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  10 鬼門
 ビッグホーンは、再び東京に戻った。辺りはすっかり暗くなっている。田中の家にも明かりが灯っていた。
「こらまた、えらいもん造ったなあ」
 レッドが、三階建ての家を見上げる。確かに立派な豪邸だが、レッドの言いたいころはそれではない。
 ゴウも、息を吐き出した。
「こういう訳か…」
 普通の目で見れば、一見豪勢なだけの家と思えた。他の家との違いを、それ以外には目付けられないほど。
 が、家自身が醸し出す異様な雰囲気は、常人でも感じ取れたかもしれない。
 田中の家に、半球形の白い皿のようなものが被さっているのが、霊的な目で見ることができた。
 つまり―――――、田中の家全体に、強力な結界が張られている。
「でかい結界や。こないなのは初めて見るわ。この結界で遮られたってことやろうな。多分真名ちゃんは、この中にいるはずや」
「俺もそう思います」
 ミチユキも、レッドと同じように田中の家を見上げ、頷いた。
 ゴウは落胆した。この結界を破ることは、ここに居合わせる霊能者全ての力を合わせても、結界の弱点を突くなり、霊力を高める術具なりがなければ、無理だ。それどころか、現状では、誰が結界を張ったかすらも知ることはできない。まずは、出直すしかないようだ。
 気落ちした肩をそのままに、コートのポケットからタバコを取り出す。とりあえず、一息つかない限り、落ち着けそうになかった。田中の家から離れ、ビッグホーンの前を横切る。
 そのとき、車内で何かをいじっている昇が目に入った。普段のゴウなら、他人の行動など気にもしなかっただろう。
「何をしている?」
「カーナビですよ。今はもう暗いので、この場所を記録しているんです。木さんの家もまた行くだろうから…」
 そう言って、昇は画面の隣に並ぶボタンのひとつを押した。と、画面に地図が映し出され、忍のビルと、高木真名の家、田中秀征の
家の位置が青くマーキングされている。
 興味がないように、ちらりと画面を覗きこんだゴウの顔が豹変した。
「昇、これは、田中と真名と皇居だな?」
「…え?…あ、はい。ひとつは皇居じゃなくて、忍さんのビルですけどね」
 昇の最後の付け足しは、ゴウの耳にまるで入っていなかった。忍のビルと皇居は、目と鼻の先だ。縮小された地図の中で、位置的には何の問題もない。
 ゴウは、画面の地図に映し出された三つの地点を凝視した。
 そのマーキングされた三つの点は、画面の左下、中心、右上に存在している。つまり、忍のビルから、北東に向かって一直線に並んでいた。
 北東―――――。それは…、
「鬼門…か…」
 ゴウは無心に呟いた。

 プルルルル…。
 不意に、目の前の電話が鳴った。
 ノートパソコンで仕事をしていた忍は、ウィンドウから目を離し、電話を横目で見る。
 普通、この電話は、律子を通してからでないと外線は繋がらない。しかし、今鳴っている電子音は、直通の外線であることを意味している。こんなことができるのは……。
 忍は、無言のまま受話器を取った。
「どうやら、気付いたようですね」
 相手は、誰が出たのか確認もせず、そう切り出した。まるで、誰が電話に出たのか知っているかのように。
 やはり…。
 忍は、無表情のまま応えた。
「何の用だ」
「貴方の部下が動き出したようなのでね。お礼の電話ですよ」
「厄介な人間のお陰でな」
「お褒めいただき光栄です」
 受話器の向こうから、無機質ながらも、本当に嬉しそうな男の声が流れてくる。抑揚はないが、機械が発するような味気ないものとは違い、自然、次の言葉を待ってしまうような低い声。
「まだ、始まったばかりですよ。おもしろくなるのはこれからです。楽しみにしていてください。ご期待には背きませんから
それでは、失礼しますよ。」
 くすくす、という男の笑い声を余韻に残し、電話は一方的に切れた。
 相手は分かっている。そして、その相手がしでかそうとしていることは、今の軽い会話で済ませられるようなものでないことも。
 忍は、受話器を一旦きつく握り締めると、そのまま内線を鳴らした。すぐに、隣の部屋にいる律子が応答する。
「律子さん、あの男の行動から目を離さないでくれ」
 短い指示を出すと、すぐに電話を切る。律子なら、忍の思う以上の対応をしてくれることだろう。
 今の表情は、誰にも見せたことがない。そして、見せることはできない。
 忍は、眼下に広がる見事な夜景を、睨むように厳しい表情のまま、じっと見つめていた。
 同じ頃。同じように夜景を見下ろす者があった。忍とは正反対の、実に愉しそうな表情で。
「さて、そろそろパーティーの時間だ」
 くすくすくす……。
 男の笑い声は、夜の闇に吸いこまれていく。


第一章 了
to be continued


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