表紙 「グローリー・シーズン」
 デイヴィッド・ブリン 著/友枝康子 訳
 カバーイラスト 加藤直之
 カバーデザイン ハヤカワ・エージェンシー デザイン室
 ハヤカワSF文庫
 ISBN4-15-011280-0 ¥880(税別)
 ISBN4-15-011281-9 ¥880(税別)

 大好きなデイヴィッド・ブリン、久々の新作。「スタータイド・ライジング」や「サンダイバー」みたいな、大向こうをうならせる豪快なハードSFから一転、しみじみとしたヒューマニズム(つーとなんか臭いですが)あふれる名作「ポストマン」て「おおっ」と思ったわけですが、今回もまた、「おおっ」って感じです。「ポストマン」とはまたちょっと違った切り口の、これはまた、ある意味実験的な作品ですねぇ。

 人類がさまざまな惑星に移住し、それぞれが異なる文明を築き上げた未来。かつての人類のたびかさなる暴力の歴史の根源にあるのは、男性中心の世界にあるとする、天才的な遺伝子工学者の女性たちにより、巧妙に設計し直された女系文化の惑星、ストラトスもまたそんな数多の人類の植民惑星の一つだった。

 遺伝子の巧妙な操作と、性衝動を外的な要素によって一年のうちの限定された季節のみに発生するように操作され、さらに文明のほとんどをクローニングによる女性家族が、それぞれ特異とする分野を担当し、家族ごとの上下関係も複雑に絡み合い、男性たちは決して軽んじられてはいないけれど、政治の中枢などにはタッチできないように明確に役割を分類されたこの世界で、クローン技術ではなく、短い夏の間に、ノーマルな男女の性交によって生み出された変異子(ヴァ−)、マイア。通常の女系家族に保証された職業につくこともできず、自分の才覚で生きていくことを強制される彼女ら"夏っ子"が世間に旅立とうとするその時、人類発祥の地、地球からの男性使節の到着が、ストラトス全土の波乱の発端となっていくのだった。否応なく園並みに飲み込まれていくマイア、そして彼女の双子の妹、ライアの運命は………

 「ポストマン」でも読みはじめに、それまでのブリンの作品のパターンみたいなものを予想していて、「おや?」っていう肩すかし感を持ったものですが、今回もそんな肩すかし感が一番最初にありました。ていうか前作以上にこちらの予想を大きく外れるシチュエーションとストーリー、一筋縄では行かない人です、この人は。

 今回の作品は、言ってみれば、たとえばマキャフリイ作品によくあるハーレクイン・SF的なフォーマットを踏襲しつつ、極めてSF的なガジェットである"生命ゲーム"(いわゆる"ライフゲーム"でしょうね、原型は)っていう小道具を重要なファクターとした、一種の文明に対する思考実験的な作品となっている、と言えるでしょうか。なんか読んでると、その折々でフェミニズムSFに見えたり、数学的なハードSFに見えたり、シミュレーションSFに見えたりと変幻自在。ストーリー的にも二転三転の面白さがあります。

 そういいながらも、ある疑問がしつこく頭をもたげてくる。幻想的な英雄小説や叙事詩的小説の作者は、なぜその作品のなかで基本的な問題を取り上げないのだろう……つまり作品の大半が、厳格な階級差をもつ階級社会のできごとであり、本質的に抑圧的な文化を背景としているにもかかわらず、封建制度の何が、このように人の心を引きつけるのだろう?教育程度の高い民主国家の自由な国民であるわれわれが、なぜ世襲君主の支配する社会について読みたがり、書きたがるのだろう?

 と、ブリン本人の後書きにあるとおり。これはイデオロギーSFではなく、一種の思考実験としてのSFとして、いろいろ考えながら読むべき作品なのだろうと思います。個人的にこの作品のラスト、これでいいのかな?とも思わなくはないんですが、それでもなかなか、読み応えのある一作。さすがはブリンですねえ(^o^)

 そうそう、数学的思考ができる方なら、僕なんかよりよっぽどこの作品、楽しめると思います。"生命ゲーム"のシークエンスや主人公、マイアがポイントポイントで直面するパズル要素の描写、僕は「なんかスゴいんやろな−」程度なんですが、数学的な考え方のできる人ならきっと楽しめるんじゃないかな(^^;)。


99/8/10


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