GUNDAM SEED DESTROY

賑やかな日常



 めんどくせぇなぁ。
 それが、即座に思ったことだった。
「アイツがいなければ、プラントがこんなにも追い詰められることはなかったんだ」
「奴がいた所為で、みんな死んでいった」
「みんなみんな、アイツの所為で…!」
 暗く黒い表情から発せられる呪いの言葉は、いくら無視を決め込ようとも、鋭い杭となって体に突き刺さってゆく。
 随分時が経っても、当時と何ら変わらず憎しみを持っている人間がいることは、知っている。…この身が知っていた。
 知っていても、突き刺さる杭は小さな針に変貌することはなく、傷みを認識する感覚が鈍ることもなかった。
(ああ、これは、落ちるな)
 足元がぐらつき、辺りが暗闇の霧にうずもれる久しぶりの感覚に、小さなため息をつく。しかし、いくら落ちても、彼らに弱味を見せることはできない。
 オレの背には、大切な仲間達、救い上げてくれた者達がいる。彼らの尊厳を貶めることを許せようわけもなく、課せられた期待がずっしりと重くのしかかっていることになど、怯んではいられなかったのだった。オレの面子は、仲間達の面子と等しく重なる。仲間達の面子を汚すわけにはいかない。
 たとえ、拒絶反応で気持ちが悪く、吐きそうであろうとも、だ。


「あ、いたいた。センパーイ」
 気だるく通路を歩いていたディアッカに、背後から声がかけられた。男性としては少々高い声の主には覚えがある。無表情だった顔に、皮肉そうな小さな笑みを浮かべてから、ディアッカは振り向いた。
「あん?」
「あの……アレ?」
 案の定、振り向いた先には、ひねくれた表情をした少年…よりは少し成長した青年…にはなりそこないの、シンが立っていた。言いかけた言葉のまま、口を間抜けに開き、小首を傾げる。
「どうしたんだよ、シン」
「…いや、うん」
 最近、シンと良くつるんでいるアウルが、シンの肩を多少乱暴に叩くと、シンは困ったように眉間にしわを寄せた。
 うーん、としばらく悩んだ後、シンは自分の感覚に自信がなさそうな表情のまま、問いを口にする。
「センパイ、何かありました?」
「は?」
 何を突拍子もなく、と一瞬思った。だがしかし、今の自分が立っている場所を思い出す。相変わらず鋭いシンの勘に、ディアッカはほんの一瞬、たじろいだような表情をみせた。
「なんだなんだ。突拍子もなく」
 こわばった顔を意識的に緩め、取り繕うように言う。今の表情が、シンとアウルに見られていなければ良いのだが。
「なんか、おかしいんですよ」
「『色ぼけセンパイがおかしいのは、いつものことなんですけど』ネェ」
「茶化すなよ」
「そうだねェ。アウル君は、命が惜しくないんじゃないの?」
 おどけてもみるが、シンの表情は芳しくない。
(…ったく、こんなことで余計な神経使ってる場合じゃないっつーに)
 何やってんだ、オレは。
 後輩に心配されるなんて、とんだ失態だ。いつもフラフラとして、のらりくらりと過ごしてきた。見なければ知らずに済む。聞かなければ知らずに済む。そう思って。
 けれど、見ないようにしても目は現実を映し、聞かずとも自然に悪口雑言は耳に入ってきた。そう、先刻のように。
 結局は、人となんら変わらず、この体は痛みを受け止めてきていたのだ。


 きっと、最初に立った場所が良くなかったのだと思う。
 仲間を真実に思う、かけがいのない戦友。仲間を救うために命を張る、真実の思い。
 そんなものが、自分の根底に当たり前のようにあった。それが、自分の信じる全てだったとも言える。実際のところ、そんなものに一生で出会える確率は限りなく低く、巡り合えたのは奇跡ともいえ…。
 …そして、落ちた。
 思えば、戦争が終わってザフトに帰ってきた時は酷かった。
 表面上『赤の英雄』と賞賛されながら、裏で『裏切り者』の烙印を押されたディアッカは、かつての仲間、イザークとは切り離され、イザークがエザリアの後を継ぎ評議員になるまでの短い間、異端を見る目つきが取り囲む隊に配属された。
 どこを見ても理解されず、どんな言葉を吐こうとも受け入れられず、存在そのものを否定される。吸い込む空気には憎しみが蔓延し、息をするだけで体は重く、どろりとした泥にまみれて口をつぐむ。
 仲間達が支持してくれた、自らの選んだ道は否定された。それどころか、『悪』とされた。その『悪』の所為で、幾千もの命が失われた、と。
 所詮、関係の遠い者に、到底理解されないことは分かっていた。真実命をかけることのできる仲間がいない者達に、本当の戦場を知らない者達に、この思いは理解できない。そこにいなかった者に、最善の選択が何だったのかなんて、到底理解はできない。ディアッカだって、それが最善の選択だったかどうかなんて、分からない。
 大体、あの頃、まだザフトにいなかった者達も増えている。そんな本当の戦争を知らない者達が、当時のことを想像するだけでも困難だろう。いつかのオレ達だって、ナチュラルなんて、と思っていた。そのまま何も知らずにいけたなら、きっとこの苦しみはなかった。
 でも、今の自分に後悔することなど、あるはずもなく。
 かけがえのない仲間達に囲まれる幸福を、掴み取ることができた。
 それが、むしろ良くなかったのだと思う。
 それが当然と。
 それが当たり前だと。
 確固としたものが、自らに根付いてしまったから。確実に、彼らと交われない場所に立ってしまったから。彼らに理解されないことを嘆くどころか、大事な存在を知らない彼らを哀れんでしまっている自分がいることに気づく。
 だから、彼らと交わることはない。
 だから、彼らが自らを理解することはない。
 これからも、ずっと。
 幸福を手にしたゆえに、皮肉にも舞い降りた、それが現実。


 その枷から、逃げることはできなかった。
 自分の背には、いつも仲間の存在があった。
「アイツがあの時戦った仲間って、あの有名な…」
 いつ飛び火してもおかしくない。けれど、自らの名を汚そうとも、彼らの名を傷つかせてはならないのだ。絶対に。
 だから、痛みなどどこ吹く風というふうに、のらりくらりと受け止める。
 どうでもいい。
 そんな些細な痛みなど、どうでもいい。
 オレは、そんな痛みなど、感じないはずだ。
 そう、そっと言い聞かせた。


 堂々巡りの思いを考えこんだままだった所為だろう。ポケットの中のバイブレータに気づいたのは、着信をしてから随分経ってからのことだった。何の気なしに、相手の名前も見ないまま受信する。
「ちょっと。随分長いから、どこかに携帯置きっぱなしにしたのかと思ったじゃない」
 聞き違いかと思った。携帯の小さなモニタに映った姿を、見間違いかと思った。
「…ミリアリア?」
 思わず、無意識に呟いていた。
「なによ。『死にそうだ』って言うから。……でも、まあ、酷い顔だけど」
 ミリアリアはモニタに映っているのであろうディアッカを指差して、つんつんと指を振りながら、口を尖らせてみせる。ぽかんと思わず間抜け面を晒していたディアッカは、慌てて表情を引き締めた。
「はぁー。馬鹿ね。私に気を遣うことないでしょ」
「いや、気を遣ったわけじゃないって」
「…重症ね」
 素直なディアッカの反応に、ミリアリアは気持ち悪そうに肩をすくめる。
「酷い言い様じゃないの」
 元気のない乾いた笑いに、今度こそミリアリアは深いため息をついた。

「プロパガンダには、二種類あってさ」
 あちこちの戦場をはしごするミリアリアが、久しぶりにオーブに帰った時、同じく久しぶりに会ったサイは、神妙な面持ちでそう言った。
「プロパガンダ?」
「そう。プラントで言う、ラクス・クラインみたいな」
「…それって、…」
 言いよどんで、ミリアリアは表情を曇らせる。その反応をサイは知っていたようで、ひとつ微笑むと、続けた。
「うん、本物のラクス・クラインにしろ、ミーア・キャンベルという女性が演じていたラクス・クラインにしろ、プロパガンダがプラスの意味、『正』として捉えられていれば、民衆もプロパガンダ本人にも、不幸はないんだ」
 うん。と、ミリアリアは頷く。サイの言葉で疑問に思ったのは、まさにそれだった。
 当然のことで、『プロパガンダ』という単語に、良い感情はない。その単語の背後にある者達の、どす黒い意図を想像してしまうからだ。実際、国を司る者達は、『プロパガンダ』そのものの感情などに配慮することなく、搾取する民衆を思い通りに扇動するために、その存在の意義を見出す。
「でもさ」
 表情はあまり変わらなかったものの、サイの声は沈んでゆく。
「ディアッカは、『負』のプロパガンダだったんだよ」
 話は元に戻ってゆく。発端は、ディアッカの近況が話題に上がったことだった。
 サイの言葉で渋い表情をしたミリアリアに、苦笑を浮かべながらサイは続ける。
「ひとつの集団で問題が起こった場合、きっと、原因はそれぞれのどこかにあるはずなんだ。けれど、それをひとつずつ追求するのは難しい。捜査が難しいのと同じで、ひとつひとつ証拠を探さなきゃいけないなんて、労力を湯水のごとく使わなきゃいけないからね。そして、それだけの労力を使うべき価値があるかというと、怪しいところだろうし、価値を推し量ることさえ面倒と思うに違いないと思うよ。それに…」
 サイの表情は冷たく、澄んでゆく。雑多なものが消え、無表情ですら優しい雰囲気を持つサイの顔は、刺すように尖っていた。
「人は、嫌悪する者のために、責任をとることなんてしない」
「……」
 ミリアリアは、サイの冷たい雰囲気もあって、息と一緒に言葉を飲み込んだ。
 嫌悪する者とは、言わずもがな、ディアッカのことだ。
「『負』のプロパガンダに、全部の責任を負わせる方が、よっぽど簡単なのさ」
 サイが表情を緩める。が、しかし、その表情は『負』のプロパガンダに責任を押し付けた者達を睨んでいるようでいて、そんなサイの表情をあまり見たことがなかったミリアリアには、ひどく怖く映った。
「『おまえが悪い』『おまえが間違ってる』『おまえの行動が悪い結果を引き起こした』昔で言う『郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも…』っていうのと同じ。全部、一人のプロパガンダの責任にしておけば、楽なんだよ」
「でも…」
「ロクでもないと思うけどね」
 ミリアリアに表情を見せたくないと思ったのだろう。サイは顔を逸らして呟いた。その声音には、恐ろしいほどの冷たさと苦渋が滲んでいる。
「馬鹿なんだと思うよ。自分のしてることが、生産性がないどころか、全てにおいてマイナスにしかならないことに気づいていないんだから。けど、『馬鹿は相手にしない』っていっても、結局嫌悪は人を傷つけることに変わりない」
 だから、ディアッカがいくら飄々としていようとも、サイはディアッカを案じているのだ。サイの行動や言動が、変わらず他愛のないものであっても。
 俺達に囲まれているときくらいは、心から安心できるように、と。


「…最近ね、マンゴーにハマってるの」
「は?」
 唐突な話題転換に、ディアッカは目を白黒させる。
「マンゴーをそのまま食べるのもいいけれど。マンゴージュースでしょ、マンゴープリンに、マンゴーソースにマンゴーシャーベット!」
「はい?」
「美容にもいいしね。おいしいし。ディアッカは、マンゴー好き?」
「いや、嫌いじゃないけど、甘いのはそもそも好きじゃないしな…」
 急にふられて、思わず考えなしに応えていた。
「じゃあ、好きなフルーツってないの?」
「甘くないのなら…。キウイとか?」
「えー。キウイは舌がいがいがするじゃない」
「オマエが聞いたんだろが」
「ベリー系は?ブルーベリーとか、クランベリーとか」
「くらんべりー?」
「木いちごよ、木いちご」
「そもそも、食べた記憶がないな。ベリーって言ったら、ストロベリーなんじゃないの?」
「だって、どうせ『甘いイチゴは好きじゃない』って言うでしょ、アンタ」
「確かにな」
 そうして、ディアッカはふっと笑いを漏らした。
 実にくだらない。生産性だってない。普段の自分なら『馬鹿げている』と一笑に付す会話。
 ふと気づくと、目の前には安心したような表情のミリアリアがいる。そうしてやっと、ディアッカは気づいた。
「気、遣ってくれたワケね」
「何のことかしら」
 気落ちしていたディアッカを、少しでも元気付けようと、ミリアリアはとりとめのない会話をしかけたわけだ。ディアッカは、一瞬でも、不安定になっている自分を忘れることができた。紛れもなく、それはミリアリアのお陰で。
「さんきゅ」
 ディアッカは、ミリアリアに笑みを見せてみせた。その笑みは、久しぶりに心の底から生まれた真実のものだった。

 それにしても。
「センパイが、ほんっと気持ち悪いので、ミリアリアさん、なんとかしてもらえませんか?」
 シンがミリアリアに連絡してきたことを思い出す。
 心底心配しての言葉だったのだろうが、いくらひねくれた言い様をするシンだとしても、そのセリフはどうなのだろう。
 そう、ミリアリアは思っていたのだけど。
 ディアッカが、ホッとしたような、重い荷を下ろしたような、そんな表情をしていたから、きっとそれで良かったのだろう。女には分からない、男同士のものなのだ、きっと。
「…良い後輩を持ったわよね」
「そうかねェ?」
 嫌な顔を装うのに失敗した笑顔は、くすぐったいように照れていた。


「ディアッカ!」
「へーいへい」
「遅い!」
「まだ5分前だっての」
「ですよねー」
「そーうそう」
 わざとらしく口を尖らせたシンがディアッカに同調し、アウルがシンの隣で大仰に頷いていた。
「も・う!5分前だ!時間になった瞬間に動けるようにしておかなくてどうする!」
「そうだぞ、おまえら」
「うっわ、寝返るの早っ!」
 イザークの青筋は今にも破裂しそうだというのに、相変わらずギリギリの攻防を楽しむ馬鹿共に、あきれたように、それでもまた少し楽しそうに、ルナマリアはため息をつく。それを隣で微笑ましく見つめるレイの表情は柔らかかった。

「もう、いいんだな?」
「え?」
 ブリーフィングが終わり、シホの叱咤の声に追い立てられるように、シン達がそれぞれの持ち場に駆け出していった後、イザークが傍らのディアッカに声をかけた。
 ザフト軍基地の白い通路は、人気がなければ静かなものだ。イザークとディアッカの靴音が通路の先まで響いていた。
「地球の女と話したと思ったが」
 まったく、いつのまに。
 甲高く声を上げることしかできないと思っていた戦友は、いつのまにか周囲を気遣える男に成長していたようだ。名実共に、隊長になったと言うべきか。
「そうかもね」
「それならば、もう容赦はいらないな」
 ふっと、イザークが不敵に笑う。ぽかんとした後に、ディアッカは慌てて嫌な予感を感覚に引っ張り上げた。
「へ?…いやいやいやいや、何言ってるんだっつーの」
「オマエに渡す資料が、オレの机に山となっている。既に2山はシホに渡したところだ」
 イザークの言うことは、大げさではない。資料が山になっているということは、本当に山となっているのだ。きっと、15センチは紙が重なってることだろう。このデジタルの時代に紙でそれだけ山となっているんだから、それに付随するデジタルデータを思えば、実質裁かなければならないデータは、その倍は軽くある。
 数分後、予想通りの資料の山を見ることに、ディアッカは疑いすら抱かなかった。それを抱えて、頭まで抱える自分さえ想像できてしまう。
「オイオイ…」
「オマエなら、できると俺はふんだ。俺の期待は裏切らないだろうな?」
 ふふん、と勝ち誇るようにイザークは笑う。
 浮いて沈んで、飛んで落ちて。慌ただしく毎日を送るオレ達は、そうやっていつの間にか成長してるらしい。成長してるといいんだが。
 どこかで沈んでしまっても、こうやって賑やかな日常が、いつでもオレを救い上げてくれるのだ。
 けれど、と思う。
 おまえらが落ちたときには、オレが何が何でもひっぱり上げてやる。オレの全力で。
 安心しとけ。
 だから、今は。
 …ありがとう。


end



管理人の思う成長したシンは、
人の感情に鋭くなってるイメージがあります。
アウルは、とことんちょっかい出すイメージがあります。

そんな後輩に囲まれて、
幸せなんだか、慌しいんだか。
そんなディアッカのイメージ。


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