は、優しくなんかない。
 ステラの大切な仲間に直接手を下して、その事実を伝えられない卑怯な俺。
 大事な友達に手をかけられるのなら、進んで首を差し出せば良かったのだ。そうすれば、こんなに苦しまずに済む。けれど、あの時の俺は、卑しくも自分の命を優先した。大事な友達って言いながら、自分が一番かわいいんだ。
 そんな奴は、優しいなんて言わない。優しいなんて言われる資格はない。
 卑怯者。
 そんな言葉がよく似合ってる。
 ステラの瞳を見返すことは、もう、できなかった。優しい存在に恐れおののいたシンは、一瞬触れることさえ躊躇ったけれど、静かにステラの髪をなでる。
「俺、もう行くね。…おやすみ、ステラ」
「…シン?」
 ステラの小さな呼びかけを背後に置き去りにして、シンは逃げるように医務室を出た。背中に、ドアが自動的に閉まるのを感じると、そのまま崩れ落ちうずくまる。
「…うっ…」
 一度出てしまったら、止まらなかった。嗚咽は次から次へと喉から突き出て、双眸からはとめどなく温かなものが溢れ出る。
(あれ?コレって、どうやって止めるんだっけ?)
 …止め方なんて、知らない。
 膝を抱え込むシンに、不意に影が落ちた。見上げたその先に、赤の制服を礼儀正しく着込んだ金髪の少年が立っている。
 何も言えぬまま見上げていると、金髪の少年はかがみ込んでシンを真正面から見る。普段から動かない表情は、今も何の感情も映していない。
 が、その手がシンの肩に乗せられた。
 ぼんやりとレイの動きを追っていたシンの瞳から、再び涙が零れ落ちる。
「…レイ。…俺、…俺がやったことなのに、ステラに言えなくて…。…俺は、俺なんか…」
 嗚咽交じりに連ねた言葉は、意味を成さない。言葉だけでは伝わらないと、レイの制服を掴みすがるように顔を突き合わせた。先刻まで皺ひとつなかったレイの制服は、シンの握りこぶしでしわくちゃになっていく。
「そうか」
 ぽつりと、レイは応えた。相変わらず、表情は動かないけれど。シンの肩に乗った手は温かく。
 つま先でなんとか支えせき止められていたものは、一気に瓦解した。
 シンは、レイの胸にすがりつき、泣き声を上げる。周りをはばかる余裕なんてない。ただ、魂が求めるままに、声を上げた。
 レイは、冷静な表情のまま、シンの背中をさする。震える背中と泣きじゃくる声で、ふと思ったことがあった。
「シン、おまえは…。俺が死んでも、同じように泣いてくれるのか?」
 シンの泣き声に抗うことなどできない、小さな、小さな呟き。あっさりと空気に溶けていくその呟きを眺めながら、レイは思っていた。
 こんなにも人の心に自らの生を刻みつけ、魂が叫ぶように泣いてくれる存在がいた。
 この世界から鮮やかな色を残して去っていった彼が、心の底から羨ましかった。


to be continued



どんだけシンをいじめれば済むのか、
とか、シン好きさんから突っ込まれそうだ…。

いや、私もシン好きなんですが…。


index