あったかい


 まあ、人にはそれなりに、違いというものがある。
 好みとか、体質とか、クセとか。似通っていたり、正反対だったり。
 血の繋がった親子だって、好みが正反対だったりする。遺伝が原因だったり、トラウマだったり、原因も様々だろう。
 仕方のないことだ。
 当たり前過ぎて、気にしなかったことでもある。人それぞれ違いがあってこそ人間、という風に、哲学的にさえ思ったことだろう。
 でも。
 だが。
 いくらなんでも!
「なんなの?その格好!」
 それはおかしいだろう!ということはある。
 今、ここに。
 見過ごせないほどの。
「え?何が?」
「『何が?』って、寒くないの!?」
 半分悲鳴だった。待ち合わせ場所に現れた青年は、ふわふわと雪が舞う中、脱いだコートを抱えてはいるものの、半袖のTシャツと洗いざらしのGパンといういでたちである。見ているこっちが寒くなろうというものだ。
「寒い?今日?」
 首を傾げる。おもむろに周囲を見渡して、街中にはコートやマフラー、手袋などを身につけて、着膨れした人があふれているのを確認する。「ははあ」と彼は頷いた。
「ああ、寒いかもねェ」
 ミリアリアは頭を抱えた。こめかみを押さえて、頭痛をやり過ごす。
「本当に、寒くないの?ディアッカ?」
 ある種、恐怖めいたものもあり、発熱でもあるのかとの心配もあり、ミリアリアはそう訊いた。
「まあ、ちょっと涼しいかな。ミリアリアは?寒い?」
「寒いわよ!」
 どうやら、体調不良というわけでもないらしい。
 驚くべきことに、彼は、本当に、暑くてコートを脱いでいるのだ。
 …ミリアリアは、軽く眩暈を覚えた。
「ここまで歩いてくる間に、暑くなったからさ。まあ、そろそろ涼しくなってきたし、コート着ようかなって感じだけど?」
 開いた口が塞がらないという感のミリアリアを見て、ディアッカが弁解するように説明する。そして、いそいそとコートに袖を通し始めた。
 ハァ。
 ミリアリアは、深くため息をつく。
「そんなにおかしいかなァ?」
「おかしいわよ」
「うわ。即答」
「…。なんで寒くないの?熱とかは、…ないわよね?」
「ないよ。計ってみる?」
 ひょいと顔を近づけて、額と額をくっつけようとすると、ミリアリアは瞬時に顔を赤らめて、慌てて後ずさった。
「なにすんのよ!」
「いや、だから。熱を測ってみる?って」
「いい!熱がないなら、それで!」
「なーんだ。つまんないの」
 おどけて見せるが、その実、残念そうにディアッカが言う。
 「うーん」と、ディアッカはあごに手をやり、考え込むポーズをとった。
「『なんで寒くないの?』って言われてもねえ…。筋肉かなァ?」
「筋肉?」
「筋肉って、発熱するからね。筋肉質な人は、暑がりなんじゃない?」
「…そっか」
 ふむふむ、と、素直に頷くミリアリア。その動作が、今まで肩をいからせて反論していたのと対照的で、くすりとディアッカは笑う。
「なによ。馬鹿だって言いたいの?」
「ぜーんぜん。素直に人の話を聞いて、かわいいなって思っただけだって」
 ふくれっつらが、すぐに困ったように赤らむ。ころころと表情が変わって、見ていておもしろい、と言ったらまた怒られるだろうか。
 ミリアリアは、いつも誠意を見せる。正面から人と向き合って、人の話に耳を傾ける。
 相手を正面から受け止めるというのは、実は自分を正面から受け止めている。自分を受け止めるということは、簡単なようで難しい。
泣こうがわめこうが、それは真実の人の強さを測るものじゃない。泣いていたって、ミリアリアは強い。自分に嘘をついて逃げようとしないから。自分の信じた道を貫き通すから。そして、自分が窮しているときも、人に優しいから。
 ふいに、ディアッカはミリアリアに手を伸ばす。逃げようとするその頬を、両手で包み込んで捕まえる。
「冷えてるな」
「寒いから。…ディアッカの手はあったかい」
「寒くないからね」
 ミリアリアが寒さで強張っていた頬を緩ませるのを、ディアッカは掌で感じた。触れたところがゆっくりと温かくなってゆく。
 アーケードの屋根の下にいるから、雪を直接被ることはない。背後で静かに雪は舞い踊っているだけだ。
 灰色のビル群に、ところどころに景観を重視した緑が並ぶ。でも、その緑は、あまりに人工的で、普段親近感がわくことはなかった。でも、雪化粧に染まったこの街は、なんだか、優しい。厚い雲に覆われ、空は暗いけれど、暖炉の前にいるような、ゆるやかな陽光。
 プラントに、雪という天気はない。レジャー用に設定された区画に在るだけだ。しかも、雪に感慨を覚えたことなんて、ない。
でも。
「綺麗だな」
 思わず、声が漏れた。
 掌の中で、微かな動きがある。不思議に思って覗き込むと、ミリアリアが微笑んでいた。
「うん、綺麗」
 きっと忘れない。この雪を。
 強くて優しくて、あたたかい…。


END




なんとなく思いついた話で。
またまた、どんな状況とか、時期とか、まったくスルーの話ですみません。
が、何も考えず書くっていうのも、楽しいと思った次第。(笑)


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