”不完全の守護聖人”に囲まれて作り上げた穏やかな世界


 その名の通り、大道芸(バスキング)的なニギヤカさと、下町の喧噪的なノスタルジックなサウンドで楽しませてくれたフェアグラウンド・アトラクション(移動遊園地の出し物)。89年には来日もしたけど、これまたその名の通りに僕らの目の前からスーッとどこかへ消えて行ってしまった。あの遊園地でもう一度遊びたい、という願いはもう叶わないが、今年の頭、紅一点のヴォーカリストだったエディ・リーダーが、ソロ作『エディ・リーダー』(RCA BVCP176)を発表、6月には来日公演も予定されている。が、彼女のソロは、トラッドやジャズを基本にしつつも、楽しさの質は明らかにフェアグラウンドのそれとは異なるものだ。フェアグラウンド=遊園地なら、エディの新作はさしずめスパ・リゾート。ポヨワ〜ンとした気持ちの良さだ。

 ライヴを控え、プロモ来日した彼女に話を聞いた。インタヴューを始める前、『ミュージック・マガジン』の広告ページのティム・バックリーの再発ニュースにチェックを入れていた彼女に、影響を受けた音楽と、フェアグラウンド解散後、彼女に何が起こったかについて、改めて尋ねてみた。

----バスキングを始めた頃、ユーリズミックスやアリソン・モイエのバック・ヴォーカルをやってた頃、フェアグラウンド時代から現在と、歌い方は変わって来ている? 「もちろん。歌いはじめた頃は昔の人の歌い方のコピーばかりだった。両親がドリス・デイなんかが好きだったし、私もエラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデイ、ジュディ・ガーランドが好きだし、もっとアメリカ人っぽい歌い方だった。80年代の半ばくらいね、自分はスコットランド人なんだし、知らない国のアクセントで歌うのはおかしいって思ったのは。スタイルはまだ確立していないけど、いい方向、つまり自然な歌い方になって来てると思う」

----パブで歌っていたこともあるそうですが、そのあたりで得た影響もありますか。
「78年頃はグラスゴーでバスキングをやっていて、80年から2年くらいはヨーロッパを回っていました。戻ってきて83年にギャング・オブ・フォーのバック・ヴォーカルでアメリカへ行くまで、ロックンロールやブルース、いろいろなバンドに参加して歌ってはいました。ビッグ・ミートというバンドにいた時に、特にいろんなタイプのものを歌って馴れ親しんでいったわ。ライ・クーダー、サンディ・デニー・・・。アコースティックなものを聴くようになったきっかけもこのバンド。今になって思えば、今やってるような音楽性を作ったルーツと言えるわね」

----スコットランドのトラディショナル・ミュージックなんかは?
「んー、でもスコティッシュなものはよく知らない。むしろアイリッシュ・トラッドの
影響を受けていると思う」

----ジャンルは問わず、具体的に好きなタイプのシンガーがいたら教えて下さい。
「リンダ・ロンシュタットはグッド・ヴォイスね。メキシカンっぽいのを歌ってたのも好きだけど、あれなんかフェアグラウンドの頃に近いかもしれない。マリア・マルダーもジャグ・バンドをやってた頃のが好き。でも最近のアメリカの女性シンガーにはあまり魅力を感じない。鼻つまんで歌ってるようなのとか、鼻かんで来たらって感じ(笑)。子供みたいにカン高い声で歌うのも、なんとかして欲しい」

----それじゃ最近よく聴くものは?
「ニルヴァーナ!彼らにはワザとらしさや見栄がないし、結構、知的なんじゃないかしら。ガンズ&ロージスみたいにエゴをむき出しにした人達は好きじゃない」

 というエディさんですが、さて、フェアグラウンド・アトラクションでの活動は御存知の通り。解散してからしばらくは両親の住むアイルランドで過ごしていたとか。今回のアルバムは、当初はギタリストのドミニク・ミラーが全面的に参加するはずでデモ・テープは作り始めていたのだが、ドミニクがスティングと行動を共にすることになり、新たにメンバーを組み直したといういきさつがある。エディ(vo)と元フェアグラウンドのロイ・ドッズ(ds)と、ニール・マッコール(g)、フィル・ステリオプラス(5弦ウッドベース)の4人編成となっている。実は、フェアグラウンドの雰囲気に似た日本盤と、英国盤とでは、ジャケットもクレジットも異なっている。

----英国盤にある“ザ・パトロン・セインツ・オブ・インパーフェクション”というのは、
バンド名と考えていいんでしょうか。
「マイ・ヒーローズ!これは、私をすごくいい気分にさせてくれたメンバーに敬意を表して、ジョークでつけた名前なの。カトリックにはいろいろな“聖人”がいるんだけど、彼らは、私にとってまさに“守護聖人(Patron Saints)”。インパーフェクションにしたのは、私は昔、何でも完璧じゃなきゃいけないっていう完全主義者で、かつてはそれで随分苦しんだり悩んだりしたわ。でもこの世の中や人生は不完全なことばかりなんだし、完璧じゃなくてもいいって思えるようになった。そんなこともあって、じゃあ“不完全の守護聖人”にしましょうって(笑)」

----あのう、それって相当すごい意識改革があったってことですよね。なにかあったんで
しょうか。
「フェアグラウンドに、すべてが絶対完璧じゃなきゃって人がいて。彼にとっては物事がうまく運ぶためには友情なんて意味のないものだったの。それまでは自分も同じようにギチギチの人間だと思ってたんだけど、私は彼とは違う、もっと柔軟性のある人間だって、その時、逆に思うことができた(笑)」

----なるほど。そういう違いがあなたのヴォーカルにも表れているんだと思う。聴いているうちに、温泉にでもつかっていい気持ちになるみたいに、つい眠くなっちゃう。
「それはテーマ的なものでもあるの!アイルランドへ帰って、とりあえず何していいか分からなくて困っていた頃、ダブリンのカテドラルで賛美歌を聴いた時、あまりに気持ちがよくなって、すべてのテンションが消え去って眠くなってしまった(笑)。そういうピースフルな気持ちになるものを作りたかったの。それに、メンバー全員が本当に穏やかな人達ばかりで、そのスピリットが音楽に表れているんだと思う」

----あと、フェアグラウンドの頃に比べて違うのは、随分、色気も感じるんですが。
「ヒュ〜!(笑)。何の制約もなく自分の感情を出せたから、自分でも曲の中で浮かんで漂ってるっていう感じなの。それがそう感じさせるのかもね」

----その気持ちのいいサウンドの中で、随所でギターが七変化みたいにいろんなことしてますよね。これが、ツボを押さえるように効く。
「ギターはいちばん好きな楽器なの。エレキも、アコースティックの温かい音色も好き。今回のは全部ニール・マッコールがやってるの。50台ぐらいギター持ってるわ(笑)。彼は、実は有名なマッコール・ファミリーの一員で、お父さんもトラッドの大家。天才的なギタリストよ。ロイに紹介されたんだけど、初めて彼に会った時、すでに彼は、私がドミニク・ミラーと作ったデモを一言一句、っていうか全部覚えて弾くことができたので驚いたわ。ニールに関してはもう、インスピレーションがもう元々そこにあるって感じ。かと言ってブッ飛んだ人ではなくて、繊細でとても冷静沈着な人だけど」

----今回のようなサウンドは前からやりたかったこと?
「ノー。とにかくみんなのアイデアが素晴らしくて、2週間だけスタジオに入ってバーッと作っちゃった、神のみぞ知るって感じのものね」

 

[4月9日 六本木プリンス・ホテルで] 

聞き手: 駒形四郎

from Music Magazine '92/6号

(Special thanks to kemeさん)

 

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