吟遊詩人な日々
第141回 お花見
 「じゃ、行きましょうか」
 ターナさんの言葉に肯いた。今日は天国騎士団で新人入団式があったおかげで騎士団員が全員勢揃いしてる。 良い機会だから、みんなでお花見に行くことになったの。
 あ、でも新人のシュウヤくんは寄宿舎に帰宅しちゃいましたけど。今日の入団式にわたしも特別に参列させてもらったの。 えへ。なんか嬉しい。
 ゲートを開いて会場である首都ブリテン西の農場に着くと、そこには春を告げるように桜花が咲き乱れてた。 うわぁ、キレイ。キレイ。満開だよ〜。はらはらと花びらが舞いおちる風情もいい。
 「ぴょん、ぴょん。写真撮ろうよ?」
 「いいよ」
 会場入口の二本の桜の間に立って、はいちーず♪
 「こんにちは」
 声の方を向くとたじりんがいた。お花見に来てたんだ。ってことは、会場には他にもLBの面々がいるのかな。
 「ぺこ、奥行こう?」
 「うん♪」
 柵で仕切られたお花見会場では、たくさんの人が桜を愛でていた。談笑する人、宴会する団体。あちらこちらから賑やかな笑い声や 話声が響く。
 屋台ではお花見弁当やお酒が売られている。カウンターも設えてあるので、椅子に腰掛けて寛ぐ客の姿も見える。
 酔客でトラブルが起きることもなく、とっても和やかな雰囲気。いいな、こういうの。
 そして。会場中心には一際大きな桜の木。ユー木よりも大きいと思われる。その見事な枝振りに満開の桜が花開いていた。
 「ぴょん、とってもきれい」
 「うん」
 見上げると空が桜色に染まったように見えた。
 「見事な桜ですね」
 「キレイですね〜」
 「きれいだね〜」
 しばし見惚れた。はぁ〜、きれいだな〜。
 「こんにちは、ぺこ」
 不意に左から声が聞こえた。上ばかり見てたから気づかなかった。
 そこには真っ赤な衣装の女性が微笑んでいた。
 「あ、クラリス。久しぶり」
 「久しぶり〜」
 友人のクラリスだ。やっぱりみんな来てるんだ。
 「じゃ、またあとでね」
 クラリスと少しおしゃべりして、分かれた。
 「ぺこちゃん」
 ん?今度は誰?
 「あ、マラミュートちゃん!」
 「こんにちはぁ」
 「ひさしぶり〜」
 彼女もお友達。
 「え?誰?」
 あ、ぴょんは知らないんだよね。えとね、お友達のマラミュートちゃん。
 「あぁ!?ウワサの!!」
 「え?ウワサ!?」
 うん。仲良しのマラミュートちゃんのお話をよくみんなにしてるから。えへ。彼女とも少し立ち話をして分かれた。 ホントにいろんな人に会う〜。
 「あっちで野球拳やってるよ〜」
 「えぇぇぇっ!?」
 特設舞台の上で、一組の男女がいた。どうやら男性が劣勢みたい。ほとんど裸だもん。それに比べて女性はほとんど脱いで ないような・・・。
 やんややんやとはやし立てる見物人と、必死のというか寒そうな男性。勝ちを確信して笑顔の対戦女性。クリスマスにはない風景。 春だからかなぁ・・・。トラメルってやっぱり平和だなぁ・・・。しみじみ思った。
 「ぺこ、こっち来て?」
 野球拳を観ていたわたしにぴょんが言った。
 新しい季節を告げるように風が吹いた。

第142回 婚約
 演芸ステージから離れ、ぴょんが歩き始めた。人ごみで見失わないようにぴょんの後を追った。
 中央にあるあの桜の大木の真下でようやくぴょんが立ち止まった。そして振り返って、わたしの真正面に立った。
 ぴょんってば、突然いったいどうしちゃったの?
 向かい合ったまま無言でこちらを見つめる。
 はらはらと桜吹雪が舞い散る。わたしの肩に、ぴょんの肩に、頭に。
 長いような短いような沈黙の後、ぴょんが言った。
 「ぺこ、僕と結婚して下さい」
 賑やかな会場が急に静かになったように感じた。ぴょんの声は決して大きくなかったけど。わたしの耳には充分過ぎるほど届いた。
 今日ので四回目だっけ。そんなことを頭の隅で考える。
 一瞬目を伏せてから、ぴょんの瞳を見つめ返した。そして応えた。
 「はい、よろしくお願いします」

 聞き耳を立てていた天国騎士団のみんなが木陰から飛び出してきた。
 「おめでとう」
 「おめでと〜」
 「師匠のためにお祝いしないと」
 祝福の言葉がみんなの口から登る。なんか嬉しいな。こういうの。なんとなく照れちゃって、うつむいてしまう。
 いつのまにか隣にしょうこと愛鈴が立っていた。
 「ぺこちゃん、おめでとう。良かったね」
 「ぺこさん、おめでとう」
 「しょうこっち、愛鈴さん、ありがと」
 「で、結婚式はいつするの?」
 からかわないでよ、しょうこっちってば。今、プロポーズ受けたばっかりだってば。三人でおしゃべりしている横で ぴょんの声が聞こえた。
 「ダイアモンド一万個集めなきゃ。急がしくなるぞ」
 えへ。ぴょん。ありがと。「一万個のダイアモンド」。その言葉にどんな意味があるのか知ってるから。嬉しい。

 夜の帳が下りてやっと宴が終わった。会場で解散だったので、そのまま二人で天国騎士団保養所に帰ってきた。
 海側の窓から注ぐ月の光と、床に固定されたクリスタルの輝きでほのかに明るい室内で、ぴょんと向かい合う。
 「ここまで来るのに1年かかった」
 ぴょんが呟いた。
 「・・・うん」
 そっか。初めてぴょんにプロポーズされたあの日からもうそんなに経つんだ。
 時間の流れが早すぎるような気がする。もう一年なんて・・・。
 今、とても幸せな気持ちで満たされてる。穏やかに静かに声をかけた。
 「ぴょん。桜の木の下でプロポーズしてくれてありがと。とっても嬉しかった」
 なんかとってもロマンティックで嬉しかった。ホントにとっても素直な気持ちで嬉しかった。
 「不束者ですけど、末永くよろしくお願いします」
 深深とアタマを下げた。
 「こちらこそ」
 二つのシルエットが重なった。波の音だけが響いていた。

第143回 過去
 夢を見た。
 彼方の記憶。懐かしい想い出。わたしの・・・。

 ・・・・・

 ブリテン第2銀行から続く赤茶色のタイル道を青年と婦人が歩いていた。二人ともまだ幼さの残る顔立ちをしている。 ゆったりとした歩調で歩く青年と、彼の少し先をはしゃぎながら踊るようなステップで歩く婦人。

『あ〜、楽しかったぁ。ね、ぴょん?』
『うん』

 くるり振り向いた彼女のスカートが風にふわりと揺れる。そんな興奮覚めやらぬ彼女の姿を微笑ましく青年が見つめる。

 ブリテンの街を東西に分断する川までもうすぐのところで、婦人のうしろを歩いていた青年が不意に立ち止まった。 ヒドく緊張しているように見える。青年が彼女の背中に向かって言った。

 『ぺこ、ボクと結婚しよう』

 彼女の身体がビクンと跳ねて、驚いた表情で青年の方を振り返る。彼女の顔が見る見る桜色に染まる。 それを見た青年の顔もまた朱に染まった。

 まだ幼くて。なにもわかっていなかった。
 自分の心も。哀しみも。傷みさえも。

 ・・・・・

 ギルドハウスのバルコニーに一組の男女が長椅子に並んで腰掛けている。思いつめた表情の青年と戸惑った表情の婦人。 春に見せたあの幼かった二人の面影はない。

 『ぺこ。僕と結婚して下さい』
 『・・・・・』
 『・・・やっぱまたダメか・・・・・』
 『ごめんなさい・・・』

 無言で青年が去っていく。慌てて彼女は立ち上がり追いかけていくけど、すでにその姿はなかった。

 いつからこんなにスレ違ってしまったんだろう。
 ずっと一番近くにいたのに・・・。
 誰よりもそばにいてほしいのに・・・。

 ・・・・・

 ブリテン第2銀行前に出現した占い師の占い結果をじっと待つ青年。その傍らにはそんな彼を優しく見つめる女性がいる。 季節が巡るように、二人の間のわだかまりも懐かしい過去になりつつある。

 『隣の女性と結婚できますか?』
 『・・・・・・・・・・・。押して押して押し捲れば結婚できます』
 『やった〜』
 『無責任なこと言わないで下さいっ!!』
 『ぺこ、今すぐ結婚しよう。すぐしよう。さぁしよう』
 『えぇぇぇっ!?』

 得意の魔法でゲートを開き、彼女を無理矢理ゲートに入れようとする青年。笑い転げてそれを応援する占い師。 逃げ惑いながらも終始笑顔を浮かべた彼女。

 なにもかも包み隠さず。心のすべてを打ち明けられる。
 いつも誰よりも傍にいてくれるのが自然な相手。

 ・・・・・

 桜が舞いおちる・・・。
 わたしの肩に・・・貴方の肩に・・・。

第144回 婚約指輪
 リコールで天国騎士団保養所の前に到着した。玄関脇の花壇には赤いポピーの花が咲いていた。春だなぁ・・・。
 桜の木の下でプロポーズされたのが昨日。なんだかまだ夢の中にいるみたい。今朝見た夢のせいかな。
 ぴょんに呼ばれて来たんだけど。昨日の今日でぴょんに逢うのはちょっと照れちゃう。いつもみたいに普通の顔して逢えるかな。
 それにしてもぴょんの急用って何だろ。とにかく来てほしい、なんて言ってたけれど。
 玄関を開けて、室内に入る。
 あれ、ぴょんいない。室内には誰もいなかった。保養所で待ってるって言ってたのに。誰かからいつものお助け依頼でも 来てでかけちゃったのかな。
 とりあえず椅子に座って待ってよ。そう決めて、パールから降りようとした瞬間、不意に目の前にぴょんが現れた。
 「いらっしゃい」
 「はぅぅ」
 び、びっくりした。なんだ、不可視魔法で隠れてたんだ。それにしても驚いた。
 テーブルを挟んで向かい合わせに立ったぴょんに向かって訊ねた。
 「えと・・・それで、ぴょん。んと、なぁに?」
 「うん」
 「??」
 「これなんだけど・・・」
 言いながら、ぴょんがわたしのほうに手のひらを差し出した。えっ!?うそ・・・。これって。これって。声が出なかった。 なにか言わなくちゃって思うけど。
 ぴょんの手の平には小さな指輪が光っていた。一万個のダイアモンドが輝いた黄金色の指輪。
 「あ・・・これ・・・」
 かろうじて出た声は言葉にならなくて。胸がつまって。涙がこぼれた。
 昨日プロポーズしたときにこれから一万個のダイアモンドを集めるってみんなと話してたのを聞いた。
 それが今日!?たった一日で一万個のダイアモンドを集めたの!?いったいどんな魔法を使ったんだろう・・・・・。
 「うん。受け取ってもらえる?」
 こくんと首を振った。
 「嵌めてみて?」
 「うん」
 きらきらと黄金色の指輪は左の薬指に収まった。きれい。
 「ぴょん、ありがと。大事にする。失くさないように大切にする」
 涙声だったけど、わたしの心が伝わるように一生懸命言葉を紡いだ。
 「外さないでね」
 「うん。外さない」
 この日正式にわたし達は婚約した。

第145回 竜使い
 ブリテン第2銀行前、通称2銀の扉近くの壁際に立った。今日はここでぴょんと待ち合わせしている。
 メイン銀行である1銀に比べると、人もまばらで、のんびりした雰囲気がある。だけどわたし達はここが大好き♪
 ぴょん、早く来ないかな。まだかな。あの日から数日が過ぎたというのに。今も幸福の中にいます。えへ。 友人みんなに祝福されて嬉しくて。なんかいいです、こういうの。
 「ぺこ」
 あ、来た来た。
 「じゃ、称号上げ行こうか?」
 へ?ぴょんの言葉に一瞬顔がひきつる。この間黒閣下で称号上げ失敗したばっかりなのに。
 わたしの顔色で察したらしいぴょんが安心させるようにこう言った。
 「血エレなら大丈夫でしょ?」
 「うん」
 コクンと首を振った。血エレなら大丈夫。前もよく一人で狩りに行ってたもん。
 「パールで狩るから大丈夫」
 わたしの愛馬。パートナー。あんまり言うこと聞かないけど。パールなら血エレくらい余裕だよ。
 「あ。メアもいいけどさ、ドラゴンで行こうよ」
 えぇぇぇ!?ドラゴンで!?
 「そりゃ・・・ドラゴンは厩舎にいるけど・・・でも・・・まだ一回も使ったことないし。言うこと聞くとは思えないし・・・」
 制御しきれず貰った当日から封印した茶ドラゴン。あの日から少しは調教師として成長したとは思うけど、なんとなく自信がなくて 狩りに連れて行かないまま時間だけが過ぎた。そのドラゴンで狩り?
 「大丈夫だよ。ベクトはぺこより低いスキルでドラ操ってたから」
 「ベクチンが??」
 「うん」
 ベクトはわたしの所属ギルドLBの第6世代入隊組で、調教師志望の青年。そういえばこの間ブリタニア銀行トリンシック支店でドラゴン連れて歩いてるトコ見た。
 「じゃ・・・大丈夫かな?」
 「大丈夫だよ。さ、厩舎行こう?」
 「うん」
 ゲートを開いて、トリンシックの街にある小さな厩舎に向かった。
 ブリタニアの厩舎はとっても不思議。銀行と同じ仕組みになってて、どこの街の厩舎でもペットの出入が出来るの。 どうやって転送してるんだろうね。
 厩舎の人に声をかけて、茶ドラゴンを呼び出した。天井まで届く巨体が厩舎内に現れた。久しぶりの外気に咆哮をあげる。
 とりあえず用意していた生肉を口に放りこんやる。おいしそうに食べた。それにしてもこの巨体に肉一切れで足りるのかな。 もっとやったほうがいいのかな。
 あ。パールは厩舎に預けよ。血エレのいる場所はシェイムの地下四階。パールが死んだらイヤなんだもん。代わりのモヒ種の ナイトメアを厩舎から取り出し、跨った。名前はムーン。実はメア二頭所有してるんです。えへへ。
 「じゃ、行こうか」
 「うん」
 ぴょんが用意してくれた血エレの現れるポイントにゲートを開いてもらう。青いゲートが現れたのを見計らって、ドラゴンに命令した。 ちゃんと言うこと聞きますように。ちなみにドラゴンの名前は「どら」と言います。
 「どら、ついておいで!」
 ぎゃぅ。どらが吠えた。
 「・・・・・」
 やっぱり言うこときかない。もう一回。
 「どら、ついておいで!!!」
 がぉぉぉぉ。さっきとは明らかに違う鳴き方。あ、言うこときいた。良かった。ゲートが消える前に移動できそうだ。
 「大丈夫?」
 ぴょんが心配そうに声をかけてくれた。
 「うん。大丈夫」
 どらを連れてゲートをくぐった。
 血エレの現れるポイントには他にもドラゴンを連れた狩人がいた。他の人に迷惑をかけたくなかったから、人のいない方へ移動した。 あんまり考えたくないんだけど、暴走するかもしれないし・・・。
 橋を渡って、洞窟湖前に立つ。早速血エレが一体現れた。
 「お。早速」
 「うん」
 どきどきする。緊張する。どうかどうか言うこと聞きますように。
 「どら、あの血エレを殺してきなさい!」
 がぉぉぉぉ。洞窟内に響く咆哮をあげて、茶ドラゴンは血エレに襲いかかった。
どらVS血エレ  「ぴょん、回復お願いします」
 「はいはい」
 調教師が自分のペットを治癒するために必要な動物学の勉強が足りないせいで。わたしの治癒力はかなり低いの。だからぴょんに そのお手伝いしてもらわないと、間に合わないの。二人ならなんとかなるでしょ。
 圧倒的な強さでドラゴンが血エレを倒した。さすが強い。ドラゴンが倒した血エレからお金や魔法アイテムを回収する。
 次々現れる血エレや火エレに噛み付いては倒していく。
 「これはサポートいらないね〜」
 「うん。そうみたい」
 治癒を施す必要もあんまりないみたい。ドラゴンってホントに強いんだなぁ。
 「ところで。称号上がってる?」
 「うん、上がってる」
 普通は自分でモンスターを倒して上げるんだけど。調教師は使役したペットが戦って倒して称号を上げるんです。他力本願デス。
迫力あるかな  1時間で「Good(いい人)」から「Admirable(感嘆すべき人)」になった。速い。
 竜使い初日ということもあって今日はこれで終了。厩舎にどらを預けて保養所に戻った。
 「ぴょん、今日はありがと」
 「うん」
 お金も貯まるし、称号も上がるし、うれしいな。レディになれそうな予感がする。
 え。なんで称号上げることになったか?えとね。結婚式までにロード&レディになろうって決めたからなんです。 結婚式まであと一月。