吟遊詩人な日々
第111回 蜘蛛城
 久しぶりに狩りに行くことにした。場所はやっぱりテラサン。手っ取り早く金を稼げる場所といえばここしかないもん。
 わたしの狩り場はテラサンの地上。池のそば。今日は比較的空いてる。良かった。あんまりたくさんいると獲物の取合いに なっちゃうから。
 池の前に蜘蛛がいないので、歩いて、城の回廊入口あたりまで行く。あ。いた、いた。狭い通路にテラサンアベンジャーが ひしめき合ってる。
 リュートを取出して、わたしを攻撃対象にするような挑発の旋律を奏でる。わたしに向かって蜘蛛たちがもぞもぞと動き始めた。 おっけ。うまくいったみたい。蜘蛛に追いつかれないように、だけどわたしを見失わないように、インディにスピードを調整してもらう。
 振り返りつつ、ぞろぞろついてきてることを確認しながら、元の池のそばまで移動した。そしてテレポートで池の縁に上がる。 蜘蛛の到着を待って、今度は蜘蛛同志で相打ちを促すように挑発の旋律を奏でる。おっけ、相打ちをはじめた。ふぅ。 とりあえずこれでいいかな。
 モンスターが共倒れするのを少しでも早めるように呪文を詠唱して剣の精霊を呼び出す。って、あれ。蜘蛛にあたらな〜い。 わたしの出したそれは蜘蛛に近づきもしないで向かえの丘に登って行く。あぁ、それちゃうや〜ん。どうしよう〜。う〜。
 そうだ。いいこと思いついた。剣の精霊と蜘蛛を相打ちさせたらいいんじゃないのかな。音楽を奏でる。心地よい旋律が流れ剣の 精霊が蜘蛛に近づいて行く。やったぁ。うまくいった。
 つれてきたモンスターすべてを倒し、剣の精霊も消去して、戦利品を回収した。うんうん。たっぷりある。だからテラサンは やめられな〜い。
 次々に蜘蛛を誘き寄せては挑発と魔法を利用して倒して行く。ただし、剣の精霊だけはなんどやっても失敗。う〜。 どうしてなのかなぁ。うまくモンスターにぶつけられない。あぅ。
 さて、一旦銀行に稼いだお金を置きに行こうっと。んと、ここからだとデルシア銀行がいいかな。リコールの呪文を唱える。 あれ?なんで飛べないの?
 ・・・。もしや。慌ててかばんの中の秘薬袋を開ける。うわっ、しまった。秘薬切れちゃったんだ。うまくいかないからって、 何度も剣の精霊の召還魔法唱えたから。あぁ、どうしよう。
 ここから歩くにしたって、一番近いパプアに着く前にモンスターに襲われちゃうに決まってるし。だいたいテラサン城なんて リコール以外で来たことないんだもん。出口なんてわかんないよ。
 はぁ。すぐそばの木にしゃがみこんで、呆然。どうしよう。帰れなくなっちゃった。
 どうしよう。インディ。帰れなくなっちゃったよ。幹にもたれたまま、インディを見上げる。インディもまた困ったような顔を してわたしを見る。ごめんね、わたし、へっぽこで。はぅ。ホントにへっぽこだわ。
 もう一度秘薬袋を覗いたけど、やっぱりリコールに必要な秘薬が一種類だけ欠けている。はぁ。ここで野宿になっちゃうのかな。 荷物を自分の脇に避けた。そのとき。カツン。幹にかばんが当たった拍子に軽やかな音が鳴った。
 今の音なんだろ。かばんをひざの上に置いて、中を確認。あ〜、クリスタルだ。そういえば、これ持ってたんだ。忘れてた。
 わたしの故郷とは違い通信手段の発達していないブリタニアで唯一仲間と連絡の取れる道具がこのクリスタル。 緑に明滅するクリスタルに向かって話し掛けると、仲間が持ってるクリスタルが反応してわたしの声が届く仕組みになってる。 手のひらに包むようにクリスタルを抱いて、ぼそっと呟いた。
 「帰れないよ」
 『どこにいるの?』
 うわぁん。声が届いたことがうれしくて涙が出てくる。応えてくれた友とブリタニアの神様に心から感謝。
 「ねこぉ。帰れなくなっちゃったの。お願い、迎えに来て。うぇ〜ん」
 『あは。わかった。ちょっと遅くなるけど行くよ。どこにいるの?ぺこちん』
 「んと、テラサン。池のトコ」
 『テラサンにいるの?わたし黒閣下のトコだよ』
 「え〜、ホント?じゃ地下にいるんだ?」
 『うん。じゃぁ歩いてそこまで迎えに行くから待ってるにゃん』
 うんうん。ほっとしたら、余計涙出ちゃった。くすん。ねこがテラサン城の地下にいてくれてよかった。 ブリタニアの神様ホントにありがと。幹にもたれたままねこの来るのをぼーっと待つことしばし。
 「ぺこちん、おまたせ」
 マイペースなねこの笑顔が近くにあった。
 「ねこぉ(号泣)」
 「帰れないって、どういうこと?」
 「うんとね、秘薬きれちゃって」
 「やっぱりへっぺこだ」
 微笑いながら、言葉を紡ぐ。
 「ちゃんと秘薬の数確認しながら魔法使わないとダメにゃ」
 「うん。・・・反省してる」
 「何がなくなったにゃ?」
 「えとね、マンドレイク」
 そう言うとねこが自分のかばんからマンドレイクの根を一束差し出した。
 「ありがと。ねこ」
 これで帰れる。よかった。
 「あのね、もう一生ここで暮らすのかと思っちゃったの」
 「そんなわけないにゃん」
 微笑うけど、わたしはそう思ったもん。
 「で、ホントにもう帰る?」
 んと。あ。そうだ。
 「ねこ、あのね」
 「うん」
 「剣の精霊ってどうやったらモンスターに当たるの?全然うまくいかなくて。仕方がないから挑発しちゃった」
 「ぐはっ」
 そんなに驚かなくてもいいのに。
 「ぺこちん」
 呆れたような表情をして、
 「挑発したら剣の精霊の威力は落ちちゃうんだよ」
 「え。そうなの?知らなかった」
 「ホントにへっぺこなんだから」
 「でもね、ねこ。挑発しないと一生当たらないんだもん。それなら威力が減っても当たってるほうがいいと思わない?」
 「ぐ」
 一理あるでしょ。でね、どうすればいいのかなぁ。
 「足か、蜘蛛なら尻の下かな」
 でも狙ってもすぐ消えちゃうときがあるよ。
 「それは近すぎるんだよ。遠いかなくらいがちょうどいいにゃん。あとは慣れ」
 そう言いながら、戦士を追っかけまわしてる蜘蛛にむかって剣の精霊を呼び出した。
 「あれくらいだよ」
 なるほど。ねこの出した剣の精霊はものの見事に蜘蛛に喰らいつき、逃れようとする蜘蛛に追いすがっては、数百数千の剣の塊が 切り付ける。
 さすが。ねこ。いいなぁ。こんな風にできたらいいのにな。やっぱりねこはわたしの魔法の師匠だわ。

第112回 デーモン
 デルシアの銀行の前までやってきた。
 わたしの後ろには白馬がいる。ねこに頼まれた馬だ。時々、馬売りをしてるわたしだけど、今日の馬の取引金額は破格の1000GP。 相場が300GP前後だから3倍以上の儲け。
 ねこは大事な友人だし、お金は要らないと断ったんだけど。手間賃だからと言うねこの気持ちが嬉しかったから、 結局受け取ることにした。
 動物学の訓練のためにデルシアの街を出て、新大陸を歩きまわったおかげでつい最近馬がよく現れるポイントを見つけたの。 そこに行けば確実に馬がいるから、頼まれたときも安心して承諾できるのがうれしい。
 ねこが来るまで、魔法屋で買い占めた秘薬や銀行に預けてある荷物の整理をした。物が増えると、こうなっちゃうよね。 銀行にいれてあるお洋服はお家に持って帰ろうかなぁ。これが一番多いんだもん。
 「ぺこしゃん」
 ほえ?わたしを呼ぶ声のほうを向くと、
 「あ、ひかりちゃん」
 「おっはよ〜」
 「ん。おはよ♪」
 こんなとこで会うなんて、偶然だね。ひかりちゃんは最近知り合ったお友達。親友レビと同じギルドに所属してるの。 話し方とか態度とかボーイッシュというより、ほとんど男勝りなんだけど、おしゃれにはうるさいあたりはやっぱり女の子だなと 思うわたし。
 「ひかりちゃん、こんなとこで会うなんて珍しいね」
 「そう?でも調教師だもん。いてもおかしくないよ」
 え、ひかりちゃんって調教師だったの?知らなかった。
 「ねね、ぺこしゃん、どっか遊びに行かない?」
 「うん、もちろん。でもねこと待ち合わせしてるからちょっと待ってね」
 「うん、ねこしゃん?」
 「そ」
 ひかりちゃんとおしゃべりしながら待っていると、しばらくしてねこが姿を現した。
 「ねこ」
 呼びかけながら、ねこのそばに行く。
 「ぺこちゃん、ごめんね」
 「ううん。はい、馬」
 言いながら、うしろの馬を示す。
 「ありがと。じゃ、これお金ね」
 かわりにずっしりと重い皮袋を受け取る。
 「ありがと」
 無事取引終了。と、わたしの後ろからひかりが声をかけてきた。
 「ところで、ぺこしゃん」
 なぁに?隣にいるひかりのほうを向く。
 「同じ服ばっかり着てると汗臭くなっちゃうよ。ちゃんと着替えないと」
 「・・・・・」
 「あはははは」
 笑うねこと、生真面目な顔でわたしを見つめるひかり。
 「あのね、ひかりちゃん。これ、着替えてないように見えるけど。違うの」
 「はぅ?」
 お気に入りの黒のファンシードレスのすそをつまみながら訴える。実は黒のファンシードレスは2枚あるのだ。隊長とヘブン。 それぞれからプレゼントされたから。
 「そうだったの。でもおしゃれしないと。女の子は、ね」
 いつも自分が言ってる言葉を突っ込まれるとショックが大きいね。
 「あぅ。じゃ、着替える」
 「それなら、銀行の中なら人がいないよ」
 ひかりの言葉に従って、建物の中に入る。
 銀行の取引は建物の外でもできるから大抵の人は中にまで入ってこないのだ。女性衛兵以外の姿はない。ひっそりとした室内で 金庫の中にため込んでる洋服を選ぶ。
 んと、ノースリーブのロングスカートに着替える。
 「これは、どう?」
 「んと、フツーかな」
 ひかりの率直なお言葉。ん〜。じゃ、やめて、と。
 シャツと短パン。
 ミニワンピ。
 普通のワンピース。
 エプロンドレス。
 裸エプロン(謎)。
 ・・・・・。
 散々迷って、刺繍入りのピンクのシャツに黒のタータンチェックのミニスカートにした。アクセントに銀のネクレスをする。
 「これで、ど?今日はカジュアル。ちょっとお散歩気分がコンセプト」
 「あはは。ホントに普通の格好だ」
 「にゃん♪」
 いいの。いいの。今日は「ちょっとお散歩気分」なんだから。
 「決定〜」
 「そ。終った?じゃ、行こう?」
 ひかりがゲートを開く。そのゲートにわたしとねこが入る。
 「ここ、どこにゃ?」
 一緒についてきたねこがギモンを口にする。
 「ホントだね。どこだろ?」
 たぶんダンジョンには違いないんだろうけど。初めてきた。最後にゲートをくぐってひかりがやってきた。
 「ひかりちゃん、ね、ここどこ?」
 「んとね〜、こっち」
 乾いた砂地をさっさと歩き出す彼女に続く。角を右に曲がった時、見たことが有ることに気づいた。
 ここ、ラヴァだ。ボブリンにつれてきてもらった覚えがある。
 ひかりが立ち止まったのは通称赤デーモン部屋。扉を開けて、小部屋に入る。幸い、赤デーモンはいない。ガランとした部屋に 魔方陣が目立つ。
炎のお部屋。  この魔方陣飾りかな。3人で魔方陣の中に入った。
 「ぎゃぅ」
 「いや〜ん」
 「あぅぅぅ」
 あつっ。あつっ。うわぁ、あちち。なに、なに、なにぃ!?  3人分の悲鳴が狭い部屋に木霊した。
 魔方陣で移動した空間は魔方陣を囲むように炎が吹き上がっていた。
 慌てて、再度魔方陣に飛び込む。もとの何もない空間に戻った。ほっ。
 「ヒドイ目に遭ったね〜」
 「にゃん♪」
 顔に安堵の表情を浮かべてねこと微笑みあう。
 「じゃ、次行こう」
 気を取り直して、ひかりの開いたゲートにねこと二人で入った。
 更にヒドい目に遭うことも知らずに・・・。

第113回 黒閣下再び
 小さな部屋に到着した。上下左右を石の壁に覆われた狭い空間。ここ、いったいどこなのかな。
 あぅ。不意にねことひかりの姿が消えた。えぇっ。なんで、なんで?二人の消えた場所に近寄った途端、 リコールと同じ感覚が襲ってきた。瞬時に別の小部屋に移動していた。
 そこにはねことひかりの姿があった。そして。部屋の隅には巨体を震わせる黒デーモンの姿も。ぐ。ここって・・・。 黒ちゃんの部屋だ。
 「黒閣下狩るにゃ〜ん」
 「マジック、マジック」
 ご機嫌な様子で黒デーモンに挑むねこ。お金に目が眩んでるひかり。黒閣下こと黒デーモンを倒せば、ベンダーの間で高額で 取引される魔法の武器が手に入ることもあるんだけど。ひかりの目当てはどうやらそれらしい。
 狭い部屋で対峙する黒い悪魔とねこ&ひかりペア。攻撃魔法を繰り出し、黒デーモンを攻撃する二人。もちろん最強の黒ちゃん からの魔法攻撃はすさまじく二人のダメージも大きい。
 わたしが回復呪文を唱えるより速く、ねこはすぐそばのタイルに足を乗せる。と、ねこの姿が消えた。その後を追うように ひかりもタイルを踏む。
 うわぁ、置いてかないでぇ。黒ちゃんと二人っきりなんてヤだ。二人に倣って、タイルを踏む。あ、移動した先は、さっきの小部屋。 あぁ、なるほど。こうやって行き来できるんだ。
 無事回復した二人がこちらを振り返って、
 「ぺこも手伝って」
 「手伝うにゃ」
 「・・・うん」
 危なくなったら、ここに戻ればいいんだし。わたしでも大丈夫のような気がする。
 黒デーモンの部屋に三人揃って移動し、いよいよ本格的に戦闘開始。二人の魔法攻撃の間に、剣の精霊を召喚する。 この間ねこに習ったし、ターゲットはさっきから隅から動かないし。これなら上手に剣の精霊をぶつけることが出来そう。
 剣の精霊が現れた。黒い悪魔に狙いを定める。よし、うまくいった。その足に喰らいつくように、攻撃しはじめた。 ねこも剣の精霊を召喚した。やっぱりうまいなぁ。見事に足元に喰らいついている。
 二体の剣の精霊と三人分の攻撃魔法を受けてさしもの黒ちゃんも弱りはじめた。断末魔の叫びを上げて、床に伏す巨体。
 それを確認して、剣の精霊を消去する魔法を唱える。うん。完了。これをしないと次に殺られるのはわたし自身なんだもん。はぅ。
 ひかりがすぐさま黒デーモンの死体に駆け寄り戦利品を漁る。
 「う〜ん、イマイチ」
 そういって、すぐに死体から離れる。どうやらあんまり気に入ったものはなかったらしい。代表してわたしが黒ちゃんの戦利品を 回収する。
 「回収終ったにゃ?」
 ねこの言葉に頷くわたし。
 「じゃ、奥行こう」
 壁面が開く。あ。隠し扉みたいになってるんだ。なるほどね〜。どうやらひかりだけじゃなくて、ねこもここは初めてじゃないらしい。
 二人の後を追うように扉を抜ける。中央に血がべっとりついた巨大な魔法陣がある。うぅ。なんか気色悪い部屋。 得体の知れないものを呼び出すようなそんな雰囲気がある。彼女達はそんなことをちっとも気にする様子もなく、部屋の向こう側に ある扉に姿を消した。
 慌ててインディを駆って、扉を開けた。既に二人の姿はない。かわりにガーゴイルとゲイザーが数体いる。うわぁぁぁ。 ガーゴイルだけなら、まだいいけど。ゲイザーだけは、魔法の攻撃がキツいから嫌いなのに〜。
 どうしよう。う〜ん。ここは、ダッシュ、かな。トントン。軽くインディの横腹を足で蹴る。インディのたてがみが震えた。 呼吸を合わせて、いくよ、せ〜の。
 アタマの中でスタートを告げる鐘が鳴った。インディが猛ダッシュで、モンスターと壁の間を擦り抜ける。ゲイザーが麻痺魔法の 攻撃をかける余裕さえ与えない。
 通路を走り、角を左に曲がり、さらに通路を突っ走る。後で翼のはためく音が聞こえたけど、振り返らずに、更に角を右に曲がる。
 ねことひかりの姿が見えた。ふぅ。助かった。
 「見つけたぁ。ひかりちゃ〜・・・・」
 手を振って、二人に近寄ろうとしてインディがタイルを踏んだ。
 ・・・あ。
 二人の姿が消え、ガランとした部屋に到着した。なんかまた移動タイルを踏んでしまったらしい。きっと元の場所に戻るタイルが あるはず。辺りを見回した。
 その時ブシュッという音がして、何か霧のようなものが吹き出してきた。なにっ。うぅぅ。息が苦しい。あぅ。インディも苦しみ ながら、首を振る。
 これって、ひょっとして、ひょっとすると毒ガス?うぅぅ。解毒する余裕もなく頭上から降り注ぐガス。このままだと死んじゃうよぉ。
 ・・・タイル、タ・・イル。あ・・・。あ・・れ・・だ。うぅ。足元がふらふらのインディの首をトントンと叩く。・・・ あっ・・ち・だ・・よ・・。イ・・ン・・ディ。ごほっごほっ。息を止めようとして失敗した。却って思いっきり吸い込んでしまった。 はぅ。
 インディがタイルに足を乗せた。
 「あ、帰ってきた」
 のんびりしたひかりの声がする。速攻、解毒魔法をかける。ふぅ。助かったぁ〜。インディもほっとしたような声をあげた。
 「ヒドい目に遭った。なんか部屋に入ったら毒ガスが・・・」
 二人に駆け寄ろうとした瞬間、ブシュッとヘンな音が聞こえた。なに、今の?って、痛っ。腕に血がにじんでいる。
 「あ、ぺこ。ここ部屋にトラップがしかけられてるから、気をつけてね」
 ひかりちゃん、遅いってば・・・。
 よく部屋を見ると細い細い糸が張られているのが見える。さっきの部屋といい、侵入者を地獄に導くに相応しい罠がそこかしこに 仕掛けられてるのね。
 ってことは、ここって。ここって。アタマに浮かぶダンジョンの名前。
 「ひかりちゃん、ここって・・・あの。もしかして」
 「ヒスロスの地下三階だよ」
 やっぱり。地獄を現したといわれるヒスロスダンジョンに連れて来られるとは思ってなかったわ。
 部屋にガーゴイルが姿を現した。
 「出たっ」
 ひかりが叫びながら、魔法で攻撃を開始した。ガーゴイルに見えるけど、ちょっと違うような。
 「これ、ガーゴ?」
 「うん。ストーンガーゴイルだけどね」
 あ、別種なのね。攻撃魔法を繰り出し、倒す。それほど強い相手じゃない。ゲイザーも出る。間髪入れず現れるモンスターを ひかりと二人で倒していく。
 「あ、やった〜。出た、出た」
 倒したストーンガーゴイルの戦利品を漁っていたひかりが嬉しそうな声をあげた。どうやらお目当ての魔法の武器が手に入ったらしい。
 「よかったね〜」
 「うん♪」
 じっとわたしを見つめるひかりの瞳がうるうるしてる。みゅ?
 「ぺこしゃん。これ、預かっててくれない?」
 たった今手に入れたマジックアイテムをわたしに差し出すひかり。
 「うん、いいよ」
 持っておくだけなら、わたしでもできるもの。
 「ありがと♪ぺこしゃん」
 いえいえ。お互いににっこり微笑みあう。
 「ところで、ねこは?」
 部屋を見渡しても影も形もない。先ほどから姿見えないんだけど。
 「あ、ねこしゃんなら下だよ?」
 「下?」
 ひかりの指差す方角にスロープが見える。あ、あの下なんだ。つまりダンジョンの最下層ってことだよね。
 スロープのそばに行くと、ねこが上がってくるのが見えた。
 「下、行っちゃダメだにゃ」
 へ?
 「御降臨」
 え?
 「ってことは黒ちゃん?」
 「そ、黒閣下の御降臨だにゃ」
 え。見たい、見た〜い。喜び勇んでスロープを駆け降りた。
 「あ」
 背後で、ねこの声が聞こえたけど。興奮状態にあったわたしには、警告の響きを含んでいたことに気づかなかった。
 薄暗いスロープを半分下ったトコロで、なにか巨体にぶつかった。
 あ。痛っ。見上げると、わたしを冷酷に見下ろす黒ちゃん。
 目があった。刹那、意識が遠くなった。
 あぅ。死亡。しまった。こんなとこに降臨してたとは。うぅ。
 ねこの忠告を無視して下に降りて結果、見事に死亡した。先程とは逆にスロープを駆け上る。
 「あぅ」
 「あ〜」
 ひかりとねこのため息が聞こえる。うぅ。ごめんなさい。
 ひかりに蘇生をしてもらって、荷物を回収しにもう一度スロープを降りた。
 あぅ。まだそこにいたのね、黒ちゃん・・・。再びゴーストになってスロープを上る。うぅ。なんだかとってもみじめ。
 「あぁ、またっ」
 ひかりの嘆きが耳に痛い。ごめんね。再度復活させてもらう。
 「下、閣下倒すの手伝って」
 ねこの言葉にひかりが肯いて、スロープに向かう。わたしも回収に行かないと。
 ひかりと一緒に歩き始めたら、
 「あ、ぺこちんはまた来たらダメ」
 うぅ。素直に上にいます。ごめんなさい。たった独りで部屋にいるのも淋しいな。そんなわたしのキモチを察したのは、 地獄の悪魔だった。
 突然ストーンガーゴイルとゲイザーが現れた。当然ながら、モンスターはわたしに狙いを定める。ま、そりゃそうよね。 わたししかいないんだもん。
 って、言ってる場合じゃないよぉ。うぅ。荷物を回収していない、着の身着のままわたしが相手できるワケないってば。 姿を消すことも下に降りることもできないし。このままだと死んじゃうよ。
 ひかりぃ、ねこぉ。助けて〜。こんなに大声を出すのは生まれて初めかもしれない。だけど二人には届かない。あぅ。
 それなら。二人のそばのほうが死なないかも。一縷の望みを託して、スロープを全力疾走した。
 下に降りると、スロープから少し離れた位置に黒ちゃんがいた。うぅ。で、3回目の死亡。あぁ、なんかスロープの周りは 全部わたしの死体だわ。
 「上、行こう?」
 声をかけてくれた戦士の言葉に従って、黙ってスロープを上がる。どうやら下で狩りをしていた人達らしい。
 先にモンスターを一掃して、そして蘇生してくれる。うぅ。
 「閣下誘導してるから、それ終わったら回収できるよ」
 ご親切にありがと。ねこ達と共同戦線を張ったらしい。
 スロープ間近でぼーっと待っていると、
 「もう大丈夫だよ」
 やったぁ。やっと荷物の回収できる。黒ちゃんは更に深奥に誘導されたらしく、姿が見えない。わたしに不可視の魔法をかけて、 戦士は黒ちゃんのいる奥へと消える。
 これで、安心して回収できそうだ。最初の死体から衣服やかばんを回収する。おっけ。
 と、背後にインプが現れた。これくらいなら、倒せるもん。呪文を詠唱したけど、何も起きない。え?なんで?
 まさか。かばんの中を確認すると、秘薬袋だけがない。その上ひかりから預かった魔法の武器もない。やられた。黒ちゃんに 盗られたみたい。
 ブリタニアでは闘った勝者に死者の持物をルートつまり盗む権利が認められている。わたし達がモンスターを倒すと戦利品が 手に入るのはそういう理由からなの。逆にそれはモンスターも同じで、人間が殺られた場合はその持物を持っていかれてしまうのだ。
 わかってるんだけど、きぃ〜っ、悔しいよぉ。ひかりちゃんの預かり物もあるっていうのに。
 「秘薬切れた〜」
 ひかりが扉の向こうからタイミングよく現れた。
 「ぺこしゃん、秘薬分けて?」
 「秘薬ルートされた」
 「あぅ」
 「えと、ひかりちゃんから預かったアレも」
 「ぐはっ」
 ごめんね、ひかりちゃん。
 「ぺこしゃん、一度銀行に戻るよ。絶対取り戻してやる」
 「うんっ。リベンジだ」
 「そ」
 ひかりが開いたゲートを抜け、ブリテイン第2銀行に到着。銀行に買い置きしてある秘薬をたっぷりかばんに詰める。準備おっけ。
 「ひかりちゃん、行こう。黒ちゃん倒して、絶対秘薬取り返すんだからっ!!」
 「うん。ぺこしゃん。リベンジだ」
 平和な銀行の前で、気合一番地獄へと舞い戻る二人なのであった。
 ヒスロス最下層に突然降臨した黒閣下こと黒デーモンに大切な秘薬と魔法の武器を盗られたわたしとひかりは、ねこを現場に残して、 銀行に戦闘準備を整えに戻った。そして、今再び地獄へと舞い戻ってきたのだった。
 「行くよ。ぺこしゃん」
 「うんっ。ひかりちゃん。行こうっ」
スロープを睨み付け、駆け下りる。部屋の左側に奥に続く扉がある。この向こうに黒デーモンがいる。
 扉を開けようとしたわたしに向かって、ひかりが待ったをかけた。
 「ぺこしゃん、赤デーモン召喚して」
 「うんっ」
 カルマが下がるから余り召喚するなとヘブンに言われていたけれど。デーモンにはデーモン。目を閉じて、召喚魔法を唱える。 お願い、デーモン出てきて。目の前に赤いデーモンが現れた。
 「おっけ。じゃ、行こう」
 ひかりが扉を開ける。通路の奥からゴーストと戦士が現れる。スレ違い様ひかりが声をかける。
 「閣下は?」
 「奥」
 「ありがと」
 赤デーモンを従え、通路を突き進む。突き当たりを左に曲がる。渡り廊下に出た。あ、ねこがいる。
 「閣下奥だにゃ」
 わかった。渡り廊下の更に奥に向かう。いた。黒い巨体と恐らくねこが出したであろう赤デーモンが戦闘中だった。
 「デーモン、黒ちゃんを抹殺して」
 召喚したデーモンに命令を出した。ゆっくりと近づく。激しく衝突する赤と黒のコントラスト。だが。赤デーモン二体すらも、 あっという間に地に沈める黒閣下。さすが。最強の悪魔。強い。渡り廊下を走って、改めて召喚魔法を唱える。
 そこに先ほどスレ違った戦士達が戻ってきた。自然、そこにわたし達も集まる。
 「この子もルートされてた。閣下、五人分もルートしてる」
 五人?今ここにいるのがちょうどぴったり五人。ってことは、みんな一通り黒ちゃんの犠牲になってるってこと?
 「ここは共同戦線で」
 「にゃ。まずは閣下をあっちの通路の隅に追い込むにゃ」
 ねこは言いながら、元の入口のほうを指差した。
 「あの部屋の扉のほうに移動されないように、扉に二人が立つ。もちろん不可視の魔法で姿を消す」
 「で、壁の反対側から攻撃ってワケね」
 戦士とねこが作戦をひねりだした。残りの三人はふんふんと肯く。
 作戦開始。まずは奥にいる閣下にこっちに来てもらう。これは簡単。敢えて、閣下に狙われるように動いて、逃げるフリをして、 連れてくればいい。
 他のメンバは扉の向こうの部屋に移動して待機する。スロープから降りたトコロにあるあの部屋だ。
 ねこが誘導した黒デーモンが廊下の隅に立った。ねこと戦士が入口に立つ。ちょうど二人が横に並ぶと入口がふさがる。
 剣の精霊を召喚して、そしてすぐに姿を消す。
 壁のこちら側にいるわたし達は壁の向こうに向かって、魔法を連射する。入口をふさいでいるおかげで、黒デーモンはこちらに 来られない。だから安心して攻撃ができるのだ。
 「ぺこちん、交代してにゃ」
 「ん。わかった」
 ねこ達の立ってた位置に今度はわたしともう一人の戦士が立って、不可視の魔法で姿を消す。ねこ達の強烈な魔法攻撃が始まった。
 でもこの部屋にも安全が保証されているわけじゃない。ここにもインプやガーゴイルが絶えず現れ背後を脅かす。それはひかりが 次々に排除していく。
 「あ〜、うっとぉし〜っ!!」
 不可視の魔法で消えているので、身動きしたらその効果が消えてしまう。ひかりちゃんの絶叫に声を立てないように笑った。
 そうしてどのくらいの時間が経ったんだろう。秘薬も底を尽きかけたとき、やっと黒閣下が倒れ伏した。
 「やった〜〜〜」
 五人分の歓声が揚がる。ねこが代表して、戦利品を回収する。
 「全員の秘薬あるにゃ」
 「ひかりちゃんのマジックは?」
 すかさず訊く。
 「これかにゃ?」
 ねこが取出した魔法の武器にひかりが反応した。
 「それ〜。あったぁ。良かったぁ」
 「取り返せて良かったよね」
 「ん。マジックあって良かった」
 「にゃぁ」
 ねこがなぜか浮かない顔をする。
 「どうしたの?ねこ?」
 ひかりとわたしがねこの顔を覗き込む。
 「盗られた秘薬を取り戻すために、閣下倒したけど。閣下倒すのに、盗られた秘薬以上に秘薬使ったにゃ」
 「・・・」
 「・・・」
 「なんかとっても無意味だったような気がするにゃ」
 盗られた秘薬は500ほど。取り戻すために使った秘薬は・・・。はぅ。三人のとっても重いため息が天井に吸い込まれていった。 フェイムとカルマが上がったのがせめてもの救いかな。はぁぁっ。