戦場の花



「もう、戦場カメラマンなんてやめろよ」
 久々に会った彼女の肩を掴んで、オレは言った。頭上には、澄んだ青空が広がり、ぽかんと浮かんだ雲がゆるゆると進んでいく。緑に色づく葉が造った清廉な空気は、頬をやわらかに撫でていった。そんな穏やかな日。
「私は、戦場を撮って、戦場を知らない人に真実を見せたいの」
「見せてどうする。平和運動でもするつもりかよ」
「あんたには分からない。軍人のあんたには」
 カチン、ときた。眉をひそめて、反論する。
「軍人なオレが、戦場を知らないわけないだろ?」
「そうじゃない。私は、戦争を起こす前に、踏みとどまって欲しいだけ」
「そんなの無意味だ。戦争がない世界なんか夢見てんのかよ」
「夢じゃないわ。最初からダメって思ってたら、何もできないじゃないの」
 彼女の瞳は、この空と同じく、恐ろしく澄んでいた。
「そこまで子供だったとはね。戦争がない世界なんて、夢物語でしかないって」
「だから、軍人のあんたになんか、分からない、って言ったのよ」
「…どういう意味だよ。好戦的で、人を殺すような人間に、生きる資格はないってか?」
「そんなことは言ってない」
「同じだね。軍人は、人殺しだ。人を生かすために、敵である人を殺す。じゃあなにか?オレ達が人を殺さなかったら、誰が敵を殺すんだ?」
「だから、戦争がなくなれば…」
「無理だって言ってる!」
「!」
 オレの語気に驚いたのか、彼女は肩をびくりと震わせた。
「戦争がなくなればいい?そんなことを夢見て、銃を下ろしたら、撃たれるんだよ。戦場ってところは、そういうところだ。撃たなかったら、撃たれる。至ってシンプルだ」
「私は、その戦争自体をなくしたいの」
「おまえ、知ってるか?言いたかないが、おまえが今そこに立っているのも、誰かが戦場で死んで守ってるからだ。人に手を下したこともない人間が、オレ達の気持ちなんか分かるかよ!」
 なんだか、ヤバイ。こんな言い草、オレが子供みたいじゃないの。そもそも、なんでこんな話になったのか。それを思い出せない時点で、オレもそうとうキている。
「そんなこと言うなら、軍人なんてやめればいいじゃないの」
 彼女は、それでも心配そうにオレを覗きこんできた。ありがたい。
「…で?オレの代わりに、誰が軍人になってくれるわけ?」
 そんな彼女の配慮をふいにする気か、オレは。
 自分で突っ込んでいるのもどうかしてるが、それ以前に、その軽い突っ込みでさえ受け入れないオレの脳がどうかしていた。
「だから、戦争がなくなれば…」
「その理想論を語ってる間に、オレが軍人をやめた分、人が死ぬけどね」
「あんたが軍人をやってる間、相手も死んじゃうじゃない!」
 とうとう彼女も声を荒げた。まあ、当然だろうな。オレだったら、3分前にとうにキレてる。
「敵の命の心配なんか、してる余裕があるか。戦場は、生々しい命のやりとりの場なんだぜ?」

 全てを守れる力があれば。
 そんな夢を見ていたことがあった気がする。
 でも、いつまでも、そんな子供ではいられないわけで。自分には、一人の人間以上の力なんてあるわけもなく。手にした僅かの力で、僅かのものを守っていくしかないのだと。
 そう、戦場で知ってしまったのだった。
 争いのない世界を夢見たこともあった。
 そう思った次の日、たわいのないことで、喧嘩をした。オレは、相手を殴った。そして、ふと気づく。
 オレは、争いのない世界を夢見ていたのではなかったか?
 それが現実。
 痛いほどの、現実。

 清く潔く咲く、戦場の花。
 戦場の血に穢れることもなく、強く咲く花。
 オレは、その存在に焦がれていた。
 夢を見た。戦争のない、美しい世界が、その先に待っている途方もない夢を。見ないと誓った、その夢を。
 そして気づく。それが夢であったことに。
 思えば、オレもその花に夢を見ていたのだ。オレの見る現実など、見なくてもいい。そのままの美しい花のままでいて、と。
 彼女へ。

 そして、大きな争いはまた終焉を迎えた。
 終焉と言う名の、新たな混沌の始まり。
 オレは、混沌が争いを生むことを知っている…。


END




なんとなく思いついた話。
ミリアリアの「ふっちゃった」発言を、デス種終わって考えてみたところ、
こんな答えが出ました。
相変わらず、ディアッカに夢見がちです。(笑)


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