彼の本性



「なんですってええ!壬生に食われたああ!?」
 洋服ダンスから、無造作に洋服を取り出し、ベットの上に放り投げていた藤咲が、唐突に素っ頓狂な声をあげた。
「えっ?えっ?えっ??」
「ちが〜う。亜里沙ちゃん〜。壬生くんが〜、紗夜ちゃんお姫様だっこして、仮眠室のベットに運んでくれたの〜」
 持っていた服を落とし、顔を真っ赤に染めた比良坂を、知ってか知らずか、舞子が先ほど言った言葉をゆっくりと反復した。
「同じじゃないのよ!!」
「舞子、違うと思うけどお〜」
 いや、そういう意味じゃなくて。
「壬生め、あんな涼しい顔して、やることやってるわね!相変わらず!」
 藤咲は、手に持っていた服を握り締めると、悔しそうに歯噛みした。舞子と比良坂は、藤咲が何に憤慨しているのが分からず、あっけにとられた顔で、藤咲を見つめている。
 ここは、藤咲の部屋だった。藤咲のいらない服を、比良坂がもらう予定で、そしてまたそのおこぼれをもらおうと、舞子が訪れている。部屋中服だらけで、すでに足の踏み場はない。部屋のどこからわいてきたのだろうと見まごうばかりの、服、服、服。部屋は服で溢れかえっている。
 藤咲の趣味そのもののような、派手な服もあれば、シックな大人の服、かわいらしいパステル調の服もある。どうやら、それらは男からのプレゼントらしい。身につけたような形跡はなく、袋に入ったままのものまである。
「それ、気に入ったら、遠慮なく持ってってね。あたしは着ないから」
 比良坂が落とした白いセーターにふと目をやり、藤咲はぱっと表情をゆるめてそう言った。
「あ、はい。すみません」
「紗夜ったら律儀ねえ。さっきから礼はいいって言ってるのに。あたしにはいらない服なんだから」
 けたけたとあっけらかんに笑う。そんな藤咲を見て、比良坂も嬉しくなって微笑んだ。
 桜ヶ丘病院で働くようになってから、舞子と共に藤咲とは良く一緒に行動している。その派手な姿とは対照的に、藤咲が非常に気遣いが細やかな女性と、比良坂は知ることになった。
 比良坂にとって、初めての部類の友人のように思える。それは、舞子にも同じことが言えるかもしれないが。
「しっかし、壬生め、尻尾出してきたわね!」
 藤咲は、再び怒りをあらわにして、虚空をにらんだ。
 怒ったり笑ったり、よくもまあくるくると表情を変える。
「どおしてえ〜?紗代ちゃんベットに運んであげて、壬生くん優しいじゃないのお〜?」
「今、何て言った?」
「え〜?ベットに運んであげて、優しいな〜って」
「なんか気づくことない?」
「ん〜??」
 舞子は、さっぱり分からないという感じで、人差し指をあごに当てるいつものポーズをとると、首を傾げた。
 比良坂は、きょとんとした顔のまま、無言で2人を交互に見つめている。比良坂にも、藤咲が何を考えているのか、見当がつかなかった。
「…じれったいわねえ。ベットに運んだのよ!?『ベット』に!」
「あー、そっかあ!『ベットに運んだ』んだあ〜。きゃ〜、壬生くんてばえっちぃ〜」
「…は?」
 どうしたら、そんな結論になるのか。比良坂は、わけの分からないまま、顔だけを赤くする。
 そんな比良坂を見て、藤咲は片手を腰にあて、大げさなポーズをとると、比良坂の鼻に指差した人差し指をあてた。
「紗夜!壬生はいつも貪欲に狙ってるんだからね!やつは男なんだから!ちゃんと自分の体は自分で守らなきゃだめよ!」
「え?」
 比良坂は、目を丸くする。どういった理屈でそういう話になるのか、比良坂には理解できなかった。
 そんな比良坂の顔を見て、藤咲ががっくりと肩を落とす。
「分からないところが、紗夜のかわいいところなんだけどねえ…」
「でも、壬生さんは、私のことなんとも思ってないと思いますよ」
 その言葉で、とうとう藤咲は床に散らばった服の上につっぷした。
「そうよお〜。壬生くんだったら、かっこいいしぃ〜、頼りにもなるから、全部捧げちゃってもいいじゃない〜」
「舞子、それ、違う」
 藤咲が、服に顔をうずめたまま、くぐもった声を上げた。心なしか、泣きそうな声である。
「…もういいっ!!」
 がばっ。
 藤咲が髪を振り乱して起きあがり、がっしりと比良坂の両肩を掴む。その目は真剣で、比良坂の目には、藤咲の瞳の中に炎が映ったように見えた。
「紗夜は私が守るっ!!壬生の魔の手から!!」
「は、はいっ!」
 比良坂は、藤咲の勢いに気圧されたように、無意識のうちに返事をしていた。


 ざわざわ…。
 休日の病院は、面会の家族などで、いつもの静かで寂しげな雰囲気を払拭していた。冷たく感じるはずの白い壁が、陽の色の暖色に見えてくる。
 麗司の見舞を終えた後、受付のロビーを通りすぎようとした藤咲の目に、すらりとした長身の青年の姿が入った。
「壬生」
 すましたような表情で、青年が振りかえる。藤咲の姿を認めると、歩みを止めた。
「母親の見舞い?」
 その場に立ち止まった壬生に歩みより、藤咲は気軽に声をかけた。
 特に否定もせず、無表情のままの沈黙が、肯定と応えている。
 そんな壬生を見て、藤咲はふと先日のことを思い出した。
「そういえば、壬生!あたしはあんたに言いたいことがあったんだ」
 じわじわと沸きあがってくる、なんとも言えない感情に身を任せながら壬生の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張り、病院から連れ出した。


「…で、僕に何の用?」
 どうにも怒っている表情で、じっと壬生を見つづける藤咲を前に、沈黙に耐えきれなくなって、壬生が口を開いた。
 病院のすぐ近くの喫茶店に連れこまれた後、注文をしてからずっと、藤咲は怒ったように壬生を睨み続けている。何があったか壬生には分からないし、そういう目で見られても動じる壬生ではなかったが、いい気分はしなかった。いぶかしむように目を細める。
 一方、そんな壬生にはお構いなしに、藤崎は壬生を睨みながら、じっと観察した。
 壬生は、ざっくりとしたタートルネックの白いセーターを飾りなく着こなし、黒いストレートのジーパンを合わせている。一見ラフで何も考えていないような選択だが、藤咲の目から見ると、センスが光っていた。
(悔しいくらいに、いい男だわ)
 藤咲の率直な感想である。
 壬生は、あきらめたようにひとつ息をつくと、カップを手に持ち、ホットコーヒーを口に運んだ。
(ホットコーヒーなんて頼んで。ますますいい男度増しじゃないのよ!しかもブラック!!)
 何もかもが藤咲の気に障る。かーっと血の気が上がりきったとき、藤咲は、ふっ、と自嘲気味な笑みを浮かべた後、自信ありげな笑みを口にはりつけた。…ある種、不気味である。
(かっこつけてたって無駄なんだから。あたしがあんたの化けの皮ひっぺがしてやる!)
 ふふふ、と怪しく笑いながら、藤咲は壬生を覗き込んだ。
 さすがに、自分の身に危険を感じて、壬生は少し身を退ける。
 そしてとうとう、意を決したように、藤咲が唐突に問を口にした。
「紗夜のことどう思ってんの?」
 普通であれば、口にしていたコーヒーを吹いてしまうところである。が、壬生はカップを持つ手をぴたと止めるにとどまった。
「かわいらしい子だね」
 そして、しれっとした顔で言う。
 応えの言葉で、藤咲は歯噛みしながら、テーブルの下で拳を握り締めた。
(なんて男なの!?もうちょっと動揺しなさいよ!!)
 横暴である。
 でも、今日の藤咲はそれぐらいで退かなかった。もっと強烈な問を用意しているのだ。
(覚悟しなさいよ)
 悪魔。
 …どっちがだろう…。
「紗夜ってば、処女かもよ?」
「そうかもしれないね」
 次は即答だった。
(何!?今の!?聞くこと予想してたっていうの!?)
 更に藤咲の頭に血が昇っていく。
「僕には関係ないけどね」
 壬生はとどめというように、付け加えた。
 ぶちーっ!!
 何かが切れる音がした。しかも、強烈に。
「あんたね!紗夜はかわいいのよ!?狼な男なんて知らないのよ!虎視眈々と狙うやつになんか全てを捧げちゃいけないことを分かってないのよ、あの子は!」
 まくし立てるようにわめく。周囲の客にはお構いなしだ。店の客全てどころか、店員までこちらに注目している。
 壬生は居心地が悪そうに、顔をしかめ、身じろぎをした。が、とりあえず、その場にとどまる。
 藤咲は止まらなかった。
 何かが壊れているのだろう。次々と、無意識のままの言葉が、口から勝手に吐き出されてくる。
「あんたなんか、そんな紗夜の隙を狙ってるただの男じゃないの!隙だらけのかわいいあの子を、あんたなんかの毒牙にかけてやらないんだから!」
 つじつまは合っている。合っているように見える。かなり怪しいが。
「あの子はまだ高校2年よ!?あんたなんか3年じゃない!もうすぐ卒業よ!?社会人なんだから!」
 だからなんだと言わんばかりに、壬生は冷静な瞳のまま、藤咲を赤の他人のように見つめた。
 だんっ!
 藤咲は、最後とばかりに、テーブルを叩きながら立ち上がった。
「2年前、あんたは高校生かもしれないけど、あの子は中学生よ!?中学生なんだから!!」
 瞬間、壬生の体が、びたりと硬直した。
 藤咲が肩で息をしながら、壬生を睨み付ける。
 気まずい沈黙が流れた。
 壬生はまだ動かない。
 はっと気づいて、藤咲はにやりと笑った。どうやら、かなりの急所だったらしい。
 そうか、そうか。中学生に対する、『犯罪』が一番効くのか。
「だから……」
 追い打ちのセリフを言いかけたところで、壬生はさりげなく腕時計を確かめた。
「済まないけど、これから仕事が入ってるんだ。失礼するよ」
 椅子に掛けていたコートを手にすると、コーヒーの料金をテーブルに置く。
「では、また」
 何事もなかったように、颯爽と店を出て行く。藤咲は呆気にとられ、その一連の動作を呆けたように見つめていた。
 喫茶店の出入り口のドアについた鈴がちりんちりんと鳴った音で我に返った藤咲は、顔を怒りで染める。
「壬生ぅ――――っ!!!」
 藤咲の耳に、壬生の嘲笑が聞こえてくるようだった。


END

壬生×比良坂、第三弾〜。(これが壬生比良と呼べるのならな(笑))
ssで初めてギャグを書いてみました。(本人ギャグのつもり)
アホで楽しかったです。ゴメン藤咲。(笑)
壬生はドキドキだったに違いありません。(しっかしアホだな自分(笑))

「中学生」にはさすがの壬生ちゃんも負けたようです。
歳いっこしか変わらんのにな。でも反応しちゃうんだろうな。(ryoの溶けた脳の中では)

たまにはこんなssもありですか?(笑)

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