家庭教師ヒットマンREBORN!

あるいはこんな未来


caution!
山本の相手がオリジナルキャラとなっています。
名前の変換機能はありません。
女の子の名前は、長谷川圭依となっております。



 山本はいい奴だ。
 それを否定する奴はいない。少なくとも、圭依は知らない。
 青空の下、カラカラ笑いながら、軽快に駆け回っていて。顔を土煙で真っ黒にさせながら、それでも楽しそうに飛び回っていて。
 見ているだけで、こっちも楽しくなってくる奴だ。そんな山本を知っている友達が山本を囲み、そんな友達に山本が分け隔てなく笑いかける。山本はいつも大人数の真ん中にいることが、当たり前の認識となっていた。それを疑問に思ったことはない。誰もが。
 思ったことはないのだけれども。
 そんな山本に憧れて、でも山本のようにはなれなくて、歪んだ嫉妬が山本を憎むことだってあった。
 そんな思いは、山本の傍にあってはいけないのに。一点の染みもない青空は、曇ってはいけないのだ。そう思うのに。


 その日も、圭依は教室の片隅の自分の席で、小説をめくっていた。いつもの日課だ。放課後の教室には、傾いた茜色の陽光がやわらかく降り注ぎ、小説のページも、ページを繰る指も、ほのかなオレンジ色に染まっている。
 圭依自身は文字の虫だとは思っていないが、周囲の者が見れば、文字好きであることは否めないらしく、本に没頭する圭依の姿を見ても、誰も大きな反応をすることはなくなっていた。圭依の一番好きな冒険活劇の世界にひたっていたところ、小説に没頭している圭依はやはり気配を感じさせないのか、教室の中心であまり気分の良いものではない会話が人目を憚ることなくされていた。
「……んだよ、山本の奴。いい気になりやがって」
 その言葉の棘に強烈な違和感を覚え、圭依はふと活劇の世界から我に返った。急激に小説の世界から現実に戻ったので、その言葉の意味することが一瞬理解できず、瞬きを繰り返す。それまですんなりと脳に流れていた文章が意味のない文字という絵に変わってしまうと、小説に落とした目を上げぬまま、耳だけを澄ませる。
「ちょっと人気者だからって」
「だよな。いつも笑ってんのだって、馬鹿で何も考えてないからじゃねーの?」
 あはは、と。黒い笑いにゾッとする。ぞくりとした寒気に震えを覚えた。
「わらわらといる奴らだって、別に山本がいいってワケじゃなくて、ただ集まる目印にしてるだけだろ」
「山本がいいってワケじゃないってーのか?それって、ケッサクだな!」
 ガラリ。
 唐突に、横開きのドアが開いた。きっと、一番来てはいけない者が、そこに立っていた。
 教室の中央で話し込んでいた少年2人の顔色が、その姿を目に入れるとさっと青く変わる。
「や、山本…?」
「い、今の聞いてたのか?」
 おどおどした声が、山本にとって良くないことを話していたことを如実に語っている。肝心の山本は、今の会話を聞いていたんだろうか。
「別に。何のことだ?俺は、忘れもん取りに来ただけだけど」
 声が、少しだけ震えている。
 圭依は、何時もとの僅かな違いに、耳をぴくりと動かす。ちらりと覗き見れば、入り口に立った山本の顔も、見慣れたいつもの笑顔ではなく、無表情に沈んでいた。
「何のことって…、オマエが悪いんだからな」
「オマエがいい気になって…」
 なんとか自分を取り繕おうと、彼らは思うより先に口走る。
 ガタリ。
 耳障りな声を遮りたくて、圭依は席を立った。圭依の存在に初めて気づいた3人が、肩をビクリと震わせ圭依の姿を凝視する。その視線に気づきながらそれでも、極力平静を装い、圭依は手にしていた小説をかばんに投げ入れると、スタスタと山本が立ち尽くす出口を目指す。
 圭依は、クラスでそれなりの成績を修めている。が、気は利くものの上手く喋れる性質ではないため、それほど友達が多いわけではない。クラスの男子には、高嶺の花、というイメージが多少なりともあって、好き好んで話しかけてくる者は今のところいない。
 そんな、気安く話しかけることのできない圭依の動きに声をかけそびれたまま、3人の少年は微動だにせず、圭依の動きを目だけで追っていた。
 少年達を意に介さず、圭依は出口をくぐると、山本とすれ違いざまふと気づいたように背の高い山本を見上げた。
「そうそう、山本。話したいことがあったんだった。ちょっと来てくれる?」
 珍しく神妙な顔をしていた山本が、その言葉でぽかんとした。話しかけられるとも思っていなかったのか、一瞬何を言われたのか分からなかったようだ。
「…あ、ああ」
 慌てたように返事をし、変わらずスタスタと進む圭依の後を大柄な山本の姿が追った。
 きっと、2人の去った教室では、ホッとしている2人の少年の姿があった。それを、圭依は何を見ずとも知っていた。


「もういいよ」
 昇降口で、ついてきた山本を振り返ると、唐突に圭依は言った。もちろん、体格は全く逆だが、相手は圭依という親鳥について歩いてきたヒヨコ的な山本しかいない。
「ん?話って?」
「さっきまであったんだけど、忘れちゃったから」
 話がないことに首を傾げ、山本より記憶力が良いはずの圭依が話を忘れたことにちょっと驚き、少しだけ考えた後にそれが圭依なりの優しさだということに気づいた山本は、ふっと笑った。
「そっか。サンキュ」
「別に、お礼を言われることはしてないし」
「長谷川って優しいのな」
「はぁ!?」
 何の気なしの山本の言葉に、長谷川圭依は目を丸くして顔を真っ赤に染める。それを、山本はニコニコと見ていた。
 思わず、圭依は山本から目を逸らす。視界を埋める窓いっぱいの夕焼けが、頬を暖かく照らし、頬が熱いのはきっとそのせいだ、と思うことにする。
「私は、優しくないと思うけど。底抜けに優しいのは、山本の方でしょ?」
「そうかな」
「そうだって」
 圭依は、分かりやすく両手で頬を覆うわけでもなく、咳払いをするように口に軽く握った手を当てて、赤らんだ頬を隠し切れぬまま、山本を上目遣いで見上げる。相変わらず、そこにあるのは朗らかな笑みだけだ。
 人に動揺を見せるなんて失態は、圭依の思うところではないのに、その笑顔を見ていると、そんなちっぽけなプライドがくだらなく思えてきてしまう。
 プライド、で気づいたことがあった。
「ああ、でも。ひとつ…」
「なに?」
「気を悪くしないで欲しいんだけど」
「?」
 さして急がせるそぶりもなく、山本は軽く首を傾げて圭依の次の言葉を待つ。
「あいつらを悪く思わないでやって欲しいな、って」
「え?」
「私ね、あいつらの気持ちが分からないわけじゃないの。山本は友達がいっぱいいるし、明るいし、優しい。憧れてると思うんだ」
「え?」
 鸚鵡返しのように、山本は意味のない疑問符を返す。それを知りつつ、圭依は話を続けた。
「山本のようになりたい、でもなれない。そんなジレンマを抱えてて」
「そんな。俺は」
「『たいした奴じゃない』?」
「ああ」
「だから。山本がそんなだから、あいつらもジレンマをぶつけるところがなくて、変な嫉妬しちゃうんだろうな。でも、それって、山本が悪いわけじゃないから。気にすることなんてないんだけどね」
「?」
 しばらく、圭依の言ったことを理解しようと考え込んだ山本に、圭依が明るい声をかける。
「考える必要なんて、ないよ。山本は、山本が思ったように行動すればいい。それが、最善だと思うから」
「そうなのか?」
「うん」
 どこかすっきりとした表情の圭依の微笑みに、山本も満面の笑みを返す。
 本当に、空の雲を一掃してしまうような笑顔だなあ、と思う。
「…そういえば、山本に聞きたいことがあったんだっけ」
 圭依が山本とまともに話したのは、これが初めてで。日課で放課後に小説を読んでいた圭依は、耳に届いてきていた野球部の練習の声を知っていた。目を上げて校庭を見渡した先に、野球部の練習風景があって、そこで人一倍動き回っている姿が山本だった。
 そんな山本に、聞きたいことがあった。聞きたいことというより、見ていて心にひっかかったことがある、というところだろうか。
 山本の笑顔は、本当に周りを明るくするけれど。
「山本には、山本が本当に大事に思う友達はいる?」
 真っ先に、山本の脳裏にはツナの姿が浮かんでいた。
 だから、即座に、考えることもなく応えることができた。
「ああ、いるよ」
 即返ってきた真っ直ぐな山本の笑顔に、圭依は一瞬面食らったようだったが、じわりと滲むように微笑むと、至極幸せそうに笑った。
「そっか。良かった」
 真実に、嬉しそうに笑ったのだった。

 校庭で駆けている山本を見て、いっぱいの友達に囲まれている山本を見て。
 けれど、そこに真実山本を思っている友達はいるんだろうか、と。真実山本が思う友達がいるんだろうか、と。
 その相手のために、命を懸けてもいい、と言ったら大げさかもしれないけれど。
 山本は優しいし、明るい。山本は、誰も好きだ。誰もが、山本を好きだ。でも、それは裏返せば、誰でも良い、ということにはならないか?
 そう思うと、山本の笑顔が空虚に見えてきて。真実の山本の笑顔が向けられる相手がいるんだろうか、と気になってしまっていた。
 山本の笑顔が空っぽだなんて、陽光のように眩しい山本の存在とはかけ離れ、寂しいことなんじゃないだろうか。
 大勢に囲まれながら、実は誰にも心を開けない、とか。そんなことを危惧していたのだけれど。
 そんな危惧は、必要なかったのだ。

 夕焼けにキラリと光ったのは、涙ぐみそうな潤んだ瞳。
「…うん。本当に、良かった」
 良かった。山本が寂しい思いをしていなくて。
「山本は、これから野球部の練習でしょ?」
 そこに溢れた感情を振り切るように、圭依は言う。
「あ?…ああ、うん」
「頑張ってね。試合、応援に行くから」
 じゃあ、と。独り感激してしまった自分が恥ずかしかったのか、圭依は山本と目を合わせず、昇降口から逃げるように駆け出て行った。
 圭依は気づいていなかった。涙ぐんだ圭依のことをじっと見つめ、圭依の後姿を視界から消えるまでずっと目で追っていた山本のことを。


 クリアな朝の空気に、元気な挨拶の声が交差してゆく。そんな朝の教室の中。
「昨日、来なかったよな?」
「へ?」
 思いもしなかった相手からの、思いもしなかった問いかけに、ぽかんと口を開け、圭依は間抜けな声を出していた。
 圭依の机に軽く手をかけ、山本が圭依の顔を覗き込んでいる。圭依の席を山本が訪れるのも初めてだが、その唐突な問いの真意も分からず、ぱちくりと瞬きをして、圭依は首を傾げた。
「昨日?」
「ああ。試合があった」
「試合…?」
 何の話だ、としばし考えた後、若干残念そうな表情の山本を見て、そういえば、と思い出す。
 軽く言葉にした「試合、応援に行くから」を、山本はしっかりと覚えていたのだ。いや、覚えていただけならまだしも、本気で受け取られていたとは、圭依も思っていなかった。
「ご、ごめん。知らなかったから…」
 本当は。知らなかったのが理由ではなく、野球をする山本を応援していたのは確かだけども、試合を応援しに行くというのは社交辞令と受け取られると思っていたから。
 ああ、そういえば。山本は社交辞令とかに縁がなかったっけ、と。うふふ、と漏れそうになる笑いをこらえて。
「あ、そうか。言ってなかったよな」
 圭依の思考に気づくこともなく、山本は初めて気づくように、あ、と漏らす。
「次はいつ?」
「来てくれるのか?」
「うん」
 ぱっと輝く笑みに、圭依は自然と笑みを返した。場所と時間を告げると、満足そうな山本が友達の輪に戻ってゆく。
 山本が、圭依に応援に来てもらいたがっている。
 その事実だけで、山本が出る野球の試合を応援しに行く理由は十分だった。


 試合終了の挨拶が終わり、それぞれのチームは帰りの身支度を整えてゆく。
 傾いた陽の光の中、ぼんやりと整地の始まるグラウンドを見て、良い試合、だったのだと思う。こちらの野球部が勝ち、山本も、いつもの笑顔よりさらに嬉しそうに笑っていたから。野球のルールをいまいち分かっていない圭依は、きちんと理解するために、帰りに野球のルール本を買うつもりでいた。せめて、攻守が変わるチェンジのタイミングくらいは知りたい、と思う。
「えーと。君が長谷川さん?」
 遠慮しがちな声がかけられ、振り向くと小柄な少年が土手に座り込む圭依を見下ろしていた。
 衣服についたほこりをパタパタとはたいて立ち上がる。優しいを通り越して、少々気弱な雰囲気のある少年は、圭依と同じくらいの身長で、澄んだ茶色の瞳をしていた。その柔らかな表情を見ていると、あたたかな気持ちになってくる、不思議な空気を持つ少年だった。
「あなたは?」
「あ、俺は沢田綱吉っていうんだけど」
「沢田くん」
「山本には『ツナ』って呼ばれてて。山本の友達っていうか…」
 ああ、と圭依は納得した。きっと、山本の大事な友達は、この人だ、と。なんの根拠があったわけでもない。でも、その勘には自信があった。
「うん」
 別に、なんの言葉もなく。その相槌のような返事で、何か伝わったようだった。交わされた笑顔が、それを如実に語っている。
「最近、山本が『紹介したい奴がいる』って言ってて。名前だけは聞いてたんだけど」
「良く名前だけで分かったね。名前だけだと男の子に間違えられたりもするから、私」
 困ったように笑う圭依を、ツナは眩しそうに見つめ、うんと頷いて笑った。
「やっぱり、山本の言うとおりだ」
「?」
「長谷川さんのこと『凄くいい奴』って」
「『凄くいい奴』?そんなことはないと思うし、山本や沢田くんの方がよっぽど『いい奴』だと思うけどね」
「そんなことないよ。山本の勘は、当たるから」
「まあ、山本にそう言われて、嬉しくないわけじゃないけど。少し、男友達に言いそうな表現だなぁ、とは思うかなー」
 うふふ、と笑いあう。穏やかな空気が心地良かった。
 やっぱり、良かった。山本の大事な人がいて。その人が、こんなに良い人で。
 心から安心できた。
 執着と言ったら、悪い表現だろうか。でも、きっとツナのためなら、山本は体を張れるんだろう。他の人には持てない気持ちを、ツナだけには向けられるんだろう。
 それなら、大丈夫。

「なんだ、いつの間に仲良くなったんだ?」
 帰り支度を整えた山本が、大きなバッグを抱えてツナと圭依の傍に歩み寄ると、土ぼこりまみれの顔を不思議そうな表情に変える。
「うん、今、さっき」
「ツナくんが話しかけてくれて」
「あれ?もう『ツナ』って呼んでるのな?」
「俺も、圭依ちゃんって呼ぶよ?さっき、そう呼ぼうって話してたんだよね」
 ねー、と笑って頷きあう。
「そうなのかー…」
「ひがむな、ひがむな、山本。山本も呼べばいいし」
 あはは、と笑って、少しヘコんでいる長身の山本を見上げる。圭依の言葉に、あ、そうか、と気づいた風の山本は、満面の笑みをこぼした。
「そうだな、圭依」
 その笑顔は、確かに。空虚ではなく、空しくもなく。
 きっと、大事なものを見つけている表情だった。


 圭依は思い出す。ツナに言われた大事な言葉を。
「山本はああいう奴だから。きっと誰にも等しく『いい奴』なんだけどさ」
 うん、それは良く知っている。
「圭依ちゃんを大事だと思ってると思うんだ。だから」
 そう思われていたらいいな、と思う。それは自分にとって、とても意味のある存在意義にも似たようなものだ、とも。
「山本をよろしく頼むよ」
 だから、ツナは山本にとって『特別』なんだと思う。その、山本に向ける真っ直ぐな気持ちがあるがゆえに。
 無意識に人の気持ちを感じ取る山本だからこそ。


 そして、ツナは思う。
 心から山本を思う圭依は、きっと山本にとっての『特別』なのだ、と。



まあ、幾通りもあるパラレルワールドのひとつには、
こんな未来もあったりして?みたいな話。
死ぬ気じゃないと、山本の『特別』にはなれないんじゃないかとか、
そんな。

なんとなーく、高校生のイメージで書いています。


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