GUNDAM SEED DESTROY
トモダチ2
キオク
「大佐、見ていただきたいデータがあります」 白衣姿の研究員が、目を輝かせて小走りに歩み寄ってくる。 ネオは、仮面に隠された裏側で、渋面を作った。こういう時の話は、良くないことである方が多い。 先刻、行方不明になっていたステラを、スティングとアウルが連れ帰ってきたばかりだ。そのことで、何かあったのだろうか…。 「何かあったのか?」 硬い声のまま、事務的に訊く。 「これを、見てください」 研究員は手にしたモニタシートを見せる。そこには、エクステンデッド3人のデータが、グラフや表でずらりと並んでいた。 研究員の指差したデータに目を見張る。 「これは…」 「はい。今までの研究や実験では考えられない数値です」 研究員の興奮ぶりも分からないでもない。これは、…これほどまでの数値の変化は、見たことがなかった。 一般的にストレスと呼ばれる数値だった、それは。一般的なところと趣が違うところは、その数値が彼らの生命力、生きる力そのものを指すというところだろうか。 戦場で戦闘に明け暮れるエクステンデッドにとって、精神的な重圧は計り知れない。しかも、彼らは若く多感だ。放っておけば、ストレス数値の急上昇で、何もせずとも死に至る。彼らのストレス数値を下げることは、彼らが生きるために必要不可欠なのだ。 その数値が、α波やβ波などの脳波を調整した研究所のマシンの効果より、数十倍の効果を上げ、ここに下がりきったデータがある。 「特に、ステラのデータが顕著です。研究所のマシンでは、ここまでのストレス数値の低下はありえません。このままいくと、ブロックワードの制限さえいらないほどです。今日は、一体何があったんですか?」 矢継ぎ早に研究員がまくし立てると、ネオは多少気圧されたように応えた。 「ステラを助けてくれた少年から、ステラを引き渡されたそうだ」 「それだけ?」 「ああ、それだけだな。また会う約束をしたそうだが」 …約束…。 彼らにとって、それはどんなに空虚なものだったか。 日々、記憶を選別され、操作される身に、何の約束が意味を持つのだろう。日々の記憶は残されているものの、上からの絶対的な命令に逆らえないネオも、がんじがらめに束縛された身で、何の約束を果たすのか。すっぽりと抜け落ちた以前の記憶の中で、何の約束をしたのか。 …どうせ、叶えられない望みだ。 しかし、続く研究員の言葉は、その虚しさを多少なりとも覆すものだった。 「それは、興味深いですね。それだけのことで、ここまでの数値をはじき出せるのであれば、少々様子を見た方がいいかもしれません」 「…は?…それは、彼らの記憶を消さない、ということか?」 「今のところは、それが一番良い方法です。現在考えられるどんな手段を用いても、今日のような数値の低下はあり得ません。むしろ、この状態を調査し、今後の研究に役立てたい」 研究員の目の輝きは、目の前に好きなおもちゃを差し出された子供のそれだった。 「しかし、それで大丈夫なのか?上は」 「あの方達は、あの方達にとってエクステンデッドの存在が有意義であれば、文句はありません。この数値であれば、あの方達の期待以上の成果が出ることでしょう。私達も、ここまでのデータが出るのであれば、今後のために調査したいところですから」 一瞬の救済と、また突き落とされる現実。 結局のところ、行き着く先は変わらない。彼らは実験体で、記憶が残されるのも、あくまで実験のため、戦果のため。上の者達の気まぐれでしかない。お払い箱になってしまえば、あっさりと切り捨てられる。 そして、変わらず、ネオには選択権がない。 もちろん、哀れなあの子達にも…。 「へったくそ!」 「なにをぅー!」 アウルの言葉にかっと頭に血を上らせると、シンはアウルのディフェンス姿勢を無視してボールに手を出した。当然のようにぶつかる腕と腕。 「へっへーんだ。フ・ァ・ウ・ル!」 「今のは、アウルも手を出しただろ!」 「言いがかり〜?」 本当のところは、シンの腕を振り払うようにアウルは腕を伸ばしていたのだが、じわじわとシンが上手くなり、相手をするアウルに余裕がなくなったことを見破られるのは癪なので、黙っておく。 「もう1回!」 「仕方ないなぁ。…まあ、今度も僕が勝つけどねぇ!」 「今度は俺が勝つんだよ!」 2人は言い合いながら、コートのスタートサークルに戻る。その影が、いつのまにかオレンジ色の陽光に照らされて、長く伸びていることに気づき、スティングは深いため息をついた。 もう、何度目になるだろうか。途中まで、面白半分に彼らの対戦の数を数えていたのだが、そのうち馬鹿らしくなってやめ、手持ち無沙汰に暇つぶしの小説に目を落としていたのだが…。 …まだやる気なのか、あいつらは…。 うんざり、という感じで頬杖をついたスティングに、ステラが小首を傾げて問いかける。 「スティング…?」 「ステラ、ああいう馬鹿にだけはなるなよ?」 ステラは、きょとんとしたまま、反対側に小首を傾げた。 「シンとアウルは、ステラより、頭がいいよ…?」 その応えを聞いたスティングは、がっくりと肩を落とす。 「…いや、そうじゃなくてな…」 が、怪訝な表情のステラを見ていると、まあいいか、と思えてきた。 「…いや、なんでもない。あいつらが、仲がいいと思ってな」 ぎゃあぎゃあと言い合ってはいるが、彼らを見ていて仲が悪いと思うような人間はいないだろう。「ケンカするほど仲がいい」とは、良く言ったものだ。 「うん。仲良しでいいなぁ…」 「ステラは?一緒にやらないのか?」 「アウルに、女は邪魔だって言われた…」 ステラが、ぷう、と頬を膨らます。 「そうか」 スティングは苦笑すると、なだめるようにステラの頭を撫でた。まあ、下手にステラがあの中に入ると、スティングも数合わせに入ることになる。あの2人の意地の張り合いにつき合わされるのはゴメンだ、と、ステラの頭を撫でながら、ぼんやりとスティングは思っていた。 ザンッ。 バスケットが揺れる音が聞こえ目をやると、ちょうどシンがゴールを決めたところだった。最初は、アウルにやられ放題だったのが、上手くなったものだ。ロクに見ちゃいないが、3本に1本はゴールを決めているんじゃないだろうか。 「今日の夜は荒れるかな…」 スティングだって、アウルからゴールを奪うのは至難の業だ。それをこれだけの確率でゴールを決められたとあっては、アウルも納得がいかないだろう。地団駄を踏むアウルの姿が目に浮かぶ。 くわばらくわばら…。 「いよっし!」 「まぐれだよ、まーぐーれー」 ガッツポーズのシンに、苦し紛れのアウルが苦々しく突っ込む。むっとしたシンが、すぐさまニヤリと勝ち誇ったように表情を変えた。 「何?負け惜しみ?」 「なっ!負け惜しみなもんかよ!本当のことって言ってんの!」 「仕方ないなぁ。じゃあ、もう1回チャンスをやる」 「偉そうに!」 そして、何度目か知れない再戦を始める。 …どうやら。 納得がいかないのは、シンも同じなようだった。 「…似た者同士…か…」 再び深いため息をつくと、スティングは途方に暮れて夕闇に染まる空を見上げた。 バスケットをくぐらず宙から落ちたバスケットボールは、地面で跳ねて重い体を引きずっていた2人をよそに、テンテンと軽い音をたてて転がっていった。 ドサリ。 そして、同時にふたつの影が地面に倒れる。 「…と、とりあえず、今日はこのくらいにしておいて…やる…」 「…アウルこそ、逃げるなよ…?」 「誰…がっ…!」 起き上がって抗議しようとした体は言うことを聞かず、地面にくっついたままだ。 本当に、何度対戦したんだろうか…。数え切れない対戦をして、体が悲鳴を上げるのも無視して、ただひたすらにバスケットボールを追いかけた。 最初は、ただ相手に負けたくない一心だったけれど、そのうち無心でボールを追いかけるのが楽しくて仕方なくて…。 振り仰いだ深い藍色の空には、すでに星が瞬いている。 スティングもステラも、早々に引き上げていった。夕焼けの中、スティングが呆れた視線を投げてきたのを覚えている。星の光しか照らすものがないバスケットコートには、2人しかおらず、りりりと小さな虫の声がひそやかに彼らを包んでいた。 あがっていた息を整え、深く息を吸う。夜の闇に冷え始めた空気が、熱かった喉に心地よかった。 「なかなかやるじゃん」 「そっちこそ」 「ちぇー。スティングだって、僕からゴール奪うなんて、なかなかできないっていうのに」 ふふっとシンが笑った。その笑い声を、拗ねたように言ったので馬鹿にされた、と思ったのか、アウルが聞き咎める。 「…なんだよ」 「いや、楽しかったなぁ、って思って」 予想外の反応に、アウルが目を見開く。そして、アウルも楽しそうに笑った。 「ああ、そうね。僕も楽しかったかな」 「…また…」 満天の星空を見上げたまま、シンが言葉を紡いでいく。 「やろうな」 アウルもまた星空を見上げたまま、静かに笑んだ。 「ああ。約束」 ちょうどそのとき、底抜けに広い夜空を、ひとつの光が弧を描いて流れていった。 きっと、この星空と心地よい疲労感と、優しい記憶は消えないんだ。忘れないんだ。 2人は同じ空を見上げて、同じことを考えていた。 荒れるのなら、そのほうが良かった。 夜闇に外が塗りつぶされた頃、やっとアウルが帰ってきて、口を開いたのがこれだった。 「…あいつ、ザフトなんだよね…」 分かっていたことではあった。行方不明になったステラを迎えに行ったとき、シンを迎えに来た者達は良く知っていた制服を着込んでいた。 彼らにとって敵であるザフトの…。 けれど、シンと共に過ごす時間が楽しくて、事実を忘れていたのだ。 否。 忘れたかった。 いつも事実は頭の隅にあって、シンと話すたび、シンの笑顔を見るたび、ちくちくと胸を刺す痛みがあった。忘れられるわけがない。 「あいつ、僕達とは直接戦わないよね?」 すがるように、アウルはスティングの胸あたりの服を掴み、見上げた。目が虚ろだ。瞳に光がない。スティングが知っている自由奔放なアウルとは、別人に見えた。 ステラがこの場にいなくてよかった。シンがザフトであることに気づいているのか分からないが、ステラは感覚でものを見る。シンがザフトであることは、きっとどうだっていいんだろうと思う。ただ、切迫したアウルの様子を見て、シンとの関係が非常に危ういものだと直感するのだ。 そのとき、取り乱したステラを落ち着かせる言葉を、スティングは知らない。 アウルの痛々しい姿に、まともに目を合わせられなかった。スティングだって、シンは大事な……。 「ああ、そうだな。ザフトの組織はデカイ。戦場で俺達と直に対面するなんて、そんな偶然ないさ」 からっぽの言葉。 そんな慰めが気休めであることなど、スティングも十分承知している。 シンは、きっとザフトレッドだ。ザフトのエースである彼が、ザフトの脅威になりつつある連合のエクステンデッドの前に、今後現れない確率は少ない。十中八九、これから先、俺達はシンと面と向かって戦うことになる。真剣な命のやりとりをすることになる。 「そう…だよねぇ…」 見上げてきたアウルの表情に、スティングは息を飲んだ。泣く寸前の顔。人前で弱みを見せることを極度に嫌うアウルが…。 スティングは理解した。アウルも、じわじわと迫り来る対決の時を知っているのだ、と。もう、目を逸らせないほど、間近に迫っていることを。 いつもは絶対に触らせようとしないアウルの髪を、スティングはゆっくりと撫でた。俯いたアウルは、ぴくりともしない。必死に堪えているものがあるのか、肩だけが小さく震えていた。 「大丈夫。…大丈夫さ…」 アウルに言い聞かすようでいて、それはスティング自身に言い聞かす言葉だった。 いっそ、忘れられれば良かった。けれどそれはもちろん、忘れたいわけじゃなくて。 シンと過ごした大切な思い出を失くしたくないという思いと、いつか敵として出会う現実がもたらす胸の痛みを忘れたいという、矛盾。 …願わくば…。 その時が、ほんの少しでも遠いことを…。 「大佐」 呼ばれて、相手の表情が難しいのを目にすると、とうとう来るべきものが来たかと思う。 「最近の数値が芳しくありません。むしろ悪化しています」 彼らの救いだった存在が、重荷になった。救い手は神ではなく、彼らの立場を救ってはくれない。当然だ。彼らがエクステンデッドであることなど、救い手は知らないだろうから。 一時の癒しをくれるだけだ。 生殺しを強いて、彼らの現実に無知な救い手は、残酷だと思う。そして、それが「救い手は神であれ」という無理な願いであることも、自覚はしていた。 その救い手が、いつかは消えることを彼らが気づき、悩み始めてしまったのだろう。それが、ストレス数値に顕著に現れている。 問題を先送りにしていただけだった。この結果は、最初から分かっていたことで。最初に彼に会った時点で記憶を消していれば良かったのかというと、それも分からない。 ただ、彼と会ったであろう後は、彼らの表情は明るくて。止める権力がなかったとはいえ、ネオの心情は彼に会うのを止められなかった。 「そうか…」 「もう、潮時でしょう。彼らの記憶を消します」 宣告だった。 ネオは顔をしかめる。 「今日はね、シンと海を見に行ったの。空も青くてね、海も青くて、世界が真っ青だったのよ」 ネオにじゃれついて、嬉しそうに語るステラの顔が、目に浮かぶ。 「もう少し様子は見れないのか?」 無駄とは思いつつ、引き下がってみる。けれど、白衣の研究員の顔は能面のごとく、ぴくりとも動かなかった。 「もう、十分に調査はしました。必要なデータもとってあり、あとは解析するのみです」 「だが…」 「貴方には選択権がありません。また、このままでは、私達も上に怒られてしまう」 「…そう…か…」 分かってはいた。このガーティー・ルーと呼ばれる監獄で、ネオにも彼らにも選択権がないことなど。 けれど…。 「本日の夜にでも、実行します。よろしいですね?」 「俺には、選択権がないんだろう?」 「そうですが。一応、確認をしたまでです」 ばっさりと言い捨て、礼をして去っていく白衣の研究員の背中を見送ると、ネオは廊下にぽつんと取り残された。 「真っ青な世界を自由に泳げたら素敵ね、ってシンに言ったら、シンもそうだねって言ってくれたの」 耳に蘇るステラの嬉しそうな声。 「ねえ、ネオ。聞いてる?…ネオ…?」 仮面を被っていることに、今ほど感謝をしたことはない。 今の表情は、誰にも見せられなかったから。 to be continued |
似た者同士。 ホント、新連合は仲良し兄弟みたいでかわいいです。 もうちょっと本編で見たかった…。 そして訪れる、葛藤の刻。 |
index |