高橋精一ゼミナールOBの掲示板(保存版)

2001年9月〜2003年12月

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お疲れ様でした 投稿者:13期 石川幸男  投稿日:2003年12月28日(日)18時11分35秒

先生のお墓参りに参加した皆さん、お疲れ様でした。その後の焼き鳥屋さんでは、椛沢先輩のメールの文脈をたどれば、大変に盛りあがったご様子ですね。今回は参加できませんでしたが、次回を今から楽しみにしています。
思えば、故高橋先生の告別式に参会した後、夕方から14期の青柳さんと埼玉の寄居駅前の居酒屋で先生を偲んでお酒を飲みました。飲んで飲んで飲み明かして、気づいた時は青柳さんの車の中で朝を迎えていました。後日、居酒屋のママさんに話を聞いたら、夜中の2時ごろまで2人で2〜3升の日本酒を飲んでいたそうです。思いで話をする2人の姿は、カウンターのなかから見ていてとても微笑ましかったとのことでした。・・・ということで、今回のご様子を想像しては、一人微笑んでいます。
ところで私の近況としては、来年度、都内にある看護専門学校の非常勤講師として、「社会福祉」の科目を担当することになりました。「教える」ことは、逆に「学ぶ」ことでもあるので、今からとても楽しみです。一方でホームヘルパーの仕事も、継続して行きます。来年の2月は東洋大学大学院の博士課程の受験があります。精一杯頑張って良い結果を出したいと思います。
それでは、みなさん良いお年を!

ばかは治らん? 投稿者:五期 椛沢  投稿日:12月22日(月)23時29分28秒

私が寒風の中あまり売れない年賀はがきに悪戦苦闘の3時。笹尾氏から生ビールが目の前に来ましたと非情のTEL。6時過ぎに必死に東松山に行くと店ごと飲み食い尽くし酒も何も無い。
結局9時過ぎまで呑んでた。あの人達は・・・・?
楽しい時間はあっという間。皆さんいつもありがとう。
しかし、5期はまじめだ!

20日は了解です。 投稿者:15期 大内  投稿日:12月19日(金)01時23分25秒

墓参りや日程等の準備を進めていただいてありがとうございます。
20日の日程ですが了解しました。
さっぱり周りの役に立たたない私ですが、20日は参加させていただきます。

それからお奨めの「東松山やきとり音頭」聞きました。
ちょっとびっくり、目がてん・・・ というか、笑っていまうというか
20年前住んでた頃からすると、随分はじけたもんだと
感心してしまいました。

それだけ「焼き鳥は本気だぜ!!」ということでしょうか。
ますます期待が膨らみますね。

土曜日楽しみにしています。
それではまた。

墓参りの用意(その1) 投稿者:10期 高橋  投稿日:12月18日(木)13時56分22秒

日程を考えてみました。都合で途中から合流される方もご参照ください。

集  合:平成15年12月20日(土)14:00 高坂駅東口
移  動:高坂駅→(徒歩)→東光院
 (地図:http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=36.0.02.722&el=139.24.23.003&fi=1
墓 参 り:14:30〜15:30
移  動:東光院→(徒歩)→高坂駅→(東上線)→東松山駅
やきとり:16:30〜
【東松山やきとりマップ】を頼りに店を選定しましょう。
http://www.city.higashimatsuyama.saitama.jp/out/yakitori/image/yaki_map.pdf
※「味噌だれ・やきとん」に挑むテンションを高めるために、事前に「東松山やきとり音頭」
を試聴されるようお奨めいたします。
東松山やきとり音頭のページは以下の通りです。】

※当日、途中参加される方は、高橋の携帯メール(ritsu2002@ezweb.ne.jp)までご連絡ください。
※お気づきの点、ご質問、ご要望などありましたらご連絡をお願いします。

http://www.saitama-j.or.jp/~hmy/chiiki/food/y_ondo.htm


わかりました 投稿者:10期高橋 律  投稿日:12月17日(水)21時46分54秒

ご心配なく!明日にでも少し用意します。小高橋(-.-)y-゜゜゜

やばい! 投稿者:五期 椛沢  投稿日:12月17日(水)21時14分49秒

20日のお墓参りですが、年賀はがきを商店街で売らなくてはならなくなりました。
小先生、申し訳ありません。朝のうちに一人で行きます。参加の皆様、ご迷惑をおかけします。

矢部ちゃんへ 投稿者:五期 椛沢  投稿日:12月10日(水)21時17分11秒

全て一番近い私がご用意させていただきます。

参加です。 投稿者:12期 矢部  投稿日:12月 8日(月)23時16分11秒

20日の墓参り、参加させていただきます。実は、先に別の用事が入っていたのですが、そちらが19日に変更になったので、参加が可能になりました。で、墓参りに必要な、花、線香、酒などの準備はいかがいたしましょうか?
お詫びもうしあげます 投稿者:みっちゃん  投稿日:12月 7日(日)18時34分6秒

今月20日の集まりに参加の予定でしたが、就職試験の、受験勉強ため欠席させていただきます。ご迷惑をおけしますが、よろしくお願いいたします。

楽しみです! 投稿者:五期 椛沢  投稿日:2003年11月29日(土)21時33分39秒

みっちゃん。一緒に歌おうね。
すっかり大人しくなったんですよ。私は。
小先生、よろしくお願いします。
幸男ちゃん、残念だけど次は是非。
小先生、みっちゃん、椛君、笹尾、桑野、大内、まだ来れるかな?

参加したいじょ〜 投稿者:みっちゃん  投稿日:11月29日(土)20時59分32秒

みっちゃんも焼き鳥食べたいじょ〜。お酒は飲まないけど参加してもいいですか?

参加できなくて残念です 投稿者:13期 石川幸男  投稿日:11月11日(火)11時47分45秒

12月20日のお墓参りですが、日程の都合がつけば是非参加したいと思っていました。しかし、当日は大学院の授業が、東洋大学白山校舎にて午後2時から8時30分まで予定されていますので、今回は残念ながら参加できそうにありません。また、次の機会を心待ちしておりますので、よろしくお願い致します。
桑野さんの呼びかけをきっかけにHPも賑わいをみせはじめ、「次はどんな書き込みがあるのかな〜」などと思いながら、掲示板を開くことを楽しんでいます。どんな話題に対しても、それを兄弟姉妹のように受容してくれる「自由」な雰囲気が、高橋精一ゼミ生にはあると思います。掲示板をご覧の皆様、大内さんのご指摘の通り、ちょっとした「勇気」をもって書き込んじゃいましょう。
あと、前から気になってはいましたが、実際にこの高橋ゼミのHPのアドレス、又はその存在自体を知らないゼミ生も結構いらっしゃるのではないでしょうか?

本当に御無沙汰です 投稿者:15期 大内  投稿日:11月10日(月)00時13分15秒

御無沙汰ばかりしています。
桑野からお墓参りの話を聞きました。
私も参加させてください。

HPや掲示板は、みんながアクセスし書き込みをして、
これきっかけにみんなが集まったり、新たな繋がりができたり
することに、本来の意義があるような気がしていたのですが、
実際は書き込みをすることに結構「勇気」が必要だったりして・・・。

軟らかい話、硬い話、懐かしい話・・・なんでも気軽に書き込み
ができて、今回の墓参りのきっかけみたいなことが増えるといいですね。

それにはちょっとした「勇気」をもって書き込んじゃいましょうか。
掲示板を読んでる高橋ゼミの皆様!!!

楽しみにしてます!! 投稿者:15期 桑野  投稿日:11月 8日(土)10時30分14秒

やきとん大好きです。なんか想像しただけで尿酸値がビンビン上がってきそうです。今月14日に健康診断があります。結果は・・・!?12月20日は小先生、「白い錠剤」を下さいませ。。。

・・・・・? 投稿者:五期 椛沢  投稿日:11月 4日(火)21時41分47秒

秩父宮ラグビー場と浅草橋での残念会のことはあまり記憶にありませんが、あとであれこれとご指摘を戴き恐縮しております。高橋小先生に従います。ところどころ憶えているのですが・・・。
皆様に迷惑をおかけしないよう頑張ります。でもなんとなく楽しみですね。

小上がりは10人ぐらい 投稿者:10期 高橋 律  投稿日:11月 4日(火)11時07分42秒

これは「や平」という小さい店です。
東松山は日本3大やきとりの町(1位:室蘭市、2位:東松山市、3位:今治市)にもランクインしており、全国で唯一焼き鳥屋組合を結成しています。焼鳥といっても実際は「やきとん」で、「日本一のやきとんの町」とも言えるでしょう!なので、まだまだ色々な店があると思います。やはり、人数次第ですね。高坂にも焼き鳥屋さんがあるのでは?
鳩山町在住の椛沢先輩にここは一丁、よい店をみつくろって頂ければ幸いです。

了解です。 投稿者:15期 桑野  投稿日:11月 3日(月)19時31分27秒

12月20日で了解致しました。最近仕事が忙しく、投稿しっ放しですみませんでした。2時ですね。なんとなく久しぶりな感じで今から楽しみです。15期で私以外も何人かは来ると思いますので、追って参加者は公開させて頂きます。ところでその小上がりって何人位平気なんですか?

12月20日、了解しました。 投稿者:10期 高橋 律  投稿日:10月27日(月)12時30分47秒

椛沢先輩、現役ラガーをもビクつかせる壮絶な応援、お疲れ様でした。
高坂駅2時ですね、分かりました。
墓参り後の東松山のやきとり屋、非常に楽しみです。
鳩山高校時代の教え子の家がやきとり屋さんです。
参加人数によっては、小上がりを予約する位はできますが....
少し離れてますので、バスに乗って行くことになります。

大東ラグビー残念だった 投稿者:五期 椛沢  投稿日:2003年10月26日(日)21時26分55秒

対法政戦は残念でした。
ところで、12月20日に先生のお墓参りに行こうかなあと思います。
高坂駅2時ぐらいはいかがかなあ?

いつが良いかなあ? 投稿者:五期 椛沢  投稿日:10月23日(木)20時26分35秒

今年は少し賑やかに先生のお墓に行きたい。何日頃が良いんでしょうねえ。
久しぶりに東松山の焼き鳥を食べたい人いるのかなあ。ねえ、桑野さん。

ご無沙汰です! 投稿者:15期 桑野  投稿日:10月 7日(火)22時51分04秒

久しぶりの書き込みです。最近皆さんの書き込みが少なくさみしく思ってました!先生の思い出話や先生への思いを綴るだけでなく、もう少しラフにこの掲示板をみんなが使えるようになったらな〜って思います。・・・ってなわけでお墓参りに便乗して集まりましょっか!?椛沢さん!!!あまり大げさにならない程度に・・・日を決めて、来れる方だけでもも・・・そんな集いの呼びかけなんかで、地方に住んでる方なんかそれを見て、「俺も参加しちゃお〜!」とか「今回は参加できないけど、来月出張で東京行くから誰か飲まない?」なんて形で、ゼミ生みんなが気軽に書き込みできる、参加型の掲示板にしていきたいな〜って思ってます。これってホームページ立ち上げの趣旨と違いますか?

あっという間に 投稿者:五期 椛沢  投稿日:10月 4日(土)22時45分10秒

もう10月だ。ぐずぐずしているとすぐ12月になる。昨年は笹尾さんと墓参りに行って、東松山で焼き鳥を食べた。雪だった。寒かった。今年はもう少しにぎやかに飲みたいものだ。

盆踊りといえば 投稿者:12期 矢部  投稿日: 8月30日(土)07時20分50秒

 盆踊り、懐かしいねえ。一体、何回参加したのだろうか。雨の日もあり、暑い日もあったねえ。今もあのノリでやっているんですか?それとも、正統派?いずれにしても、みんなが楽しめればいいよね。ずっと気になってはいたんだけど、みっちゃんが参加しているのなら安心です。そのうち、こっそり見に行こうかな。
 P.S.子供は順調に育っています。

もうすぐ、盆踊り 投稿者:みっちゃん  投稿日: 7月14日(月)23時34分33秒

お久しぶりです。皆様お元気ですか?石川氏の書き込みから、進んでいないので、何か書いて見ましょう。今年も梅雨真っ只中ですが、梅雨が明ければ、もう盆踊りです。昨年から、団地の盆踊り実行委員として、踊りの練習などに携わっています。何か行事をすすめていくのは、大変なことだと、実感しつつあります。高橋ゼミOBの皆様には、朝飯前のことかもしれませんね。ともあれ、盆踊りも8月2日と迫っているので、頑張って、楽しいものにしたいと思います。

修士課程修了致しました 投稿者:石川幸男  投稿日: 3月25日(火)00時03分35秒

先日の3月22日に、立正大学の大崎校舎にて大学院の学位記授与式が行われました。晴れて修了すると共に、社会福祉学の修士号を取得することが出来ました。2年間で卒業することが出来て、これでやっと先生に対して胸を張って挨拶することが出来ます。
高橋先生の墓前には、前日の21日にお参りを兼ねてご報告してきました。先生の恩に報いるためにも、今後も益々刻苦勉励して学問に打ち込む決意です。
今後の進路ですが、東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程にて佐藤豊道先生の指導を仰ぎ、大学院研究生として研究活動を継続しながら博士課程進学の準備をする予定です。先生!死に物狂いで、更に頑張ります。見ていて下さい!

産まれたよ〜ん。 投稿者:12期 矢部  投稿日: 1月20日(月)22時03分56秒

 えー、報告が遅くなりましたが、1月4日に無事男の子が誕生しました。名前は、「拓馬」にしました。たくましく育って欲しいものです。産まれて2週間余り、日に日に泣き声も力強くなってきたようです。正直うるさいけど、元気な証拠、我慢しましょう。息子と酒を酌み交わす日が来ることを楽しみに、がんばって育てます。いうまでもありませんが、「ヤベコ」の後継者として育てるつもりはありませんので、あしからず。

おめでとうございます 投稿者:10期 高橋 律  投稿日: 1月14日(火)12時53分27秒

ユキオちゃん、「修論」完成おめでとうございます。ドクターコースを受験されるとの事、頑張って下さい。

ヤベコ様、赤ちゃんはそろそろですか?

11期タネヒラ様、ハネジ様には昨年末はゼミ生が「企業聞取り調査」にお邪魔し、大変お世話になりました。実社会での情報化の具体例の他、有意義な話しを聞き、学生さんも大変感激しておりました。

私の近況ですが、4月から大東大の非常勤が更新になり、新たに現代経済学科の「経済データ分析」、「コンピュータ経済分析」、経営学部の「情報科教育法」の3コマを担当します。只今、講義資料作成のため悪戦苦闘中です。

修士論文書きあがりました 投稿者:石川幸男  投稿日: 1月14日(火)02時28分26秒

 先生!今、ようやく修士論文が書きあがりました。万歳!万歳!万歳!
 今日の午後8時が提出期限なので、なんとか滑り込みセーフです。
 とはいっても、口頭試問、研究発表会…博士課程への受験準備と息が抜けませんが。
 とりあえず自画自賛したいです。
 先生!ユキオちゃんの挑戦は、まだまだ続きます。死ぬまで学問です。

明けましておめでとうございます 投稿者:みっちゃん  投稿日: 2003年1月 6日(月)15時46分15秒

新年おめでとうございます。(喪中の方ごめんなさい)今日から仕事初めの皆さんも多いと思います。私はまだ、職が決まっていませんが、なんとしても1月中に決めたいと焦っているところです。さて、箱根駅伝では、大東は活躍して4位でしたね。これはめでたいと、またお酒を飲んでいる方々がたくさんいそうですね。そして、世の中まで嬉しくなればよいですね。今年も皆さんにとって良い(酔い)年になりますように! 追伸、昨年、父の墓にお参りしていただきまして、ありがとうございました。

皆さんの書き込みに期待します 投稿者:12期 矢部  投稿日:2002年12月26日(木)23時45分41秒

 12期の矢部です。お久しぶりです。今年は、寒いですね。
 最近、この掲示板に書き込んでいる人が少ないようですね。皆さん、ちょっとした情報でも書き込んでみてはいかがでしょうか。たとえば、お墓参りに行く予定とか、行ったときの様子とか、箱根駅伝を見に行くとか、今年は負けちゃったけどラグビー見に行くとか。皆さんの情報を見るだけでも楽しいし、うまくいけば現地で会ったりすることも可能になります。皆さんの情報をお待ちしています。
 では、よいお年をお迎えください。


祝!介護事業立ち上げ 投稿者:石川 幸男  投稿日:11月 4日(月)17時07分40秒

 13期の石川です。先日、掲示板を開き、介護事業の立ち上げの記事を読みました。
 NPO法人で…とのこと。私も、特に活動には参加していませんが、NPOの会員となっています。
 介護の仕事は、「効率など求めようがない」とは言うものの、現状は必ずしもそう言った方向ではありません。より良いケアを実現するには、より多くの人件費がかかります。そういった費用が多くなる程、その費用負担は利用者の負担増になったり、介護保険料の引き上げとなって保険加入者の負担増に跳ね返ってきます。
 つまり、手厚い介護の実現こそ理想ですが、一方では効率性も追求せざるを得ないのが現実なのではないでしょうか。私などは、民間の株式会社のヘルパーとして勤務しているので、ビジネスライクな福祉経営に疑問を抱きながらの毎日ですが、そういった利益追及の中にも福祉の発展と向上に対する可能性の一端はあるように思います。
 ところで、今、私は修士論文の執筆の真最中です。その中で、”介護の科学性”を目標に、事例検討を通じてホームヘルパー業務の分析を行っています。「より良い介護、適切なケア」など、口で言うのは簡単ですが、それが”なぜ良いのか””なぜ適切なのか”といったことになると、それを説明したり解明する事は、とても難しい事です。
 私自身、現在の制度の在り方に対し憤りを持っていますが、人や行政や事業者を動かすには、納得させられるだけの十分な意味と根拠が必要になると思います。それには、地道にケアに関する科学的なデータを、一つ一つ積み上げて行く必要があると思います。まさに、「福祉は1日にしてならず」ですね。
 私は、今、92歳の女性で、ほぼ寝たきりの生活で言語機能が低下した(要介護3)対象者の事例をみています。そこで行われてきた訪問介護は、統一的なケアといった観点から見て、どのような問題点があるかを分析しています。そして、その業務改善のプロセスを、時系列的に追っています。ほとんど発語が無くなってきた対象者の声無き声を、「データによって語ってもらい」、ケアに反映させることがテーマです。今、福祉現場では、業務の「標準化」が模索されていますが、本研究においては、データによってそれを批判的に吟味することも意図しています。
 現在の福祉を、「頑張って変えていかなくては…」の思いは、私も同じ気持ちです。まずは、開業に際し、心からお喜び申し上げます。これからも、よろしくお願い致します。

NPO法人で介護事業を立ち上げました 投稿者:新井 政枝  投稿日:2002年11月 1日(金)01時19分08秒

ゼミ3期生です。(旧姓松村)結構福祉関係で働いているのですね。私は、今年2月広島県賀茂郡に転居し姉夫婦と一緒にNPO法人で介護事業を立ち上げました。20数年東京で勤め全くの畑違いの仕事です。福祉の業界は、行政が絡んでいます。複雑煩雑まして介護保険料に基準基準で人件費がかかります。人が人のお世話をするのですから効率など求めようが無いのです。企業のようにヒット商品で大当たりなんて事もありえない。考えただけで胃が痛くなるような事業です。そして現在社会福祉士の通信教育を受講中。求められるものは多く与えられるものは少ない業界ですね。頑張って変えていかなくては・・・。広島県に住んでいるゼミの皆様遊びに来てください。12月1日開業です。R375賀茂郡福富町久芳松崎です。よろしく!!


学問の徒 投稿者:五期 椛沢達朗  投稿日: 9月26日(木)00時09分24秒

今夜、職場の関係のお通夜で東松山斎場に行ってきました。
ふと、思い出した言葉が「お前たちは学問の徒だ。」でした。自由競争と等価交換の二大原則で人が営む経済活動を単純化し予測できるはずなんだが?ゼミでの努力が足りなかったのか、テレビのニュースキャスターや訳のわからぬ先生方の自分勝手な理論に惑わされたのやら最近は思考が連続していない。しかし、晩酌は連続している。コンパだけでも残っているのは幸せだ。
「お前たちは先が読めるはずだ。わかったことは自慢せず自分の幸せに役立てなさい。私が教えているのは学問であってイデオロギーではない。」もっと学問にも身を入れとけば良かった。
今シーズン大東ラグビー部が優勝しますように!

矢部先輩、おめでとうございます! 投稿者:石川幸男  投稿日: 7月21日(日)10時49分54秒

 矢部先輩、お久しぶりです。
 ご結婚されたこと、存じませんでした。ましてや、お子様のお誕生の予定も・・・。
 重ね重ね、おめでとう御座います。

 私が,最も最近見た先生の夢は、今年の2月15日の夜です。
 その時は、丁度、立正大学の社会福祉研修(ヨーロッパ編)で、デンマークのコペンハーゲンに滞在していました。研修2日目で、まだ時差ぼけが残っていて、寝つきが悪かった晩です。
 夢で見た先生は、一生懸命に大工仕事をしていました。私が、「先生、何を作っているんですか。」とお尋ねすると、先生は、「新しい書斎を作っているんですよ。」と、おっしゃっていました。もう、柱などの骨組みは完成していて、壁のブロックも半分くらい積み上げられていました。
 先生は、相変わらず学問に打ち込んでいるんだな・・・と、夢の中で感じ入っている自分がいました。
 あれから、早くも3ヶ月半が経ちました。もう、書斎はとっくに完成しているに違いありません。

夢で会いました。 投稿者:12期 ヤベコ  投稿日: 7月20日(土)06時52分22秒

 今日見た夢の話です。ある城址公園で、偶然先生に会いました。先生は以前より痩せてしまっていて、「お具合はいかがですか?」とたずねると、「どうも胃の調子がいかんな・・・。」とおっしゃっていましたが、表情はとても明るく、元気そうでした。そして、「先生、とうとうヤベコにも子どもができました。」と報告すると、先生は大変喜んでくれて、「そうか、生まれたら、連れて遊びに来なさい。」とおっしゃいました。実は、子供の話は本当で、来年1月誕生予定です。もちろん、気候が暖かくなったら子供を連れて墓前に報告に行かせて頂きますので、無事誕生しますよう、見守っていてください。

高橋先生回想録 その13 投稿者:石川幸男  投稿日: 7月11日(木)23時53分07秒

 高橋精一(昭和48年10月):「社会救済事業の概念規定」大東文化大学経済論集 第19号
 これは、先生の助教授時代の学術研究論文です。
 「回想録その12」でとりあげた「社会政策学講義要綱」が、学生への講義のためのテキストブックであるのに対し、この論文は正式な学術研究論文と言えます。
 これは、先生がおっしゃるには、高橋梵仙先生によって初めて高い評価を頂いた論文であったそうです。
 研究の世界では、たとえ何本ものテキストブックや単行本を書いても、研究業績にはなりません。その本が、たとえベストセラーになったとしてもです。
 そういった意味において、この論文への評価は、研究者としての先生にとって、特段のものであったに違いありません。
 その内容に関して、ここで詳細を記すことは難しいですが、私にとっては研究を行う上での最も重要な基礎的な概念となっています。あえて一言で言うと、高橋梵仙先生の社会事業史観を根本義とし、孝橋正一教授の経済学的社会事業本質論を批判した上での、経済学的社会事業論といえます。
 今日、また先生の論文を吟味してみましたが、その内容は現代においても妥当性の高い概念といえます。これに比べると、社会福祉学の概念規定は、まだ厳密さに欠けるし曖昧だし、何と言っても妥当性に欠けます。
 先生は、「学問は批判する精神がなくてはいけない・・・」と、おっしゃっていましたが、その意味において、現状の社会福祉学は技術論者や政策論者が多くて、批判精神をもった真の学者たりえる研究者が少ないようです。まだ、新しい学問ですから、それも仕方ないことですが。

RE.老人ホーム辞めました 投稿者:石川幸男  投稿日: 7月 7日(日)11時24分10秒

 「従事する人間の福祉が整ってこそ、真のビジネス、職業となりえるのではないでしょうか?」
 私も、同感です。実際、福祉職に従事してみて、現在の状況には怒りすら感じます。
 福祉の質を向上させるには、福祉職に携わる人間が継続的に労働に従事できるような労働環境もまた必要です。
 ところで、こうした「福祉労働者」「福祉従事者」に関する労働問題の研究は、1960〜70年代に空白の時代をむかえ、それ以降の時代の先行研究は、特段ありません。
 それが、何を意味するのでしょうか?
 私は、資本主義が、「国家独占資本主義」の段階に達し、国家間、企業間の競争が極めて高まった状況と関連があると考えています。よく目にし耳にするリストラ、グローバリズム等は、実際に激烈な競争に生き残るための企業戦略、国家戦略といえそうです。
 そうした戦略の梃子となっているのが、一人一人の人間です。さらに、人間ばかりではなく、自然の中のあらゆる生命体です。これを悪く表現すると、犠牲にさせられているといえるでしょう。つまり、労働問題が無くなったのでは、決してありません。それは、消費者の利益、国民の利益という美名のもとに、問題が隠蔽されているに過ぎません。
 先月、G8のサミットがカナダで開催されましたが、昨年に引き続きNGOの各種団体が抗議行動を行っていました。
 なぜ、G8にNGOが抗議するのか?
 他人事ではなく、日本人は真剣に考えるべきです。本質は、福祉労働者などを含む労働の問題と同じなのではないでしょうか?
 人や自然を大切にしないと、今に大変な事になる・・・。これは、私だけの杞憂なのでしょうか?
 

老人ホーム辞めました 投稿者:みっちゃん  投稿日: 7月 6日(土)17時11分53秒

老人ホームの調理員として約二年働いてきましたが、六月末で退職しました。一日十数時間立ちどうしで、足を故障しました。通院、リハビリ、痛み止めの注射・・・。通院するために働き、働くために通院する。そういう悪循環を繰り返し、私は後、四十年働けるか?その答えが、この結果です。今、福祉は、儲かる仕事、正社員で長く働けるありがたい職業と確立してきました。老人福祉、介護はこれからの大問題でありますが、従事する人間の福祉が整ってこそ、真のビジネス、職業となりえるのではないでしょうか?

ホームヘルパーを経験して・・・ 投稿者:石川幸男  投稿日: 6月28日(金)02時44分58秒

 大学院で社会福祉学を研究する傍ら、「ホームヘルパー」で働いています。
 昨年の6月から換算すると、経験年数約1年です。
 「在宅の高齢者福祉」を専門に研究しているので、実践活動の場としてはとても良い現場です。
 最初は苦手だった調理なども、今では妻と肩を並べるくらい上達しましたし、掃除、洗濯、買物、入浴、清拭、オムツ交換等々も、板についてきました。一方で、こうした介護の仕事が、いかに大変であるかということも、身を持って感じています。つまり、かなり専門的な知識と技術が必要です。
 でも、この仕事。ジェンダーの壁が高いんですね。介護は「女の仕事」といった考え方が、かなり根強いです。「男性」というだけで、敬遠されて仕事は少ないです。約22万人といわれるヘルパーの3〜4%が男性といったところでしょうか。
 また、非常に労働条件も悪いですね。無報酬の業務がたくさんあります。いわゆる、出来高賃金で、サービスに従事している訪問時間が、基本的には給与の対象なんですね。私の場合だと、時給900円ですが、実質的には700円というところでしょうか。これは、今時の高校生のアルバイトの相場と、あまり変わらないです。男性でも女性でも、経済的に1人立ちできる職業には程遠いです。まさに、家計を補う女性のための「パート仕様」で、体系化されているようです。つまり、ジェンダーの問題が、資本に都合良く利用されていると言えそうです。
 このような背景からか、「安かろう悪かろう」といった具合で、この仕事の社会的評価は決して高くはありません。それは、制度上の介護報酬の低さにも反映されています。
 実際に、約8割が人件費となっているこの業界では、こうした「パート労働」を梃子としなければ経営が成り立たない現状です。全体の約80%以上が、非常勤ということは、スーパーやコンビニといったサービス業と、その雇用体制は類似しています。
 こうした状況が良いか悪いかは、イデオロギーの問題ですが、少なくとも結果として利用者である要介護者にとってどのような影響を与えているかは、真剣に検討を有する問題だと思います。
 とにかく、この業界は、労働問題、ジェンダーの問題、介護保険制度上の問題、家族制度の問題等が複雑に絡み合っていて、それがサービスの質とも深く関係しています。
 高橋先生は、「福祉とは生活の困難な状況を解決することを目的とする。」と、おっしゃっていましたが、その手段としてのホームヘルプサービスは、直接的に在宅福祉に貢献している一つであると思います。
 そうだとしたら、一つ一つの問題に対処して行かなければ、将来的に在宅福祉は憂慮される事態になりかねません。

高橋先生回想録 その12 投稿者:石川幸男  投稿日: 6月15日(土)01時46分33秒

 「社会政策学講義要綱」という著書のコピーをもっています。それは、先生が大東文化大学の助教授時代に書いたものです。
 先生は、社会政策が「論」として学際的にしか認められていない当時にあって、敢えて独立した学問にまで高めたい意欲で、「社会政策学」としたそうです。そういった意味で、若き日の先生の学問にかける情熱の結晶、といっても過言ではありません。その内容は、のちに先生が著した「資本論テキスト」の基礎となったものでもあります。
 先生によると、学問に関しては殊に厳しかった恩師の高橋梵仙先生に、「初めて高い評価をいただいた」研究であったとおっしゃっていました。
 ところで、先生はよく過去の歴史は、「たられば」で論じては駄目で、未来についても「山師」のように論じてはいけない、とおっしゃっていました。しかし、先生いわく「歴史を知るものは、ある程度未来も予測できる。」とも、おっしゃっていました。
 先述の「社会政策学講義要綱」には、予言めいた?内容があります。その著のp.74.には、婦人労働者の進出についての分析があります。いわゆる、女性の社会進出で、労働力市場と賃金がどう変化するかです。それに対して、社会全体の賃金水準の低下を指摘しています。それは、現在進行中の「パート労働化」の状況そのものです。
 女性の社会進出で、労働力の再生産の場である「家庭」も変化してきています。育児、介護の問題もさる事ながら、「家庭崩壊」などという言葉も耳にします。「パート労働化」は、マクロ的にみるとデフレの一要因を形成しているとも言えます。
 先生は、先述の著書の最後のページp.124.で、これらの社会問題をはじめとして、資本主義的矛盾が拡大再生産され、多種多様な社会問題対策事業が展開されると結論しています。
 最後に、先生いわく、「現在の問題を説明できないで、何が学問だ。」と、おっしゃっていましたが、その言葉から言えば「社会政策学講義要綱」は「学」たりえる水準であるといえそうです。

ガンバレ日本! 投稿者:石川幸男  投稿日: 2002年6月 9日(日)15時04分50秒

 いよいよW杯のロシア戦です。あらゆる手段を用いてもチケットを入手できなかった自分としては、お酒を飲みながらお茶の間での応援です。
 サッカーといえば、21年前の高校3年生の今ごろ、国体・高校総体埼玉県予選の決勝トーナメントで、武南高校と対戦して3対1で敗れた想い出があります。私にとっての、最後の公式戦でしたので特別のものです。その武南高校は、その年度の高校選手権で全国優勝・・・まあ、勝てるわけなかったか・・・。
 ところで、今日のロシアは世界ランキングで日本よりも格上です。劣勢が予想されていますが、技術以上にチームワークが重要なのがサッカーの面白さです。勝敗も大事ですが、ひたむきなプレーを楽しみに期待しています。
 私も12人目のプレーヤーといわれるサポーターとして、応援しようと思っています。お茶の間からは声援は届かないでしょうが・・・でも「ガンバレ日本!」。
 

「斜め読み」・・・なるほど! 投稿者:石川幸男  投稿日: 6月 4日(火)16時00分17秒

 律さん、いつもお世話になります。
 ”本か・・・”の中で触れられていた、「書物は上から下まで全部読む事はない。必要な事は一冊の中にちょっとしか書かれていない。それだけを読むだけでよい。」という先生の言葉は、なるほどと思いました。
 その言葉を言いかえると、「著者の主要な問いと答えを見つけ、構造的に本を読む。」とでも言えますか?
 それこそ私の一番の弱点です。今、修士論文を書く上で、そういった訓練に重点を置いています。私の場合、どうしても情緒的、倫理的に本を読みすぎてしまうようです。
 今、一番に自分が考えていたこと。まさに「目から鱗がおちた」ようです。律さん、ありがとう御座います。そして、先生、ありがとう御座います。

本か... 投稿者:10期 高橋 律  投稿日: 6月 3日(月)18時11分24秒

ユキオちゃん、いつも懐かしい回想録をありがとうございます。
そういえばよく、「書物を読まねばいかん、書物を。」とか、「書物(しょもち)のまなこ」などと言っていました。「思い出の記」の社大時代の文中にもありますが、学生時代から「飲んでるか、読んでるか、寝てるか」のサンデルカがあだ名だったそうです。ただ、「書物を上から下まで全部読むことはない。必要なことは一冊の中にちょっとしか書かれていない。それを読むだけでよい。」と言ってくれたので、今でも私は本を読む時は、ほとんど「斜め読み」です。自分にとって都合のよい言葉は、よく覚えているものですね。

高橋先生回想録 その11 投稿者:石川幸男  投稿日: 5月20日(月)10時37分28秒

 現代は、情報化社会と言われています。インターネット上では、膨大な情報があふれていて、その量は他を圧倒しています。それに比べれば、書籍で伝達される情報量は、相対的に少ないです。 その本でさえ、今はインターネットでダウンロードすれば、ひとむかし前の名著でさえ、読む事が可能です。本当に、時代は変わってきました。
 ところで、その本といえば、高橋先生は次のようにおっしゃっていました。
 先生いわく、「本は、なるべく薄いものを選びなさい。」です。名著といわれる本は、難しい事が、簡潔にわかりやすく書かれているのが特徴だそうです。もちろん、資本論や純粋理性批判のように、厚い本でも名著があることは言うまでもありません。
 ちなみに、先生が薄い本で名著であると紹介された本としては、「社会科学の方法」大塚久雄著(岩波新書)、「共産党宣言」マルクス エンゲルス著(岩波文庫)、「歎異抄」唯円(岩波文庫)などがあります。
 私にとっては、その一冊一冊が、とても感慨深いものになっています。
 ところで、本について先生は、「どんなに貧乏になっても売る事は出来ない。」と、おっしゃっていました。先生が若いとき、「貧乏で質屋は利用したが、本は絶対に質に入れられなかった。」と、おっしゃっていました。
 本にまつわる話と言えば、先生は、「僕が一番怖いのは、火事だ・・・なぜなら、本が燃えてしまうから・・・。」とも、おっしゃっていました。
 ちなみに、もし先生がご存命でしたら、先生いわく、「僕が一番怖いのは、コンピューター・ウィルスだ。」なんて、叫んでいたことでしょう・・・。

高橋先生回想録 その10 投稿者:石川幸男  投稿日: 5月16日(木)11時46分09秒

 高橋先生の思い出としては、日本の「古文書」についてご指導していただいた想い出があります。先生は、日本の過去の歴史を研究する時は、第一次的な史料としての古文書の解読が出来る事が絶対に必要なことだとおっしゃっていました。
 先生はよく、「古文書が読めるというここと、解読をするということは違う」とおっしゃっていました。「解読するためには、その時代の政治、経済、文化、習俗、習慣などの本質や原理の核心をとらえることが必要になってくる」と。
 私なんぞは、一文字の漢字が、現在のどの漢字に当たるかを探し出すことさえ「ヒーヒー」悲鳴をあげていた次第でしたから、それは気の遠くなるようなことに感じていました。
 先生いわく、「わからない文字に遭遇したら、わかるまで半日も1日も調べたり、考えたりする必要もあるんですよ。どうしてもわからない時は、私に相談しなさい。」とおっしゃるので、私もわからない文字と1時間も2時間も「にらめっこ」した想い出があります。
 判らなくてお手上げの時、先生に相談すると、「どれどれ、どう筆が入っているかね・・・・」と笑みを浮かべ、私が「先生これですか?」とたずねると、「ハッ、ハッ、ハッ」と笑いながら頷いていました。その文字は、小学生でも知っている漢字なんてことも、しょっちゅうでした。
 古文書は、実に根気が必要です。
 先生いわく、「歴史に関する学問は、実は古文書と悪戦苦闘した先人の労力のお陰で成り立っているのですよ。」ということも、おっしゃっていました。
 安易に答えを求めることが、当たり前になっている今日この頃。私にとっては、良い教訓となっています。
 こうした姿勢は、何も学問ばかりに限らない教訓であるような気がします。
 
 

訃報にあたり 投稿者:みっちゃん  投稿日: 4月 2日(火)22時11分02秒

先日、13期石川さんよりゼミ生の訃報を知り驚きと悲しみで、いっぱいです。以降は石川さんのメールより抜粋。[13期斎藤高氏、3月13日、リンパ腺ガンにより39歳他界、享年40歳でした。告別式は3月17日、大館市宗福寺で行われ、13期からは和田、三宅、鈴木、石川の4名が参列しました。]斎藤さんのご冥福をお祈りいたします。ゼミの方々は私にとってたくさんの兄や姉の存在なので、とても。悲しいく、さびしいです。

高橋先生回想録その9 投稿者:石川幸男  投稿日: 3月11日(月)01時27分16秒

 桜の開花はまだだというのに、昨日の日曜日は春本番を思わせる陽気になりました。大学院時代の昨日のような日には、何度か先生に連れられて城跡の調査に出かけました。
 先生のお宅の近くにある松山城(吉見の百穴の左前方の山)。埼玉県寄居町の鉢形城。埼玉県の川越城。茨城県の古河城などです。
 先生は、城跡の見取り図や地図を手に、実際にお城を歩いたり城下町を車で走りながら説明して下さいました。お城の構造、城下町の構造、お城にまつわる歴史等々です。
 先生は城跡をひと回りすると、決まって、「幸男ちゃんなら、どこから攻める?」と尋ねられました。先生は、いつもそのお城の長所と短所(弱点)を見極めていました。先生いわく、「僕ならここから攻めるね。」といって、また説明をしてくださり、「さすがにこの城は名城だ。ハッ、ハッ、ハッ」と笑ったり、「この弱点を補うためには、何かここにあったはずだ。」といって考えたりしていました。
 いざ合戦となれば、城の良し悪しが武将の命運を分けるので、城造りは命をかけた真剣勝負だった筈で、堀の深さ、石垣の高さ、郭(曲輪)の配置、城下町の位置、神社仏閣の配置等々ひとつひとつが意味あるものであると教えてくださいました。城造りは、人間の人生と似ていますね。
 関東地方には、天守閣を持っていない中世の城跡が多いですが、先生に言わせれば戦略上において優れた名城が多いとおっしゃっていました。そのひとつに群馬県の箕輪城があると言ってましたが、14期の角田君の案内で早速行った想い出もあります。角田君には、長野の小諸城も案内していただきました。
 先生は、日本各地の城跡に足を運んでいたことは、ご存知の方はそんなに多くはないと思います。先生は、出張などの仕事で地方へ出かけるときは、必ずと言っても良いほどその地方の名城を訪ねていたようです。先生には、それらのほんの一部ですが、お話を聞かせていただきました。
 ちなみに、荒れ果てた山城を歩くのは、3月頃が良いそうです。冬枯れした木の葉が枝だから落ちていて、見通しが良いからだそうです。必需品は長靴、軍手、手ぬぐい、地図で、できれば双眼鏡などもあったら尚良いそうです。
 

記憶違いです 投稿者:石川幸男  投稿日: 2002年3月 9日(土)02時44分06秒

 高橋先生回想録その8、の6期の笹尾先輩の話。私の記憶違いだと思います。
 その話は、高橋先生がお亡くなりになって数年後、確か奥様のところにお邪魔をした時のことだと思います。
 つたない記憶で、申し訳ありません。
 以後、気をつけます。

高橋先生回想録その8 投稿者:石川幸男  投稿日: 3月 9日(土)02時02分08秒

 大東文化の大学院時代、高橋先生のもとで社会保障や社会福祉の講義をうけました。先生は、よく「僕は学生に福祉を教えているつもりなんだが、福祉の道に進むものは少ない。」といって、少し残念がっていました。
 高橋ゼミと言えば、「わが行動的ゼミ論」にもある通りに公務員が多く、また私達13期の頃には、すでに企業に進む傾向が高くなっていました。
 その頃、福祉といえば、よく6期の笹尾さんの話を先生から聞きました。私が卒業してから数年後、たしか先輩は全社協の代表として当時の厚生大臣の秘書を2度ほど担当されたと聞いています。2度目は、1度目に担当した厚生大臣からの直々のご指名だったそうです。
 先生いわく、「やはり高橋ゼミの資本論の経済理論をもってすれば、福祉の現場では強いですよ。」と、誇らしげに語られていました。
 一方、福祉といえば、12期の加代子先輩の卒業論文のすばらしかったことを、何度もおっしゃっていました。先輩は、障害児が普通学級で教育を受けることの大切さや意義や必要性などをテーマに、研究をされたと聞きました。先生いわく、「加代子のすごいところは経済理論をもとに、実際に現場に足を運び、生の現実を徹底的に研究したところである。」と。
 確か結論としては、”一概に障害児が普通学級に通う事が、その児童・生徒にとって幸福であるとはいえない。むしろ、その障害に適した教育環境を備えた場所で学習する方が良い”であったと記憶している。
 先生いわく、「資本は、より良い(使用価値の高い)人材を確保するために激烈な競争をしている。それを象徴しているのが学歴社会であり偏差値教育なのである。一方、児童や生徒にとっては、教育を通じてより良い学校、より良い就職のために激しい受験競争を行っているのである。」と言い、「心身に障害がある児童・生徒に対し、その子供に適した教育を行うのに、どれほどの工夫と労力が必要かわかるかね?」「もし、何の考慮もせずに普通学級に入れたら、その子やたの児童にどんな影響が出るかわかるかね?・・・教員の配置は?・・・学校の設備は?・・・」と。
 先生いわく、「そこに気づいた加代子はすごい」と。

フィロソフィー 投稿者:11期種平  投稿日: 3月 5日(火)13時39分11秒

今年の新入社員研修の講師を、私がやることになりました。4月1日から3日まで、ホテルに泊り込みで20ほども歳の違う新人たちに、わが社のDNAを伝えます。椛沢さんの「わが行動的ゼミ論」の話、参考になるなー。フィロソフィー/基本理念/行動原理・・・高橋先生の教えは、わが社のそれにピタリ同一なんです。俺の話を聞く新人諸君には、私が入社してからの考え方だけではなく、大東文化大学高橋ゼミナール時代からの教えも伝えることになります。(結構 楽しみ!)

(無題) 投稿者:五期 椛沢  投稿日: 3月 4日(月)20時30分13秒

大東文化1989冬号。高橋精一「わが行動的ゼミ論」。いつか皆で勉強しますか?
「実は、私の集団の根本原理は <自主自立の原理>と<集団における統制の美>である。そして、それが出来るのは<俺達はすごいことをしているんだ>と言う優越の意識であり、そしてまた、独りでは出来ないのだという悟りと、仲間と助け合おうという協力の精神の芽ばえである。」
えーい、めんどくさい。コンパにしてしまえ。

無事、帰国しました 投稿者:石川幸男  投稿日: 2月25日(月)23時22分07秒

 デンマーク、イギリス、フランスへの福祉研修から、昨日の朝、帰国しました。大変、有意義なもので、参加して良かったと思います。
 高橋先生は、「僕は海外旅行は、大東文化の少林寺拳法部の引率で、ハワイに行っただけだけど、外国の事は手に取るようにわかるんですよ。毎朝読む朝刊、テレビのニュ−ス、学問に関する書籍。それだけで十分なんですよ。」と言ってイギリス、アメリカ、フランスを始め数多くの国々の話をしていただきました。
 結論から言いますと、先生の諸外国に対する認識は、恐ろしいくらい正しいものでありました。先生は、ヨーロッパやヨーロッパ人についての本質を、かなり正確に見極めていました。さらに、イギリスやフランスやデンマークの事も・・・・。
 先生いわく、「海外に行かなければ海外の事はわからない?・・・ウソだ。行かなくても、わかるものなのですよ。・・・学問とは、そういうものなのですよ。」と。

回想録ちょっと休憩中 投稿者:10期 高橋 律  投稿日: 2月20日(水)17時25分31秒

 回想録でおなじみの石川幸男さんですが、2月14日から24日まで、海外社会福祉研修の一員として、ヨーロッパを視察中とのことです。
 帰国されたら、回想録をまたお願いします。新コーナー「福祉で綴る欧州みやげ話シリーズ」(仮題)も期待しております。

高橋先生回想録その7 投稿者:石川幸男  投稿日: 2月12日(火)02時14分33秒

 先生はよく「歴史ほど面白いものはない、しかしこれほど怖いものはない。」と、言っていました。先生は、日本史に限らず、西洋史等々、とにかく歴史について知っていました。しかも、その分析力、洞察力は特段でした。先生いわく、「歴史は魔物である。」と言って、その魅力にとりつかれるや、時に迷路に迷い込んだり、深みにはまってもがき苦しんだりすると言っていました。特に、「学問をする時には気をつけなさい。」と言っていました。
 先生いわく、「歴史は、時に為政者などにより意図的に都合良く歪曲されていることに注意しなさい。」といって、正しい歴史認識について論じていました。
 例えば、「”男は度胸、女は愛嬌”などは、江戸時代に関して言えば逆である。」とか、「天皇家は、本来、仏教徒であった。江戸時代までは、戒名をもらい埋葬されていたことは余り知らされていないでしょう。」とか、「中世は暗黒の時代?・・・ウソだ。実に楽しい時代である。」等、色々なエピソードを交えて様々な事を教えていただきました。
 ある時、「天皇裕仁(昭和天皇)は、学問に秀でた人物で、若い頃、歴史学を専攻しようとした時期があったが、その希望は断念させられた。」といったエピソードをお話になり、「何故だかわかるかね?」と、たずねられた時がありました。先生は、いろいろ説明した後、「歴史を極めるほど、自分達の本当の歴史がわかってしまうんですよ。天皇家にとって歴史学だけはタブーなんですよ。」と、おっしゃっていました。その昭和天皇と言えば、当代随一の植物学者に比肩するほどの自然科学者でもあったそうです。
 長靴をはいて呑気そうに稲のお田植をされていた昭和天皇。だいぶ認識が変わりました。
 

高橋先生回想録その6 投稿者:石川幸男  投稿日: 2月10日(日)00時45分21秒

 「なぜ欧米ではホームパーティが頻繁に行われるか、わかるかね?」といった話の時のことです。それに引き続き、日米の政治の比較についてのお話がありました。先生いわく、「日本では会議のときに議論する必要は無いんですよ。」と言って、「大方のことは、その前に決着していて、会議では決を採って確認するに過ぎないのである」と。すなわち、それを「根回しという。」と。
 最近「旧来の政治手法」といって感情的に批判されていますが、先生は冷静に客観的に分析していました。すなわち、わが国の農業共同体の中で形成された「村社会」に、そのような政治的な慣習の起源があること・・・良し悪しに関係無く、それは「共同体」を維持するためには必要であったこと・・・それが現代の近代的民主政治においても、日本独特の政治手法として継承され機能していること等々です。功罪といえば、ご存知の通り、利権に絡んだ談合や賄賂といった贈収賄事件が起こりやすいことです。これらについて、先生は資本論の講義でも、”消費フォンドと蓄積フォンド”の項で強調していたと思います。
 先生いわく、「こうした日本的な根回しに相当するのが、”ロビイスト”たちの活動である。」と。さらに「こうした専門的な根回しの集団がいるからこそ、好戦的でしかも徹底した個人主義のもとで、民主政治が機能しているのである。」と。
 悪い面だけ強調して本質を見ないのは、いかがなものでしょうか。例えば、「鈴木宗男」議員です。彼など、根回しと言う点では、かなり優秀な政治家の一人といえますが・・・それで、賄賂をもらっているとしたら別ですが
 

高橋先生回想録その5 投稿者:石川幸男  投稿日:2002年 2月 8日(金)02時23分42秒

 先生といえば、資本論のテキストを独自に執筆しただけでなく、その英語版まで出してしまいました。先生いわく「高橋ゼミは、今や大東文化の経済学部では押しも押されぬゼミになった。さらに、日本一のゼミになるためには、英語の語学力が必要である。」「大東生は英語が弱いら・・」と言っていました。
 先生の英語に対する取り組みも徹底的でした。その頃、私も大東文化の大学院の受験のため、英語をやり直していたのですが、先生のモーレツさは比較にならないくらい物凄いものがありました。先生のすごさは、ただ単に読んだり訳したりということに留まらず、言葉そのものの本質まで突き詰めて考察し、研究していたところです。
 例えば、言語の構造からみた思考方法の比較です。そこから社会性、国民性、文化等々の違いを分析していました。先生いわく「英語の"Thank you"は、日本語では”ありがとう”と訳すが、その言葉本来の意味は違うんですよ。」と言って、その歴史的、宗教的、地域的な側面の色々な角度から説明をしてくださいました。
 先生いわく「なぜ欧米ではホームパーティが頻繁に行われるか、わかるかね?・・・日本では、パーティーを開く必要はないんですよ。わかるかね。ハッ、ハッ、ハッ・・・。」

高橋先生回想録その4 投稿者:石川幸男  投稿日: 2月 4日(月)15時16分51秒

 先生といえば、ある事柄や現象などを論じる時、実に膨大な資料・史料・文献・情報などを徹底的に吸収し、客観的で普遍妥当的な真理を追求していました。とにかく、徹底的にでした。
 今から14年ほど前、先生はオーディオに凝っていたときがありました。15期や16期,17期の方は、ご存知だと思います。先生いわく、「アンプはサンスイ、スピーカーはBOSEがすばらしい。アンプは高価なものほど重く、性能も良い。スピーカーは・・・。CDプレイヤーは・・・。その理由は・・・」と。それぞれのパーツの特性を研究し、且つ実際に色々組み合わせた上で、自らの耳や体感によって実証的に「より良い音」を追求されていました。
 ある時、私の姉が30万円以内でオーディオを購入したいと先生に話した時の事です。先生は早速、川越から熊谷までのディスカウントストアやコジマ電気やヤマダ電気などの量販店をしらみつぶしにあたって交渉して、「その予算で、最も価格が安く、しかも最も良い音が出る組み合わせは、これだ!」と言って、「良いものを安く買うためには労を惜しんでいけないんですよ」と、購入の段取りをつけて下さいました。先生は、さらに姉宅まで来てくださり、購入したオーディオのセッティングまでして下さいました。
 ところで、先生は講義の中でも「日産は足回りが良い。スバルはエンジンがすばらしい。」と、資本の集中と集積の項目で特別剰余価値競争の説明の一つとして話をしていました。これらも、オーディオ同様、膨大な情報の分析からのものである事は、言うまでもありません。
 先生は、お亡くなりになる数年前から、確か「航空機」について研究していたと思います。亡くなる年のお正月に先生のお宅にお邪魔した時、先生の書斎の本棚には夥しい数の関連の本がありました。先生いわく「幸男ちゃん、何事においても徹底的に調べなきゃいけないんですよ。学問というのは、こういうものなんですよ」と。とにかく、先生は、特攻隊の様に、命がけで取り組んでいました。とにかく徹底的でした。
 ・・・と、まあこんな具合ですから、
 

高橋先生回想録その3 投稿者:石川幸男  投稿日: 2月 1日(金)01時00分37秒

 先生と日本の歴史について語り合った時、よく天皇のことが話題になりました。ある時、先生は、「日本史を理解するには、天皇のことを欠かすことはできない」と言っていました。すなわち、「幕府と言っても、臨時の政府だし、そのリーダーの将軍の位も、天皇が与えたもの。国教だった仏教の僧侶の位も、同様。また、天皇は全国の神社の総元締めの伊勢神宮の神官である。近代国家の今でも、首相を任命するのは天皇である。実質的な政治権力は無いが、政治的権威をもって日本の政治に重要な役割を果たしてきた。今や、天皇制は日本古来の伝統を継承している貴重な文化である。」と。
 先生は私に、「幸男ちゃん、天皇が実質的な最高権力者だったのはいつの時代かわかるかね」と質問された時がありました。私は、見当もつきませんでしたが、先生いわく「大化の改新のクーデターの後の、『改新の詔』を発布した、その一瞬に過ぎないんですよ。」と。
 

高橋先生回想録その2 投稿者:石川幸男  投稿日: 1月31日(木)02時23分25秒

 武田信玄のライバルといえば、もちろん「上杉謙信」だと思います。数度にわたる川中島の戦いは、とても有名です。謙信といえば、信仰に篤く、権威や伝統を重んじ、とても気真面目な武将であったそうです。先生は、信玄同様に名武将の一人として評価していました。戦国時代、天下取りのための上洛合戦に明け暮れた中、謙信は何度も京の都に上洛していた事は、あまり知られていません。先生いわく、「謙信は徹底的に秩序を重んじた武将である。すなわち、足利幕府の政治の秩序をあくまでも守ろうとした。つまり、彼にとって、それを脅かすものは全て敵なのである。そういう意味で、謙信は当時としては超保守主義者だったのである。無論、天下取りなんて、彼にはどうでも良い問題であって、そう言った意味で無欲であり純粋であった。」と言って、「それが謙信の政治的な限界で、良くも悪くも、その『ひたむきさ』は高い評価に値する」と説明して下さいました。
 ところで、謙信と同郷の越後の有名人と言えば、田中角栄です。その娘の「真紀子」さんも、今や有名人です。「外務省改革」を旗印に、頑張っていました。その目的は、官僚を政治家の支配化に・・・いわゆる官僚主導から政治家主導の政治・・・を目指すものだったと思います。彼女のお父さんは、官僚をうまくコントロールした人物でしたから・・・。
 どうも越後の有名人は、「ひたむきさ」が仇になりますね。でも、何か意地らしくて、憎めなくて・・・。
 ところで、今回の「田中外相の更迭」。私は思わず、明治時代、大久保が盟友の西郷を切った政変を連想してしまいました。高橋先生は、その大久保を西郷と同様に豪傑な人物として評価していました。しかし、小泉首相や田中真紀子さんを、大久保利通や西郷隆盛と同列で語って良いものか否かは、まだ疑問符がつくとは思いますが。

高橋先生回想録 投稿者:石川幸男  投稿日: 2002年1月26日(土)11時41分28秒

 先生が見ていたテレビ番組と言えば、NHKの昼と夜のニュース、日曜の大河ドラマだったということはご存知だったと思います。一方「ワイドショーは、もっとも嫌らしいから見たくない」番組だともおっしゃっていました。先生いわく「あれは、人間の最も嫌らしい部分で成立している。いわゆる、嫉妬、虚栄心、偏見、差別・・・いわゆるお互いに高め合う精神ではなくて、足を引っ張り合う精神なのだ・・・」と。
 ところで大河ドラマといえば、14年ほど前「武田信玄」が放映されたと思います。主演の信玄役は、中井貴一。縁あって1年間、先生と一緒に視聴しました。先生は、信玄を名武将の一人として高く評価していた反面、「どうも政略家すぎていけない」とも言っていました。父を追放した信玄。嫡男義信にも、冷徹に処遇していた場面で、「幸男ちゃん、どう思う」とたずねられ、私は「信玄は、もっと子供に愛情をかけるべきだと思います」と言うと、先生いわく「ダメダネ。子供が一番なのは当たり前。それでは、家臣は2番目に大切ということになる。世の中に、誰が2番目と思っている人に命を賭ける?家臣を1番とし大事にするから、命を賭けて主君に尽くす。リーダーとは、時代を問わずそういうものなのである・・・マイホーム・パパじゃ駄目なんだよ」と。
 ところで、ワイドショー内閣の小泉首相。彼のリーダーとしての器は、どのくらいなのでしょうか。お手並み拝見してきましたが、悠長に構えていられないほどの危機的状況だとは思いますが。
 

最近思う事 投稿者:石川幸男  投稿日: 1月20日(日)13時36分47秒

 最近の失業率の悪化に思う事があります。ここ10年ほどの間で、日本の雇用形態や雇用に対する環境が大きく変化しました。従来の年功序列、終身雇用という日本型の雇用形態は崩れ、「勝ち組み負け組み」「キャリアアップ」という言葉に象徴されるような、極端な能力至上主義に変化してきています。それに伴い、雇用の流動化が進展しています。一方では、経済のサービス化、ソフト化に伴い、パート労働化も進んでいます。しかも、人材育成費用を削減し、トータルで人件費を削減するために、即戦力になる経験者が求められています。
 こうしたアメリカ型の経営手法は、効果的、効率的な運営には欠かせないものでしょうが、「会社への帰属意識(義理・恩といった日本人独特の価値観)からくる生産意欲」にともなう労働生産性といった観点からは、いかがなものでしょうか?
 とにもかくにも、高橋先生がおっしゃっていたように「競争が激化すればするほど、稼げば稼ぐほど、利潤率は限りなく0(ゼロ)に近づき、資本主義の終焉に近づく」といった経済分析は着実に証明されています。先生でしたら「とにかく徹底的に稼いで、儲けさせてヤレ」と檄をとばすとは思いますが、先生が私達を育ててくれたように「人を育てる」システムだけは時代を問わず忘れてはいけないのではないでしょうか。


そうだね みっちゃん 投稿者:種平  投稿日: 1月17日(木)13時17分59秒

休肝日ね、なるほど 大切だよね。正月には大東文化大学の箱根駅伝のがんばりなんかもいいつまみになって、盛大にあびるし、新年の祝いで、これまた飲むし。でもみんなの健康を気遣って休肝日のお話しを発信するとは、みっちゃんさすが!!矢部!僕も人のこと言えないけど、休肝もうまい酒の源のひとつなり ですぞ。


謹賀新年 投稿者:みっちゃん  投稿日: 1月 5日(土)22時12分47秒

皆様明けましておめでとうございます。昨年の父の命日、皆様お墓参りしていただき、ありがとうございます。私も行ってきました。魂は位牌の中と聞きますが、どうしても、高坂のお寺に向かうのはなぜなのでしょうか?さて、皆様正月だからといって飲んでいませんか?そろそろ、仕事初めの方も多いと思います。たまには休肝日を設け、はりきって一年すごしましょう!本年もよろしくお願いいたします。


謹賀新年 投稿者:12期 矢部  投稿日:2002年 1月 1日(火)08時12分45秒

明けましておめでとうございます。2002年が、皆様にとって良い年になりますように。
ところで、私の正月の過ごし方ですが、言うまでもなく、朝から晩まで、どこへ行っても酒を飲み続けます。なぜかって?それは、先生の弟子だからです。みんな、同じでしょ。飲むときは、徹底的に飲みましょう。
本年も、よろしくお願いします。

来ていただきました。 投稿者:5期 椛沢達朗  投稿日:2001年12月23日(日)18時12分29秒

12月19日、夢で先生に来ていただきました。二人ともべろべろに酔っ払ってました。
先生、「カバ、おまえはえらい、良くやった。良くやった。」私、「そうですか先生。デヘへ。」
先生は今でも私達 弟子のことを心配しているのですかねえ。もう50近いっすよ。私ら。
12月23日、6期笹尾氏と墓参り。先生、今でも弟子たちは会うとほんとに嬉しいし楽しいです。ありがとうございます。大東文化大学経済学部高橋精一ゼミナールに入れた幸せを今でも実感しています。いつまでもお元気でいてください。あの日のままで。

12月19日 投稿者:10期 高橋 律  投稿日:12月20日(木)17時13分08秒

12月18日から19日にかけての父親の姿を思い出しながら、命日を過ごしました。
18日は高熱と激痛に喘ぎながらも、「いいから、お前は仕事に行け。」と私に言っていました。19日の午前中も「眼鏡が壊れたから修理に出してくれ。」と言いました。本人もまさか死ぬとは思っていなかった様子でした。ですが、今になって墓の前でふと「ひょっとしたら、死を悟っていたのでは?」という思いにかられました。最後まで周りに気をつかって、心配させないようにしくれたのではないかと。
どんなに厳しても、心は優しい人でしたから。

今日は命日 投稿者:13期 石川幸男  投稿日:12月19日(水)00時57分08秒

不肖の弟子、13期の石川です。この季節になると、先生の在りし日を思いだし、胸に熱いものがこみ上げてきます。「学問は情熱で行うものだ。」とか「学問とイデオロギーは違う。イデオロギーとは、好き嫌いの世界で、良い悪いの世界だ。学問とは、普遍妥当性のある客観的な真理を探求するものなのだ。」などなど。「アルコールが運転に及ぼす影響を調べるため、酒をたらふく飲んで運転してみたら危険極まりない・・身をもって真実を探求する・・これが学問というものだよ」てな事も。天衣無縫で豪快無比な先生。とっても私達を愛してくださった先生。心から感謝いたします。合掌。

墓参り 投稿者:12期 矢部  投稿日:12月15日(土)23時14分04秒

今日12月15日、越生に用事があったついでではありましたが、お墓にお参りして来ました。急だたので、線香だけを持っていきました。花が、すべて枯れていました。次の方、花をお願いします。それから、グラスが割れて落ちていましたので、処分させていただきましたし。おそらく、風で飛ばされたのでしょうね。皆さんも、ぜひお墓参りに行ってください。そして、墓前で校歌を歌ってきてください。また、この掲示板で、情報交換をしてください。それでは、また。

先生、私も頑張ってます! 投稿者:13期石川幸男  投稿日:11月14日(水)00時29分08秒

 先生、私は今、立正大学の大学院で社会福祉学を研究しています。先生のもとで社会保障を研究してから12年。「いつか社会福祉を研究したい」という希望を、胸に秘めてまいりました。
 「イヤイヤやるなら辞めろ。好きな事を徹底的にヤレ。」と、先生はおっしゃっていました。好きな事ができる喜びのもと、徹底的に頑張っています。誰が何といおうとも、我が道を行きます。

先生お元気ですか? 投稿者:5期椛沢達朗  投稿日:11月11日(日)22時25分56秒

先生がいつもおっしゃっていたこと。「おまえ達は学問の徒だ!必死になって同じ学問を学んだ仲間だ。」先生、私はコンパの盛り上げ方は知っているコンパリーダーでありつづけていますが、利潤率とか剰余価値とか忘れちゃいました。先生が心配していた「先生亡き後の高橋ゼミ」。いかがですか?ボチボチですか。「先生、私達は元気でやってます。」って言えますよね。皆さん。先生は今もいると思う。

写真焼き増します 投稿者:みっちゃん  投稿日:10月13日(土)19時49分53秒

皆さんお元気ですか?ホームページも順調に広まっているようですね。私はもっぱら携帯から書き込み、検索しています。さて、写真の焼き増し承ります。あの人の写真が欲しい、というかたはご連絡ください。以上みっちゃんでした

お初です・・・ 投稿者:15期 桑野史朗  投稿日:2001年 10月11日(木)21時25分51秒

いや〜なかなかすばらしいホームページですね!驚きました。しかも音楽つきとは二度びっくり!!って感じです。ところで、みっちゃん早速写真をお送りいただきましてありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。今度は誰かにデジカメを頼みましょうか?さて、教授、先生の件ですが、15期は全員先生と呼んでいました。というか、教授と呼んでいた方がいるとは初耳でした。ではまた・・・

「先生」or「教授」 投稿者:12期 矢部 武  投稿日:10月 8日(月)15時35分09秒

 「先生」か、「教授」か、に関して。12期では、確かに両方使っていました。ただ、実際に先生に呼びかけるときは、みんな「先生」だったと思います。学生同士で話をするときには、両方使っていましたが、「先生」派のほうが多かったように思います。答えになっていませんが、参考まで。

最近売っていません 投稿者:10期 高橋 律  投稿日:10月 8日(月)09時25分09秒

サクロフィルのお世話になったゼミ生はごく少数だと思われます。大東大、酒井清六教授によれば「葉緑素はアルコールを急速に吸着する」ため、飲み過ぎでどうにも具合の悪くなってしまった学生にだけ、この特効薬を使ったものです。用量は3〜4錠なのですが、緊急時には5錠服用するよう支持したようです。ひょっとしてパッケージに見覚えがある方がいるかも知れません。参考までに製薬会社による紹介ページをリンクしておきます。最近、薬局でもあまり見かけませんね。
なお、高橋先生を最初に「教授」と呼んだのは私かも知れません。たぶん父親を「先生」と呼ぶのが恥ずかしかったせいでしょう。

先生の言葉から 投稿者:12期コンパ長 小島  投稿日:10月 7日(日)11時01分46秒

【サクロフィルを5錠飲めばよい】
いやはや、まったくもってダメ男でゴザル。
全く記憶がありません。
このダメ男にこのお言葉の意味をお教えくださいますよう
お願い申し上げます。

何期から? 投稿者:5期 椛沢達朗  投稿日:10月 6日(土)20時39分06秒

いつから教授と先生のことを呼ぶようになったのでしょう?5期は間違いなく10人中10人が先生です。10期の中村さんは教授、11期の種平さんと12期の矢部さんは先生。しかし、同じ12期の谷屋さんは教授。おーい。どうなってんじゃー!

うわっ!! 教授だぁ 投稿者:12期 谷屋(鳴海) 仁美  投稿日:10月 6日(土)15時40分45秒

ホームページ開設おめでとうございます。そして、ありがとうございます。
ネットの海を漂っていて、涙が出そうになったのは初めてです。次に思ったのは、律さんの20年後、30年後のお顔を拝見したい、お声を聞きたいと言うことでした。
七回忌は子供の運動会とばっちり重なって欠席させていただきました。すみません。
気が早いですが(ごめんね、みっちゃん)、13回忌には是非にと思っています。
また、寄らせていただきます。

七回忌参列御礼 投稿者:みっちゃん  投稿日:10月 4日(木)23時43分11秒

先日は皆様ご多忙の中、父、高橋精一の七回忌法要に参列いただきましてありがとうございました。皆様の参列を父も喜んでいたと思います。私も皆様とお会いできて、とても嬉しかったです。久しぶりに大声でゼミ歌を歌い、各期の思い出話をしたり、個々でお話を伺ったりしているうちに、いろいろなことを思い出しました。変な話ですが、さびしいはずの法事が今回いはとても楽しいものになりました。気の早い方々はもう十三回忌の話を持ち出してきましたが、法事という名の同窓会になりそうですね。悪い気はしませんが・・・。さて、皆様とたくさん撮った写真ができましたので、のちほど郵送いたします。どうぞお楽しみに!以上みっちゃんでした。

(無題) 投稿者:三宅智子  投稿日:10月 3日(水)13時14分26秒

先日の七回忌法要に参列させていただき、久しぶりに先輩・後輩の皆さんにお会いできたこと、ほんとうにうれしく思っています。卒業後も私たちゼミ生にこうした喜びを残して下さった高橋先生、また先生のゼミ運営をずっと支えてきて下さった奥さん、律さん、倫ちゃんに改めて感謝の意を強くしました。また、律さんをはじめいろんな方がおっしゃったことですが、当日の席に先生がおられなかったことがかえすがえすも残念で、早すぎたご逝去を悼む気持ちがまた新たになりました。13回忌には是非、一人でも多くの方と一緒に先生を偲び、ゼミ活動をしていた頃の気概と、そして互いの健勝を慶び会えたらと思います。

盛り上がった7回忌 投稿者:15期 大内 孝  投稿日:10月 1日(月)23時25分26秒

昨日は高橋先生の7回忌で大変お世話になりました。法事というものは経験上
しめやかに行われるものと思い込んでいましたが、こんな盛り上がった法事は
初めてです。まるでいつものコンパそのまま。
だんだんオヤジ化してきたなあと思う今日この頃、パワフル超全開の先輩達を見るにつけ
40、50を過ぎてもゼミ時代のフレッシュな気持ちだけはそのままにしておかなきゃと
思った次第です。
離ればなれでありながらも、みんなで交流を持つ場所としての掲示板もできたことですし
有効に活用していきたいですね。それではまた。

先生を偲んで 投稿者:8期 竹田(旧姓田口)早苗  投稿日: 2001年 9月30日(日)21時59分02秒

本日は七回忌の法要でご家族の方々やゼミ生の皆さんにお会いできたのが嬉しい一方、やはり高橋先生には早すぎるご逝去だったとの思いを新たにしました。私は企業年金のディスクロージャー誌の編集者を十数年務めていたので、世界同時不況におののく今の日本経済を、先生だったらどう解説されただろうか、と考えます。自分の見解に自信が持てなくなったとき、ご意見を拝聴できたら・・・・・。もしお尋ねできても、先生の事ですから、細かな事はさておき、大局を一言おっしゃって、後はお酒になるのでしょうが。でもその一言が聞きたいんですよね。
私にとってはまさに「巨星落つ」のご逝去でした。

ありがとうございました 投稿者:5期 椛沢達朗  投稿日: 9月30日(日)19時56分10秒

無事に七回忌を執り行うことが出来ました。
楽しかった。本当に楽しかった。高橋精一ゼミしました。参加できなかった皆様には申し訳ありません。でも、先生が亡くなられても私達はやっぱりゼミ生でした。どうしようもなく。それが嬉しい。また、会いましょう。皆さん。

一筆書かせていただきます。 投稿者:12期コンパ長 小島  投稿日: 9月29日(土)01時30分46秒

先生!ご無沙汰しておりました。と思わず思わずにいられない背景ですね。
ご無沙汰しております。律さん、先輩方、後輩たち、そして12期の皆さん。
卒業以来20年近く経ってしまっていますが、久しぶりになんとなく学生時代
を感じさせてもらいました。残念ながら7回忌へは行くことができませんが、
この画面の先生にごいろいろと報告させていただきます。
いやぁ〜、12期の卒業旅行で西浦の波止場で鳥羽行きの船待ちの時間を
使って大宴会を繰り広げ、桟橋で大バカマエストロ芸をしたりバカデカ声張り
上げて歌を歌ったりしたのを思い出します。
まず、高橋精一ゼミでなくてはあんなことやらないでしょう。
堀川は船酔いでオレンジをしぶくしぶく。
と、調子に乗ってしまいせっかくのHPの品格を早速さげまくりました。
申し訳ございません。

HP開設おめでとうございます。 投稿者:12期 渡辺  投稿日: 9月29日(土)00時19分52秒

 12期の渡辺です。なんとHPが開設されたとは大変ありがたいことです。先生が逝かれ、高橋ゼミとのつながりもどんどんなくなって、記憶も薄れていくばかりかと思っておりましたが・・・。うれしいですね。懐かしいゼミハウスの匂いがしてくるようです。ときどき、楽しみに拝見させていただきます。どうか、遠くに住む私のようなゼミ生のためにもよろしくお願いします。
 矢部、いつもご苦労様です。またよろしく面倒見てください。
 

律様&三宅様 投稿者:12期 矢部  投稿日: 9月26日(水)22時37分26秒

再び、12期の矢部です。最近、セクシャルハラスメントとか言うやつのため、上品ではない踊りを披露するのに勇気がいる時代となり、そっちのほうでは苦戦しております。ところで、ついでといっては失礼ですが、律さんのゼミのHPも拝見させていただきました。お元気でご活躍の様子、うれしく思いました。これからもがんばってください。三宅様、声をかけるのを待つのではなく、是非声をおかけください。都合がつけば、喜んで。では、また。

祝 ホームページ開設(^_^) 投稿者:鈴木 宏  投稿日: 9月26日(水)16時01分39秒

13期の鈴木と申します。誇り高き大東文化大学高橋精一ゼミナールのホームページのご開設おめでとうございます。神田先輩、椛沢先輩、律先輩のご尽力に、東北は宮城の地より感動しております。ゼミ創立20周年記念の集まり以来、久しく皆様とお会いいたしておりませんが、このHPを拝見して時の流れを取り戻したような気持ちになりました。ありがとうございました。

祝・HP開設 投稿者:三宅智子  投稿日: 9月26日(水)12時42分17秒

13期の三宅です。HP開設おめでとうございます。大偉業です。ゼミ長の和田君、副ゼミの鈴木君から連絡を受け、さっそく会社のパソコンをフルに活用し(自宅には持っておりません。悪しからず)、うれしく拝見しております。また懐かしい先輩方にもネット上でお会いでき、懐かしさにひたりこんでいます。皆様、お元気でご活躍のご様子、何よりです。矢部さん、七回忌でお会いできなくて残念ですがまたの機会に是非お声をかけて下さい。
律さん、すばらしいHPです。今後ずっと開かせていただきます。椛沢さん、七回忌の準備、ほんとうにご苦労さまです。当日お会いできることを楽しみにしております。

拝見しました 投稿者:笹尾  投稿日: 9月25日(火)19時00分03秒

6期の笹尾です。IT時代に乗り遅れることもなく、HPを立ち上げたとの連絡を受け、嬉しく拝見いたしました。また、故高橋精一先生のご尊顔が実によろしい。ちょっとテレつつて、やさしさが溢れている表情です。「お前元気に頑張っているか」と話しかけられているようにも思えます。
樺沢先輩の発案とは思えない、律さんのご努力のHPを利用して、みなさん、どんどん「共学共歓」しましょう。

七回忌に備えて 投稿者:5期 椛沢達朗  投稿日: 9月24日(月)21時10分05秒

あと1週間後となりました。あわただしく準備をしてしまい、各期の皆様にまたまたご迷惑をおかけし申し訳ありません。しかし、電話をいただくとまた会える喜びがわいてきます。都合がつけられなかった方々には連絡の遅れ申し訳ありません。都合がついた方々、また、高橋精一ゼミしましょう。

YABECO様お久しぶりです 投稿者:10期 高橋 律  投稿日: 9月22日(土)04時39分31秒

高橋精一ゼミのHP並びに掲示板の管理人をつとめます10期の高橋 律です。
ヤベコ様、大変お久しぶりです。この手の掲示板をつくっても書き込みがない場合もあり、どうかなと思っておりましたが、早速の投稿ありがとうございました。9月30日の七回忌にはOBの方々にもお出で頂けるとのことですので、当日ホームページのアドレスなどもご紹介できるのではないかと思います。ところで、さいたま市の誕生で矢部氏の職場もネーミングに変更がありましたか。変わりなくお元気とのことで、精一教授も天界よりDANCER YABECOの活躍に目を細めているのではないでしょうか。
それでは次の投稿はどなたか、楽しみにしております。この掲示板がOBの皆さんのお役に立つことを願っております。

おめでとうございます。 投稿者:12期 矢部  投稿日:2001年 9月20日(木)22時19分19秒

高橋精一ゼミナールのHP開設、おめでとうございます。ばんざーい。神田さん、椛澤さん、ありがとうございます。楽しみが一つ増えました。30日は参加できませんが、近いうちに飲みに行きましょう。ところで、わが地元は、合併により「さいたま市」になりました。でも、生活は、特に大きく変わったことはありません。相変わらず元気です。さて、これからは、ラグビー、駅伝と、大東のためのシーズンがやってきます。母校の活躍を見ながら、美味しい酒を飲みましょう。では。

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