カート・ヴォネガット Kurt Vonnegut
時々読みたくなる私にとっては優しい小説。アルコールで酔うのと似ているかもしれない。想像力,語りのテクニックに酔う。
時々読みたくなる私にとっては優しい小説。アルコールで酔うのと似ているかもしれない。想像力,語りのテクニックに酔う。
「けいれん的時間旅行者である主人公ビリー・ピルグリム」、「トラルファマドール星」、第二次世界大戦、ドレスデン大空襲。全体に漂う無力感、細部にわたる想像力、素晴らしい。これでヴォネガットを読破することになった。ヴォネガットは作品による出来のばらつきが大きいがこれは世紀の傑作といってよい。
ヴォネガットが嫌いな人は、この作品を読んでいる時に感じる、ともすると「酒を飲みながら慰められている気分」が嫌いなのだと思う。 世紀の大作家ではないと思うが、時々触れたくなる。本筋には全く関係ない戦争映画を反対から観る場面など泣ける。
科学的想像力と文学。ボコノン教、アイス・ナインの発想はすごい。
「スローターハウス5 Slaughterhouse-Five」「猫のゆりかご Cat's Cradle」「ガラパゴスの箱舟 Galapagos」が奇想天外な「いわゆるSF的な」傑作だとすると、これはSFではない「いわゆるシリアスドラマ的な」傑作だ。そもそもSF、シリアスドラマという分け方が意味がないのだと思う。しかし,SFではないが十分奇想天外だ。労働争議、戦争、ウォーターゲート事件、世界的大企業... 非常に面白い。
気に入ったフレーズがいくつかある。
"He could not make it on the outside. That is no disgrace. A lot of good people can't make it on the outside."
訳も良い。「たくさんの良い人がしゃばではうだつがあがらないのだから。」
"Clara - are you still alive? She hated me. Some people did and do.
That's life."
これも日本語訳がいい。「彼女は私を憎んでいた。そういう人は昔もいたし,今もいる。」
"It's all right," she said. "You couldn't help it that you were born without a heart. At least you tried to believe what the people with hearts believed - so you were a good man just the same."
「少なくともあなたは心を持っている人の信じていることを信じようとした。ーやっぱりあなたもいい人だったのよ。」
これぞまさに「酒を飲みながら慰められている気分」かもしれない。
設定としてはSF的な,またまた奇想天外のストーリー。チャンピョンたちの朝食 Breakfast of Championsでキルゴア・トラウトに手紙を書いた息子が登場。
ジェイル・バード Jailbirdと同様、SF的ではない物語。やはり奇想天外は同様。ベトナム戦争、囚人脱走など満載。
「排泄物がエアコンに飛びこんだとき when the excrement hit the air-conditioning」という面白いフレーズがある。「最悪の事態に when the shit hits the fan」のパロディだが、その理由がいい。
「ウィルズ祖父からたたきこまれた中で、成人してのちもわたしが守りつづけた唯一の教訓は、たぶんこれだけだ--冒涜の言葉や、卑語を使うと、不愉快な情報を聞きたがらない人間に耳と目をふさぐ権利を与えてしまう。」
すばらしい。
ヴォネガットが好きな人でもこれをあげる人はあまりいないかもしれない。失敗作とも言えるだろう。病的なブラックジョーク満載だ。
ヴォネガットの小説の至る所に出てくるキルゴア・トラウトが息子からもらった手紙の中の一節。汚い言葉だが強烈なフレーズ。
"I pity you. You've crawled up your own asshole and died."
「かわいそうにな。あんたは自分のけつの穴に潜り込んで,そこで死んだんだ。」
2019年1月現在,iBooks Storeでは「Kurt Vonnegut」は英語版,と「カート・ヴォネガット」は日本語訳版,と別々に紐付けられている(作者によってはきちんと両方に紐付けられている場合もある)。