仕組まれた遊戯
まったく。 聞いてない。オレはこんなの聞いてないぞ。 こんなシビアな展開になるなんて。こっちは丸腰だっつーのに、相手はマシンガンって、どうなってるんだ。 ホント、聞いてないからな。 …と、さっきまで、毒づきながらも、オレをここに導いたモノを信じていた。 おめでたいこった。 が、今から数秒前、純粋な信頼は打ち砕かれる。言葉通り、ひとつの弾丸によって。 ふらりとよろめいた年配の女性をかばい、隙のできた体勢を突いて発砲された弾丸が、太ももを切り裂いた。 「…ぐ…ぅ!」 一瞬、全身を支配した痛みに、思わず呻き声が漏れる。 相手は本気だ。 なぜ今まで疑わなかったのかと言われれば、迂闊だったと言うほかない。認識が甘かった、と。 (知ってたけど。オレって馬鹿だねェ) しみじみ、自分の迂闊さにあきれ果て、深いため息をつく。ここにきて、やっと事実を認めざるを得なかった。 これは、訓練ミッションなんかじゃない。 本気の殺し合いだ、と。 それは、一通のメールだった。 普段ならば、ミッションを受ける者達が一斉にメールを受信し、ミッション前にミーティングを行う。ミッションの具体的な流れや分担について、だ。 けれど、今回指定されたミッションは、数時間後に開始される代物で、さらに問題があると言えば、この場所だった。 ここは、プラントではない。 地球の、オーブだった。 ザフトの人間がオーブでミーティングを行えるはずもなく、ミッション開始の時刻は刻々と近づいてゆく。選択肢があるとすれば、プラントへ連絡し確認することだったが、ミッションの内容からして、一般回線を使用することは憚られた。 これで、ミッション内容を信じてしまった自分も馬鹿としか言いようがないが、そもそもメールの宛先はザフト軍専用のもので、外部に漏れる可能性は低く、メールの宛先に、良く見る同僚の名前が羅列していたのが、疑念を払拭する最後の決め手となった。 ミッション内容も、難しいものではない。訓練ミッションと銘打たれ、ある施設に赴き、人質を救い出し施設を脱出するものだった。訓練ミッションとしてはありがちな、人質は一人きり。施設に配置された「敵」も、ザフトの者であり、武器も持たず数人、ということだった。もちろん、味方の人数は、メールの宛先の7人。 それが、先刻まで信じていた内容。 そして、現実は…。 「さーて、どうすっかな」 実際、八方塞りとも言えた。人質は6人。武器はなく、敵は防弾チョッキを着込みマシンガンを携えた完全武装の兵士が何十人か。もちろん、頼りにしていた同じミッションを受けたはずの味方の姿はなく。 絶体絶命、という言葉が頭を掠めた。 (「絶体絶命」っつーか「絶対絶命」だな、こりゃ) ヤケになりつつ頭の中で吐き捨てるが、そのくせ、他部分の脳は、この窮地をどう切り抜けるかの算段を凄まじいスピードで計算していた。めまぐるしく動く眼球とそばだてた耳は、現状を把握することのみに努める。 止血はしたものの、太ももの痛みが消えることはない。無理に意識しないようにすると、かえって意識をはっきりさせてしまい、痛みを感知してしまうからやっかいこの上ない。 (まずは、なんとか武器を手に入れないと話にならないかねェ) 2人、できれば1人でいる敵を不意打ちして、武器を奪いたい。 現状から想像するに、理想であるにも程があった。そんな都合がいいわけなかろう。相手は少なくとも3人グループで動くはずだ。1人はおとり。1人は援護。1人は敵の背後に回る。軍人である自分が、良く知っている。 しかも、こっちは、6人の人質付きだ。分が悪いにもほどがある。人質をかばおうとすれば、それが大きな隙となるだろう。相手は、そこを狙ってくるはずだ。 分かってはいる。 いらいらと、金髪の頭を褐色の肌色をした指でかく。紫色の瞳は、見た目上は静まりかえり平和そのものの、その実、陰でうごめく敵の気配が充満している白い廊下を睨んだ。 ディアッカ・エルスマン。それが彼の名前だった。 かつて、オーブが危機に陥った時、コーディネーターでありながら、敵であったはずのアークエンジェルをかばい、オーブを守ろうと立ち上がった者。「赤の英雄」と呼ばれたこともあったが、アークエンジェルをかばい立てしたことは軍規違反にあたり、降格を余儀なくされ、非常に微妙な位置に居る人物。今もザフトにいることができるのは、戦友のイザーク・ジュールの存在が大きかった。 さて。どうしたものか、と考える。 自分の持ち物に、武器になりそうなものはない。そもそもディアッカは、物を持ち歩くのが嫌いだ。金も鍵も、全てが携帯に入っている。だから、今も携帯しかない状態。人質に聞いても、同様だった。人質だったんだから、武器になりそうな物を取り上げられていて、当然だろう。 望み薄でもとりあえず、携帯で連絡をとろうとしてみる。耳に伝わるのは、見事な砂嵐。話中の音でもない。この施設全体に、ジャマーがかけられているのだろう。 援軍は無理か。 冷静に判断して、ダメなものはさっさと諦める。次だ。 背後に控えている人質を振り返る。各々が恐怖に震え、蒼白な顔色をしていた。見事に、戦力となりそうな人物はいない。老いて腰の曲がった男、白髪で真っ白な頭をした老婆、あどけない表情をした10歳を超えたばかりであろう少年、明らかに運動能力の見込めないひょろりとした色白の若い女…。 仕方ない。やはりここは、ディアッカ1人で動くしかないようだった。 覚悟を決める。 だがそれは、脱出を諦める覚悟ではなかった。 「……で…ここを……して……」 ぼそぼそと、小さな声が聞こえてくる。それは、罠にかけ、見事にひっかかったディアッカ・エルスマンのものと知れた。 完全武装をした迷彩服の面々は、無言のまま戦闘態勢をとる。先頭の者が静かに腕を上げ、後続の者に合図する。合図をされた者は、音を立てずにその場を去った。相手の背後をとるつもりなのだ。 先頭に立った者は、手元の時計がきっかり1分を刻むのを確認し、身を隠していた廊下から飛び出した。控えていた2人も、同時に廊下の影から標的を狙う。 …が。 「な…にぃ…!」 そこにいたのは、罠にかかった哀れな生贄ではなかった。小さなひとつの携帯が、床に置かれている。その携帯から、小さな声が流れていた。 「罠か!」 「それは、こっちのセリフ」 不意に、頭上から声が降ってくる。見上げようとした瞬間、後頭部に激しい衝撃を感じ、廊下に躍り出た者はその場に昏倒した。 もちろん、不意打ちに黙っている者はいない。廊下の影に隠れ、狙いを定めていた2人は、一斉に天井から降ってきた者に標準を当てる。トリガーが絞られ、耳をつんざく発射音。 ガアン!ガン!!ガガガガッ! 容赦のないマシンガンの銃撃に、床にはいくつもの火花が散った。 しかし、標的は倒れない。なぜかと、銃撃を一旦止め目を凝らすと、そこには昏倒した男を盾に突進してくる者が居た。 「なっ!」 「お仲間だろ!返しとく!」 仲間が盾にされていることに気づき戸惑った隙を、ディアッカが逃すはずもなく、そのまま盾の者をマシンガンを構えた者へ突き飛ばした。よろめく。けれど、体勢を立て直す時間も与えない。ディアッカの背後には、もう1人マシンガンを構えた男がいるからだ。 「はぁっ!」 突進した勢いを殺すことなく、そのままよろめいた男の肩を掴み跳躍する。体操選手のようにくるりと体を回転させると、男の背後に立ち、再度彼を盾にし、身を隠す。 「そんなのが何度も通用すると思うなよ!」 もう1人の相手は、馬鹿ではなかったようだ。盾とされた仲間を撃つことなく、ディアッカを撃てる場所に移動すべく、走り出す。 「そりゃどうも」 そんな行動は、予測していた。 (こっちも素人じゃないんでね) 盾にした男がもがくのを許さず、問答無用で背後からマシンガンを男の手ごと構えると、走る男を狙い撃つ。 ガガガガガッ! 防弾チョッキを身に着けているとはいえ、衝撃に耐えられなかった男は体勢を崩し、倒れた。倒れた男がもう戦えないことを認めると、途端に抵抗の力を強めたもがく男の首を手刀で叩く。男は、呆気なく倒れた。首の急所だ。しばらく意識は戻らない。 (もう1人) ディアッカの背後に回った男がいるはずだ、こちらに突進する背後から、数発撃たれていて、ディアッカの腕や胴を弾丸が掠めていた。腕は悪くない。 そうこうしているうちに、廊下の影からその相手が飛び出してくる。その構えられたマシンガンは、正確にディアッカの額を狙っていた。 「なんでこう、手際がいいんだよ!」 毒づきながら、全速力で体を傾ける。少しでもマシンガンの軌道から逃れるように。 ガガガガガッ! なんとか1発目は頭を掠めただけで済んだ。2発目。腕がいいのか、ディアッカの動きを正確に追ってくる。肩を掠める弾丸。3発目と4発目はなんとか体に当てずに済んだ。そして5発目。 (ヤバいっ!) 思ったときには遅かった。追いかけてくる弾丸。それが腕の辺りで赤い花を咲かせた。 「…っ!」 身を倒すと、倒れた男のマシンガンを拾いつつ撃つ。狙いなど定めている暇などない。威嚇でもいいから、相手をひるませられなかったら、一瞬後に死ぬ。 ガガガッ!! 運のいいことに、その1発が相手の肩を掠めた。ひるんだその隙を、絶好のチャンスとして、ディアッカは見逃さない。 今までも、そんな九死に一生のシーンが何度もあった。チャンスを逃さなかったから、今もディアッカはここにいる。 ガンッ! 最後の1発は、相手の急所を正確に打ち抜いた。どう、と倒れる。 周りに動く者がいないことを確かめてから、ディアッカは深くため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。 罠を仕掛けるのは、簡単ではなかった。人質に役割を与え、ひとつひとつ準備する。監視カメラには、各々の携帯に監視カメラと同じ角度から撮った写真を写し、人質の口を封じていたガムテープで貼り付けた。脚立などもなく、体重の軽い人間を肩車で背負い、なんとか手を伸ばす、というギリギリの状態だ。 (通用するのも2、3回かな…) 手早く腕や肩の傷を止血しながら、先刻の相手の動きを分析し、それなりの戦闘のプロであることを認め、今後の行動を予測する。 昏倒した相手は、防弾チョッキなど、使用できるものを外し、人質へ身につけさせた。1着は、敵と直接対面するディアッカが拝借している。マシンガンは、今後のことを考え、なんとか荷物を持てる老いた男に持たせた。撃つ方法は教えない。きっと、マシンガンの射撃の衝撃に耐えられず、自身や他の人質が怪我をしかねないと踏んだからだ。 ディアッカは、施設に入ってきた道順を思い返す。思いのほかすんなり侵入できたわけだが、こんな罠が待っていようとは、そのときのディアッカは思いもつかなかった。 まあ、過ぎたことをどうこう言っても始まらない。 (考えてみれば、身を隠しやすい構造だったな…) 思い起こすと、実に相手に都合の良い構造といえた。 (…とすると、侵入した道順を辿ると、相当数の反撃が待ってるんだろうなァ…) あーあ、とうんざりしたように宙を仰ぐ。 それならば、他の脱出を考えなければならない。携帯を使ったトラップで、一旦は侵入経路を辿るようにみせかけ、敵をそちらに集中させる。その間、違う脱出経路を模索する。 (いや、模索してる暇はないだろうな…) 侵入するときに見た外観を思い出す。建物は、長方形の形をしていた。そして、侵入路は長方形の長い辺の真ん中を通る形で、中央部に人質が囚われていた。長方形の短い辺の背後には、うっそうと茂る森。 決めた。 不確定要素ばかりで、てんで安全な策でもなんでもないが、背後の森に直行することとする。 「さーて、決めたらさっさと行動するか」 相変わらず、気楽な声を上げたディアッカに、人質の面々はきょとんとした目を向けた。 「見えた!」 強行突破した廊下の突き当たりにあった部屋。その部屋の窓に、うっそうと茂る緑の森が在った。森に入れば、ちょっとやそっとでは攻撃することはできない。 もたもたしてたら、正面の敵がこっちに回ってくる。すでに何度か撃ち合った。その音が聞こえていないわけがない。 先刻倒した敵から仕入れた手榴弾のピンを抜き、この部屋と繋がる廊下へ投げる。 ドオン! 大きな爆発音と流れる煙で、廊下への視界が遮られた。その隙に、窓の外の安全を確認すると、入口へマシンガンを構えたまま、人質を促す。 「急いで外へ出て、森へ逃げ込め!」 人質達が、慌てて窓から躍り出る。もたつきながらも、その足は確かに森へ向かっていった。 しかし。 「?」 最後に残った小柄な姿が、動こうとしない。不思議に思って、ディアッカが振り返ろうとすると、ぎらりと光るものを見た気がした。 反射的に体を退ける。防弾チョッキが切り裂かれ、その勢いのまま、太ももから鮮血がほとばしった。 「…なっ!」 倒れそうになる体勢を、必死に支えるが、低くなった頭に、追い討ちがかかる。それすらも、無茶な体勢のまま避けたが、避けきれず目の前を赤い飛沫が覆う。 弧を描く刃に、額を掠めていた。一瞬でも遅かったならば、首への致命傷を受け、即死だったかもしれない。 体勢を整える暇を与えず、襲い掛かる刃。軍人の訓練を受けているディアッカでさえ、完全に避けることは困難を要した。相手は子供だ。10歳を超えたばかりのような、小柄な姿。小さな体での攻撃は、攻撃範囲などたかが知れている。 だがしかし、致命傷を避けるだけで、ディアッカは精一杯だった。 「ちぃっ!」 隙を見て、ナイフを持つ手を払ったはずだった。しかし、その攻撃は空を切り、空振った腕に、更にナイフの傷を増やすこととなる。 (なんて腕だよ!) 軍の訓練でも、これだけのナイフの使い手は、なかなかお目にかかれない。しかも、小柄な姿というハンデ付きだっつーのに! 「なんで!」 応えるかも怪しい、少年の虚ろな瞳に、ディアッカは疑問を投げつけた。 少年のものとは到底思えない冷たい瞳は、攻撃の手を休めないまま、ディアッカの言葉に応えるようでいて、聞く者を待たない独白を始めた。 「僕は、嫌いなんだ。コーディネーターってやつが」 「だって、おまえだって、コーディネーターじゃ…」 「僕がいつコーディネーターにしろって望んだのか、聞きたいくらいだよ。僕は、このコーディネーターの血を、呪っているんだ」 底冷えする瞳のまま、少年はニタリと笑う。自嘲と言うには、暗すぎるほどに。 「こんな、戦闘兵器にコーディネイトした人間なんて、ね」 「!」 言葉の内容とは裏腹に、少年特有の高く明るい声に、心底ぞっとする。 「ホント、馬鹿だよねぇ。見ず知らずのコーディネーターの人質を救うために、命張るなんてさ。人質が背中から刺してくるなんて、考えないの?甘ちゃんなんじゃない?」 その言いように、ディアッカは気づいたことがあった。 「もしかして、おまえが…」 「そうだよ。コーディネーターなんて、死んじゃえばいいと思ったから。馬鹿なコーディネーターを集めて、皆殺しにしようと思ったんだ。でも、失敗しちゃったなぁ。逃げられないと思ったんだけど。思ったより、有能だったんじゃない?やっぱり、大戦を生き残っただけあるのかな?ディアッカ・エルスマン?」 「お褒めに預かり、どーも」 軽口を叩いたのはいいが、正直なところ、冗談じゃない。そんな悲運を嘆く奴に、付き合ってられるか。しかも、命をやれるほど、こちとらお人好しじゃないぞ、と。 少年は、攻撃の手を休めないまま、突然くすくすと笑う。 「あのさ。軽口を言ってるけどさ。もう、逃げ場がないよ?」 知っている。背中には、壁の感触があった。ナイフを避けつつ、じりじりと後退したのはいいが、確かに逃げ場がなくなっている。しかも、先刻から眩暈が襲ってきているときた。 (血が流れ過ぎだ…) 銃撃やナイフで、あちこちから血が流れ出ており、床には点々と赤い模様ができている。 しかも、手榴弾で一旦黙らせたものの、廊下からいつ敵が襲い掛かってくるか、時間の問題だろう。普段なら冷静に対処できるはずだったが、予想外の出来事と血が足りないせいで、いまだかつてない焦りにディアッカは襲われていた。 「ホント馬鹿だよね。子供だと思って甘く見ずに、さっさとマシンガンで撃ってれば良かったのに」 すでに、手にしていたマシンガンは、ナイフで腕を切りつけられた時に床に落としている。拾う隙を与えられるはずもなく、いまやディアッカは丸腰のままだ。 「自分の甘さを呪って、あの世でゆっくり後悔でもするといいよ」 そう言って、少年はナイフを振りかぶった。 (来る!) 渾身の一撃が来ることを予想し、ディアッカは大きく体を傾かせた。 ガッ! 一瞬前にディアッカの頭があった場所に、容赦ない一撃がくらわされ、白い壁にナイフが突き立てられる。壁からナイフを抜く間が、数少ないチャンスだった。 屈んだ体勢から、ディアッカは回し蹴りで足払いをくらわす。 「そんなの、予測できないと思った?こっちは、戦闘のプロなんだよ?」 子供らしくない言葉通り、少年は体を縮めて、壁に突き立てたナイフに全体重をかけ、足払いをかわすと共に、少年の体重で壁から抜けるナイフを、重力にのせてディアッカに振り下ろした。 (!) まずい。動けない。直撃コースだ。 そう思った瞬間。 ドオン! 突如、爆風が襲ってきた。少年は吹き飛ばされ、ディアッカも体を壁に打ち付けた。 手榴弾のものだ、と判断した時には、爆煙がゆっくりと収まってきていた。油断なく辺りを観察すると、煙にかすんだままだが、少年が部屋の隅で気を失って倒れているのが見てとれた。安堵のため息を一瞬だけすると、廊下から敵が侵入してきた可能性が高いことを考え、体勢を整えるべく立ち上がろうとする。そこに、 「あー。えーっと。…無事?」 なんとも格好のつかない、暢気な声が聞こえてきた。 廊下から聞こえた、聞き覚えのある声に、ディアッカはガックリと膝を折りそうになる。 「…な…」 「あー、無事みたいだね。良かった良かった。…良かったよね?」 恩着せがましい言葉を投げかけてくるのは、部屋の入口に立ち、軍人らしき者達を従えた青年。良く見る、というか、ディアッカと共に大戦を生き抜いた戦友、サイだった。 「…遅いんだよ」 ディアッカは、負け惜しみのごとく、憎まれ口を叩く。 「なんか、怪しいと思ったんだよね。『仕事』と言ってたけどさ、ザフト軍人のディアッカが、なんでオーブで『仕事』なんてするのか、ってさ。で、連絡してみても、携帯は通話中の音じゃなく、砂嵐だったし。で、やっぱりおかしいと思って、メイリンに連絡してみたわけ。そしたら、そんな『仕事』ない、って話だったからさ…」 一部始終を、これみよがしに恩着せがましく喋っているのを聞いていると、段々ディアッカは耳を塞ぎたくなる衝動に襲われた。 まったく。本当に。一番借りを作りたくない相手に、大きな借りを作ってしまったらしい、という事実は、先ほどから本人よりご丁寧に説明をあずかっている。 「ホント、迂闊だよね。『仕事』の裏も調べないっていうんだか…」 「分かった分かった。分かったから。ホントありがたいから。助かったから」 降参と言わんばかりに、サイの言葉を両手を上げて遮る。このまま聞いていたら、日が暮れるのも時間の問題だ。 サイが従えてきた軍人らしき者達が、部屋の隅に倒れていた少年を捕縛し、連行しようとしていたのを目に入れ、ディアッカは「ちょっと待って」と声をかけた。 少年は、この世を憎んだ瞳のまま、近づいてきたディアッカを見上げる。ディアッカは小さくため息をつく。…と。 バシッ! 少年の頬をひっぱたいた。 戦闘兵器である少年は、今まで攻撃をくらったことがなかったのだろうか。酷く驚いた表情をしていた。 「おまえさ。ガキなんだから。もうちょっと大人になってから、かかってきなよ。相手してやるから」 ぽかんと。少年は間抜けな表情をしたまま。 行っていいよ、というディアッカの仕草に、軍人達は少年を連行していった。 「馬鹿じゃない?」 少年をひっぱたいた動きで、ただでさえ悲鳴を上げる体が、更に痛みを主張している。その痛みを必死に我慢しているディアッカに、サイの容赦ない言葉が浴びせられた。 「だってなー。一言言っておかないと、気持ち悪いっつーか…」 「成長したあの子が、ディアッカを暗殺しようとしてきても、今度は助けないけどね?」 「……げ」 「ディアッカのこと、狙ってこないとでも思ったの?」 思ってしまった。なんて、迂闊なことは、これ以上言えなかった。 だって、悲しいではないか。せっかくこの世に生を受け、どんな期待と共に戦闘兵器として育てられたかは知らないけれども、世界を広い目で見渡さぬまま、自分の血を呪い生きていくなど。 様々な人と、様々な世界と会って、影響されていけばいいのだ。良きにしろ、悪しきにしろ。 自分の殻という狭い目でしか見なかった世界とは決別して、大人になればいい。それだけ。 「ところでさ、サイ。お願いがあるんだけど」 「…何を言おうとしてるか、大体想像はつくけど、せっかくだから聞いておく。…何?」 「あー、ありがたいねェ。サイ様」 「はいはい」 「肩貸して」 がっくり肩を落とした様子で、サイが「案の定」と思っていることが知れた。 「もうさー、血が足りないのよ。フラフラなのよ」 「…はいはい」 サイが、諦めたようにディアッカの腕を掴んで肩にかけ、その体重の半分を預かり受けた。…が。 「あいででででで!」 耳を打つディアッカの悲鳴。 「だから、あの子を叩いてる余裕なんかなかっただろ、って言ったのに」 「仕方ないだろー。そうしたかったん…あででででっ!…サイ、もうちょっと優しく…」 「我慢してよね。じゃなきゃ、置いていくから」 「うわ、ちょっとそれ、酷…あいでー!」 しばらく、その施設にはディアッカの悲鳴がこだますることになった。 END |
まいける様からのキリリク。 「事件に巻き込まれて負傷し、拉致られたDさんの脱出劇」 いい加減にしろと言われそうなほど、お待たせしたブツ。 さらに、ちと内容がずれている感じで…。 本当に、申し訳ない…。 |
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