「いい天気だね!」
「ええ、本当に」
 縁側で涼浬と並んで腰を下ろしていた小鈴は、思わず庭に足を踏み出し、両手を広げて陽の光を体いっぱいに浴びる。やわらかな緑は、足元で静かに彩っている。庭木の若い葉は、陽の光を浴びて、その透き通るようなからだを輝かせていた。
 小鈴が、たまらなくなったのか、両手を広げたままくるくると回り始める。木漏れ日が小鈴の上で踊った。
「楽しみだな!お花見!」
「王子の桜は見事ですよ」
「ウン!おだんごもね」
 小鈴は、いたずらっぽく舌を出す。涼浬は、その飾らない表情を眩しそうに見て、微笑んだ。
 涼浬は、小鈴の飾らない優しさが大好きだった。思い返してみれば何が原因だったのか分からないような些細な出来事で気が伏せたときも、いつのまにか隣にいてくれる。
 気の利いた言葉を言うわけでもない。むしろ、何を言って励ませばいいのか分からないのだろう。一生懸命、自分の知る限りのおもしろい話を話し続ける。
 不器用な、優しさ。
 でも、溢れて零れ落ちてしまいそうな、優しさ。
 涼浬の愛しいものだった。
 少し、共感するところがあるからかもしれない。涼浬も、とても不器用な人間だから…。
「せつら、まだかなあ」
「約束の刻限は、過ぎていますね」
 王子の桜は、江戸の住民全てが知るところだ。その桜の満開の報を聞きつけ、小鈴が涼浬に花見を持ちかけると、どこから聞きつけたのか、いつのまにか刹羅も同行することになった。
「うー、早く桜見たいなあ!」
「おまえが楽しみなのは、だんごだろうが」
 堪らず声をあげた小鈴に、容赦ない言葉を浴びせる。裏の扉が開き、小柄な姿が現れた。
「失礼しちゃうな。桜も楽しみだよっ!」
「『も』ってところが、食い意地張ってるよな」
「おっきーだって、おだんご楽しみなくせに!」
「…う…」
 痛いところを突かれて、ご丁寧に言葉を詰まらせる。見事に素直な反応だった。
「待たせたな。じゃ、花見とだんご食いに行こうぜ」
 風祭の頭をぽんぽんとはたき、にこやかに刹羅が笑う。途端、風祭の顔は火が吹いたように真っ赤になった。
「なっ!子供扱いすんな!せんせん!」
「そうだよ。おっきーは子供なんだから、そんなこと言っちゃ可哀相じゃないか、せつら」
「んだと!」
 更に顔を朱に染めると、風祭は小鈴に歩み寄って睨んだ。本気で怒っていても、かわいらしく見えてしまうのは、風祭の人徳だろうか、それとも。
 小鈴は、風祭の視線を正面から受けとめると、にっこりと笑った。
「おっきーも来たんだね」
「…あ?…ああ」
 張り合うように睨み返してくると思っていた風祭は、拍子抜けしたまま無意識に応えていた。
「お花見は、人数が多いほうが楽しいよ!」
 そう言って、小鈴は風祭の腕を取った。腕を組む形で、風祭を引っ張る。
「わ!おまえ、何す…」
「さ、行こう!早く!」
 先刻と違った意味で、風祭は顔を赤らめる。「離せ」とは言えなかった。小鈴が風祭の顔を覗きこんで、相変わらず嬉しそうに笑っていたから。…理由はそれだけじゃなかったが…。
「分かったよ。そんな引っ張んなよ。じゃ、先行く、せんせん」
 必死に冷静を装っているようだが、刹羅を振りかえった顔は紅いままだ。しぶしぶといった感じで小鈴に引っ張られ、裏の扉の向こうに姿を消していくものの、その内心は態度と裏腹であることなど明らかだった。
 二人の姿が消えるのを認めると、刹羅はたまらずぶっと吹き出し、腹を抱えて笑い出す。
「相変わらずだな、奴ら」
「はい、相変わらず喧嘩されているのですね…」
 弾かれたように、刹羅が涼浬を振りかえる。
「?私、何か変なことを言いましたか?」
 全くもって、刹羅が驚愕している理由が分からないらしい。涼浬は、微かに首を傾げた。
「涼浬。俺は、相変わらず奴らは仲がいいな、って言ったんだよ」
「仲がいい、…のですか?」
 心底意外だったのか、涼浬は更に首を傾げる。あごに細い指を当て、しばし考え込むと、ふと気付いたように涼浬は顔を上げた。ほんのりと、顔が赤らんでいるようだが?
「ですが、そうですね。私はお二人が羨ましいと思いました」
「俺もね」
 そして、刹羅は自分の腕を指差した。涼浬は、何のことか分からずに、怪訝な表情で刹羅を見上げる。
「刹羅さん?」
「俺も羨ましいからさ。涼浬はここに抱きついてきてくれないのかな、って」
「!」
 涼浬の頬に朱が走った。頬の熱を自覚したのか、隠すように俯く。さらさらとした黒髪の間から、震えたか細い声が漏れ出る。闘いの中で見せる、一種冷たいとも思える表情をする者と同一人物だとは、甚だ信じられなかった。
「そんなこと、…できません…」
「なぜ?」
「…刹羅さんに迷惑が…」
「迷惑どころか、大歓迎なんだけど」
 びくりと、涼浬は肩を震わす。
「…本当、ですか?」
「もちろん」
 戸惑いながらの問いに、歯切れの良い応えがすぐに返って来る。涼浬は、おずおずと顔を上げた。赤らんだ頬はそのままだ。
「俺、今日涼浬と腕組んで花見できたら本望だなあ」
 屈託のない笑顔が降ってくる。それは、誰のものでもなく、涼浬だけに向けられていた。
 いいのだ。この腕を独占しても。許してもらえている。
 涼浬は、ゆっくりと刹羅の腕に手をかけた。刹羅は、いつもの闘うときの姿とは違い、かすりの着流しを身に纏っている。袖の布の感触の中に、引き締まって硬い腕がある。闘いの最中も安心できる、頼り甲斐のある、腕。
 それは今、涼浬だけのものだった。
 刹羅が、満足そうに、少し照れながら微笑む。
「じゃ、行こうか」
「はい」
 涼浬は、確かに今幸せだった。


END


勢いづいて書いちゃいました。
みじか!!(笑)
しかも、奈涸さんの姿、跡形もなし!!(跡形???(笑))
はっはっは、こんな勢いssは、作者の都合のいいように舞台はできているのサ。(←横暴)
更に、『腕』を『かいな』と読んでいただけると、これ幸い。(いいわけか!!)
こんなssでも楽しんでもらえたら本望です〜。(ぺこり)

前も王子の桜を題材にしましたが、
王子の桜は、入社のときに友達と見に行きました。綺麗で、見事したね。
また見たい。

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