GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光

オーブ2



 クレタ沖の戦闘は、黒海での戦闘を彷彿させた。
 またも、オーブ軍が前方に配置され、安全な場所に連合軍が控える。再度オーブにとって苦しい配置になった原因のひとつに、前回の黒海戦闘があった。
 アークエンジェルに邪魔され、まんまとザフトに逃げられた形で、ロクな戦績を上げられなかったオーブ軍。そして、そのアークエンジェルに乗っていたのは、かつてのオーブ国家元首カガリ・ユラ・アスハだった。
 いくらユウナが「カガリ・ユラ・アスハは、いまや完全にオーブとの関係はない」と主張しようとも、連合軍上層部にとってはオーブを意のままに操る口実を得ただけだ。戦闘を止めようとしたカガリの行動は、逆にオーブを窮地に陥れた結果となった。
 が、少し考えれば分かる結果だ、それは。アークエンジェルには、それすらも想像できない馬鹿しか乗っていないのか?と、ユウナは罵りたくなる。
 そんな浅はかな行動しかとれないカガリを、神聖視するオーブ軍の馬鹿共にも腹が立つ。貴様らが守るのは、カガリか!?それとも…。
「戦艦ツクヨミ、損傷率40パーセント!このままでは落ちます!」
「10時の方向に、ミネルバからの砲撃!」
「何やってんの!さっさと避けて!」
 まったく。ゆっくり戦略を練ることさえできない。後ろに控えている連合軍の所為で、一旦下がって体勢を整えることもできない。八方塞の状態だ。
(それもこれも、アスハの所為だ!)
 ユウナは、イライラと床をつま先で叩いた。
 オーブの窮地は、全てアスハに繋がっていく。先のウズミ・ナラ・アスハの自爆も、自爆に陥った経緯も、カガリ・ユラ・アスハのオーブの理念のみ追求したてんで話にならない政治とも言えない政治も、今目の前にあるオーブという国の滅亡の危機も。
「もう、ここまででしょう」
 半分以上の戦艦が海に沈み、オーブ軍そのものの瓦解が進んだ頃、ユウナの隣に立つトダカがそう言った。
 前方を睨んだまま、トダカを見ることもなく、ユウナは青筋を立てる。
「なん…だと?」
「オーブ軍はここまでです。この戦艦には、私が残ります。全員退艦してください」
 犠牲的精神と軍人気質に溢れた言葉。しかし、聞く者によっては、自分勝手に自らが認めた崇高な精神に酔っているようにしか聞こえないその言葉で、今までなんとか保っていた何かが、あっさりと切れた。ユウナの手は、トダカの胸倉を掴む。
「なんだと?どういう意味だ!」
「ですから、オーブは負けたのです!」
「それで?なんでおまえがここに残る」
「この戦闘の責は、私が負います。ですから…」
 トダカの言葉は最後まで続かなかった。ユウナが渾身の力を込めてトダカの頬に拳を放ったからである。
「自惚れてんじゃないよ。おまえ一人がここで戦艦を道連れにして死んだからって、責任が取れると思ってんの?むしろ、逆だ。おまえ一人なんぞに、戦艦をくれてやるものか」
 訓練を受けた軍人のトダカだ。避けようと思えば、ユウナの拳を避けることなど容易かっただろう。けれど、あえてそれをしなかった。それを知っていたユウナは、さらに苛立たしさを募らせる。
「トダカ一佐!」
 トダカを信頼し、慕っている部下達が、床に投げ出されたトダカの元に集まった。皆、口を真一文字に引き結んだまま、同じような視線をユウナに投げる。
 知っている。
 ユウナには、皆が喜んでついてくるようなカリスマはない。むしろ、トダカやカガリの方が、皆の信頼を集めていた。
 けれど、それで良いのか?それで、何が救われた?失うばかりで、何も得てないのではないか?
「皆、私がいなくなって、迷ったのなら、アークエンジェルに行け」
「トダカ一佐!」
「アークエンジェルにはカガリ様がいる。そして…」
「いい加減にしろよ」
 トダカの言葉は、再度ユウナに遮られた。ユウナに集まった非難の目は、ユウナの冷えた声とあまりに厳しい瞳にぶつかり、躊躇の色を浮かべる。
 険のある表情は、何度も見かけたことはある。けれども、ここまでの厳しい表情は、誰もが見たことがなかった。
「アークエンジェル?…今、窮地に立たされている原因じゃないの。おまえらは、自分の首を締める奴に付き従うわけ?」
「何を言う!アークエンジェルは、カガリ様が乗っていて…」
「だから?」
 トダカに駆け寄った一人が反論したところ、再度ユウナの冷え切った声が反論の意思を折れさせた。
「カガリがオーブのために何をした?オーブを窮地に陥れて、更に見捨てていった奴だぞ?アークエンジェルもそうだ。我々にとって、敵でしかないことにいい加減気づけ」
「しかし、アークエンジェルは、オーブ軍を救うために…!」
「あいつらがオーブ軍を救ったぁ?馬鹿なこと言うんじゃないよ」
 あははと、ユウナが笑う。その声は、ぞっとするほど冷えていた。
「あいつらが救ったものは、自分のエゴでしかない。奴らがしたかったのは、戦闘停止。ザフトも連合もオーブも、戦力ってもんが目の前にあったら、ただ叩きのめすだけの、な」
 そして、ユウナは口元を歪ませて、陰湿な笑みを浮かべる。
「この戦力図の中で、オーブが最強だったら面白いぞぉ!よってたかって、僕達の首を取りにくるんだからな!奴らは!『抵抗しないで!撃ちたくない!』って言って、僕らを皆殺しにするんだ!」
 アークエンジェルは、味方ではない。弱い者の味方だと言えば、聞こえはいいかもしれない。けれど、彼らは強い者を滅す。彼らの意にそぐわない、強い者を滅す。
 それは、いつでもオーブがアークエンジェルの敵になりえるとも言えるのだ。
「だがしかし、アークエンジェルが助けに入らなかったのならば、黒海で我々は死んでいたかもしれないんだぞ!?」
「おまえら現実が見えてないから教えてやるけどな。奴らが介入してこなければ、戦力の均衡はさっさと崩れて、決着は最小限の犠牲でついていた」
 強い者がいなくなれば、世界の軍力は平行線となる。平行線の戦いは、泥沼が泥沼を呼び、世界中の人口を減らすこととなろう。拮抗した軍力ほど、人を殺すのに長けているものはない。
 アークエンジェルは、結果、人を殺すのだ。
「それだって、想像の範疇じゃ…」
「だーかーら、政治の分かってない奴は、政治に首を突っ込んでくるなって言ってるんだよ!」
 近くに砲弾が落ちたのか、戦艦がぐらぐらと揺れた。
 先刻まで、慣れない戦艦で立っているとふらふらしていたユウナは、クルーの前で仁王立ちのまま、足をふらつかせることはなかった。
 今まで見たこともなかったユウナの阿修羅のような表情に、オーブ軍人達は初めて気圧されていた。口にする反論は、全て覆される。その反論全てに納得できることを、偽らざるを得なかった。今まで信じてきたものが、がらがらと音を立てて崩れていく。
「口ばっかり達者なおまえらに教えてやるけどな。いつまでも軍事産業一位のオーブだと思うなよ?連合がオーブの軍事力を欲しがってるなんて、自惚れもいいとこだ。連合が欲しがってるのはな、盾なんだよ。盾!」
 自信に溢れていたオーブ軍人の顔に、曇りが生じる。少なからず、彼らの中には自負があった。オーブはガンダムを生産した国だと。モビルスーツを生産するに優れた国だと。
 けれど、連合はそれを欲しない。オーブに高い金を払うのなら、別の入手先を探すだけだ、と。ユウナはそう言ったのだ。
「そんな…、馬鹿な…」
「聞き分けのないおまえらに、俺が立ててた黒海戦闘のプランを教えてやろう」
 きっと、それは自らの自信やプライドをざっくりと斬るものだ。聞いてはいけない。…聞いてはいけないのだが…。
「さっさと、オーブの力のなさを表に出して、『盾』の能力がないと連合に知らしめれば良かっただけさ」
 そうすれば、オーブの能力も見捨てられ、オーブはひっそりと生きながらえることができた。
 それができなかったのは、オーブという国の形のない理念におぼれた人間達が、自らの国の力を過信した結果だ。
 確かに、敗戦を認めてしまえば、その後の国の行く末は明るくない。様々な困難が降りかかるであろう。けれども、それだけならば、国は滅びない。地球上の地図から「オーブ」の名前は消えない。
 ここで、一時の誇りの誇示のために、国を滅ぼしてなるものか。
 ユウナは、静かになったオーブ軍人達の前で、ひとつ息をついた。
「トダカ一佐」
「はい」
 他のオーブ軍人と同じく、少なからずショックを受けていたトダカは、力なく応える。
「おまえは一体誰だ?」
「…は?」
 訊かれた内容の真意を測りかねて、トダカは思わず問い返してしまう。
「おまえは、オーブ軍人じゃないの?」
「…その、つもりですが…」
 馬鹿にされたのかと思い、トダカの目が薄められた。
 その反応に気づいたのだろう。ユウナは、つまらなそうに鼻をフンと鳴らす。
「勘違いするなよ。馬鹿なおまえらに分かりやすいように、説明してやるんだ」
 ユウナの態度は、尊大なままだ。その人柄は、比べるべくもなく、アスハ家の好感の持てる潔癖な血とは遠い。
 だから、ユウナという人となりで、周囲の者は彼を評価していた。嫌悪という名の。
 だが、気づくべきだったのだ。それは、人の性格というもので、為政者への評価ではない、と。
「じゃあ訊くけど、オーブ軍人って、何をするためにいると思ってんの?」
「!」
 応えようとして、気づく。
 そう。…そうだ。我々は…。
「おまえさ、さっきこいつらに『アークエンジェルに行け』って言ってたけど。それで?それでどーするんだよ?アークエンジェルで、何を『守る』の?」
 オーブ軍人が守るべきもの。
 それは、言うまでもなく、オーブの国であり、オーブ国民だった。
 …我々は、それを見捨てようとしていたのか?それを守ることに誇りを持っていた自らを裏切って。
「アークエンジェルで、オーブが戦争を起こしてるのを見たら、何を『攻撃』すんの?」
 我々は、守るべきものに、手を上げようとでも言うのか?
「俺はさ。いらないんだよね。国も民も見捨てるような奴は。だから、行けばいい。だけど…」
 ユウナの表情は、勝ち誇ったものではなかった。
 もちろん、ユウナがオーブという国を欲したのは、単なる愛国心などではなく、野心からのものであろう。けれども、彼は彼なりに、オーブという国を真剣に考えていたのだ。
「オーブを見捨てたからには、オーブ軍人を名乗れないことはもちろん、二度とオーブの地を踏めないと知れ」
 断罪するように、ユウナは言う。
 トダカをはじめ、オーブ軍人達は、自らの浅はかさを恥じる。やはり、我々は軍人だったのだ。政治を行うのは政治家であって、軍人ではない。軍人が行うべきは、国を守るべきであって、国民を守るべきなのだ、と。
 トダカが、ゆっくりと立ち上がって、軍服の乱れを正した。ユウナに殴られたときに吹っ飛んだ軍帽を拾い、深くかぶる。トダカに集まっていたオーブ軍人達も、トダカに並んで立ち、姿勢を正した。
「私は、オーブ軍人として、オーブを守ります」
 トダカの言葉に、トダカに並んだオーブ軍人達は頷いて敬礼をした。陽光に照らされ整然としたその姿に、焦げ臭い戦場の空気が、一瞬澄んだように思える。
「…分かった。さっきの発言は不問にしてやる」
 ユウナは、鋭い瞳のまま、表情だけを幾分やわらげてそう言った。そして、宣言するように付け加える。
「今から、連合にオーブの敗戦を伝える。極力被害を抑えて、撤退するぞ」
 無言のまま、クルー達は頷いた。ここにきて初めて、オーブ軍の気持ちはひとつになる。
 それから、ユウナは宣言通り、それ以上の被害を出すことなく、オーブ軍の撤退を成功させたのだった。


to be continued



トダカさんは好きです。
好きだからこそ、理想の形でいて欲しかった。
ユウナも、登場した当初は好きでした。
頭のキレるユウナのキャラを活かせないからといって、
単なる馬鹿キャラとして扱われてしまいましたが。

理想の彼らを見てみたかった。


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