吟遊詩人な日々
第136回 アイス
 狩りでも行くかなと隊長が行った。え、狩り?秘薬を6K分買い占めて、財産がなくなりかけていたので一緒に行きたいと叫んだ。
 「シェイムで血エレでも狩るか?」
 「うん」
 隊長とわたしなら問題なく血エレメントモンスター(通称血エレ)で狩りが楽しめる。シェイムダンジョンの中でも 毒エレメントモンスターと並ぶ凶悪な血エレ相手だけどね。
 でもこのブリタニアに来て、修行を積んだわたしにとって、最近ではそれほど怖くない、かな。 心強いパートナーのせいかもしれないけれど。玄関脇につながれた愛馬パールを見つめて微笑んだ。
 シェイムへのルーンを失くしてしまったわたしの代わりに隊長がゲートを開いてくれた。
 先にゲートに入り、到着したところは、海に面した洞窟の前。へ?シェイムって海に面してたっけ??隊長・・・。
 「ここ、アイス」
 「間違えた」
 続いて出てきた隊長がアタマを掻きながら呟く。
 「アイスでもいいよ?わたしと隊長なら心配ないし」
 まずこの二人なら死なないと思う。たぶん、ね。
 「そだな。オーガロードでも狩るか?」
 「そだね。あ、入るのちょっと待って?」
 魔法で身体強化を図る。これで大丈夫かな。ダンジョンの中は暗いので、入る前に二人で夜目の魔法で視界を明るくしてから突入した。
 とりあえずダンジョン奥のオーガロード目指して、馬を駆ける。オーガロードがいた。相手の間合いに入らないように気をつけながら、 岩の影に陣取った。オーガロードがわたしのほうを向いた。ターゲットはわたし!?また!?ゆっくりわたしに近づいてくる。 うぁ、急いで剣の精霊を呼ばないと。隊長の召喚した剣の精霊が次々に襲いかかる。
 負けじと召喚しようとしたそのとき岩の向こう側から氷エレメントモンスターが4体、雪エレメントモンスター1体、赤ねずみ1体、 そして氷デーモンが現れた。って、全部ターゲットわたしかいっ!?
 隊長もいるのに。どうしていつもいつも。わたしなの〜〜〜。悠長に挑発してる余裕すらない。慌ててきびすを返して入口を目指す。 一斉に襲いかかられたら死んじゃうもん。
 最初の角でモンスターを撒いて、必死の思いでダンジョンから出た。
 パールから降りて生肉を食べさせながら、自分も軽く深呼吸した。
 「せっかく倒したオーガロードから回収できなかった」
 「だね。でもあんなにいたらさすがにキツいよ」
 「全部ターゲットされてたもんな」
 「うん」
 「相変わらず」
 「・・・うん」
 モンスターに愛される女!?うぅ。やっぱりうれしくないわ。
 そこへ雪崩れのようにたくさんの人達が出てくる。死者もいる。どうやら同じくモンスターに追いかけられたらしい。 それを横目に見ながら、隊長に声をかけた。
 「とってもスリリングだね」
 「おもしろいな〜」
 「うん。とってもね」
 「よし、行くか」
 「うん。その前に待って」
 リノアさんに貰った防御力の上がる魔法の皮鎧を着込む。それから赤デーモンを呼ぶ。
 「よっし。がんばるぞ〜」
 「うし」
 わたし達が意気が上がるのとは逆に出てきた人々は意気消沈。
 「あれ、絶対逝ける」
 「多すぎ」
 再びダンジョンに入った。げっ。慌てて引き返す。
 「隊長!!」
 「・・・うん」
 「あれって、逃げた人達が連れてきたモンスター!?」
 「だろうな」
 ちゃんとモンスター撒いてきてほしい・・・。よりにもよって入口に数え切れないほどのモンスターが密集してるなんて。 逃げてきた人達を追いかけたモンスターがそのまま居座ってるらしい。困ったな。
 「入った瞬間に逝ける」
 口々に話す人達の間を抜け、隊長と作戦開始。とりあえずモンスターの群れを走り抜け、一気に奥のオーガロードを狙う。
 突入した。ところがわたしより馬の扱いのうまい隊長を見失った。二股に分かれた道で立ち尽くした。その一瞬の油断が生死を分けた。 あっという間にモンスターに囲まれ死んだ。あぅ。
 あ。パール!!わたしの死んだ後はパールが暴れまくる。そこら中にいるモンスターを一掃していく。主がいないから誰も制御できない。 早く蘇生しないと野性化したら迷惑かけちゃう。
 なかなか来ないわたしを心配した隊長が戻ってきてくれた。蘇生してもらう。
 「メア、すごいですね〜」
 近くにいた冒険者達が感心したように呟く。確かに、ね。
 文字通り暴れ馬と化したパールが縦横無尽にモンスターを倒していく。冒険者が倒そうとしている獲物さえ横取りする始末。 このままだと野生に戻らなくても迷惑になっちゃう。
 「パール、戻っておいで」
 ちらっとこちらを振り返ったが、歩みは止めず、近くにいた赤ねずみに蹴りかかった。ったく。赤ねずみをあっさり蹴り殺し、 また次の獲物を探しに奥に移動しようとする。
 「パール、止まりなさいっ」
 やっとわたしの命令を聞いて、動きを止めた。そこで一気にパールに跨った。
 「すいません。狩りの邪魔してしまって」
 横取りしてしまったモンスターと戦っていた狩人に騎乗から謝罪した。降りたらまた暴走しそうなんだもん。
 「いえいえ。こちらも危なかったんで、助かりました」
 「ホントにすいません」
 パールが倒したすべてのモンスターから戦利品を隊長と二人で回収した。その中の一体が2500GPの大金を持っていた。 誰かが殺されたときに盗られたんだろう。持ち主もわからないので、横取りしてしまった冒険者さんと分けることにした。
 自分で稼ぐより大金だったらしくとても喜んでくれた。
 パールが一掃したおかげで、落ちつきをみせたアイスダンジョンでしばらく狩りを楽しんで帰宅した。
 そういえば隊長と二人で出かけるのって久しぶりじゃないかな。

第137回 腐り待ち
 「で、これでいいな」
 「うんうん。そだね」
 おはよ〜と元気よく声をあげて、ギルドハウスの扉を開けたら、ヘブンとしのぶが玄関脇で顔を近づけて、 何やら秘密めいた会話をしていた。
 「あ、ぺこ。おはよ」
 わたしに気づいたしのぶがこちらを振り返って、にこやかに挨拶をしてくれた。
 「おはよ、しーちゃん。・・・えと??」
 何を話してたのか気になってしょうがない。
 「ぺこはお金出してないから、ナイショ」
 「・・・あはは。ヘブンってば」
 ???ますますもって分からない。
 「んとね、ぺこ。LBにも関係あることだよ」
 「LBに!?じゃぁ、いいや」
 「が〜ん。いいって言われちゃった(泣)」
 「あはははは」
 うつむくしのぶと大笑いするヘブン。LBに関係のあることなら、直に隊長から話してくれると思ったから、なんだけど。
 「実はね、腐り待ちのタワーがあるの。LB引越計画だよ」
 しのぶの言葉に疑問がすべて氷解した。
 「あぁ、そういうこと」
 納得がいったという顔のわたしに、しのぶが頷く。そして、ヘブンが更に補足する。
 「そ。みんなでお金出し合って、タワーの権利書買ったんだよ。おかげで全財産なくなった」
 「わたしもー」
 あ。そういうことなんだ。なるる。
 数ヶ月前、ロード・ブリティッシュ公が治めるこのトラメル世界で家建築が解禁された。空前絶後の騒動の末、 隊長が大きな別荘タイプの家を建てた。
 家が建つのとほぼ時を同じくして、あの首都ブリテンの魔法屋の前を集合場所にしていたメンバでギルドを創った。 ギルド「LOVE☆BITES」。通称LBが誕生した。そして、活動のかいあって、トラメル・フェルッカを合わせて ランキング4位を誇る人数を要する大所帯ギルドにまで成長していた。
 それはとても喜ばしいことなんだけれど。一方で大きかったはずのこの家。ギルドハウスもすっかり手狭になってしまっていたの。 ギルドメンバー60名近くいるんだもんね〜。当然といえば、当然かな。室内では窮屈だから、みんなすっかり庭と化している、 ギルドハウスと海にはさまれた空間でおしゃべりする毎日なんだもの。
 わたしの友人達に言わせると、いつも誰かしら人のいるギルドハウスの方がおかしいらしい。彼らのギルドなんて、 ほとんど見ないらしい。そうなのかな。これが当たり前だから。想像つかないんだけど。
 そんなわけで、以前から手狭なギルドハウスの引越を幹部一同考えていたのです。できれば、はて〜師匠のギルド 「裸戦隊」のような巨大タワーに。
 その巨大タワーが腐り待ちに入ってるなんて。信じられない。
 「で、どこにあるの?」
 「ルーンなら、そこにあるよ」
 しのぶの示した床に、昨日までなかったルーンが固定されていた。ルーンに刻まれた文字は「へへへへへ」。 いったい・・・・。戸惑いつつもルーンを指差しながら、しのぶに訊ねた。
 「しーちゃん、これ?」
 「そ」
 まずは実地見学してこよ〜。
 「とにかく見てくる」
 「うん。いてら〜」
 「ん。行ってきます」
 リコール(瞬間移動)の呪文を詠唱して、謎の刻印「へへへへへ」のルーンの地点に跳んだ。
 寒い。吹きつける冷気と一面白い視界。ここ、北極。えぇっ?北極のタワーが腐りかけてるの!?うそっ。 そんな好条件が有り得るワケ?
 建設ラッシュに沸いた数ヶ月前、元々モンスターの少ないこの北極は一流リゾート感覚で土地の奪い合いになった。 大人気超一流立地条件なのに。
 視界になれると目の前に灰色のレンガが見えた。あ、タワー。確かに腐りかけてる。レベル4くらい、かな。 あと2〜3日以内に確実に腐って崩れること間違いなしだ。
 ギルドハウスに再び戻った。
 「見てきた。レベル4だね」
 「うんうん」
 「は〜、早く腐ってほしい。昨日も一日張ってたんだから」
 そう言って、ヘブンが大きなあくびをした。
 「え!?」
 びっくりしたわたしに、ヘブンが理由を説明してくれた。
 「ほら、腐る時間計るため」
 「あ、なるる」
 ブリタニアの家は定期的にリフレッシュしないと10日程で腐ってしまうの。リフレッシュって、ちっとも大袈裟じゃなくて、 その家に登録されている人間が扉を開閉するだけなんだけどね。
 腐るのも一気に腐るんじゃなくて、レベル1からレベル5まで段階を追って腐っていくの。レベル5を超えると完全に崩壊して、 その家に保管されている物は盗り放題。その上腐った家の跡地に新たに家を建築することもできる。
 あの解禁から現在。ブリタニアは土地不足で新築の家はほとんど建てられない。中古物件も急騰して、 4万GPだった一番小さな家ですら、今や100万GPで取引される始末。そうなの、ブリタニアは数年前の故郷と同じバブル状態なの。
 そんな状態で家を得るには、腐った家の跡地に新築で建てるしかないの。これなら急騰前の値段で家が建てられるもん。
 ついにLBもタワー住まいかー。いいかも。えへ。
 「とりあえず。オレとしのぶとゆうで張りこむ」
 「明日の2時くらいだね」
 崩壊時間は一日張り込んだ結果それくらいと判明したらしい。
 「タワーと小さな家の権利書を何枚か用意したから」
 「がんばってね」
 「眠りたいよ」
 ヘブンがあくびをしながら、部屋へと引き上げていった。
 腐った後の家の建築は早いもの勝ち。タワーの腐った広大な跡地にタワーを直接建てるか。もしくは小さな家をとりあえず建てて、 土地を押さえるか。この二段作戦らしい。
 どうなるのかな。少し冷えてきた外気に触れながら、机に頬杖をつく。
 木の香りが鼻孔を擽る。毎日リフレッシュしているせいか、このログキャビンはいつでも良い香りがする。
 ここに住み始めてどれくらい経ったのかな。ふと、そんなことを思った。主はまだ帰ってこないけれど、こうして待つ時間も幸せ。 えと。どこに住んでいるかって?ふふ。そのお話はいずれ、また、ね。
 翌日。空は晴天だったけど。わたしはあんまり体調がよくなかった。アタマがくらくらしてた。午後になってやっとベッドから 起き上がった。ユー産の魚肉ステーキを無理矢理頬張った。あんまりおいしくない・・・。これって、体調のせいだよね。たぶん。
 一階に降りた。やっぱり主の姿はない。もうでかけちゃったんだ。起こさないでいてくれた心遣いが嬉しい。えへへ。
 おなかを空かせてたパールにも生肉をやる。でないと、わたしがエサになっちゃうもんね。相変わらず反抗的な愛馬なんだから。 だけど。大事なパートナー。エサでご機嫌になったパールに跨り、ギルドハウスに直行した。
 鍵を開けて中に入った。誰もいない。腐り待ちのタワーのとこかな。そう思い床のルーンにリコールを唱えようとしたとき、 扉の開く音が聞こえた。
 振り返ると、そこにぴょんが立っていた。
 「あ、ぴょん。おはよ〜」
 「ぺこ!?大丈夫なの?調子悪いって聞いてたんだけど」
 「ん。ヘーキ。みんなは?」
 「タワーのとこ。しのぶとゆうとヘブンが出張ってる」
 「わたしも行く」
 「おけ」
 ゲートを開く魔法を詠唱してから、ぴょんが言った。
 「情報が漏れたみたいで、タワー前すごい人だよ」
 「あらら。ライバル多いのか」
 「だから、更に権利書買ってくるわ」
 「うん。わかった」
 ゲートに入った。タワーから北に上ったところに出た。下ってタワー前に移動した。うわ。すごい人。何十人もの人が集まっている。 これ、全員ライバル・・・。競争率高そう。タワー建てられるのかな。
 あ。レベル5になってる。てことは、崩壊まで時間の問題だ〜。
 そういえば、みんなの姿がいない。どこにいるんだろ。クリスタルでみんなに声をかけた。
 『ね、どこにいるの?』
 早速返事が返ってくる。
 『オレ、潜伏中』
 『しのぶもだよー』
 なるほど。二人は姿を消して、潜伏中なのね。えと、ゆうちゃんは?
 『人ごみにラマに乗った黒い服の色ぽいのがいるでしょ。それ、オレ』
 自分で色ぽいとか言うかな。くすっと微笑って、聞いた姿の女性を探した。確かにいるいる。でも人が多くて、 ゆうのそばに行けそうもない。仕方なく、タワー前の家の壁の前に立った。
 しばらくしてぴょんが同じくギルドメンバのボビンを連れて戻ってきた。ボビンはぴょんを「アニキ」と呼んで慕っている自称 「アニキの弟子」である。
 「ボビンもいたから、手伝わせる。権利書渡してあるから。やり方わかるよね?」
 アニキの言葉にボビンが顔をほころばせながら頷く。
 「がんばりますよっ!!ぺこさんも来てたんですね」
 LB幹部になってから若いメンバからは「ぺこさん」と呼ばれるようになってしまって。呼び捨てでいいって言ってるのにな〜。
 こうして全員がスタンバイした。ライバル達を横目に刻一刻と迫るタワー崩壊時間をじっと待った。
 そして。
 『いよいよ、だね』
 『ん』
 『とにかく家建てるぞ。タワーが無理でも小さい家で土地押さえよう』
 『おけ、おけ』
 『タワー担当がどうしてオレなの?』
 『ゆう、気にするな』
 『ぺこ、大丈夫なの、カラダ?立ってて平気?』
 『ありがと、しーちゃん。終わったら休むから。大丈夫だよ』
 『なんかあったらゲートで送っていくよ』
 『ありがと、ぴょん』
 崩壊まであとほんの少しというそのとき。
 人ごみからそっと抜け出した人物がいた。その者はタワーの入口に立ち、扉を開いた。
 !?
 ほんの一瞬で、崩壊するタワーが真新しいそれへと移った。
 ・・・リフレッシュ。
 タワー前に集まっていた全員が、その場でへたれこんだ。
 脱力している人々の中から聞こえた呟き。
 「これって、新手のいたずらかよ・・・・手が込みすぎ・・・・・」

第138回 スーパーサポート
 ギルドが大きくなるほど、公務に追われて忙しい毎日を過ごすようになった。
 わたしが育てた新人達も今ではギルドの幹部候補生として小隊を率いているし。第5、第6世代の新人達も育ち始め、 自主的に若い世代のサポートを務めるようにまでなってる。とっても嬉しい。
 公務以外にもギルメンのメンタルサポートもわたしの仕事の一つ。わたしはLBのおかあさんって呼ばれてるから、ね。 でもホントはおね〜さんだと思うんだけど。ちなみにお父さんは隊長、おに〜さんはぴょんだったりするの。
 ギルメンによれば、厳しい隊長パパ・優しいぺこママ・頼れるぴょんアニキというイメージなんだって。なんか分かるような、 分かんないような・・・。
 連日の会議と公務とメンタルサポートと、がんばりすぎて体調を壊してるわたしを心配して、隊長とぴょんがメンタルサポートと 公務の一部を肩代わりしてくれることになった。
 更に、蘇生ができるから友人やギルメンからよく呼び出しがかかるんだけども、こちらもぴょんが名代で行ってくれることになった。
 二人から、少し休むといいよって。彼らの心遣いが嬉しくて、素直に甘えることにしちゃいました。
 というわけで。やっと自分の時間を過ごせるようになったの。感謝、感謝。そんなワケで。今日はのんびりお家で寛いでるんだ〜。
 ひっそりとしたログキャビン一階の隅に置かれた机に頬杖をついて、壁にかかった絵画を見るともなく見る。この家の主が 手に入れた宗教画。ほっとする。あとはここに当人がいてくれたら、いいのにな。
 同じ家に住んでいるというのに、最近はスレ違いが多い。連絡がまったくないわけじゃないけど、逢いたいなと思う。 主を介して、知り合った友人じーくんやゆいなにグチったりして、気を紛らわしているけれど。ね、淋しいと思うわたしを分かってね。
 ぼーっとしててもいいけど。久しぶりに天国騎士団の保養所に行こうかな。そう決めて、着替えを済ませて、愛馬パールとともに出発。
 天国騎士団の保養所は最近リフォームをして、二階に温泉が湧いてるの。わたしは結構お気に入り。男女混浴なので、 水着着用してますけど。
 「あ、おはよー」
 「ぴょん、おはよ♪」
 玄関にいたぴょんに挨拶した。
 「どうしたの?なんかあったの?」
 心配そうに訊ねるぴょんに笑顔で応える。
 「ううん。違うの。なんとなく遊びに、ね。ほら、今日って天国騎士団の集合日でしょ?」
 「うん」
 ぴょんが肯く。
 「そのうち来るから、待ってるといいよ」
 「ん。そうする」
 玄関に設置されたセキュア箱の整理をしているぴょんのそばで、たわいもないおしゃべりをしながらみんなが来るのを待った。
 「おはよ〜です」
 黒鉄の防具に身を包んだ男性が玄関の前に現れた。コバさんだ。彼はぴょんのお弟子さんなの。
 「あ、コバさん。おはよーです」
 「どもども」
 後ろから優しい声音が聞こえた。
 「おはよーございます」
 「あ、愛鈴さん♪おはよーございます〜」
 「あ、ぺこさ〜ん」
 「この間はどうもでした」
 二人同時に同じことを口にした。天国騎士団にいる女性メンバである愛鈴さん。
 初めて会ったときから意気投合してしまったの。もう一人しょうこさんがいらっしゃるんだけど。3人揃って仲良しになったの。 わたしが保養所に来るようになったのは、それもあるかな。
 次々現れるメンバ。実はこのギルドの人達とはすっかり顔馴染み。ぴょんのおかげかな。それになぜか最近集会に毎週の ごとく参加してるしね。総帥ターナさんのお師匠様がいらっしゃったときなんて、なぜかわたしに呼び出しがかかったし。 これだから、隊長に時々言われちゃうんだわ。
 楽しくおしゃべりをしながら集会が始まるのを待っていたけれど、今日はどうやらターナさんがいらっしゃらないみたいだった。
 散会するのももったいないからと、ぴょんがどこかのダンジョンに行こうといい始めた。
 「カルダン行こう」
 「あ、行ったことないから行きたいです」
 ぴょんのもう一人の弟子であるバイオくんが手を挙げて賛成する。ぴょんの兄弟弟子のコカムさんも賛成した。
 ぴょんがハタと愛鈴さんを振りかえって、
 「そうだ。愛鈴さんも行きましょうよ」
 「え。恐いからいい」
 「え。愛鈴さんもいいかげんダンジョンいきましょう」
 うつむいてイヤイヤと言い続ける愛鈴さんにみんなの行こうコールが始まった。
 「じゃ、愛鈴さんが行けるとこで」
 「ダンジョンデビューだ」
 「デスパイズ一階かな?」
 「いいね」
 「ね、行こう」
 「愛鈴さんなら大丈夫なんだけどな」
 「わたし、ぺこさんとお留守番してます」
 首を全然縦に振らない愛鈴さん。
 「じゃ、ぺこも行こう!!」
 ぴょんがわたしを見て、叫ぶ。
 「は?」
 いきなり話題を振られて、聞き役だったわたしはびっくりした。反対にそれを聞いた彼女は急に元気になった。
 「あ、ぺこさんが行くなら、行きます」
 「え・・・」
 「じゃ、決まりだな」
 「愛鈴初めてのダンジョンツアー」
うぉぉぉと雄たけびをあげる男性陣。わたしをじーっと見つめる愛鈴さん。またわたしを外野にして話しが・・・。 この状況で行かないって言ったらダメなんだろうな・・・。・・・はぁ、行くしかないんだよね。
 でも確か愛鈴さんって、グランドマスターのスキルを全7種の内6種まで手にしているという最強の対人スキル保持者なんだよね〜。 黒閣下と古代竜以外雑魚と言い放ち、それらのモンスターさえ翻弄するぴょんよりその実力は上なんだけど。
 ご本人がなんというか平和主義者で、狩り嫌いなの。狩りに行くよりも、わたしとおしゃべりしたり、舟でぼーっと釣りを楽しむ ほうがお気に入りという人なんだよね。
 そんなわけで。愛鈴さんへの友情のため、一緒にデスパイズに行くことになりました。メンバは主役の愛鈴さん。 サポートにぴょん、コカムさん、バイオくん、コバさんとわたし。古代竜相手でも負けないようなサポートメンバが揃ってます。
 ぴょんが開いたゲートで冒険初心者向けダンジョン「デスパイズ」一階に向かった。一階は入口近くに怪獣が出るの。 数が多いくらいで、特に危険なこともない。初心者なら数で負けちゃうだろうけど、今回のメンバはそういう心配は一切 必要ないし・・・・・。
 早速みんなが誘導してきた怪獣に愛鈴さんの初狩り。
 「こわいよぉ〜」
 ラマに乗って、脅えている愛鈴さんにコカムさんが言う。
 「大丈夫だから、愛鈴やってごらん」
 「愛鈴さん。魔弾を撃ってみてください」
 ぴょんが愛鈴さんにアドバイスする。
 コカムさんの影から呪文を唱える。ヒュンッと風を斬る音とともに魔弾が怪獣に炸裂した。ごぉっと怪獣の元から火柱が上がり、 見た目にもはっきり分かるほどモンスターは瀕死の重傷を負っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
 予想通りというか、予想以上というか。これが愛鈴さんの魔法の威力であり、これが本来の彼女の実力。・・・さすが6GM。
 それでも怪獣を怖がる愛鈴さん。う〜ん。・・・・・ヒトって分からないわ。
 大量に湧く怪獣の群れをみんなで集めた。もちろん、愛鈴さんを直接ターゲットさせないように気をつけて。愛鈴さんが倒した 怪獣から裁縫をしている人の為に皮を剥ぎ取る。わたしは愛馬パールのために生肉を集める。
 そういえばパールにあんまり良いもの食べさせてないなぁ。今度古代竜の肉とか黒閣下の肉とか用意しておこうかな。
 そうして30分程で、愛鈴さんは疲れたらしく、先に帰宅していった。
 残ったメンバは帰るワケでもなく、ヒマをもてあまして、怪獣と戯れていた。狩りというより、ただの暇つぶし。 怪獣相手にホンキを出すメンバなどこの面子にはいないんだもの。
 そこに冒険初心者の男性が怪獣と戦っているのが目に映った。白いベレー帽に骨製の防具、見るからに粗末な刀。 なぜか盾だけが魔法の盾だった。怪獣相手にかなり押され気味な様子はまさしく冒険初心者そのもの。
 あ。なんか久しぶりかも。えへ。
 「えと、包帯スキルとか上げてないよね?」
 必死の形相で戦っている戦士に声をかけた。・・・。返事をする余裕がないみたい。
 「差し支えなければ、回復してもいいかな?」
 「あ、お願いします」
 回復の言葉に過剰に反応した。それなら遠慮いらないみたい。
 傷ついた戦士オサに治癒魔法を施す。わたしが回復するのを見て、残っていた全員がオサの周りに集まり始めた。 ・・・みんな退屈してたのね。かわるがわる包帯や魔法で治癒を施し、怪獣を倒しやすいように毒魔法や炎の壁を出して、傷を負わせる。
 オサには何が起きているのか分かってないみたいだった。
 ぴょんが挑発のメロディを奏で、怪獣を同士討ちさせると、
 「敵同士が戦ってる・・・。なんで!?」
 と驚きの声をあげた。なんか、かわいいぞ。
 かばんの中のクリスタルを手にとって、仲良しのしのぶに連絡を取った。
 「しーちゃん、冒険初心者のサポートしてるんだけど。来る?」
 「あ、ヒマだったから、行く〜」
 「じゃ、逆ゲート出すよ。今、ギルドハウス?」
 「ううん、2銀にお願い」
 「ん、おっけ〜」
 ブリテン第2銀行に逆ゲートを開くと、しのぶが現れた。
 「そこで怪獣に埋もれてるのが、初心者のオサさんだよ」
 「おけ〜」
 オサを取り囲むメンバを眺めて、しのぶがしみじみ呟いた。
 「豪華なサポートメンバだね」
 その言葉に全員がウケた。
 確かに、ね。きっと最高のサポートメンバがついてることをこの冒険初心者だけが知らないんだろうな。

第139回 洋服
 室内が少し翳った。陽が少し傾いてきたみたい。立ち上がって、燭台に明かりを燈す。
 机に向かって一心不乱に作業をしているレビアはそれすら気づいていないみたい。なるべく音を立てないようにして、 そっと扉を開けた。
 ログキャビンの手すりにもたれて、空を見上げた。穏やかな冬空が広がっている。雲がゆっくりと流れていた。
 あとどれくらいかな。朝からずっとあの調子だけど。話し掛けてもきっと怒ったり、気分を損ねたりしないことは分かってる。 でもなるべく邪魔はしたくなかったから、そばで静かにしていた。こんな風な沈黙が決して嫌いじゃないし。昔もよく二人黙って、 波の音だけが響いていたなんてこともあった。
 軽く深呼吸して、室内に戻った。
 「ぺこ、遊びに行ってき。あとどれくらいかかるか分からんから」
 視線は落としたまま、言った。
 「ううん。ここで待ってる。大丈夫だよ。ちっとも退屈してないから。一緒にいられるだけで嬉しいもん」
 首を振って、レビアを見つめながら返事をした。
 「そか」
 「ん」
 ホントに、ね。一緒にいられるだけで十分なの。
 レビアが裁縫師の修行を始めてからどれくらい経ったのかな。取り引きで大量に仕入れた皮で、毎日毎日針を動かしては縫う毎日。 皮の運搬を手伝ったりしたけど、縫っているところを見るのは、今日が初めてかもしれない。記憶の糸を手繰り寄せてみたけれど、 引っかからなかった。ん、やっぱり初めてだ。今日は起きたらたまたまこうしてお部屋にいたんだよね。
 数時間前のことが思い出された。
 「今日中に裁縫グランドマスターになる」
 そう嬉しそうな顔をして報告してくれた。
 「ホントに!?おめでとう」
 「うむ」
 肯くレビアを見ながら、両手をポンと軽く叩いて、言った。
 「じゃぁ、グランドマスターになるのここで待ってるわ」
 「えっ!?何時になるか分かんないぞ」
 「ん。いいの、いいの」
 呆れた様子のレビアにニコニコしながら応じる。
 「グランドマスターになる瞬間に居合わせるなんて、素敵だと思うもん」
 「(笑)」
 そうきっぱり言った。
 そうだ。
 「ね、おねだりしても・・・いいかな?」
 「ん?なに?」
 「あのね・・・。グランドマスターになったら、一番にわたしに洋服を仕立ててほしいの。・・・・ダメかな?」
 上目遣いに呟いたわたしに、微笑みながら応えてくれた。
 「いいよ(笑)」
 「わ〜い、やった〜」
 ばんざいして喜ぶわたしをニコニコしながら見つめる。えへ。
 そしてすぐに作業に入ったんだった。ちくちくちくちく。衣擦れの音と針を動かす規則正しい音だけが響いて。ちくちくちくちく。
 「やった〜。グランドマスターだ」
 生地も残りわずかという頃になって、レビアが叫んだ。
 「やった〜、おめでとう〜」
 「おう」
 「よかったね、よかったね〜」
 「(笑)」
 自分のことより嬉しいことなんて、なかなかないよ、ね?
 「んじゃ、早速仕立てるか」
 「うん♪」
 「なにがいい?」
 「今着てるのと色違いがいいな」
 「おけ」
 真新しい布を箱から取り出して、レビアが縫い始めた。今着ている洋服もレビアが修行中に仕立ててくれたの。胸が高鳴ってる。 どきどき。
 「できた。色はどうする?」
 出来上がったばかりの洋服を抱えて、振り返る。
 「えと、同じ色がいい・・・な」
 今レビアが着ている洋服と同じ色がいい。
 「これ、オレのオリジナルなんだよ」
 「うん♪」
 染料で染め上げて、レビアがグランドマスター裁縫師になって一番最初の作品が仕立てられた。洋服にはグランドマスターを 表すようにレビアの銘が入っていた。
 「ありがと〜。大切にするっ」
 「おう、そうしてくれ」
 「うん」
 仕立てられたばかりの洋服を抱きしめた。嬉しい。ずっと大事にする。わたしの宝物。
 真新しい春の空のように清んだ水色の洋服を身に纏いながら、幸せを神様とロード・ブリティッシュに感謝した。

第140回 レディへの道
 海から吹く風が気持ちの良い午後。今日はお天気もとても良い。そろそろブリタニアも春だな。仲間たちと談笑しながら、 ふと見上げた空を見て思った。
 「隊長、ロードになったんだって?」
 ぴょんが心底驚いたという表情で言った。
 「そうそう。もう落ちちゃったらしいけど」
 笑いながらしのぶが応える。
 「速っ」
 ヘブンとわたしが同時に呟いた。
 称号。このブリタニアで広く知られた制度。因業と知名度。この二点を合わせて付与される。
 因業は、カルマと呼ばれる善悪の指針となるもの。善行を行えば上昇して、悪行を繰り返せば減少していくんだよ。
 知名度は、自分より強い相手を倒せば、どんどん知名度が上がっていくの。でも死んだら下がっちゃうよ。
 どちらもわたし達の行動によって変化していく点は同じ。これが最高のランクになると、男性はロード、女性はレディの称号が 得られるの。ロード/レディの中には因業によって善のそれもいれば、悪のそれもいるよ。ブリタニアで生きているなら一度は 誰だって憧れると思う。
 商いで生計を立てている人の中にはロード(レディ)銘の製品を作れるから、目指している人も多いよ。やっぱり箔がつくもんね。 使う側もそういう製品だと自慢の一品になるし。
 隊長がそのロードになったなんてね。っていっても、もう隊長は死んで「ロードおち」。つまりロードじゃなくなったらしいけど。
 「隊長、ロード4時間でなったんだってね」
 「速いね、上がるのも、下がるのも」
 「確かに」
 それにしても4時間でロードになっちゃうなんて。速いな。何ヵ月もかかる人もいるのにね。
 「ちなみにオレもロード」とヘブン。隊長のお手伝いをして一緒になったらしい。
 「同じく」とぴょん。
 彼は随分以前からロードだったような気がする。ロードじゃないぴょんを見る方が珍しいような・・・。
 「アルもロードだよね」
 「うん」
 アルフレドが肯いた。
 アルは、ギルド内PKの呼び声高いいたずらっ子。入隊当日ギルドマスターの隊長と副ギルドマスターのブラックを瞬殺した強者。 もちろん。直後ヘブンとわたしに殺されたんだけど、ね。その後も相変わらずギルドメンバを見つけるとすぐさま攻撃して殺すを 繰り返す問題児・・・なんだけど。憎めないのよね。昔のヘブンに行動がそっくりだからかな。
 「あれ、じゃ、全員ロードだ」
 この場にいた男性3人はすべてロード。
 「レディめざそうかな」
 そう呟いたのは親友のしのぶ。
 「うん、がんばって」
 「うん」
 その日の夕刻。最近入り浸りの天国騎士団の保養所で、少し遅い午後のお茶をぴょんと二人で楽しんでいると、
 「ぺこもすぐにレディになれるよ」
 そう言った。
 「ホント?」
 「うん」
 最高の称号を得られるの?それはとっても嬉しい♪
 「死にマニア」「へっぽこ吟遊詩人」と呼ばれるわたしがレディになれるなんて。うっとり。いったいどんな方法なのかな。
 わたしでもレディの称号を得られるなんて。そんな夢みたいなことホントにあるの?  半信半疑でぴょんに訊ねた。
 「どうやって?」
 「閣下毎日一体ずつ倒せば」
 「・・・・・」
 あ、あ、あのね。ブリタニア最強のモンスターを倒し続けてれば誰だって上がるに決まってるってば〜。泣。
 わたしのキモチとは裏腹にぴょんは名案を思いついたとばかりにわたしに向き直ってこう言った。
 「そうだ。早速閣下の倒し方教えてあげるから、閣下倒しに行こう」
 「!?」
 な、な、な、なんてこと言い出すのぉぉっ。
 「・・・ヤだ」
 可能な限り「否や」を込めて言った。ここは強気に押し通さなきゃ。毎回、このパターンでロクなことにならないんだもの。
 「いいじゃん」
 「恐いし。・・・死ぬもん」
 閣下を狩りに行ったことがないとは言わない。ただ行くたびに死んでるだけ。
 「オレがいるから大丈夫。死なない」
 ぴょんがいる・・・。きっちり5秒考えて、答えた。
 「じゃ、行く」
 わたしの返事に肯いて、
 「先に行って、閣下誘導しとくから。ぺこ、準備できたら連絡して?」
 「ん。わかった」
 そう言うと、リコールででかけてしまった。
 準備っていっても、パールを厩舎に入れるくらいかな。万が一閣下の手で殺されたら嫌だもん。レビアからプレゼントされた 大切なパートナーなんだから。
 パールは、その黒く長いたてがみから「ロン毛」と通称される種類。しかもこのロン毛種はモンスターに起きた異変のせいで、 現在ではその姿を全く見ることができなくなった貴重種でもあるの。
 死なせたら最後、二度と入手できないロン毛種は同様の漆黒種と共に価格が急上昇して更にレア化してきてるんだよね・・・。
 この「入手不可能」が気になって、それ以来狩りにパールを連れて行けなくなっちゃった。下級モンスターより強いのは分かってる んだけど。過保護ぶりを発揮してます。えへ。
 そんなわけで。厩舎にパールを預け、かわりに乗りラマに乗ることにした。
 このラマはデルシアの街近くの森で木に足を取られて動けなくなってたところを助けて連れて帰ってきたの。誰かに譲渡しようと 何度か試みたんだけど。どうやら飼い主を転々としてきたみたいで、とっても人間不信。で、未だに良いパートナーに 巡りあうことなく、わたしのもとにいる。
 乗りラマに跨り、リコールで保養所に戻る。室内には入らず間剣先で立ち止まると、クリスタルをかばんから取り出した。 さて。連絡、と。
 あ、秘薬の確認するの忘れてた。どうしよ?ま、いっか。
 『準備できたよ〜』
 クリスタルでぴょんに呼びかけた。しばらくして保養所の前にゲートが現れた。ぴょんの出してくれた逆ゲートの中に入った。
 視界が変わって、耳に異形の声が入ってくる。自分のいる場所を確認するため辺りを見回した。一面石のタイルが敷き詰 められた通路。奥へと続く方向だけ鉄扉があり、その右側だけ開いている。その開いたドアの向こうにいたのは、 オフィディアン蛇と、そして、閣下。
 「ここ、蜘蛛城・・・・」
 黒閣下の降臨するところなんだものね。テラサン城に連れてこられたっておかしくないんだわ。開いている扉の前には大きな石が あるため、モンスターはこれ以上は入ってこられない。だから扉側に憂いはないんだけど。
 でも反対側の外へと続く回廊からテラサンアベンジャーが来たら、わたし、間違いなく死ぬな〜。はぁ。ため息を吐いたわたしを 気にすることもなく、目の前のぴょんが指示を出した。
 「さ。ぺこ、炎壁出して」
 「はーい」
 了解。呪文を詠唱する。閣下に向かって一筋の炎が走った。
 ところがぴょんから異議を唱える声が上がった。
 「ぺこ、それ違うから」
 あ゙。しまった。今のは火柱でした。
 「炎壁!!」
 「あ、ごめんなさい」
 うぅ。厳しいな〜。今度は呪文を間違えることなく炎壁を閣下の足元に出現させた。
 閣下が業火によって焼かれる・・・はずなんだけど。元気そう♪ってダメじゃん。
 反対にわたしは閣下の魔法攻撃をまともに受けて死にかけ。ぴょんがすぐに回復してくれるからかろうじて生きてるけど。 うぅ。痛いよ。
 「しばらくそうやって攻撃受けててね」
 「はぁ!?」
 ・・・囮?・・・人身御供!?・・・生け贄!!不吉な単語が次々浮かぶ。
 「閣下のマナ(MP)そのうちなくなるから」
 「・・・・・」
 あぁ。なるほど。これが閣下を倒す戦略なんだ。わざと魔法攻撃をしかけさせて閣下からマナを失わせてるんだ。 でも。やっぱり痛い。
 炎の壁が消えれば、出し、閣下の攻撃を受けること数回。
 「よし、マナが切れみたいだから。ここに大渦巻だして?」
 閣下のマナが切れたことを確認したぴょんが新たな指示を出してきた。
 「ここってどこなの?」
 「早く出す」
 「だからぁ、ここってどこなの?」
 「蜘蛛城だよ。そんなこといいから早く出す」
 「だからぁ、そうじゃなくて、どこに大渦巻だせばいいの?」
 「何言ってんの。お金置いてるとこだよ」
 へ?床を見回すと右側の壁に確かにお金が置いてある。いつのまに置いたの??
 「あそこに出す」
 「えと、わかったけど・・・」
 言葉につまるわたし。
 「大渦巻出ないなら剣の精霊でもいいよ」
 さすが。よくお分かりで。大渦巻出せたことあんまりないんだよね〜。
 とりあえず大渦巻を出現させるべく、呪文を唱える
 失敗を数回繰り返した後大渦巻が出現した。って、えぇっ!?こっち来るっ。うぎゃぁぁ、死ぬ、死ぬ。寸でのとこで ぴょんがわたしを不可視魔法で隠してくれた。そして大渦巻を消去。
 「はぁ、助かったぁ」
 致命傷に半歩間に合ったような重傷の身体を回復させながら、ほっと肩をなで下ろした。
 「間違えただろ!!」
 「うん。ごめんね」
 お金の置いてあるタイルの場所からお金が消えた瞬間、どのタイルか分からなくなっちゃったんだもん。指示された位置に 出さなかったのが原因でわたしを襲ってきたのね。うひぃ。
 「さ、出す」
 ぴょんの言葉に頷いて、今度は正しい位置に出現させた。すると大渦巻はわたしを狙うことなく閣下のほうへ向かっていく。 うわぁ、すご。あの位置だとわたしのトコに来ないんだ。へぇぇ。勉強になるな〜。
 ぴょんと一緒に若い連中が狩り行きたがるの理解ったような気がする。狩りの勉強になるよね〜。そういえば。わたしって あんまりぴょんと一緒に行動してないかも。もしかして久しぶり!?
 そこへ予想通りテラサンアベンジャーが現れた。1体また1体と現れ、こちらに襲い掛かってきた。うわぁ。痛い、痛い。 ヤだぁぁ。痛い、痛いってばぁ。二体のアベンジャーがわたしに襲いかかる。やっぱりヤだぁ。帰るぅ。
 逃げ惑うわたしを尻目にぴょんが楽器を奏でる。過たず、アベンジャーが同士討ちを始めた。さすが最強の吟遊詩人系魔法使い。 扇動に失敗なんてしないのね。
 「あぁ、閣下のマナ戻ってるじゃん」
 そんなこと言われても・・・。
 「さ、ぺこ。また炎壁出して。最初からやり直しだから」
 「・・・・・はい」
 また炎壁を出していると、新たにアベンジャーが現れて邪魔をする。しかも今回はわたしのラマが襲われ昇天。ごめんね、ラマ。
 アベンジャーが現れる度に逃げるわたし。そしてまたマナが戻る閣下・・・。堂々巡りで閣下を倒すことなんて無理なんじゃ・・・。
 「こんなにてこずるの初めて・・・」
 ぴょんがしみじみ呟いた。その言葉に何も言えません。
 「帰る」
 ぼそっと呟くわたしに、さすがのぴょんも肯いた。
 「じゃ、ゲート出すから」
 「・・・うん」
 ゲートをくぐり、保養所に戻った。机に倒れこむように座る。
 「閣下倒すなんて、無理だよ」
 「そうやって、最初から逃げてたら倒せるものも倒せない!!」
 いつになくはっきりとぴょんが言った。
 ・・・・・。
 ぴょんの言う通りだ。だけど。でも。
 心が強くなるまで、もう少しレディはお預けかな。