夢のあとさき


caution!

ネタバレしまくりです…。




 風が、吹いている。
 黒い風と脳が認識するのは、その風に濃密な邪気が満ちているからだ。黒い闇の風は、解放された小さな社より吹き出し、渦巻いて周囲の木々をしならせ、天に上がっていく。その天は、禍々しく赤黒く淀んでいた。そう、墨絵の中に、血をたらしたような。
 地獄が、目の前で形作られていった。
 その視界を遮るように、異質な人影が立っている。ドレッドヘアにレゲエスタイル。この瀬戸際の世界を舐めきった格好は、ただの戯れに過ぎない。
 その手には、先刻この手をすり抜けていった、気を失ったままの男子制服姿の彼女がいた。
 蛇蝎は、これみよがしに要の唇を己の唇に引き寄せて見せる。意識を失った要の唇から、清廉な気が銀色の糸となって、蛇蝎の唇に吸い取られていく。
(やめろ!)
 声にしたつもりの声が、喉からでない。伸ばした手は、空しく虚空を掴んだ。
 いまだ体を切り裂く風の刃は、とどまることを知らず、刃が当たる毎に体が衝撃に傾いだ。赤い飛沫が視界の端で花開いていくのが、他人事のように映る。
 が、不思議なことに痛みはない。痛覚が脳とリンクしないのか、痛みを感じている余裕がないのか、本当のところは分からないが。
 10年前のことを思い出した。要を守って魔から攻撃を受けた時も、同じふうだった。あの時も必死で、それでも全身を襲う痛みは衝撃とともに脳を支配したものだが…。
「心配することはない。神楽坂の巫女は、我が最後の血の一滴まで、愛でてやろう」
 要を抱きかかえた蛇蝎が、不適な笑みを湛えながら、空高くに消えていく。
「さぞや、美味かろうな」
 最後に付け加えた言葉は、明らかに忠義に向けてのものだ。忠義の要への思いを知りながら、何もできぬまま要を目の前で失っていく無力な忠義に、抉るような残酷な言葉を吐く。その姿を、愉しくて堪らない、とでも言いたげに蛇蝎は口の端を歪めた。
 かつて、死ぬ気で守った大事な少女は、蛇蝎の腕の中で虚ろな表情をしたまま、決して手の届かない闇の世界に上っていく。
「要!…要!」
 蛇蝎に支配された要の反応はない。虚ろな瞳が忠義を映したのを最後に、瞼が閉じられたまま。もはや、要に忠義の声が届いているかも分からない。
 こんなはずではなかった。以前と同じく、忠義は彼女を護るつもりで、10年前の修行中の身とは比べものにならないほど成長した自分は、その意思を成し遂げられると信じていたのだ。
 けれど、それは慢心だったというのか。
「…要!…かなめぇー!」
 絶叫が天を昇っていく。応えるはずの小さな少女は、蛇蝎と共に天に消えていった。
 そして初めて、要しか眼に入っていなかった忠義の視界に、暗く淀んだ世界が映る。魔が空間を支配し、妖気が充満する世界。
 この世の終わり。
 その言葉が、これほどぴったり当てはまることもなかった。ある種妙な感慨を持って、要を救えなかった自分の無力さに打ちひしがれたまま、ぼんやりと眺めていると、突然ぷつりと視界が黒く染まった。
 ああ、これが自らの死なのだと。
 忠義は、冷静にその事実を受け止めた。


 そこで、目が覚めた。
 陰陽師である自分を、どうしようもなくまともに理解している忠義は、その夢がただの夢ではなく、ありうる未来の姿であったことを知る。
 陰陽師の夢は、ただの夢ではない。星見や夢見など、陰陽師にとって、世の女の子達が興じる占いの世界は、現実の予見となるのだ。
 確かに、蛇蝎はこの手で深手を負わせたはずだった。自分が寿命で死ぬくらいまでは、蛇蝎の復活はないはずだ。自分の手を、握って開いてを繰り返しながら、夢から覚めてじわじわと実感を伴うまでじっと眺める。
 突然、不安になった。
 蛇蝎に攫われた要。蛇蝎に支配された要。忠義を、知らない人を見る目で見ていた要。
 脳が、勝手に夢の映像をフラッシュバックさせる。
「…要?」
 ぞっとして、思わず呼んでいた。
 当たり前だが、忠義の眠る部屋に要がいるはずもなく。目が覚めて初めて見回した部屋は、朝日が包み、清涼な光で満たされていた。丁寧に掃除された畳に、障子で遮られた陽が、柔らかく降り注いでいる。
 魔の気配がないことなど、直ぐに分かる。けれど、一度襲った不安は、直ぐに消せそうにない。ぞくぞくと、寒気が背中を襲う。古傷が疼く。
 堪らず、かかっていた布団を跳ね除けた。
 襖を乱暴に開く。板張りの廊下は、ひんやりとした感触を裸足に伝えてくるが、気にしている余裕もなく。
 忠義は、久しぶりに訪れたばかりの神楽坂家の廊下を走った。記憶の中の要の部屋の扉を、同じように乱暴に開くが、既に布団の中は空っぽだった。不安が募る。胸に空いた、空虚な穴。先刻の蛇蝎の笑みが、脳から離れない。
 闇雲に走って、いつのまにかその足は中庭に向かっていた。
 何のてがかりがあったわけでもない。ただ、無意識に走って、いつのまにか忠義の足は中庭に立っていた。
 そこに。
「あれ?兄様?」
 きょとんとした表情が、忠義を振り返る。
 昨日、忠義が要に、『重要なこと』を語った場所だった。
「兄様、おはよ…」
 要の言葉は、最後まで紡がれることはなく。その言葉尻は、忠義の胸に押し込まれていった。
「兄様…?」
 突然、強引に腕を引かれ抱き寄せられたことに、戸惑った声を上げるが、唐突に状況を把握したのか、要は忠義の腕の中で硬直する。
 初々しい態度と、その柔らかで小さく温かな身体を腕の中に感じ取ると、やっとのことで胸の空虚な穴に温かいものが流れ込んでいく。
 いる。ここにいる。
 大丈夫。ちゃんと護りきった。今度こそ、護りきれた。大事な存在は穢されることなく、この腕の中にいる。
 ほう、と心の底から安堵した。
 密着した状態だったためか、忠義の小さな安堵のため息に気づいた要は、首を傾げたまま忠義を見上げた。その頬は、直ぐには消えないのだろう。赤らんだままだ。
「兄様?どうしたの?怖い夢でも見た?」
 ご丁寧に現実味溢れる夢の余韻と、先刻までの薄ら寒さで、一瞬応えが遅れる。いつもの『忠義』に戻るには、一呼吸を要した。
「バーカ。子供じゃないんだから、怖い夢なんぞ見るか」
 くしゃくしゃと、要の頭を撫でる。ふわりと、華やぐシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「でも、さっきの顔、凄く青ざめてたよ?」
「気のせいだろう。おまえこそ、寝ぼけてたんじゃないのか?」
「寝ぼけてないもん」
 ぷう、と頬を膨らます。その頬だって、いまだ赤く染まったままだ。
 可愛い、などとうっかり漏らしたものなら、この少女はどんな反応を見せるのだろう。興味もあったが、まずは、腕の中のぬくもりを堪能することにした。もちろん、相手の文句など、聞く気はない。
「兄様、どうしたの?」
「どうもしない」
「嘘つき。何かあったんでしょ?」
「何もありません」
 確かに、何もなかった。だから、世界は平穏のまま。
 あんな夢なぞ、現実にしてたまるか。
 そんな決意を、再度胸に刻んで。
「ねえ、兄様?」
 身体を固まらせたままの愛しい少女を、忠義はしばらくその腕に抱いていた。


end



オススメゲームの宣伝!
と、煩悩のまま書いたはいいけれど、
ネタバレしまくりで、意味ナシな感じで敗北感…。

忠義×要でした。
忠義は、ロリコンで、ムッツリで、オヤジ(かっこ悪い)だと思います。
…なんで、忠義好きなんだろう…(笑)。


  index