呼び声

 アークエンジェルの廊下を焦って走っていくと、見慣れた顔が視界を掠めた。
 オレンジの髪の色をした、穏やかに微笑む優しい青年。
「サイ」
「ディアッカ?これから、どこかでかけるの?」
「ああ、ミリアリアと、頼まれものを買いに。サイも、何か買うもんある?」
 何気ないセリフに、サイは何か考え込んだようだった。
「何?どうかした?」
「いや・・・。ミリアリアと・・・?」
「そうだけど?」
 ディアッカは首を傾げた。
 今、アークエンジェルはプラントに寄港している。クライン派の手配だ。停戦したとはいえ、まだまだ情勢は落ち着いていない。
 が、地球に戻るにしても、今のアークエンジェルは旅客船以下の機能しかまともに動かなかった。・・・いや、宇宙航海そのものが、無茶といえた。ボロボロの機体を、寝食を惜しむ程の勢いで整備している。それでも、やっと物理的な修理が終了しかけた段階だ。ディアッカもサイも整備に借り出されているが、今のところ修理後の機材メンテナンスを得意とする彼らには、手持ち無沙汰な状態が続いていた。
「なんか、まずかった?」
(でも、プラントを知っているのは、アークエンジェルでオレだけだしなあ・・・)
 のんきにそう思っていると、サイは慌てて手を振った。
「いや!そうじゃなくて!」
「?」
「・・・むしろ、嬉しいよ」
「?」
 ますます訳が分からなくなって、ディアッカはいぶかしげな表情をした。



 サイはそんなディアッカを見て、ふと笑った。大人びた、相手を慮った笑顔。
「前から話そうと思ってたんだけど」
「何?」
「ディアッカがザフトのモビルスーツを追っていったとき、強いジャマーで交信できないときがあったよね?」
「・・・ああ、うん」
 忘れることなどない。イザークと、久しぶりに面と向かって話したときだ。
「あの時、ミリアリアはずっと君のことを呼んでいたんだ」
・・・意味が、分からなかった。
いや、意味は分かるが、そんなことがあったとは、信じられなかった。
「ミリアリアが?」
 事情を頭で飲み込めず、鸚鵡返しに問い返す。
「うん。俺、あの呼び声を聞いて、実は嬉しかったんだ」
「なんで?」
 我ながら、間抜けな問いだと思う。
 サイは、くすりと笑った。
「なんでかな。・・・確かにトールとミリアリアは見ていて安心していられたんだ。だけど・・・」
「・・・」
 今はここにいない者の名が出てきて、ディアッカは珍しく神妙な顔つきで耳を傾けた。
「ディアッカと一緒にいるミリアリアは、無理をしていない気がしたのかな」
「無理?・・・してるだろ?」
 あっさりとそう言うディアッカを、サイが驚いたように見た。
「え?何?オレ、変なこと言ったか?」
「いや、違う」
 サイは、再度微笑んだ。
「やっぱ、嬉しいな。ディアッカとこんなふうに話せるなんて、さ」
「オレは、さっぱり意味が分からないんだけど?」
「ディアッカって、本当にコーディネーター?」
「ハァ?なんだそりゃ?」
「ミリアリアに、前、言われたろ。俺も、そう思うよ。・・・それが、嬉しい」
 疑問符をめいっぱい浮かべたディアッカを前に、サイは満面の笑みで言った。
「待ち合わせ、遅れるんじゃない?早く行った方がいいよ。ミリアリアは時間にルーズな人は嫌いだよ?」
「うっわ。ヤベ。じゃ、行くわ、オレ」
 さっきまでのしかめっ面はどこへやら、ディアッカはサイに手を振ると、颯爽と走り去っていった。

 確かに、遺伝子は人を賢く、器用にさせるのかもしれない。でも、それは、その者のあり様を変えることはできないのだ。
 その者の意思や優しさ、そんなものを・・・。


END




ディアミリ前提の、ディアッカとサイです。
段々と、自分の味というか、本来の自分が出てきました。
サイに夢を持ちすぎでしょうか。でも、ディアッカとサイの関係は、こんな感じであって欲しいのです。
キラとは、いろいろとありましたが、それから大人になったサイと、頭は良くても基本的に馬鹿なディアッカって、仲良くなれるんじゃないかと。

イザークは・・・、ちょっと違います・・・。私の中で。
それを、次に書いてみようかと。

・・・ちなみに、ディアッカの待ち合わせは、これの1個前の「おつかい」のことです。


index