GUNDAM SEED DESTROY
遠き栄光1

オーブ1



 祖国の長を、今生の仇を見るような目つきで睨む。
 彼女は、困ったような表情をしていた。
 シンに睨まれたことに対して困ったのではない。シンに、謂れのない恨みから睨まれることに困っていたように見えた。
 それが、余計に腹を立たせる。どんなに被害者が出ても、どんなに国が焼かれても、自らの行いに疑問を持つことすらできない。
 それを見るだけで、はらわたが煮えくり返ると言うのに、
「カガリも、唯一の肉親を戦争で失っている」
と、かの先輩はシンを諭すようにのたまった。
 ああ、この人は。なぜこんなにも人の逆鱗に触れることばかり言うのだろう。
 シンは、キッと迂闊な発言をしたアスランを睨んだ。
「だから!?」
「…え?」
 アスランは、彼女に同情する言葉を予想していたのみで、反論されると露ほどさえ思っていなかったのだろう。だから、呆気にとられたまま、言葉を発することはなかった。
「家族が死んだから、同情しろってことですか?」
「あ、ああ…」
「じゃあ、俺にも同情するんですか」
 嘲るように笑うでもなく、冷えた表情のままのシンを目の当たりにしたアスランは、ばつが悪そうに黙る。そこで初めて、シンが戦争で家族を失っていることを思い出した。
「…すまない」
「別に、アスランさんに謝って欲しいわけじゃないです。ただ…」
 続く言葉に、アスランは身構えた。
「アスハの所為で、どれだけの人間が死んだと思ってるんです。アスハの人間が死んだのと、オーブ国民が死んだのには、差がないとでも思ってるんですか?」
「え?」
「現状を知っていて、国民を見捨てて基地で自爆したアスハは当事者だ。けど、俺の家族は、…オーブの国民は、何も知らされずに、自分の意思とは関係なく殺された。これが同等と言えると、本気で思ってるんですか?アンタには、自分ではどうしようもない事で、死んでいった人の気持ちが分かるんですか?」
 そう言われて初めて、アスランは母のことを思い出した。
 彼女も、血のヴァレンタインで殺された。国の都合で。本人の意思とは関係ないところの理由で。
 シンに言ったことを、自分の身の上に重ねるのならば、『国の長も家族を失っているので、アスランの母親が死んだのも仕方ないですよね』と言っているようなものだった。「痛み分け」だと。
 …そんなことは、許せるはずもない…。
 むしろ、よくもそんなことがいけしゃあしゃあと言えるものか、と、国の長を罵倒するだろう。
 しかし、アスランは、その国の長が家族を失ったことへ『同情しろ』とシンに言ったのだ。シンに課せられた運命を省みることなく。
 自らの失政の所為で、国の長は家族を失ったというのに。さらに、国の長は、その失政の責任を取ることなく、自らの潔癖な存在を証明するかのように自爆し、国民を見捨てた。
 そもそも、国の長というものは、その立場についた時に、国と国民のために命を捨てる覚悟をすべきところだろう。オーブが襲撃された時にとるべき行動は、自らの戦力を爆破せしめることではなく、自らの命を賭しても国民を守ることだったのではないか。国民は、形ばかりの責任を負う自爆なぞ、望むべくもない。
 そんなオーブ国民の気持ちを知らぬアスランは、自分の所為で失った命と、人の所為で失った命を、同じように思え、と。そう言ったのだった。
 ああ、そうか。
 そこで、アスランは初めて気づいた。よくも酷いことを言えたものだと。
「俺だけじゃないです」
 シンは、アスランを見ないまま、言葉を続ける。声は、今まで聞いたこともないような低いものだ。きっと、思い出したくもない当時の記憶が、脳裏に蘇ってきたのだろう。
「アスハを憎んでるのは、俺だけじゃない。オーブが焼かれたあの時、家族を失った誰もが、『中立』なんて夢想を追いかけていたアスハを、恨んだんだ」
 そして、それは体に刻み込まれ、今も忘れえぬ。忘れられようもない。
 だって、ここには家族がいないから。
 思えば、どれだけの思いで、シンはここに立っているのだろう。
 家族を失い、戦争を憎み、大切な者を二度と失くさないために、血を吐くような努力をしてきた。たった2年で、ザフトのエースとなったのだ。後ろ盾も何もない。ただ一人、シン・アスカとして。
 その思いだけで、シンはのし上がってきた。かつて、自らの家族を、自らを踏みにじった現実を乗り越えるために。
 それが、どれだけの苦労を伴うか、ザフトのエースであったアスランが知らないわけがない。
 しかも、シンは、それまで一般人だったのだ。ザフトに入ると決まっていた自分とは、そもそものスタートラインが隔たっている。
「シン…」
 既に、これ以上話すことはないと思ったのか、背中を見せるシンに、呼びかけるでもなく、アスランはその名を呟いた。
 シンは振り返らない。
 その背中に、通常では考えられないほどの、重い覚悟が背負わされているのを、アスランは何も言えずに眺めることしかできなかった。


 黒海沿岸では、連合とオーブの混合軍とザフト軍が戦闘を行っていた。混合軍とは名ばかりの、オーブ軍が切り込みを務める、オーブ軍が生贄のような配置。
 オーブ軍の指揮を務めるのは、オーブの国家元首でもある、ユウナ・ロマ・セイラン。カガリ・ユラ・アスハがいなくなった後のオーブで、事実上国の代表でもある彼が戦闘に参加しなければならないのは、今のオーブの窮状を示しているようでもあった。
 これが、かたくなに『中立』を守ろうとした、『オーブの理念』の結果だった。何度舌打ちしたか分からないが、目の前に広がっている現実は変わらない。オーブという国を手に入れるという野望を果たしたユウナが次にとるべきは、オーブの存続の道だった。
 それには、いかに連合に従順であって敵ではないという表明と、いかにオーブ軍の被害を少なく抑えるかという方法をとる必要性があった。まったく真逆の条件。
 連合に従順であることを示すには、オーブが先頭に立って戦う必要があった。先頭に立って戦えば、自ずとオーブ軍の被害は肥大する。逆に、オーブ軍の被害を減らすには、戦闘への消極的な参加で、連合への忠誠を疑われることとなる。
 どちらをとるわけにもいかない。どちらもとらないわけにもいかない。
「理念で国が保てるか」
 戦艦の司令室で、周りには聞こえないようユウナは小さく舌打ちをした。
 ギリギリのラインで、ギリギリの選択をしなくてはならない。なんにせよ、バランスが必要なのだ。少しの選択ミスが、命取りとなる。
 CICがその都度戦況を伝えるのに耳を傾け、戦闘状況を映す大画面をじっと見つめながら、ユウナはそのどよめきを聞いた。
「…カガリ様」
 どよめきの中に、明確な単語を聞き取る。すると、司令室の大画面に、見慣れたピンクの機体が映し出された。指令室内のクルーの表情に、明るいものが差す。
 そんな中、再度、ユウナは何度目か分からない舌打ちをした。
(余計な邪魔を)
 ユウナも馬鹿ではない。カガリが、先のウズミ・ナラ・アスハの理念を継ぎ、国民の忠誠を集めていることなど知っている。
 だが、その理念がオーブという国を滅ぼそうとしていることに、なぜ気づかない。どんな理由があろうとも、カガリ・ユラ・アスハが国を捨てたことに、なぜ気づかない。ウズミ・ナラ・アスハ達が自爆したことが、なぜ『逃げ』だと認めない。
 国家の長は、常に国家存続に向けて努力すべきだ。それを、全てを投げ出して、国民を路頭に迷わせたのは誰か。その娘は誰か。その娘がとった道は、果たして国家存続に向けてのものか。
 いい加減に気づけ!幻想に蝕まれた国民よ!
「あれは、カガリではない!」
 ユウナが叫んだ。
 カガリの出現で、にわかに浮き足立った指令室内が、ぴしりと引き締まる。
「何やってんの!オーブでも連合でもない者は、敵だ!敵を撃つのが、僕達の仕事だろう!」
 ユウナの声に我に返ったオーブ軍は、銃口をカガリの乗るストライクルージュに集めた。
 オーブ軍の行動に、キラがカガリを守ろうと、フリーダムを動かそうとしたときだった。
 唐突に、ストライクルージュのコックピットのシャッターが開く。操縦席から、淡い赤のパイロットスーツが進み出た。すでに、その頭にはヘルメットはない。豊かな金髪が風になびいた。モビルスーツのコックピット前に、凛とした姿がすっくと立つ。
 カガリだった。
「…カガリ!?」
 キラが、戸惑ったように呼びかける。聞こえているはずだったその声に、カガリは振り向かない。
 正気の沙汰とは思えなかった。ここは、モビルスーツ同士が戦う戦場なのだ。ちっぽけな人間など、その命の重さは塵に等しい。一発のミサイルで、簡単にその体は骨まで消し飛んでしまうのに。
 爆煙の充満する戦場に、不思議な静寂が訪れていた。皆、何も言わぬまま、ストライクルージュを、…カガリを、見つめていた。
「私は、オーブのカガリ・ユラ・アスハだ!私の至らない行動で、このような事態にしてしまったが、オーブ軍よ!私の願いをどうか聞いて欲しい!ただちに戦闘を止め、国に戻って欲しい!お願いだ!これ以上の殺し合いを止めてくれ!!」
 誰も、微動だにしなかった。が、思い出すように叫ぶ者がいた。
「国を捨てた奴が、今更何を…っ!!」
 シンは、恨みの炎をその瞳に燃やし、インパルスをストライクルージュに向けた。
 その動きに、声を上げる者が、もう一人いた。
「あんなもの、いくらでも偽者を仕立て上げられるだろう!撃つんだよ!この戦闘に混乱を招く者を!!」
 言葉とは裏腹に、ユウナはあれがカガリであることを確信していた。相変わらず、何もかも分かっていない。このまま国に戻ったら国が滅ぶことを。おまえが、…貴様が、国を捨てたという自覚を!貴様の行動が、オーブという国を滅ぼそうとしていることを!
 ユウナが、傍にいた爆撃手が指をかけていたボタンを押す。途端、ストライクルージュに向けられていた砲口から、怒涛のようにミサイルが放たれた。
「カガリ!」
 キラが、そのミサイルをことごとく落としていく。爆発の煙の中、ストライクルージュの機体はくすみ、姿を消していった。
 そして、先刻の静寂が嘘のように、戦闘はいつのまにか再開されていたのだった。
 フリーダムの影で、ストライクルージュのコックピットに腰を落としたカガリが、声を殺して泣いている。とめどなく落ちる涙は止まることなく。
「…やはり、だめなのか…?」
 アークエンジェルが介入した戦闘は混乱を極め、オーブ軍とザフト軍は、想定以上の犠牲を出すこととなった。一方、連合は、必要最低限の被害にとどめている。
 それが、現実という名の結果だった。


to be continued



オーブ編です。
現実にあったら、本編のオーブは一番住みたくない国かもしれません。
オーブという国が、こうであったら良かったのにな、という願望になります。


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