”普段ロックとは縁遠いような観客まで巻き込む彼女はまるで空に向かってキスするように軽やかに歌うエンジェル”
'94.9.17 東京・渋谷公会堂
今年5月、私は初めてロンドンを訪れたのだけど、その10日間に彼の地で最も多く耳にした曲の一つがエディ・リーダーの”天使の嘆息”だった。ラジオをつけていれば1日に何度となくこの曲がかかり、テレビの音楽番組を見ていればこの曲のクリップが繰り返し繰り返し流れる。これが私には少しばかりショックだった。ブラーなんかがガンガンと聞こえてくるだろうと思っていたのだ。けれど、来る日も来る日も”天使の嘆息”。エディ・リーダーがいかに幅広い支持を得ているかを実感させられてしまったわけだ。
が、しかし。その人気は英国だけではなかった。ソロとしては2回目となる今回の来日公演。会場は渋谷公会堂。そこに来るわ来るわ、ロックなんて普段聴かなそうな人たちがいっぱい。中にはオジサン、オバサンもいる。新宿の路上でバスキングをやったりしたフェアーグラウンド・アトラクション時代が記憶に残っている身としては、いつの間にこんなに客層が変わったのだろうと首を傾げることしきり。『クラブクアトロ』クラスのライブではよく見かける友人・知人の姿もこの日は、ない。すっかり、私の手の届かないフィールドの人になってしまったかのように思えた。
けれど、ステージを見てつくづく思った。この人の歌は変わってはいない。フェアーグラウンド〜のヴォーカルとしての彼女に初めて接した6年前と、伝わってくる感触は同じだ。暖かく、またカラッとしている。緩やかなアコースティック・サウンドに合わせ、長い手足をクネクネさせながら右に左にその長身を動かす彼女。その姿は”天使の嘆息”のビデオさながらに、天使がふわふわ低空飛行をしているようだ。エディ・エンジェルは、自分を取り囲むような形で演奏している6人のバック・メンバーに見守られながら、クルクルと嬉しそうに踊る。そして、空に向かってキスするように、軽やかに歌うのだ。そんなエンジェルに誘われるように、客は一人、また一人と立ち上がる。
ステージは最新アルバム『天使の嘆息』からの曲が中心。2本のギター、コーラス、ピアノ、パーカッションなどのバランスもとれており、テンポよくメニューは消化される。”ウィスパーズ””ファインド・マイ・ラブ”といったフェアーグラウンド時代の曲になると一際、大きな喝采を受けていたが、基本的に最初から最後まで非常に盛り上がったコンサートだったと言えるだろう。何しろ、普段ロックなんて聴かなそうな人が、こうしてちゃんとエディの歌を知っているのだから、ちょっと感動的ですらある。マニアックなロック・オタクが誰も知らないバンドの曲を知っていることよりも、ずっとずっと素敵なことではないか。
それにしても、どうして彼女には色気がまるでないのだろう。そこが少し残念でもある。でも、ワンピースの裾を手でガバッとめくりあげても決してイヤらしく見えないのは、彼女が本当にエンジェルだからかもしれない、と思った。眼鏡をかけたノッポのエンジェルなんてイカさない、けれど。
評者: 岡村詩野
from ミュージック・ライフ '94/11号