飛鳥杏華の気まぐれモノローグ

<1999年>

1月19日(火)

 いよいよ、本格的に一刻会会報「友菱」100号記念セレクション本の原稿選定作業に突入した。一刻会14年半の集大成だ…。しかし、捨てがたいものが多い。とりあえずピックアップするものの、このままでは、500ページを超えてしまうペース。何とも頭の痛い飛鳥であった。(汗)

 13日、まずは「犬夜叉」の感想だが、ほぼ予想に近い展開だった。弥勒が単独行動をとった真の理由は未だ明かされないままだが、弥勒を助けにやってきた犬夜叉たちの姿に心打たれる弥勒…。自分は1人ではない。育ての親の夢心以外にも頼れる仲間がいるのだということを強く認識したに違いない。だからこそ、犬夜叉がピンチと見るや、自らの死の危険もかえりみず、風穴を開いたのであろう。自分にとって大切な仲間を救いたいと…。

 ということは、単独行動の理由は広がって吸引力を増した風穴に犬夜叉たちを巻き込むまいとしたためではないということがわかってくる。実際に、犬夜叉の前で風穴を開いているのだから…。目的は風穴の傷の治療のためであったことは間違いないのだが、それは裏を返せばまだ死にたくないという気持ちが強いことを暗に示している。ここで考え方が2つに分かれる。なぜ、まだ死にたくないと思ったのかによってだ…。

 自分の死によって犬夜叉たち一行の戦闘力が低下することに対する懸念からという考えがまず1つだ。しかし、まだ死にたくないからといって風穴の使用をためらえば、やはり戦力は低下する。結局は同じことだ…。それではまずいと考え、風穴の傷を治そうと夢心のもとを訪ねたのではないかと…。この考えが正しいとすれば、弥勒はすでに犬夜叉たちを大切な仲間と認識していたことになる。

 一方、それとは全く逆の考えもできる。犬夜叉たちと行動を共にしていたら、いずれ風穴を使わなければならない場面に遭遇しかねない。まだ死にたくない弥勒としては、それではたまらない…。だから、犬夜叉たちのもとを離れて傷の治療に向かったという多分に自己中心的な理由との考えだ。この場合は、あくまで自分可愛さによる行動であり、犬夜叉たちを大切な仲間とは認識していなかったということになる。

 どっちかと考えると、私は後者に近いものがあるのではないかと思うのだ。初登場の頃に見られた不良法師としての一面、「桃果人編」のあとの犬夜叉との会話で、犬夜叉が四魂の玉で妖怪になり、かごめや七宝を食い殺すかもしれないと指摘したときの、「私はとっとと逃げます。」という発言などを見ると、自己中心的な面をもとから持っていたとも考えられる。それに、夢心に寄せる絶対的信頼が、裏を返せばそれだけ信じられる人間が他にいないということを示しているように思えてならないのだ。

 しかし、それが自分を助けに来た犬夜叉たちを見て変わった…。そう考えた方がしっくりくるように思える。だからこそ、自らの命をかけて風穴を開いたのではないだろうか? 結果として、傷による影響は大したものでなく、あっけない終わり方になるかもしれない。しかし、今回のことで犬夜叉たち一行の結束力が強まったことは大きな財産となる。このシリーズは、そこに力点が置かれているのではないだろうか。

 さて、この日は一刻会会報の新春特別付録印刷の続きだ。並行して、100号記念セレクションの方も進めていく。印刷の方はプリンタの能力が低い以上、じたばたしてもしかたない。とりあえず、何とかなりそうなペースなので、午前0時までに4ページ目を65枚刷ったところで寝ることにした。

 14日、新春特別付録の印刷も大詰めだ。帰宅後まもなく4ページ目の印刷を終え、最終ページに入った。が、ここでミスをしてしまった。これまでは綴じしろの余白を右側にとるため、左寄せで印刷していたのだが、最終ページだけは方向が逆になるので、右寄せにしなければならなかったのだ。それを忘れて、左寄せで20枚ほど刷ってしまった。痛いロスだった…。(汗)

 作業は深夜に突入した。これまでは、100号記念セレクションを並行して手がけてきたのだが、この日は長丁場になりそうだから眠気覚ましが必要だと思い、久々にチャットをした。最終ページが40枚ほど刷りたまったあたりからは製本作業も並行して行い、ようやく午前5時過ぎにすべての作業を完了した。

 15日、朝、メールをチェックすると、即売会アンケートの回答が9通届いていた。できるだけ多くの意見をもらいたいのだが、実際、何通きてくれるか…? 過大な期待はできない。事実、これまで1通、しかも一刻会の会員からしか届いていなかった。14日にうる星、らんま、犬夜叉の各メーリングリストでアンケートをしていることを伝えた結果だろう。中には、参加できないという人からの意見もあった。ありがたいことだ。こういう人たちのために何らかの方法で通販の仲介などをしてあげられたら…という気持ちになった。

 これで、合計10通…。まだまだ少ないが、せっかくまとまって届いたのだし、一刻会会報の発送準備作業でこれから会長に会うのだから、とりあえずここまでの状況を報告しようと思った。が、そのために出発が2時間遅れてしまった。まとめて、いざプリントという直前に誤ってファイルを消してしまうというドジを踏んだのが痛かった…。(汗) でも、新春特別付録が届かなければ発送準備作業は終わらない。待っててくれるだろう…。印刷が遅れたことにしておけば、言い訳になるし…。(こらこら。笑)

 そんな心がけだったからかどうかはわからないが、やられてしまった…。(汗) いつもの編集会場である日野市中央福祉センターに到着したのだが、どうも様子がおかしい。入口の扉にカーテンがかかっていて、開いてる様子がないのだ。じゃあ、隣りの日野市中央公民館かなとそっちへ行ってみると、休館日と大きく出ている。ひぇ〜っ!(汗) それじゃ、発送準備会場はどこなんだ!? 特別に連絡がないときは、このどちらかに決まっているはずなのに…。(汗)

 こうなったら、過去の経験から判断するしかない。この2つの会場がとれなかったときに臨時の会場として利用しているところが、隣りの豊田駅近辺に3つある。思い出してみれば、昨年の1月15日も豊田だった。昨年は東京ではものすごいと言えるレベルの大雪だったので、克明に記憶していた。多分、昨年と同じに違いないと目星をつけ、豊田へ向かった。結果は、ピンポンピンポーンの大当たり。すでに無駄足踏まされてるので、当たってもちっともうれしくないが…。(苦笑)

 さて、発送準備作業のあと、今後の東京での既存即売会への参加計画を中心に話し合った。名古屋の方がかなり積極的に参加する予定だという話を聞いたので、東京も予定を増やしてはどうかということになり、新たに3月14日のサンシャインクリエイション3、3月22日のPROJECTS2(サンデー掲系中心オンリーイベント)、4月18日のコミックライブin東京14に参加を申し込むことになった。さらに、るみけっと(仮名)の開催時期などについてもアンケートの途中経過をもとに検討した。まだ、決定には至っていないが、これによって若干の変更が考慮された。

 帰宅後、電話で正月コミケin名古屋の結果報告を受けた。やはり、あまり売れていない。しかし、客は結構来たらしいのだ。ただし、年齢層が本家コミケとは全然ちがう。ほとんど女子中学生とのことだった。それが売れ行き不振の大きな原因のようだった。つまり、中学生が小遣いで買うのだから、高いものは売れないというわけだ。

 一刻会や飛鳥鳳凰堂の本は、B5判で500円から1000円する。これでも、本のサイズやページ数を考えたら、充分に相場以下の値段なのだ。しかし、女性作家の個人サークルは短いスパンでA5判の薄い本(20〜30ページ程度)を作る…。これだと、200円から400円で売れる。中学生の女の子たちは、こちらに飛びつくわけだ。便箋やキャラグッズなども彼女たちの興味を引く対象となる。ところが、今回の一刻会はあくまで本を売るという姿勢で臨み、逸見五美さんもいたのだが、あえてグッズ類は出さなかった。ブースにこれといったディスプレイもなく、目立たなかったのも影響したようである。

 今回の反省から、次回はせめてブースのディスプレイを充実させようということになった。しかし、売るために薄くて安い本を作るというのは…。(汗) 一刻会もA5判30ページの「そると」を出すべきなのだろうのか? いや、それはやはり違うと思う…。「そると」とは別にそういう本も作るというなら話は別だが、そこはやはり意地とこだわりがある。若い層へのアピールもしたいところだが、そこまでしたら終わってしまう。その一線だけは守りたいと思うのだ。つまらぬこだわりだろうか…?

 16日、いよいよ本格的に100号記念セレクションの原稿選定作業にとりかかった。ここまでに25号から33号までの候補選定を終えていた。創刊号から24号はコピー誌の時代で、現在ではバックナンバーのストックがない。43号からの入会である私はもちろん持っていないし、見たこともない…。前日の話し合いで、1週間のうちにコピーを送ってもらうという話になったので、こちらはとりあえず保留にして、34号以降の選定を進めた。

 しかし、なかなかこれが難しいのだ。同じ号の中でいくつも候補に挙げたいものがあったり、逆に特別目を引く原稿が見当たらない号もある。それは、常にいいものを選ぶということで割り切ればいいのだが、全体的にオーバー気味の選定になってしまう。この候補を全部載せたら、500ページは軽く超えてしまうだろう。コミケカタログ並の厚さだ。いったい、いくらになるんだろう…。(そんな本、買うやつはいないよな。重いし、高いし…。汗)

 それと並行して、前日の帰りの電車の中で冗談半分に言った「企画もの」の会報2月号の表紙イラストも描きはじめた。これも結構時間を食う代物だが、うまくいけばウケるだろう。(結局、ウケ狙いかい!? 笑) 時間的には余裕があるので、セレクションは50号まで、イラストは枠のペン入れをしたところまでで床についた。

 17日、引き続きセレクションとイラストを並行して進める。が、この日は前日ほどはかどらなかった。特に理由があるわけではないのだが、結果としてセレクションは60号まで、イラストはベタまでにとどまった。

 それにしても、セレクションをしているとイラスト描きのレベルの向上をひしひしと感じる。古くからいる人がレベルアップするのは当然だが、最近は若いうちからかなりうまい人が目立つ。10年前と比べてイラスト描きの基礎的なレベルは確実に高くなってきている。それだけいい絵を見る機会にも恵まれているからなのだろう。絵だけ比べたら、確実に後半50号の方がいいのだ。

 しかし、今、一線で活躍している人のデビュー当時の絵というのも捨て難い…。本人はあまり昔の未熟な絵を見られたくないだろうが、これも1つの歴史だ。そういう過去があって、成長した現在の自分があるわけだ。中には、本当に驚くほど劇的な成長を遂げた人もいる。それを賞賛する意味で昔の絵と並べてみたいとも思うのだが、やはり失礼だろうか…? うーむ。(汗)

 18日、平日だがセレクションは68号まで進んだ。イラストの方は一休みだった。あとはタイトルロゴとトーン貼りだが、トーンはぴったりのものがないので、今度の土日にでも買い出しにいかねばならない。2月7日までに間に合えばいいのだから、そんなにあせることもないだろう。もっとも、いいトーンがなかったら、ちょっと困ることになるのだが…。(汗)

 19日、朝、メールをチェックすると通販と即売会に関するアンケートのメールがそれぞれ2通ずつ、計4通届いていたのだが、どれも何も記入していない空のメールだった。いたずらだろうか? それとも、よくわからずに送信ボタンだけ押したのだろうか? まあ、そういうことなら、それはそれで別に無視すればいいのだが、もしちゃんと送信したのにこうなったとしたら問題だ。そんなことはないと思うが、ちょっと心配だ…。(汗)

 帰宅すると「Yesterday and Today」の残りが届いていた。遅れたことへの謝罪の意味もあるのだろうか? 印刷所のオリジナル原稿用紙(投稿サイズ40枚入り)が入っていた。目盛りが5mm刻みなのでちょっと使いにくいところもあるが、ありがたく使わせてもらおう。この用紙で入稿したら割り引きとかないのかな?(いや、そういう印刷所も実際にあるんだぞ。笑)

 さて、あとはここの更新作業だ。2週間に渡って一般公開した裏・高橋留美子*ぷち資料館もこれでまた秘密の抜け穴からしか入れなくなる。次の一般公開はいつになるだろうか? そう、ちょいちょい一般公開したのではありがたみが薄れるというものだが…。(笑)

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