ごめんなさい


「ごめんなさいっ!」
 額が床につきそうになる。クレームを受けた営業さながらに、ディアッカは土下座していた。
 普段なら、土下座するなんて、想像するだけでも御免なのに、自らすすんで平伏している自分がここにいる。
 なんでだ?なんでこうなってる?自問した。
 大体において、なんでこんな事態に陥ったのか。そこが既に分からない。
 いや、原因は分かっている。が、それがどうしてこの事態に繋がるかが、分からないのだ。

 発端は、マッチだった。
 いまどき、マッチなんて珍しいってことで、もらってきたのだった。とある店で。昔は、店の宣伝という意味で、店の名前入りのマッチはメジャーな配布物だったようだが、最近はライターだって配らない。別にヘビースモーカーなわけでもないし、いらないといえばいらなかったのだが。そんなもの、もらわなければ良かった、と今更激しく後悔しても、もう遅い。
 先程、外出時に隣に居合わせた知り合いが、火を欲しがっていたので、ポケットに入りっぱなしのマッチを思い出した。ピンク色に紫で店名が印字されているマッチを取り出して、「いまどき珍しいよね。使い方知ってる?」と、知り合いに渡す。それだけだった。別にとっておいても仕方ないし、そのまま知り合いにあげてしまったし…。
 が、それを見咎めたミリアリアが、表情を豹変させた。
 …烈火のごとく。
 で、部屋に帰ってきて、これである。
「だから、さっきから謝ってるだろう、って。大体、サイも行ったんだし…」
「サイが行くわけないでしょ!!」
「行くわけない…、って…」
 傍でソファーに座っているサイが、ディアッカの視線に目を逸らした。…大体、思っていることは分かる。
(行った、とは今更言えない。日頃の行いの所為かな、この差は。ごめん、ディアッカ)
 まあ、こんなところだ。
(…ごめん、じゃないっつーの!!裏切り者〜!!)
 日頃の行いだって、ミリアリアに会ってからはおとなしいものだ。浮気だってしてない。むしろ、サイの方が隠れて…。…と、下手にバラすと後が怖いので黙っているが。
「まあまあ。ただ、女性にお酒を注がれて、飲んできただけだし」
「それが悪いって言ってるのよ!なんでお金出してお酒を注いでもらわなきゃいけないの!?私だって、お酒くらい注げるわよっ。私が注いだお酒が飲めない、って言うの!?」
「いや、それとこれとは、また別で…」
「どう別なのっ!?」
「いや、だから、男としてはね、そういう場所に行ってそういう雰囲気でお酒を飲むのが、幸せ、ってことで…」
 さっきから、説明しようとしているのだが、ミリアリアの憤怒の形相が阻んでくれている。手ごわい鉄壁だ。
 ああ、もう面倒くさい。
 ディアッカは、やけくそになった。
「だからって、なんで…」
 勢いに任せて言いそうになって、慌てて口を押さえる。
 ヤバイ。それは禁句だ。
 以前も、同じような出来事があって、「なんで、ミリアリアにそう言われなきゃなんないわけ?」と聞いたら、怒髪天が返ってきた。いわゆる逆ギレというやつである。
 嫉妬してくれてるのかな、と、淡い期待を持って言ったセリフだったのだが。逆効果どころか、逆鱗に触れた、という風だ。
 痛いところを突かれて、それを隠すためにミリアリアは怒ったと思うよ、とサイには言われている。が、事実は分からない。
 大体において、そんなに怒る必要はないじゃないか、と思ってしまう。他の女と寝たわけじゃないし、ミリアリアと結婚してるわけでもないし。ミリアリアに、オレの行動を指摘される謂れはない。
 …と、思うのだが。
 …思っているのだが。
 ここで、ミリアリアに平伏しているオレは一体なんなんだろう…。
「『だからって、なんで』?」
「いや、なんでもございません」
「何て言おうとしたの?」
「何も」
「嘘!まだ何か隠してるの!?」
「いや、何も隠してないって!来週も行く予定だとか…。…あ」
 ああ、オレの馬鹿。
 一瞬、きょとんとしたミリアリアの顔が、また怒りで赤く染まっていく。
「なんですって〜!?」
「うわー。ちょっと待てって!今のは誤解!友達が行くって言ってたの。そう、そういうことだから!」
「…」
 無言で睨まれる。サイに助け舟を求めたが、くわばらという感じで、サイは傍観者を決め込んでいる。こちらに向こうともしないし、手元の小説に目をおとしたままだ。
(くそー。覚えてろー)
 今の状態では、その捨て台詞でさえ、虚しい。
「だから!ごめんなさい、って!!」
 早く怒りを鎮めてくれぇ〜!
 立ちはだかるミリアリアを見上げることもなく、ディアッカは心の中で天を仰いだ。

 いやはや、やっぱり女心っていうのは分からない。


END




ギャグですから!
本気にしないでくださいネ!
そして、相変わらず状況設定してません・・・。


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