在るべき処


caution!!
ラクスに少々辛目の内容となっております。
ラクスファンの方は、お読みにならないことをお薦めします。
なお、もし不快に思われましても、苦情は受けかねます・・・。(すみません)



 元々、ディアッカはその戦艦が苦手だった。
 苦手、というより、嫌い、だった。
 むしろ、生理的嫌悪、と言っても、言い過ぎではないかもしれない。
 その戦艦は、全体をピンクに染められていた。ピンク色の戦艦など、冗談でも笑えなくて、お話にもならない。まあ、戦場で目立つことが第一の目的ではあろうから、その目的だけでも達成はされているのだろう。艦長の意向で。
 そもそも、その艦長というのが、本来の艦長とは一線どころか二線も三線をも隔てているのだから、議論するだけ無駄なのだろう。…いや、彼女を「艦長」と呼べるのだろうか。ディアッカは、そこまで考えて、「否」と自分の中で応えた。
 ブリッジに入って、「しまった」と思った。確かに、予定されていたミーティングの時間より、少々早い。だが、それは、いつも時間ギリギリで飛び込むディアッカとは違って、既に集まっているであろう他のパイロットやクルーに、ちらほらと話したいことがあったからだ。そのために、マリューやフラガより先に訪れたのだ。…なのに。
「あら、早かったのですね。まだ、誰も来ておりませんのよ?」
 ゆっくりとして、ほのぼのとした、およそこの戦艦には似つかわしくない声。ブリッジには、その声の主しかいないようだった。管制官すらいない。…まあ、今は廃棄されたコロニーに戦艦を隠している。センサーにひっかかる敵影もなく、監視は自動制御になっているから、問題がないと言えばない。だが、ディアッカの心情としては、無駄でもいいから誰かいて欲しかった。
 内心を表情に出すことはない。ニヤリと少々笑った。
「そ。じゃ、オレはその辺ぶらぶらしてくるよ」
 踵を返す。…が、予想を反して、その行動を呼び止める声があった。
「お待ちなさい。あなたには、聞きたいことがありました」
 聞こえなかったフリをして、外に出るのは容易かったが、そんな大人気ないことをする気はなかった。…あいつじゃないんだから…。ディアッカは、銀髪の悪友を思い出す。
「何?オレ、結構忙しいんだけど?」
「それほど時間は取らせませんわ」
 穏やかな声だが、どうせディアッカの言葉に少々棘があったことなど、分かっているのだ。表情ひとつ曇らせないのだから、相当の曲者だ。ディアッカはそう思っている。
 なぜ、皆、そんなことが分からないのか。マリューやフラガにしてもそうだ。なぜ、この少女の言葉に素直に耳を傾けるのか。
 戦場を知っているマリューやフラガにとって、彼女の言う言葉は、「綺麗事」でしかない。だが、2人とも、子供の戯言、と思っているふうでもなかった。何も異論を唱えないのなら、ディアッカも何も言う気はなかった。矢面に立って、面倒なことになるより、元々問題を表沙汰にしなければいい。
 大体において、偉そうな口ぶりが嫌いだ。何様なのだ、と思う。それは、目上のマリューやフラガに対しても変わらない。ディアッカも、マリューやフラガに対して、生意気なセリフは吐くが、見下すような態度は、とって…、ないと…思う……。……多分。
「以前から聞きたかったのです。あなたは、どうしてアークエンジェルに同行したのですか?」
 マリューやフラガとの会話を、ひとつひとつ思い出し、自分の行動を思い起こして、「うーむ」と唸っているところ、そんなことはお構いなしと言わんばかりにそう問われた。
 ディアッカは、再度、口の端を吊り上げて、ニヤリと笑った。
「へえ?お姫さんも、オレの寝返りに興味あるワケ?」
「寝返りとは思っておりませんわ。私達は、ザフトの敵になったわけではありませんもの」
(ハァ。ここまでくると、凄いねェ)
 ある種、ディアッカは感嘆した。こちらの嫌味は、通じているのだ。なのに、それを意に介せず、表情を変えないまま応えてくる。自らの本心を隠し通すその強固な態度に、少々馬鹿馬鹿しいと思いつつも、「こりゃあ真似できないね」と思ったのも事実だ。真似をしたいか、というのは、また別問題だが。
 しかし悪いが、ディアッカも、そのまま言われ放題な甘い人間でもない。意地の悪い笑みを浮かべると、低い声のまま言い返す。…まあ、まだ「意地の悪い」と自分で認識してる分だけ、目の前の人間よりマシかもしれない。…と、考えている自分に、「オレも相当キてんなぁ」なんて、思ったことは、顔に出さないが。
「ふうん?じゃあ、オレも聞いておきたかったんだけど。お姫さんは、なんでこの船の艦長になんかなったワケ?」
「それは、もちろん、このままでは戦況は悪くなるばかり、と思ったからですわ。私でも何かできるのでは、と」
「そう。で、何をするの?モビルスーツにでも乗って、戦う、とか?クライン艦長?」
 さすがに、そのすました顔が曇った。
 それはそうだ。今のは、強烈な嫌味なわけなんだから。
 もちろん、ディアッカも、ラクスがMSに乗って戦うなど、思ってもいない。なら、なぜ、この艦に乗っているのか。
「それは、私の役割ではありません。私のすべきこと、できることは、この艦で戦場の皆様に戦いを止めてもらうよう、呼びかけることですわ」
「呼びかけられて、もし、戦意を失ったなら、まー、とんでもなく、いい『標的』だろうね。で、お姫さんに感謝しながら死ぬってことか」
「そんな…!」
 流暢にしゃべっていた舌が詰まる。
「じゃあ、なんでお姫さんはこの艦に乗ってるのさ?死ぬ可能性があるのに、物見遊山ってことはないだろ?」
「ですから、私のできることを…」
「お姫さんのできることって、この戦場でエターナルに乗ることなんだ。で、何ができるワケ?モビルスーツに乗らないんなら、整備ができるとか?管制もあるよね。爆撃手だって必要だ」
「私は、艦長です」
 危ういながらも、自らの立場を死守しようとする。もうすでに、袋小路に立たされていることも知らずに。
「艦長っていうのはサ、ブリッジでただ座ってるお飾りじゃないのは、知ってるよね?」
「…」
 もう、既に、ディアッカの軽口に付き合う気はないらしい。ラクスは、いつもの穏やかな笑みをその顔から消し、無表情のままディアッカの言葉を聞いていた。
 ディアッカとしては、軽口ではなかったのだが。…まあ、これから先言うことについて、目の前の人間は無視できないだろうから、別に咎める必要もなかった。
「艦長として、何かした?戦略とか、部下の扱い方とか、システムの使用方とか、命令伝達の方法とか、艦の防衛手段とか、艦に装備されてる兵器の名前とか、使い方とか。勉強した?あとさぁ、結構重要なんだけど、今までの戦歴とか人柄とかで、尊敬される人間じゃないと、艦長って務まらないんだよねえ。…あー、そっか。歌姫さんだもんね。その辺はお得意分野か」
 ラクスは、唇をかみしめて、立ち尽くしていた。返す言葉もない。そんなことは、言う前から知っていた、ディアッカは。
 戦場のことを勉強など、してあろうはずもない。したとしても、それは付け焼刃だ。そんなもの、本当の戦場でどれほど役に立つというのか。言わずもがなだが、戦歴もあるわけもなく。戦場で尊敬される人柄、というのも、歌姫としての名声とはかけ離れていた。
 一通り言い終わると、ディアッカの瞳は薄められた。最近、アークエンジェルに乗っていて忘れていたものだが、その瞳に酷薄な光が浮かぶ。
 その声音からは、軽薄なイントネーションが消えていた。
「ここはさ、戦場なんだよ。少しでも気を抜けば死ぬ。自分の役割を全うしなければ、誰かが死ぬ。自分の役割を理解していない奴がいるところじゃない。もともとここに自分の役割がない奴は、他の奴らの足引っ張る前に、ここから去らなきゃいけない。そうでなきゃ、誰かが死ぬからな。みんな、お互いに背中を誰かに預けてる。そんな信頼関係がなけりゃ、足元がおぼつかなくて戦えないんだ」
 それは、この戦争で、ディアッカ自身が身を持って学んだことだ。確かに、アカデミーではそう習っていた。が、目で追った文字と、体で直に学ぶとでは、比較できるわけもない。
「この戦場で、あんたはどう戦うんだ?誰を何をして守ってくれる?勘違いしてもらっちゃ困るが、あんたが戦えない人間って言ってるわけじゃない。ただ、あんたの戦場がここでない、って言ってるだけだ」
 戦場と言っても、誰もが武器を持って、殺し合いをする場所のみを指すのではない。
「あんたは、歌っていう武器がある。それに、知略も持ってる。人から好かれる、っていうのも、十分戦場で戦っていくには必要な素質だ。ただ、その素質も、この殺し合いの戦場では役に立たないってことさ。ここで、自分の所為で無駄に人を殺すより、国で歌歌って、死ぬ運命の人を救った方がいいに決まってる」
 確かに、ここは、分かりやすい戦場だ。ここで戦えば、戦ったという充実感も、戦っていたと世間からも認められるだろう。だが、ここばかりが戦場ではない。
「あんたの戦場は、そこじゃないのか?」
 ラクスは、うつむいたまま黙っている。その表情は、ディアッカからうかがい知れない。でも、どう受け止めたかなど、ディアッカには興味がなかった。ただ、言いたいことを言っただけだ。
 そんなとき、唐突にドアが開いた。連邦の制服に身を包んだ、その容貌からは想像がつかないほどの能力を持った少年が、姿を現す。
「あれ?ラクス?ディアッカ?まだ、2人しか来てないんだ」
 怪訝な表情で、2人に近づいてくる。…と、うつむいたままのラクスに気づいたようだった。
「ラクス?どうかしたの?」
 細い肩に、キラは手を乗せた。覗き込むように、ラクスの表情をうかがう。
 今はここにいるべきでない。そう思って、ディアッカは、踵を返した。
「ディアッカ?」
「あー、悪い、キラ。オレ、ちょっと忘れ物」
 そして。ひとつ言い忘れていたことがあったのに気づいた。…むしろ、応え忘れた、というべきか。
「さっきの応えだけど。オレ自身にも分かんないね。ただ、そうしたかっただけだよ」
 うつむき黙ったままのラクスを取り残したまま、ディアッカの背後で、ブリッジのドアが閉まる。
 思いの他、口が軽かったようだ。いつもの自分では考えられない程、良くしゃべった。本来は、そういった面倒事からは距離を取る自分が。
 そう思い、ハタと気付いたことがあった。
 …そうか。自分では今まで気付かなかったが、どうやら、随分と腹が立っていたらしい。
 それぞれが、自分で悩んで考えて、自分の戦場に立っているのに、なぜ自分とはかけ離れた戦場に立ちたがるのか。
 それに非常に腹が立った。
 なぜだろう。以前のディアッカなら、そんな他人のことになど、興味はなかったはずだったのだが。
「あら?ディアッカくん?」
「よう、少年。なんで戻ってきたんだ?忘れ物か?」
 通路の先に、マリューとフラガの姿が見えた。
「まあ、そんなところ。…先にこっち来たのだって、気を利かせたってだけだし?おっさんに」
「『おっさん』言うなって、言ってるだろーが」
 こつり、とディアッカの頭を拳で小突く。
 初めこそ、ぎこちなかったが、今なら素直に思える。オレはあなた達に背中を預けられる、と。そして、オレはあなた達を守るため、全力を尽くす、と。
 確かに、アークエンジェルに同行すると決めたきっかけは、澄んだ緑色の瞳をした彼女の存在だった。けれど、理由はそれだけじゃない。もっと、様々なものを含んだ何か。そんな大きな衝動に突き動かされて、今、ディアッカはここにいる。
 多分、ここが自分のいるべき場所なのだ、と。
「で、どうなのさ?オレが気を利かせた甲斐はあった?おっさん」
「だーかーらー!」
 フラガが、ディアッカを羽交い絞めにして、首を絞めるフリをした。「フリ」だけでも、フラガの馬鹿力は苦しい。ディアッカはたまらず、「降参」と、その筋肉質な腕をぽんぽんと叩いた。
 それを見て、マリューはおかしそうにくすくすと笑う。
「ふふ。兄弟みたいね、あなた達」
「どこが!こんなクソ生意気な弟なんて、俺は欲しくないぞ!?」
「オレだって、こんなおっさんじみた兄貴なんて御免だね」
「だから、『おっさん』言うな、って言ってるだろうが!」
 ぎゃあぎゃあと喚く2人組の隣で、マリューはくすくすと笑い続けていた。

 以前は敵同士だった。…けれど、敵には、背中を任せられないだろう?
 常に、自分の立つ処には、信頼できる仲間がいなくちゃいけない。その確かな地盤に足を踏ん張って、共に死線を乗り越えていこう。
 お互いが信じた、同じ未来のために。


END




どうにもこうにもぶちまけたかった話です。
ラクスについて。
こう表現するのもどうかと思いますが、大人な方は、ラクスの思想に疑問を持っているかと思います。
そして、彼女が純粋で無垢な心だけを持っているような人間ではない、ということも。

本編中では、誰もそのあたりに突っ込まなかったですね。
マリューやフラガさえも、ラクスの言葉にそのまま従う始末。
じゃあ、誰が突っ込むか、と考えたら、ディアッカ以外にいませんでした。
本編を見ていて思ったのですが、ディアッカは、ラクスが苦手、というか嫌いなんだと思うのです。
元々、偉そうな人は嫌いそうですが。(笑)

カガリにも言えることですが。
「おまえら、他にやるべきことがあるだろう!」
と。
誰か叱咤して欲しかったのです。
そうすれば、もっと彼女らに好意を持てたのですが・・・。


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