陰を持つ者たち



 新宿中央公園。
 夕闇の落ち始めた公園は、人通りが次第に減っていき、喧騒も遠のいていく。人とビルの渦中にあるはずのその場所は、そこだけ切り取られたように静寂を享受していた。
 そんな場所に似つかわしくなく、いや、そういう雰囲気だからこそ、だろうか。目つきが悪い、いかにもといった集団が、何者かを取り囲んでいた。
「だからさあ、あんたが現れた頃に、俺の仲間が消えちゃったわけよ。知ってるんだろー?教えてくんないかなー?」
 いい獲物を見つけたといった表情が、無意識に嫌悪感を沸きあがらせる。
 それぞれが、思い思いの格好をしていた。それは、紫色のジャケットに金糸の刺繍だったり、髑髏のデザインの大きな指輪や金の鎖のネックレスだったり、どう寛大な解釈をしてもセンスのいいものではなかった。むしろ、彼らの品性のなさ、普段のだらしない生活がそのままあらわされたようだ。
「いい加減、話してくんない?」
「……」
「うちのリーダーが、こーんなに優しく聞いてやってんのに、なーんでシカトこいてんだよ!」
 その語気は、だんだん怒気をこめたものとなる。
 9人もの不良の男達に囲まれた少女、比良坂は、表情を変えないままじっと彼らを観察した。
 なんともなしに比良坂を囲んでいるようだか、何かの拍子に駆け出して抜け出せるような、そんな生易しい取り囲み方ではなかった。そのあたりは、この男どもの低悩な頭でも考慮できたようだ。中には、女の子一人相手に、ナイフを持っている者までいる。鼻で笑ってしまうような念の入りようだ。
 と、今まで、異常なほどのにこやかな表情をくずさなかった、目の前の男の瞳がすっと薄くなった。リーダーと呼ばれている男だ。
「いい加減にしろよ!」
 だんっ、と比良坂が背にしている樹に拳を入れる。細かい樹皮がふわりと飛び散った。
「おまえが仲間をたぶらかして、どこかに連れて行ったのは分かってんだよ!」
 そう。私は彼の末路を知っている。でも、彼は私が見つけたときにすでに息をしていなかった。
 彼らに説明しても、分かってはくれないだろう。
 その後に、兄にその身体を引き渡したのだから、比良坂に後ろ暗いところがないわけではないが。
 多分、私はただでは済まない。
 半ば他人事のように、比良坂はこれから起こるであろう出来事を想像していた。遅かれ早かれこの集団には取り囲まれるだろうとは思っていた。龍脈の戦いが終わった、こんな時期にまで遅くなるとは思わなかったが。
 ある意味、一人で良かった。誰も巻き込まずに済む。飛羅にこの考えを言ったら、怒られるだろうか。
 …多分、怒られるだろうな。
 比良坂は、そんな優しい飛羅の怒った顔を想像して、くすと微笑んだ。
「何笑ってんだよ!!」
 目の前の男は怒りをあらわにして、比良坂の腕を掴むとひねりあげた。
「きゃあ!」
「…殺すぞ」
 腕の痛みと、眼前に迫った男の冷たい表情に、比良坂は我に返ったように恐怖した。
 一瞬にして、全身が総毛立つ。
「嫌っ!!」
 ―――恐い!!

 少し、長居しすぎただろうか…。
 夕闇の公園内を歩く壬生は、付いたばかりの街灯をちらりと見て、そう思った。
 さっきまで、今月中に中国に発つと言う劉と会っていた。飛羅も一緒だ。まだ彼らは道心も含めて3人で飲んでいる。
 道心の再三の酒のすすめに困り果て、壬生はさっさと逃げて帰ってきた。
 行き先での酒には、いまだに手をつけられない。いつ命が狙われるか分からない自分の身を守れるのは、自分だけだから。
 酒は判断を鈍らせる。
 だから、いつも飲むのは、自分の部屋で一人で飲むか、飛羅たちを呼んだときに限っていた。
 それを知っていながら、飛羅と劉は、困る壬生を見てにやにやと笑い、おもしろがっていた。
(…まったく…)
 ふつ、と怒りがわいてくる。酔っ払いに何を言っても無駄だろうが。…その酔っ払いの立場を上手く利用されているような気がして、更に怒りを増させた。
 …忘れよう。
 むなしくなって、壬生は考えるのを止めた。
 と。
「きゃあ!」
 悲鳴だ。
 瞬時にして、壬生の神経がぴんと張り詰めた。

「女でも、容赦しねえぜ」
 据わった目が、おびえる比良坂の顔を捉えていた。男のもう片方の腕が伸ばされ、比良坂が覚悟したとき、
「女性に対して、失礼なんじゃないかな?」
耳慣れた声がした。
 比良坂の腕をひねり上げている男の肩に、手が置かれている。
「なんだてめえはっ!」
「壬生紅葉。
…君達に名乗るのは、もったいなかったかな」
「なんだとっ!?」
 突然現れた青年に怒声を浴びせながらも、男達はおののいた。
 魔法のようにふっと現れたように見えたが、そんなわけがない。素早すぎて、見えなかったのだ。もっと詳しく言えば、壬生はこの集団の死角を狙って中心にもぐりこんだ。だから、ふっとわいて出てきたように見えたのだ。
「その汚い手、離しなよ」
 そう言うと、壬生はリーダーの肩に置いてある手に力を入れた。微かに骨のきしむ音がする。
「うわあっ!てめえ、離せ!!」
 リーダーは肩の痛みで、とっさに比良坂から手を離した。その隙を見逃さず、壬生は男と比良坂の間に割って入りこみ、比良坂を背に庇うように、男の前に立った。
「女性をこんな大人数で囲むなんて、…格好悪いね」
「なんだとっ!」
 壬生の神業のような登場に身体を硬直させていた男達が、途端に血気だった。
「…壬生さん…」
「大丈夫かい?」
 比良坂は、思わず壬生の上着の裾を握っていた。黒のジャケットに触れたところから、ゆっくりと震えが消えていく。
 壬生の背中はとても大きく、頼り甲斐のあるものに見えた。比良坂を支配していた恐怖が、比良坂を手放す。
 それを、顔だけを後ろに向かせ見た壬生は、微かに微笑んだ。
「恐い思いをさせてしまったね。しばらくの間、僕の後ろで隠れていてくれるかな。すぐに終わらせるよ」
「すぐにだと!?すぐに死ぬのはてめえらだっ!!」
 男達は、目を血走らせて、壬生に飛び掛った。完全に頭に血が昇っている。冷静に考えれば、彼らの頭でも、身分違いな相手にけんかを売っていることに気づくはずなのだが。
 壬生は、男達の動作を冷えた瞳で追いながら、ゆっくりと構えをとった。
「僕に喧嘩を売るとは、いい度胸だね」



 一蹴。
 一度に二人の男が吹き飛んだ。くぐもったうめきを残し、地面にうずくまる。
 間髪入れず、吹き飛んだ男達を見やっていた壬生の死角から、鈍器を持った腕が伸びてきた。同時に、正面からは投げナイフが、壬生をめがけて一直線に飛んでくる。
「さすが。あくどい攻め方だね」
 余裕の笑みを口元に浮かべたまま、壬生は器用にナイフを蹴りではじいた。壬生の喉元に突き刺さるはずのそれは、方向を変え、鈍器を持った男の腕に突き刺さる。手から離れた鈍器が地に落ちるのを待たず、壬生の突き飛ばすような正面からの蹴りは、見事に男のみぞおちに決まる。
 最初の二人同様吹き飛んだ男は、腕を抱え込み、
「うぎゃあああ!」
と、無様な悲鳴をあげた。
 2本目のナイフを投げようとする男を、振りかえり、睨み付ける。と、空を切ったように見えた蹴りから、陽炎のような何かが伸び、男に突き刺さって破裂した。
 気だ。
 後ろに控えていた男と共に、ナイフの男はきりもみ状態でもみくちゃになりながら吹き飛んで行く。
 何もかも、ぬるかった。素人の戦い方とは、こんなものだったろうか?
 ここのところ、プロしか相手にしていない壬生は、こんな状況で不謹慎と思いながらも、物足りなさを感じていた。
 下手な小細工など必要としないのだ。それならば力技、と言っても、4分の1の力も出していない状況で、これだ。
 そんなことを考えながらも、無意識のうちにもう一人、地面に叩きつける。
「君たちは、自分の命を粗末にするようだね」
 無表情のまま、見下すようにさらりと言った。
 つまらない。
 まだ立っている3人の男達を、薄い瞳で見やると、ふうとため息をついた。
 そのとき、ふいに背後から琴線を揺るがすような歌声が流れてくる。耳に受ける相手によっては、ひどく攻撃的なものだが、その攻撃対象になっていない者にとっては、思わず聞き惚れるようななめらかな歌声だ。
 比良坂の歌声に、立っていた男の一人が、花火のような光に瞬時覆われると、低い悲鳴と耳から血を吹き出しながら、仰向けにばったりと倒れた。
(鼓膜、破れたかな)
 無感動のまま、そう思うと、壬生はもう2人をさっさと倒してしまおうと一歩踏み出した。
 …が。
 目の前の男が1人消えている。
(何!?)
 嫌な予感がして振り向くと、比良坂の背後から、メリケンサックをつけた男が襲いかかるところだった。
「比良坂さん!!」
―――間に合わない!!
 壬生は無意識のうちに、自らの体を無理矢理割り込ませた。比良坂の小さな体と、太い幹がぶつかるのと同時に、
ガリっ!!
えぐるような音がした。
「きゃあ!壬生さん!」
 壬生のたくましい躯と、筋肉質の腕がぶつかってきた。思わず目をつぶり、再び目を開くと、飛び散った血の飛沫が、壬生の胸で大部分を占めている視界を横切っていく。
 一瞬にして血の気が失せ、膝ががくがくと震え出す。見慣れているはずの戦いや、仲間の負傷のはずだった。…でも、でも―――!!
「落ち着いて。大丈夫」
 感情を抑えた普段の声より、数段に優しい声が、目を潤ませた比良坂の頭上から降り注いでくる。更に壬生は、なだめるように比良坂を抱き寄せ、背中をぽんぽんと軽く叩く。
 見上げると、子供をあやすような笑みがその顔に浮かんでいる。仲間にも殆ど見せない表情だ。
 でも、比良坂は知っている。
 壬生は、優しいし、よく笑顔が似合う。自分がそれを認めたくない、または他人に対しては気がつくのに、自分に対しては不器用で、気がつかないだけだ。
 比良坂は、こくりとうなずいて、そのまま顔を伏せた。
 突然知覚した。壬生の腕や胸が衣服を通して触れている。触れたところから、壬生の体温が伝わってきた。
 こんなに―――、こんな心臓のリズムが分かるほどに、近づくのは初めてだ。壬生の呼吸が、壬生のにおいが、比良坂をいっぱいにした。比良坂の鼓動が、早鐘のように鳴り始める。
 気づかれてしまうだろうか。恥ずかしかったけれど、離れたくはなかった。とても居心地のいい空間だった。
―――こんな状況だったけれども―――。
 壬生は、震えの止まった比良坂を感じて、ほっと胸をなでおろしたようだった。これだけ近づいていれば、微妙な動きも、手にとるように分かる。
「もう、恐い思いはさせないから。もう少しだけ、待っていてくれるかな」
 そう言うが早いか、壬生は比良坂から体を離した。名残惜しいぬくもりが比良坂に残る。
「さあ、終わりにしようか」
 比良坂からは見えなかったが、壬生は残りの2人を睨み付けたらしい。2人の動きが固まり、表情が凍りついた。
 それまで抑えていた気を、一気に放出させる。本気、のようだった。そして、どうやら、本気で…。
 怒っているらしかった。



 辺りは、静けさを増し、すっかり陽が落ちた暗闇の中を、街灯がゆるやかに照らし出していた。
「僕が気を抜いたばっかりに、恐い思いをさせてしまって、すまなかったね」
「いえ!私こそ、助けてもらってありがとうございました」
 あの後、一撃で決着はついた。
 倒れた男達をそのままに、今はその場から離れ、公園の端のベンチに2人で並んで休んでいる。警察には、匿名で通報しておいたから、そのうち回収してくれるだろう。
 壬生は、膝にひじをつき、手にあごをあてて、考え込むような姿勢をとった。
 …実際、ひどく後悔している。
 自分の気の緩みが、全てを引き起こした。
 比良坂の歌声が戦力になると、相手が察し、比良坂を狙うと、いくらでも考えられたはずだ。真剣に戦っていたのなら、比良坂を襲った男の動きにも気づき、事前に防げた。
 普段の仕事通りに動いていたなら、こんなことにはならなかったのだ。
 なにより、自分一人で戦っているのではなく、比良坂を背後に庇い戦っていたのに、気が緩んだこと自体、自分を許せない。
 黙りこんだ壬生を、なんともなしに見た比良坂は、壬生がかがみこんでいるため、目の前に、先刻の無残な傷があるのに気がついた。
「壬生さん、怪我、手当てしないと」
 壬生は、我に返ったように、自分の肩から背中にかけてついた傷を眺めた。そして、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「これくらい、慣れているから大丈夫だよ」
「でも、私、桜ヶ丘病院の帰りで、いろいろと持っているから…」
 そう言って、持っていたかばんの中から、包帯や消毒液を次々と取り出した。ガーゼやピンセットまで出てきて、即席の救急箱のようだ。
「まだまだ勉強することが多いから、いろいろと家に持ち帰って、練習するんです。ちょうど良かった。いっぱい持ってて」
 そして、壬生に手を伸ばす。
 壬生は、反射的に体を退けた。
「僕には触れないほうがいい」
「…どうして?」
 自分の看護能力が疑われているのかと思い、無意識のうちに問いが口をついた。我ながら、間抜けな質問をしたと、言った後に比良坂は思う。
「僕は、穢れた血で染まっているから」
「…」
 絶句した。
 思い出した。確かに、いくら傷ついても、壬生は誰かに癒されるのを拒んでいた。いつも自分で手当てしたり、誰かと一緒に術をかけてもらっている姿しか、見たことがない。それはもう当然のことになっていて、そのうち誰も何の疑問も持たないようになっていた。
 その行動に、そんな理由があったことに、比良坂は今更気づかされたのだ。
「…あ、……と…」
 壬生の顔が見れなかった。何かを言わなくてはという衝動が、言葉にならない声を発する。
 真っ青な顔で一生懸命何かを言おうとしている比良坂を見て、壬生は静かに微笑んだ。
「気にすることはないよ。比良坂さんの手まで、僕の所為で汚すことはない」
 その言葉に、比良坂ははじけるように壬生を見た。
「壬生さんは、穢れてなんかいない!穢れているのは、私のほうです!」
「比良坂さんは、穢れてなんかいないよ」
「違う!」
「……」
 突然の比良坂の勢いに、壬生はしばし言葉を失った。
「私は、毎日毎日死体を集めていました。さっきの人達だって、その死体の中の一人の知り合いたち」
「でも、それだって、もう…」
 壬生も、以前の比良坂のことを知らぬわけではない。最近、飛羅が、自分と出会う前のことを、ぽつぽつと話してくれていた。その話の中に、比良坂の話もあった。
「今はやっていないなんて、言い訳になるわけないです。あのときは、自分からすすんで死体を集めていたわけじゃないけど、止めようと思えば、止められたから」
 嘘だ。
 比良坂は、たった一人の兄を見捨てられなかった。小さな頃は、まぶしいくらいの笑顔を向けてきてくれる、とても優しい兄だったのだ。その暖かい思い出は、当時のつらい生活の中で忘れられるわけがなかった。その思い出を支えにしながら生きてきたのだから。
「私、飛羅が運命を変えてくれたとき、生まれ変わったような気がしてました。でも、何も変わってなかった。私は私。穢れたこの手は穢れたままだったんです」
「比良坂さん…」
「洗ったって、この穢れは落ちはしない。いいんです、私はこの穢れを負って生きる。それが私の選んだ道…」
 …道…。
 以前、桜ヶ丘病院で比良坂に聞いた話を、壬生はぼんやりと思い出していた。
「その穢れだって、何かの役に立つかもしれない。こんな穢れた存在だって、必要とされている。それが、とても幸せだから……」
 はらり。
 比良坂の瞳から、透明な花びらが落ちた。
「壬生さんは自分のことを穢れていると言ったけど、私こそ、穢れている。穢れたこの手で壬生さんの手当てなんかできなかったのに。ごめんなさい」
「そんな…」
 いつのまにか、ぽろぽろと比良坂は涙を零しつづけていた。うつむきながら、ごめんなさい、と、繰り返し繰り返し呟いている。
 その涙に濡れた頬に手を伸ばそうとして、壬生はふと気づき、手をひっこめた。
 …穢れた手…。
 拳武館で初めて人を殺したのはいつだったか…。その日、壬生は眠れなかった。
 目を閉じると、殺した人間が血みどろの手で足にしがみついてくるのだ。何かを訴えるような顔も血で染まり、低く呪わしいうめきが耳をつく。その暗く底の知れない瞳が忘れられない。
 人は、生きるべきものだ。
 暗殺という仕事を負いながら、壬生はなぜかまったく逆のことを考えていた。
 人は、罪を犯す。その罪は、死を持って償われるべきではない。生きて、その罪を負って償うべきだ。
 だから、壬生は生きる。
 罪をつくり、罪を償って。
 多分、自分が死ぬときは、償った罪より、作り出した罪の方が多いんだろう。…それでも。
「ごめんなさい。これ、片付けますね」
 ひとしきり泣いた後、比良坂は涙を拭くと、ベンチの上に広げられた医療道具に手を伸ばした。
「いや、ちょっと待ってくれるかな…」
 とっさに壬生がその手を止めようと身を乗り出したとき、何かが比良坂の背中で破裂した。
「きゃ」
 背中を押されたような感覚に、思わずよろけると、壬生に抱きついたような格好になる。そんな比良坂を、壬生は冷静に抱きとめた。
「大丈夫?」
「は、はい」
 比良坂は、壬生の胸に額を押し当てたまま、やはりその場所がとても居心地のいいものと再認識する。だけど、そのままではいられない。壬生は、触れられるのを嫌がるから。
 …、そこで、比良坂はふと気づいた。
 頭を上げると、壬生を正面からじっと見て、そして笑った。
「触っちゃいました」
 壬生が、面食らったように目を丸くする。それを見て、比良坂は心配そうにたずねる。
「…嫌、…ですか…?」
「僕はいいが、比良坂さんが…」
「あの…」
 壬生が、少し困った顔をすると、比良坂は少しうつむいて何か思案した後、再び顔をあげた。その表情は、全てを包みこむように優しい。
「私は、壬生さんが暖かいと思います。
…答えになってますか?」
 そう言って、もう一度満面の笑みを浮かべた。壬生のためだけに。
 壬生は、呆けたように比良坂を見つめたまま、言葉を失った。
 壬生の体の中の凍りついた何かが溶けていく。強情なそれは、飛羅と出会ってから、いつのまにかほどけていたと思っていた。でも、こんなにも自分の中を支配していた。自分が気づかないほどに。
 ―――そうか。そうだったんだ。
 いくら正義のためといっても、自分が正しいことをしていると、自分を諭しても、それに納得していても、それは、それだけのことだった。
 それが生きる目的にはならない。それは生きる支えにはならない。
 僕は、誰かに認めて欲しかったんだ…。僕ではない誰かに。
 僕を覆う、仕事や仲間、知識、全てを捨て去った、僕自身だけを。
 壬生は、静かに微笑んだ。
「ありがとう」
 比良坂の胸を、愛しさと切なさが満たす。比良坂は、壬生の表情を見て、今まで見た壬生のどんな笑顔よりもきれいだと思った。
 壬生は、続けた。
「手当てを、頼むよ」
「はい」
 比良坂の笑顔は、壬生に負けないくらい、優しく、きれいだった。

 ふう。
 公園の植え込みの中で、場違いなため息が漏れた。
「はー、ったく、世話焼かせるなあ」
「ほんまや。あそこで紗夜ちゃんに勁飛ばさんかったら、あのまんまやったんやろか」
「まー、どうにかなって良かった良かった」
「それにしても、わいらのてきとーな気配の消し方で、よう気づかんかったなあ、壬生はん」
「そりゃー、紗夜のそばだったからなー。舞い上がってて、気づかなかったのさー。アサシンも男だねー」
 あっはっは。
 2人の青年は、赤い顔で向き合うと、豪快に笑った。
「さー、飲みなおしだー!」
「おー。負けへんでー、アニキー!」
 あっはっはー。
 2人の笑いがこだましていく。

 その後、黄龍の器と関西弁をしゃべる留学生が壬生の制裁を受けたのは、言うまでもない…。


end


…壬生×比良坂でした。
甘甘でしたね。(笑)しかも純。(一寸壬生は純じゃないが(笑))
少女マンガ臭いです。でも私、少女マンガ好きなんだもんよー。(ヤケ)
あのこそばゆい感じがどうにも…。(こそばゆい言うな(笑))

しかし、勢いで書いてしまいました。かなり表現陳腐です。ゴメンナサイ。

この話は、もともと冬の新刊で書こうと思っていた話。
マンガで描くと10ページくらいのはずなんだがねー…。小説はこんなに長くなっちゃいました。
描けたらマンガで描くつもりですが、無理…だろうなー…。(涙)

こんなとこまで読んでくれてありがとうー。

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