さよならのまえに


 買い物を終えて、アークエンジェルに帰るところだった。
 「おつかい」と一言で言っても、その内容はかなりの量で、やっとのことで全ての用事を済ませると、プラントはすでに夕闇を迎えようとしている。
 アークエンジェルの不足品は、クルーの食料等、手に持てるような量ではないので、全て配達の手配を済ませた。他は、クルー個々が希望した細々としたものを後部座席に放り投げてある。
 せっかく車を運転するのだから、と、ディアッカが選択したオープンカーは、緑に包まれた田園風景を颯爽と走っていく。茜色に染まりつつある空はからりと晴れ、受ける風が心地良い。
「あれ?来た道と違うんじゃない?」
 助手席でぼんやり風景を眺めていたミリアリアが、ぽつんと言った。
「ああ、寄りたいとこ、あってさ」
「寄りたいところ?」
「着くまで秘密」
 怪訝な表情のミリアリアをちらりと見ると、そう言って、ディアッカはいたずらっぽく笑った。

「ここ」
 着いた場所は、見渡す限り黄色に染まった花畑だった。畑といっても、出荷される花が植えられているわけではない。名もなく、ただそこにいて、見る者を拒まず、優しく包む、そんな花の園。
「わ・・・」
 それきり、ミリアリアは言葉を失ったように黙った。瞳がきらきら輝いている。喜んでいるのは明らかだった。
 満足そうに、ディアッカは笑む。
「どう?」
「・・・すごい・・・ね」
「気に入った?」
「うん。・・・すごく、綺麗・・・」
 半ば無意識のうちにミリアリアは応えている。相当、この景色に心を動かされたようだ。この景色を見て、もっと他に表現のしようもあろうが、口をついて出てきたのは「綺麗」というありきたりなものだった。それが更に、その衝撃を物語っている。
 そんなミリアリアの様子を見て、ディアッカは、おかしそうに笑う。
 そよそよとそよいでくる風に、ふわふわと揺れる黄色の花。空気にとけるように透明な色調、それでいて、静かに自らの存在を主張するひたむきな強さ。
 多分、人の心を捕らえて離さない理由は、そこにあるのだろう。
 見渡す限りの花。
「まあ、これも植えたもんなんだけどさ。自然に咲いたわけじゃない」
「うん」
「地球の『自然』には、どうあってもなれないけど、オレは別にこれでもいいと思うんだけどね」
「うん」
 ディアッカの言いたいことは、ミリアリアにも分かった。
 偶然という神々が作り出した地球の『自然』は、地球の人間にも憧れがある。どんなに憧れても、手に入らないことを知っても、なお。
 でも、それでもいいではないか。
 だって、こんなにも心を奪われてしまうのだから。
 それだけで、いい。
「オレさあ」
 ディアッカが、延々に続く花のじゅうたんを眺め続けているミリアリアの背後で、唐突に切り出した。
「すっげえ女に会ったんだよね」
 ぴくり、と耳をそばだてるが、ミリアリアは後ろを振り返らない。
「普段はぴーぴー泣くくせにさ、自分の国だからって戦おうとするし、自分も辛いはずなのに、人のこと心配するし、挙句の果てには、敵に謝ったりもするし」
それは、私のことだろうか。自意識過剰と思いつつも、ミリアリアはぼんやりそう思う。
 ディアッカは、そんなミリアリアに気づいているのか、気づかないのか、構わず続けた。
「オレは、そんな女に今まで会ったことない。これからも、その女以上にいい女になんて会えないと思ってるんだよね。この世界で最高の女」
 いつもと変わらない表情のままディアッカは話し続けている。ミリアリアはなんとなく恥ずかしくなって、花々を眺め続けた。
「オレ、ザフトに戻ろうと思う」
「・・・え?」
 突然の告白に、ミリアリアは思わず声を漏らしていた。思わず、振り返り、ディアッカの表情をうかがう。そこには、普段のままの、人を食ったような表情があったが、少しばかり苦笑いのように見えるのは気のせいだろうか。
「まあ、アークエンジェルの整備が終わってから、だけどね。整備が終わらなきゃ、帰れないだろ?地球に」
 地球に帰る。
 確かに、それは当然のことと思われた。ヘリオポリスは失われてしまったから。オーブも失われたが、人々は地球の様々な場所に避難しているだけだ。これから、カガリの指導のもと、オーブは再建されることだろう。
 そこには、当たり前のようにアークエンジェルのクルーや、サイ、キラ、ディアッカがいるものと思っていた。ディアッカは、オーブでの一件の後、躊躇もせず、いつもアークエンジェルと共にいたから。
 そして、不安に襲われている自分に、ふとミリアリアは気づいた。
 ただ、以前の生活に戻るだけではないか。確かに、そこにトールはいないけれども。ヘリオポリスはないけれども。
 甘えていなかったか。
 そんな思いが、ミリアリアに降り落ちた。
 どんなにキツイセリフを投げても、ディアッカは軽く流してくれた。振り払っても、ついてきて話を聞いてくれた。
 安心していたのだ。どんなことがあろうとも、ディアッカは私を見てくれる、と。なんて高慢だったんだろう。ふとその事実に気づき、ミリアリアは恥ずかしくなって顔を俯けた。
 俯いたミリアリアに、ディアッカは勘違いしたようだった。
「オレがいなくなるのが、そんなに寂しい?」
 あくまで、その口調は軽い。表情も笑ったままだ。本当に、笑っているのかは、分からないけれど。
 ・・・いや、心の底からは笑っていないと、この短い期間だけど、見ていて、知っている。ミリアリアは。
「ば、馬鹿言わないでよ」
 思わず、どもってしまった。かーっと顔が火照るのが分かる。顔を上げられない。
 その様子に、ディアッカは気をよくしたようだ。
「もてる男もつらいけどね」
「でも、帰るんでしょ」
「ああ。もう決めちゃったし」
 あっさりと言う。きっと、引き止めても、その決意は変わらないのだろう。こんなに軽く見えても、その実は頑固なものだ。それに、ミリアリアも、素直に引き止める言葉を言えるとは、自分でも思えなかった。
(なんで、素直になれないんだろう)
 自分のことながら、ミリアリアは歯がゆく思う。
「ザフトはさあ、やっぱナチュラルを敵視してる奴らが多いからさ」
 自分が戻って、なんらかの手段でその軌道を修正する。
 そう言いたいのだろう。相変わらず、自分の思っていることを、全部言わないんだなあ、とミリアリアは思う。だから、誤解されやすい。
 軽い男。何も考えてない男。
 それは、違う。すごく様々なことを考えていて、しかも、飄々としながらその思いは固い。
「オレがさ、心配なのは、ザフトにいる間に、その最高の女が誰かにとられちゃわないか、ってこと。ま、オレ、いい男だから、その女が他の男になびくことってないと思うけどさ」
 ミリアリアは、ぷっと吹き出した。
「最高の男?」
「そう。・・・って、笑うなよ」
「その最高の女の子って、ナチュラル?」
「ご名答」
 ミリアリアを見つめて、ディアッカは嬉しそうに笑う。そんな笑顔のときだけ覗く、子供のような表情。
 その表情が、ミリアリアは嫌いじゃない。
「その女以上の女なんて、見つからないから。絶対に誰にも取られたくないわけ」
「最高の男だったら、他の男の人になびかないんじゃない?」
「うっわ。オレが最高の男じゃないってワケ?」
「さあ?」
 ミリアリアは、くすくすと笑った。・・・久しぶりに笑った気がする。胸に流れ込んでくる、暖かい気持ち。
 きっと、時間をくれるつもりなのだろう、ディアッカは。ミリアリアが引きずっている、戦場で散った恋人のことを、心で整理するまで。
「じゃあ。最高の男になって、迎えに行くつもり。地球にさ。それならいいだろ?」
「そうね」
 ミリアリアは、そっと微笑んでディアッカを見つめ返した。
 未来のことは分からない。分からないけれど、きっと歩いていける。この思いがあれば。進んでいける。
 そして、本当に「最高の女」になりたい。
「じゃ、帰ろっか?」
 薄暗くなった空の下、ディアッカが満足そうに笑っている。もう一度、と振り返り瞳に入れた花の園は、すでに闇に沈んでいた。
「また、来ればいいって」
「うん」
 ナチュラルが、プラントに来れる世界。そんな世界が、その言葉に簡単に実現するような気がして、ミリアリアは踵を返した。
 その後姿を、静かに見送る花の園。
 確かに、そこは、人の作り出した世界。でも、こんなにも人の心を動かす世界。
 大切な、世界。


END




書いちゃった。アハ。
もう笑うしかねえ・・・。
冬コミ前にはもう書かないって決めたのに!決めたのに!!
もう、衝動が沸くと、止められないのです、自分。

あー、本当に私の書き方になってきました。ssの様相。
どうにも、私が好きになるキャラは、「愛してる」とか素直に告白しないのです・・・。む・・・、難しい・・・。
なので、こんな感じに告白させてみました。
ええ、ラブラブ甘々じゃねっす。こそばゆい系・・・???

・・・しかし、相変わらず、ディアッカも、ミリアリアもエセ風味。
修行します・・・。
・・・つか、原稿描きます。(笑)
あ、挿絵は後で余裕があったら描き加えます〜。


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