温泉旅行2



「賭けをしよう」
 そのセリフを吐いたのは、相変わらずの博打男ではなく、博打男に躊躇せず湯水のごとく掛け金を支払っている骨董屋主だった。
 骨董屋を営んでいる彼にとって、博打の掛け金の支払いなど、造作もないことらしい。確かに、旧校舎などで手に入れる物品を売るだけでもかなりの額になるが、それ以上に裏で何かやっている気がするのは、気のせいではないだろう。
 …というより、旧校舎に入り浸っている時点で、金銭感覚がおかしくなっていくのは、やむを得ない。珍しいものに目を輝かす彼のことだから、旧校舎は言わば、宝の山なのだろう。金など、その珍品についてくる付属品に足らないのだ、彼にとって。
「ただ賭けるだけではつまらないよね。こんなのはどうだい?」
 骨董屋主はにっこりと笑ったが、その笑みには何か裏があるようで、とてもアヤシイ。いつも思うが、なんでこいつは胡散臭く意地悪な笑い方をするんだろう…。
 その考えを聞きたくはなかったが、そうはさせてくれない。そんな奴だ。
「誰か女性と組んで、三回に一度牌を捨ててもらうんだ。もちろん、僕達がアドバイスを言ったら、ペナルティで5000点支払いで」
 5000点?それは痛い。
 火のついていないタバコをくわえながら、村雨は牌をかき混ぜ始めた。ジャラジャラと耳慣れた音がする。
 そうこうしているうちに、如月は窓際でお茶を飲んでいた女共を手招きする。テーブルの上にこたつ板を裏返しで置いただけの雀卓に、面を揃えた男共の了承も得ず、さっさとくじで組み合わせを決めてゆく。
「村雨は芙蓉さん、蓬莱寺は藤咲さんで、壬生は比良坂さん、僕は、雪乃さんお願いできるかな?」
 おあつらえ向きの組み合わせだ。
 これはちょっと自分に利がある。芙蓉は気に入らない女だが、頭脳明晰、記憶力も高いときてる。こりゃあ、勝てる。
 相変わらずの強運が、肩を押す感じがした。
 如月の指示通り、興味津々という感じで、女共がそれぞれの場所につく。一人残った高見沢は、藤咲の隣にちょこんと座った。
「じゃあ始めようか」
 如月が狐のような笑みを浮かべた。

 ここは温泉旅館の一室。飛羅の誘いで、思い思いに集まってきた。すでに夜も更け、旅館ですることなど風呂に入る以外にない。
 そんな折、先刻村雨がフロントで雀牌を借りてきた。
 どうせ、いつもの面子が揃っている。暇つぶしには丁度いい。
 そういうことらしかった。
「これは、こう並べて、この3つでひとつの組になる」
「この種類とこの種類で集めていくんだよ」
 あちこちで麻雀の講義が始まった。
 それをちらりと見やると、村雨は不敵な笑みを浮かべた。
「よう、芙蓉ちゃん、この前麻雀の本、部屋に置きっぱなしにしてたの、片付けたよな」
「片付けました。おまえの部屋は汚すぎて見ていられないのです」
 村雨のにやにやした笑いをさも嫌そうに、芙蓉は眉間にしわを微かに寄せながら応えた。
「あれ、読んだか?」
「一応。どんなに馬鹿げたことにおまえが時間を費やしているか、知るべきでしたから」
 それは、知ってその後、制裁をこうじる糧とする、ということだろうか。
「で、これはどんな感じだ?」
 村雨が手元にある牌を芙蓉に見せた。
 ちらりと芙蓉は視線を向ける。
 「中」が2牌、「撥」が3牌、「白」が2牌。ついでに、自分が親で、「東」が3牌ときてる。しかも今は始まったばかり。つまり、東場だ。
 村雨的には、笑いが止まらない。
「これとこれを揃えるのでしょう?」
 むっつりとしたまま、芙蓉は「中」と「白」を指差した。
「正解」
 勝った。
 しょっぱなから役満、しかも親の役満ときたら、こいつら戦う気を失うに違いない。わいてきた笑いを無理矢理噛み殺した。
 しばらく、何もなく進んでいると、なく必要もなく、「中」がツモってきた。
 が。ふとそこで気づくことがあった。
 京一が怪しい。
 いつも、村雨と如月への支払いにびくびくしながら、冷や汗が見えるような麻雀をするのに、今日はやたらそわそわしている。捨て牌を見ても、てんでばらばらで、何を揃えているのか分からない。
 …これは…、国士無双…?
 直感があった。すさまじい強運を持つ自分の勘には自信がある。
「芙蓉ちゃん、これからここらへんの牌が来ても、捨て…」
 ちょうどそのとき、芙蓉の番が来て、芙蓉が牌に手を伸ばし、「中」を引いてきた。
(ヤバイ!!)
 すばやく京一の捨て牌を調べる。
 「中」は、そこにない。
「ちょ…、芙蓉ちゃん…」
「村雨、ペナルティもらうかい?」
 芙蓉に制止の合図を送ろうとすると、如月のぴしゃりとした声がかかる。村雨はぐっと詰まった。
(やばい。これはどう考えてもやばい。どうにかして芙蓉ちゃんに伝えねば…)
 ぐるぐるとめまぐるしく回る頭だったが、何の解決法も浮かんではこなかった。
 国士無双ではないかもしれない、が、もし国士無双だったら、まだペナルティ5000点の方がましだ。しかし、そんな打算で麻雀をするなど、自分の流儀ではない。
 どうする?
 普段絶えることのないニヤニヤとした笑みが消え、村雨の表情には「無」しかなかった。
 一瞬後。
 芙蓉は、すんなりと、持ってきた「中」を捨て牌に並べた。
「ロン!!」
 京一の声だった。興奮しているのか、微妙に声が上ずっている。
「悪いな、村雨!国士!!」
 得意満面な笑顔で、手元の牌をひけらかす。そこには、「中」だけ抜けた字牌と1と9が並んでいた。村雨が欲しかった「白」も、これ見よがしにまぶしく見える。
 間違いなく国士無双…。
「まさか村雨から国士の振り込みされるなんてなー。縁起がいいぜ〜」
(俺も思わなかったよ…)
 負けるとはいっても、如月や壬生ならまだしも、最弱の京一に!!!俺にとっちゃ、縁起の悪過ぎもいいとこだ!
「芙蓉ちゃん!なんでそれ捨てちまうんだ。あぶねえだろーが」
「?なぜですか。おまえはこれを3つ揃えろと言ったでしょう。4つ目はいらないではないですか」
「その前に『捨てるな』って言っただろっ」
「言っていません。『捨て』と言ったのです」
 ちくしょう。こいつの記憶力はこういうときには面倒だ。確かに言い終わらなかったさ。
「人の話聞く前にさっさと牌持ってきたのは、芙蓉ちゃんだろ?」
「言い終わらないのに止めた村雨が悪いのでしょう」
 確かに。
 返す言葉は見つからない。
「村雨、振り込み」
 そのとき、容赦なく如月の声がふりかかった。追い討ちとばかりに、更に言葉を投げつける。
「ちなみに、痴話げんかは表でやってくれ」

 その後も、憑かれたように村雨は負けまくった。
 芙蓉は、勝利の女神ならぬ、疫病神だとこぼすと、即座に鉄槌が下された。
 …そんなついていない日。


END


なんか、思いついた話。
で、なんだか無性に書き残しておきたかった話。(ろくでもないのに…)
村雨×芙蓉も結構好きだが、村雨をはっきり捉えきってないので、自分が書くのは微妙。
今回もかなりスカってみたり。(涙)
そんでもって、麻雀分からない方にはさっぱりの話に…。あー…、ゴメンナサイ…。
ちなみに、村雨が狙っていたのは「大三元」という国士無双と並ぶ最強のアガリなのですね。
大三元と国士、一気に揃ってる麻雀ってどーよ…。
どーでもいいが、村雨と賭けはマジでご遠慮したい限り。
如月みたいな金持ちじゃないとね。

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