子供


 子供は嫌いだった。
 ぎゃあぎゃあ煩いし、生意気だし、第一めんどくさい。なぜ、あんな小さな存在に煩わされなくてはならないのか。そう思っていた。
 まあ、今も、その考えは大概変わらない。
 …けれど。

 ふと、街の雑踏の中に、その場に佇む小さな姿があるのに気づいた。大人の半分くらいの背丈に、淡いピンク色のワンピース。ふわふわと風にゆれるはずのそれは、人々の群れにもまれ、くたびれているように見えた。心なしか、そのピンク色も、色あせて見える。
 少女は、独りだった。きょろきょろと周りをうかがっているが、その視界は、街を行きかう人々に遮られているのだろう。何も把握できないに違いなかった。
 でも、気丈にもその少女は泣いていなかった。不安そうな表情に、唇を引き結んでいる。そのアンバランスさが、更に少女の危うさを物語っていた。
 迷子。
 簡単なことだった。少女は、迷子なのだ。
 街を、親の手にひかれ歩いていたところ、いつのまにかはぐれてしまったのだろう。
(だから?)
 ディアッカは思った。
(だから、なんでそれがオレに関係あるワケ?)
 自分に問う。
 冷静に考えれば、その少女から目を離せない時点で、自覚しようものだが。ディアッカは無意識にそれを否定した。
 子供に興味など、ない。
 そこで思い浮かんだのが、彼女の顔だった。少女の顔ではない。ディアッカの心を捕らえて離さない、彼女のことだ。
 彼女がここにいたら、どうするか。少女を見たまま、放置している自分に何と言うか。
 ディアッカは、顔をしかめた。火を見るより明らかな答えに、ため息をつく。
「やっぱ、ダメかなぁ〜」
 かといって、何と話しかければいいのか。下手に話しかければ、周囲に犯罪者に思われかねない。少女の方だって、拒絶する。じゃあ、警察に連絡して任せておいた方がいいかもしれない…。
 そう思ったときだった。
 少女の背後から歩いてきた男が、少女にぶつかった。たまらず、少女がその場に転ぶ。
 無意識のうちに、足が動いていた。
「何すんだよ!気をつけて歩け!」
 少女にぶつかった男を睨むと、少女の手をひいて立たせる。ワンピースがほこりまみれになってはいたが、怪我はないようだった。混雑した群集から離れ、屈みこんで少女と視線を合わせる。
「大丈夫か?」
 無言のまま、少女は頷いた。
 くりくりとした黒い瞳が、ディアッカを眺めている。微かに首を傾げた。「この人はどんな人なんだろう?」そんなことを思っているようだった。幸いなことに、その表情に硬さはない。
 咄嗟に行動に出てしまったが、とりあえず、ディアッカを不審がっている様子がないことに、安堵する。そして、じっと見つめ返してくる瞳に、思い出した。
(どうすっかな…)
 そうだ。どうしようか考えをめぐらせていたのではなかったか。後先考えず少女の手をとってしまった。珍しいこともあるものだ、と。
(感化されてるのかねェ)
 頭に、彼女と、栗色の髪のメガネをかけた少年が思い浮かんだ。戦争というものを生で体験しているにも関わらず、彼女らの考えは、あくまでもほのぼのとしていて、ディアッカにはついていけないところがある。
 立ち上がる。今後のことを考えなくてはいけない。
 …と。
 ふと、足に重みを感じた。
(?)
 見下ろすと、信じられない光景がそこにあった。
 少女が、少女の手が、ディアッカのズボンを掴んでいる。見下ろしていると表情はうかがい知れないが、心細かったのだろう。その手は頼りなげに、だが、しっかりと掴んでいた。
「大丈夫だ」
 思うより先に言葉が出、ディアッカは、少女の頭を軽くなでた。

「どうしたの?」
 しばらくすると、待ち人が訪れた。ディアッカと少女の、異色な組み合わせに、目を丸くしている。そして、何を思ったか、いや、何を思っているのかは分かっていたが、顔をしかめた。
「もしかして、誘拐、とか」
「…おまえね…」
「冗談よ」
「知ってるけどね…」
 ミリアリアは、くすりと笑った。
 屈みこんで、少女と視線の高さを同じくする。優しげな声で訊ねた。「そんな優しい声で話してもらったことなんてないんだケド?」どこかでそんな声が聞こえたが、今は無視しておく。
「お母さん、お父さんとはぐれちゃったの?」
 こくり。
 少女は無言のまま頷く。そして、肩を小刻みに震えさせ始めた。口を開いたら、瞳から溢れてしまうのだろう。だから、無言のまま。
 ミリアリアは、少女に微笑みかける。そして、その肩をそっと抱いた。
「大丈夫。すぐにお母さんお父さんに会えるからね。それまで、ついているから。…大丈夫」
 こくこくと、少女はミリアリアの腕の中で頷く。肩の震えは、いつのまにか止まっていた。
 ディアッカは、ほっと胸をなでおろす。歳相応の女性が相手なら、まだ扱いも分かるものだが、こんなにも小さな少女だと、どうしていいか分からない。ミリアリアを待っていた間だって、少女にひとことも声をかけることができなかった。
「じゃ、行くわよ」
「え?どこに?」
 唐突に言われて、ディアッカは咄嗟に問い返す。
「もちろん、警察よ。決まってるじゃない」
「あ、ああ。警察ね。了解」
 なんだか、今日は思いもかけないことが多すぎて、自分の容量を超えている。困ったものだ、と思うが、それは不思議にも嫌な感じはしなかった。
 と、気づくと、差し出されている小さな手があった。
 片方の手は、ミリアリアの手を握っている。そして、空いている手を、少女はディアッカに差し出していた。
 自然に手は出た。少女の小さな手を握る。握り返す手の温かさが、いとおしかった。
「こうしてると、本当の親子みたいだよねェ」
 傍らから、呆れたような盛大なため息が聞こえてきたのは、言うまでもなく。

 すぐに、親は見つかった。彼らも必死に探していたようで、行き着くところは同じだったわけである。
 少女は、ディアッカとミリアリアにしていたのと同じく、両親と手を繋ぐと、振り返って初めて声を上げた。
「おにーちゃん、おねーちゃん。ありがとうー」
 満面の笑みだった。零れんばかりの笑顔。もったいなくて、忘れることなんかできそうにない、そんなまぶしい笑み。
 何度も何度も振り返る少女を、ミリアリアは手を振って見送った。それを見ていて、ディアッカは気づいたことがある。
「ああ、そっか」
「何?」
「いや」
 ずっとひっかかっていたことがあった。少女の素顔を見て、気づいた。
 少女は、ミリアリアに良く似ていた。顔は、似ていると言えなくもないが、そこが似ているのではなく。ひたむきな強さ、無言のまま頑張る姿、柔らかな笑み。雰囲気がダブって見えた。
 だから、だろうか。
 少女が気になって仕方なかった。
 そんなにも、彼女にとらわれているのだ。
「…なんちゃって」
「…アンタ、前からだけど、変よ?」
「失礼な。オレはいつも常識人だって」
「…でも」
「何?」
 ふ、とミリアリアは笑んだ。
「珍しい光景を見れて、良かったわ、今日」
 一瞬、ディアッカは目を丸くしたが、少女の笑顔という思わぬ収穫をもう一度胸に思い描き、少々皮肉っぽい笑みを返した。
「そ」


END




時期とか、場所とか、鋭いツッコミはナシの方向で!!(笑)
何も考えず書くのも楽しいな〜、という代物になりました。ゴメンナサイ。


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