Michael Jackson's This Is It
これはすごい映画です。ドキュメンタリー映画ということになっていますが、ある意味、実際のコンサート以上にコンサートらしく、Michaelの魅力と凄さをいまさらながら体感させてくれます。この映画の中のMichaelは、事前にあったコンディションやコンサートの完成度に対する懐疑的な見方をすべて吹き飛ばすくらい精力的でとても50歳とは思えないパフォーマンスを見せてくれ、幻となったロンドン公演のセットを疑似体験できます。
ですが、個人的には、この映画を初めて見たときに一番印象に残ったのは、とにかく「Michaelが歌っている」ということでした。冒頭のWanna Be Startin' Somethingに始まって、Human NatureやI Just Can't Stop Loving Youのようなバラードはもちろん、Jam, Beat It, Black or Whiteのようなアップ系の曲や Billie Jeanのようなリップシンクでのパフォーマンスしか見たことがないような曲でもMichaelの歌う姿がふんだんにフィーチャーされているところに、とにかく引き込まれました。もちろん、リハーサルだから必ずしもフルコーラス歌う訳ではないし、同じ曲の中でも様々な衣装のMichaelが写っていることからも明らかなように、複数の日の映像・音声を編集でつないでいるのだろうし、また実際のコンサートと同様にバックトラックを使っている箇所もあるのでしょう。でも、それでもMichaelのリアルな歌声が実際にたくさん聞けるのです。これは個人的にはとても衝撃的なことでした。
私はMichaelのことをずっと優れたシンガーだと思ってきました。しかし、コンサートで実際に歌うことはもはやほとんどない、というのが近年のMichaelに対する私の印象でした。だから、今回のツアーが発表された時も、一応情報としては追いましたが、ほぼ素通りしていました。でも、ソロとしての初来日公演当時は、テレビ放送を見て、あれだけ激しい踊りをしながらもほぼすべての曲で歌っているMichaelにとても好感を持つとともに感銘を受けたものです。でもその次のツアーあたりからリップシンクもいれるようになったらしいと伝え聞くようになり、次のDangerousに伴うツアーは実際に東京ドームに見に行ったのだけど、ほとんどの曲がリップシンクで歌われているように見えました。またステージ上の動きや踊りはビデオクリップを忠実に再現することに極度にこだわりすぎているように感じ、3階席でほぼモニターの映像しか見えなかったということを差し引いても、とてもがっかりしたものです。当時から私の好きなアーティストはDaryl Hall John Oates, Paul Young, Steve Winwood, Eddi Reader, Basia, Stevie Nicksなど、歌をしっかり歌える人達ばかりで(これはいまでも変わらない)、そういったアーティストの歌を実際のコンサートで聞いていたこともあって、本当は歌がうまいMichaelが生で歌わないことをとても残念に思いました。いまにして思えば、これが私がコンサートの一回一回で変化を与えられるアーティストを評価するようになった(※Eddi Readerはあまりに特別ですが)きっかけであり、またMichaelの音楽から徐々に離れて行ったきっかけでもあったように思います。それでも、Michaelの歌のうまさに対する評価は変わったことはありません。特徴的なかけ声やシャウトを使いながらも歌として成立させてしまうことができる一方で、バラードでも聞かせることができるという人はそれまでいなかったと思いますし、Dangerous以降での、バラードでもダンスでもないミディアムテンポの曲(In the Closet や Remember the Time とか)での艶や色気を感じさせながらもここぞといったところで迫力のある歌声には惹かれてきました。
そんなMichaelの実際の歌声がこれだけたくさん聞けるというだけでもこの映画は大変価値のあるものですが、さまざまな日のリハーサル映像をつなぎ合わせているのにまったく不自然さを感じさせないその編集と構成の見事さには驚くばかりです。録りためてあった映像に合わせて音声がつながれており(口パクの逆ですね)、ドキュメンタリー的な部分でもMichaelの曲が効果的に使われていて、そしてそれがそのままリハーサル映像につなげられることもしばしばで、まったくだれるところがありません。公開日が先に決められていたであろう状況だったにも関わらず、エンドロールにいたるまで注意深く丁寧に作られているとも思います。また、コンサートを作っていくあらゆる過程でMichaelが関わっている姿を見せてくれていることからは、Michaelに対する深い敬意と、ファンにMichaelの本当の姿を見てもらいたいという誠実な思いを感じます。Michaelがバンドのメンバーに対して自分の思い描くイメージを伝えてどう演奏して欲しいかを伝えたり、ギター(Orianthi)やデュエットパートナー(Judith)にどのように歌い、演奏してほしいかを伝え、また演奏の中に自分を出すようにアドバイスしたりするMichaelの姿なども、この映画がなければ見ることはなかったかもしれません。
見れば見るほどいろんなところに発見があって(私は映画館で4回見ました)、冷静に見ていられなくなるのだけど、この映画のハイライトを一つあげるなら、I Just Can't Stop Loving Youの演奏シーンでしょうか。この時がMichaelと一緒の初めてのリハーサルであったのか、Judithははじめのうちは明らかに緊張して歌声もかぼそいのだけど、Michaelが彼女をリラックスさせるようにやさしく歌いかけ、どのように動いたらいいかアドバイスするうちに、Judithが徐々に本来の歌声を披露し始め、これに呼応するようにいつしかMichaelも本気で歌い始め、それを見てJudithもさらに熱のこもった歌声を聞かせ、という風に二人がお互いに作用し合ってパフォーマンスの質を高めていく様には引き込まれずにはいられません。ステージ下で見ているダンサー達がその姿に大きな歓声をあげるのもよくわかります。記憶に残るコンサートでは往々にしてこのような光景は見られるものですが、Michaelの本番のコンサートでは実際にこのような光景が見られたとは考えにくく、リハーサルだからこそ見られたと思われる貴重な映像だと思います。
この映画を見て、私はいままでの考え方を揺さぶられた思いです。これまでMichaelのコンサートはビデオクリップを忠実に再現することにこだわりすぎている、と思っていましたが、実際はそうではなく、コンサートでのパフォーマンスを想定した上でサウンドおよびビデオクリップを作っていたのではないか、と思うようになりました。Eddi ReaderやDaryl Hall John Oatesとはスタイル、アプローチが違うだけで、自身の持つビジョンを最高の完成度でファンの前で表現する、というのがMichaelのコンサートに対するアプローチだったのでしょう。Michaelが仮に生きていて、実際のコンサートを見ていたとしたら、こんなことは感じなかったかもしれませんが、この映画を見て過去のコンサートの映像もあらためて見直してみたいと思うようになりました。そういう風に考えるようになったのがMichaelの死がきっかけだった、ということはとても皮肉であり、残念なことです。
Homeに戻る