道端の石
さて、と思う。 衝動に突き動かされて、アークエンジェルに搭乗したものの、一体全体、自分の居場所はどこなのか、と考えた。改めて考えてみると、無謀にも程がある気がする。ある種、他人事のように考えていると、開け放たれたコックピットを覗き込んでくる顔が見えた。 「よう、坊主。バスターもメンテナンスするから、おまえさんの設定情報、よこしな」 無精ひげの男だった。歳は、そう若くない。まくった袖からは、日に焼けて筋肉質な腕がにょっと伸びている。作業服を着ている時点で分かるが、指先はそれ以上を物語っていた。爪は短く切られ、その色は薄く黒く汚れている。機械を直接相手にする、メカニックに良くある風だ。 かけられた言葉だけ聞けば偉そうな口振りだが、その態度からは不思議なことに嫌味は感じられなかった。 「坊主じゃない。ディアッカ・エルスマンだ」 「そうか。よろしくな、坊主」 「…」 全く悪気はないらしい。「まあ、いいか」と、ため息をひとつつくと、バスターの設定ファイルを画面に映す。 「…よし。なんか要望はあるか?」 「まずは、試しにメンテしてもらって、後で調整する感じかな?いじって欲しくないとこは、ロックをかけておくし」 「じゃあ、終わったら連絡するよ。…ああ、でも、部屋とか決まってねえからなあ。頃合をみて、格納庫に帰ってくるようにな」 「分かった」 「まあ、任せときな」 ぽんぽんと、軽く肩を叩かれるが、がっしりとした体格から力の加減が分からないのか、少々痛かった。 無重力の中、追い出されるように、コックピットを出る。 そこで、ふと思った。…そうか。先刻のアレは、年下の者をいたわるそれだ。ナチュラルとかコーディネーターとか、そんなものではなく。ただ単に、弟の頭をくしゃくしゃと撫でる。あの感じ。 「名前は?」 「ああん?…ああ。マードックだ。よろしくな、坊主」 すでに、その作業服姿は遠いが、屈託のない笑みが向けられたことは、歯が白く覗いたので分かる。 なんだか、不思議だった。あまりに自然だったのが、不思議だった。「何が自然だったのか」それを、考えて思い出さなければならないほど。 格納庫を出て、通路のひとつに入る。見覚えは、なかった。 だいたい、この戦艦に乗っている時間は長いが、ひとところに押し込められていたのだ。地球で降りるときに、少しは艦内を移動したが、それで覚えられるほど、この戦艦は狭くない。 「さて、どうしたもんかねェ…」 さほど深刻に悩むでもなく、辺りを見回す。と、艦内の情報が見れそうなコンソールが通路に設置されているのが見えた。いかにも、何も分からないずぶの素人のようで気に入らないが、背に腹は代えられない。 「あ。いたいた」 コンソールに手を伸ばそうとしたとき、背後から声がかけられた。振り返ると、オレンジの髪を短く切りそろえ、細いふちのメガネをかけた少年がそこにいた。連合の制服は着ているが…。 「誰?」 いぶかしんだ瞳で、その少年を見つめる。 「ああ、ゴメン。サイ・アーガイル。よろしく」 その自然な態度は、先程のメカニックを思い出させた。そして、続けて思い出すことがある。 アークエンジェルに投降したとき見かけた、うつむいて泣く軍服を着た少女。その少女に付き添っていた少年がいた。 あのときかけた言葉を、今も忘れていない。潜む事実を知らないまま、半ばあてつけのように吐いたセリフ。でも、その言葉は、本心からだ。実際、理由は別としても、あのように泣いていては、軍人として使いものにならない。怖くて泣いている者が、国という形のないものを守ろうとして、どうして戦えるものか。 「…オレが、投降したとき…」 「え?」 「オレが投降したとき、言ってたことを忘れた、とか?」 なぜ、理由を知らないとはいえ、あんなことを言ったオレに、そんな自然な態度をとれるのか。ディアッカは、不思議でならなかった。 サイも不思議そうに首を傾げた。しばらく思案した後、合点したように、ちいさく頷く。 「忘れていないよ」 「じゃあ、オレが、そんな風に話しかけられる奴だとは思えない。オレは、あのときの言葉を撤回する気はないけど?」 「でも、それって、『怖くて泣いていたら』だろ?実際、なんで泣いてたか、もう知ってるみたいだし」 ディアッカは、鋭いところを突かれて、「うっ」と詰まった。自分も、包み隠さず話してしまうから、「撤回する気はない」と、はっきり言ってしまう。そう言って、返ってくる言葉が、そんな言葉だとは思っていなかった。てっきり、逆上すると思っていたのだ。ちょっと間違えば、殴られる、とまで。 「分っかんねえ」 ボソリとつぶやく。 「何が?」 「なんで、オレみたいな憎いコーディネーターに、この艦の奴らはそんな言葉吐くわけ?」 「別に、コーディネーターだから憎いってわけじゃないし、君…、ディアッカ…さん?」 「いいよ。呼び捨てで」 「じゃあ、…ディアッカが憎いわけじゃない。確かに、以前はお互い敵同士だったけど、助けてくれただろ?アークエンジェルを」 「…それだって、芝居かもしれない、とか考えないわけ?」 「命の危険があるのに芝居するほど、酔狂な人間はいないさ」 あっさりと言う。 はーっ。 ディアッカは、サイをしみじみ見ると、深いため息をついた。怪訝な表情のまま、サイは首を傾げる。 「何か、変なこと言ったかな?」 「いや、凄えと思ったんだよ」 「?コーディネーターの方が、凄いと思うけど」 「そんなとこは、遺伝子いじったところで凄くはならねえよ」 「まったく。どいつもこいつも…」と、そっぽを向いてぶつぶつ呟くディアッカを見て、サイはプッと吹き出した。 「な、なんだよ」 微妙にどもりがちのディアッカに、手を差し出す。ディアッカの顔は、更に面食らったように瞳が丸くなった。それが可笑しくて、吹き出しそうになるのを必死に堪える。 「改めて、よろしく」 ディアッカは、差し出された手をまじまじと見つめた。なんだか分からないが、照れた。照れ隠しに、咄嗟に手を出す。それが逆効果で、サイに全てバレたことも分からない程、焦っていた。 「ディアッカ・エルスマンだ。よろしく」 ありきたりの言葉しか返せない。 …でも。 まあ、いいか、と思う。なぜだか、サイには全て伝わっている気がしたから。握った手は、当たり前なんだけれど、優しい体温を感じられたから。 なぜ、ナチュラルの手にぬくもりがない、などと思っていたのだろう。サイと握手をして初めて、そう自分が思っていたことを知った。それまで、考えたこともなかった。そんな思いが自分にあることさえ、知らなかった。 ナチュラルとコーディネーター。間には、大きな壁があると思っていた。でも、それは、アークエンジェルのクルーにとって、道端の石ころほどのものでしかなく、そびえ立つ壁は、自らの想像だったと思い知らされる。壁があると思っていたそこに、弊害は何もなかった。壁を作っていたのは、自分だったのだ。 気づいてしまえば、なんということもない。 最初こそぎこちなかったが、2人は顔を見合わせて笑いあった。 胸に、なんとも言えないあたたかな充実感があった。 「いつのまに…」 ディアッカとサイが、アークエンジェルで割り振られたディアッカの部屋の前で、生活備品のことで話し込んでいると、そんな声が聞こえた。 ディアッカに支給された服を抱えたミリアリアが、そこにいる。 「あ?何?」 「なんでもない」 ディアッカが問うと、ぷいっと顔を背ける。それを見て、サイが「ああ」と頷いた。 「『いつのまに、仲良くなった』ってこと?」 「…」 それは、先程ミリアリアが飲み込んだセリフだ。沈黙は、肯定の意味をあらわす。 ディアッカが、ニヤリと意地悪く笑う。 「男同士には、いろいろあるんだよ。…知りたい?」 「別にっ!」 乱暴にディアッカの胸に服を押し付けると、ミリアリアは踵を返した。 「…めずらしい」 「?」 肩をいからせ去っていくミリアリアの背中を見送りながら、サイがぽつりと言う。 「あんなミリアリア、見たことないな」 「あんな?」 「俺の中で、ミリアリアって、ふわふわ笑ってるイメージなんだけど」 「えーっ!?どこが!」 思わず、思い切り反論してしまった。ディアッカは、ミリアリアのニコニコと笑っている姿など、微笑んでいる表情でさえ、お目にかかったことはない。大切な人を亡くしたばかりというのもあるが、一度だって、笑ったところは見たことがないぞ?と。 「素顔なのかな」 「素顔?」 「ディアッカの前では、飾ってないんじゃない?素顔を見せてるってこと。信頼されてるんだね」 げっそりした表情で、「どこが」と思う。 「それって、嫌味だよな?」 ん?と気づいたように、サイがディアッカを見る。 「さあ、どうかな?」 サイも、意地悪く笑った。ミリアリアが、ずっと友達として付き合ってきた自分より、ディアッカに素顔を見せていることに少々嫉妬していたのかもしれない。でも、と思い直した。サイに見せている表情もまた、ミリアリアの素顔なんじゃないか、と。 とすると、ディアッカには、「素直になれない」といのが、本音なのだろうか。実際は、分からないけれど。 「それにしてもさあ。さっきの」 「何?」 「嫉妬みたいだねぇ」 にやにやと、ディアッカが笑う。一瞬、何のことかとぽかんとしたが、拗ねたようなミリアリアの表情を思い出して、 「そうだね」 サイは、そう言って、くすりと笑った。 END |
途中まで書いたssを投げ捨てて、全く違った形で書いてみました。 書きたかった内容は、同じです。最初書いていたのは、戦後だったのですが・・・。 「友達」っていうのは、相手をどういう形であれ、敬っていないと、成り立たないなあ、と思いまして。 ディアッカとサイとミリアリアの関係が好きなのです。三角関係とかではなく。 みんな、相手の気持ちを慮れる、良い子。 そのあたりが好きで。 なにを今更、という話を勢いに任せて書いてしまいました。 でも、最初も言いましたが、言いたかったことは、話に含めたつもりです。 |
index |