吟遊詩人な日々
第103回 別離
 「今、なんて言ったの?」
 信じたくなくて、もう一度問い掛けた。
 「しばらく旅に出ようと思う」
 だけど答えは同じで。ぴょんが静かにそう告げた。
 日も落ちた首都ブリテンの街が窓越しに見える。家路を急ぐ人々。夜狩りの支度に忙しい人々。通りを歩き過ぎて行く。
 そして。わたしとぴょんは街の東側にある酒場のカウンターで数種の肴で酒を傾けていた。
 「隊長達にはぺこから伝えといて」
 なるべく気持ちを落ち着かせながら、質問をぶつける。
 「突然、どうして!?」
 「いろいろあったから」
 「・・・うん」
 それは知ってる。分かってる。だけど。だけど。
 「ヤだ。・・・淋しいよ」
 ぽろぽろこぼれる涙を見られたくなくて。うつむいて歯を食いしばった。
 「それに。やっとギルドも出来たんだよ?これからじゃない。ぴょんがいなくて誰が経理担当するのよ。 無駄使いするメンバばっかり揃ってるのに」
 顔を上げて、あとから、あとからこぼれる涙にしゃくりあげながら訴える。
 「そろそろ独り立ちしてもらわないと。それに隊長もやる気になってきてるみたいだから大丈夫だよ」
 「うん。やる気になってるよ。だから、だからぴょんが必要なのに」
 涙が頬を伝う。だけど拭う気になんてなれない。
 「しばらくってどれくらい?」
 「う〜ん、どれくらいかなぁ。わからない。キモチの整理もつけたいし」
 最後の言葉に現在のぴょんの心のすべてが現れてて、胸が詰った。それだけのことがぴょんとぴょんを巡る世界で起きた。 わたしはそれをよく分かってる。わたしもその世界にいたから。みんな傷ついた。決してぴょんだけじゃない。
 「わたし。ぴょんと二度と逢えなくなるなんてヤだよ。ずっと一緒だったのにっ」
 「・・・・・」
 吟遊詩人を目指してヘブンの街に辿り着いたとき、ぴょんもまた地元の魔法学校を卒業して辿り着いた。 そしてわたしとぴょん。隊長は出会った。ほんの数ヶ月前の記憶。
ずっとずっと一緒にいられると思ってた。ずっとずっと一緒にいたいよ。ぴょんがいないなんてヤだよ。 ぺこにはぴょんが必要なのに。ぴょんがいない世界なんて淋しくて。哀しくて。きっと生きてけない。 うさぎは一人になると淋しさで死んじゃうって聞いたことがある。わたしも。うさぎと同じかもしれない。 ぴょんがいなくなったら、淋しくて死んじゃうかもしれない。壊れちゃうかもしれない。
 「ぴょんのばかぁっ」
 「あ、それ、久しぶりに聴いた」
 微笑いながらそう言うぴょんにつられて、わたしも少し微笑った。
 「このまま帰ってこなかったら、『絶交』なんだから」
 このまま帰ってこないなんて許さないんだから。二度と逢えないなんて絶対許さないんだから。
 ほんの少しの沈黙のあと、ぴょんがおどけたように声を紡いだ。
 「ぺこに絶交されちゃかなわないからなぁ」
 え。驚いてぴょんの顔をまともに見上げた。すぐ間近で優しい目をしたぴょんの言葉が耳に届いた。
 「時々帰ってくるよ、ホントに時々だけどね。顔見せに行くよ」
 うん。うん。今度はほっとして、いっぱい涙が溢れる。
 リコールで帰ってきて。それならブリタニアのどこにいてもすぐに帰ってこられるから。 ギルドハウスのルーン忘れずに持っていって。
 「死んだら蘇生しに戻ってきてね。いってらっしゃい」
 ぴょんの瞳をまっすぐに見詰めて、冗談めかしてそう言った。だけど、ぴょんにはちゃんと通じたと信じてる。
 だってこう言ってくれたから。
 「行って来ます」

第104回 小隊制度
 わたしの所属ギルドであるLOVE☆BITESに小隊制度ができた。もちろん隊長の発案。 ブリタニア大陸で採れる宝石を冠した小隊は全部で4つ。
 ・隊長直属の金剛石小隊(ダイアモンド)
 ・ブラック率いる青玉小隊(サファイア)
 ・ヘブン率いる翠玉小隊(エメラルド)
 ・ぴょん率いる紅玉小隊(ルビー)
 「で、ぺこ。どこに入る?」
 隊長にそう訊かれた。
 「隊長かブラックのトコがいいな」
 間髪入れずに即答する。理由は簡単。ヘブンとぴょん以外の所が良かっただけなの。 本能が毎日殺さることを告げていた。あ。隊長、笑わないで。わたしにとっては切実な問題なんだから。
 「わかった、わかった」
 それでもまだ笑ったままで、
 「で、どっちにする?」
 う〜。これは困ったな。悩んじゃう。隊長とブラック。どっちも捨て難い。う〜ん。う〜ん。
 「メンバの振り分けはどうなってるの?」
 「あぁ、え〜っと」
 隊長から現状のメンバの振り分けについて聞く。ふむふむ。そういう構成なんだ。よし、決めた。
 「じゃ、隊長のとこにする」
 「おけ」
 これで、人数のバランスが一番取れるはず。
 「ついでに正装も決めたいんだけどな」
 うんうん。おしゃれのことなら一緒に考える。
 「やっぱりファンシードレスでしょ」
 「うん、そうだな。って、ぺこ、自分が着たいだけだろ」
 笑いながらツッコム隊長。
 「ぐ。よくお分かりで」
 「マニアなんだろ?」
 うん♪隊長はちゃんと知っていてくれたんだ。うれしいな。
 「ま、ファンシーはオレもいいと思う」
 「でしょ、でしょ」
 「色はどうする?やっぱり黒?」
 「うんとね、せっかくだから小隊毎に色分けしない?宝石の色にするの。丁度それぞれ違うし」
 「なるほどね」
 「いいでしょ?」
 「うん、それいいな」
 ということで、白、青、緑、赤のファンシードレスに決定。
 「マントも欲しいな、色は黒」
 「え〜、マントヤだ」
 「い〜や、これははずせない」
 ぶー。マント好きじゃないのに。魔法の黒マントまで持ってるわりに一度も袖を通したことがない程度にはニガテ。
 「帽子はどうするの?」
 「それなんだけどな」
 「鹿とか熊とか?」
 「オレはあれはちょっと・・・」
 「天国騎士団とか鹿マスクだよ?」
 わたしの友人のいるギルド名を口にする。
 「そうだけど、オレはイマイチ好きじゃない」
 帽子マニアな隊長の意外なお言葉。自分の帽子を指しながら、
 「じゃ、ベレー帽は?黒ベレー」
 すると隊長も自分のアタマを指差しながら、
 「オレの被ってるヤツなんかどうかな?」
 わたしより高い隊長のアタマを見上げる。あ〜、フェザー帽子。うん。いいかも。かっこいい。
 「そか?じゃ、決まりだな」
 「うん、あとは靴だね」
 「靴な〜」
 「サンダルは?黒サンダル」
 わたしの言葉に吹き出す隊長。
 「あのな、正装だぞ?サンダルはヘンだろ?」
 「え〜、かわいいよ」
 椅子から立ち上がって、くるり一回転。左足を少し前に出して、指差した。
 「ほら、わたしの格好かわいいでしょ?」
 あ。目が怒ってる。くすん。
 「じゃぁ。隊長は何にしたいの?」
 「皮靴、かな」
 「え〜、蒸れるよ〜。足臭いのヤだぁっ」
ダイアモンド小隊見山  ブリタニアで売られる皮靴はすべて動物やモンスターから取れた本皮使用。だから戦闘中なら汗かくに決まってるもん。 ヤだ。ヤだ〜。わたしの熱弁は隊長の怒りに油を注いだだけだった。うぅ。
 「皮靴で、いい、です」
 心の中でサンダルしか履かないもんと叫んでたことはナイショ。
 「よし、これで決まりだな」
 早速決まった正式衣装に着替えてみる。
 いかがでしょう?かわいい?

第105回 紅竜
 ヘブン、レビ、ねこ、キールと一緒にダスタードに行くことになった。 ヘブンが行くって言ったときに、思わずついて行くって言っちゃったの。
 ダスタード。それは竜の棲むダンジョン。ドラゴン見学ツアー。ダンジョンツアー。過去二回ドラゴンにはヒドい目に 遭ってるんだけど懲りてなかったりして。
 ブリテン第2銀行に集合することに決めて、各自準備のために一旦解散。急いで秘薬を買って2銀に到着すると、 既に全員揃ってた。
 そしてキキ、小娘ちゃん、いっちゃんといった2銀'sの面々もいた。ここは2銀で、2銀'sの溜まり場なんだからいても おかしくないんだけど。
 あれ。一人知らない顔がまじってる。いっちゃんの隣のかわいい彼女は誰?
 「新人のうりぼう」
 いっちゃんの隣ではにかんだ表情がとってもキュート。
 「よろしく。ぺこ、だよ」
 新しい2銀'sメンバににっこり挨拶。あ、そうだ。
 「これからヘブン達とダスタード行くけど、一緒に行く?」
 そう誘うと、うぉぉ〜〜という雄叫びと共に「うん」の合唱。こういう反応が来ると思ってたけどね。てへ。あ。でも。
 「うりちゃん、大丈夫?」
 いっちゃんに向かって、一応確認をとる。新人さんをいきなりダスタード。それも古代竜狩りに連れていったらどうなるか 想像に難くない。
 「そうだった。うりぼう、死んでも平気なカッコになりなさいっ」
 ぐはっ。置いて行かないあたりが、いっちゃんらしい(爆)。
 ルーンを持ってるメンバの中からねこが代表してゲートを開く。次々にゲートに吸い込まれる。
 到着場所はダスタード地下三階。この真下、最下層には最強の竜と謳われる古代竜がいる。
 すぐに移動したらしく、人影がない。最後にゲートを抜けてきたねこと二人で最下層に続くスロープ状の坂を下る。
 早速紅古代竜を発見。崖上にいるので、こちらが攻撃される心配はない。心配はないけれど、またお宝の回収もできそうにない、と。
 とりあえずねこと一緒に倒してみる。肩慣らし、なんて。ねこは最強攻撃魔法のメテオを使って確実に竜にダメージを与えてる。 炎に包まれた隕石が連続して竜めがけて飛んで行く。直撃を受けた竜が吠声をあげる。
 ほれぼれとその様子を眺めながら、一人ごちた。
 「いいな。わたし、メテオ出ないんだもん」
 「えっ。ぺこ、スキルどれくらい?」
 竜に目を向けたまま、ねこが訊ねる。音に負けない声でねこに現時点の魔法スキル値を伝えた。
 「それなら、出来るよ」
 悶え苦しむ竜に攻撃を増しながら、無表情に答える。う〜。でも、でも。
紅竜
 「竜の足の間辺り狙って」
 うん、わかった。やってみる。目を閉じて深呼吸。静かにメテオの呪文を詠唱する。体内を巡るエネルギーのうねりを感じる。
これは急速に高まっていくマナ(魔力)の力だ。そして。それが最高潮に達したとき、炎弾がわたしの元から連射されドラゴンに吸い 込まれた。それと共に重労働をしたような脱力感がわたしを襲う。
 あ。あ。できたぁ。やった、やった。ばんざ〜〜い。うわぁぁぁい。やっほ〜。きゃ〜、きゃ〜。
 「よかったね」
 こちらを向いて、にっこり微笑むねこ。
 「うん」
 首をぶんぶん振るわたし。一度成功するとコツが分かったのか、簡単にメテオを使えるようになった。 わたしのレベルだと竜にさほどのダメージを与えられなかったけれど。しかもマナの消費が激しいみたい。2発打つと、 しばし放心状態になってしまう。これなら、EBのほうが遥かに威力があるし、効率いいかも。
 「なんか、一人で倒してるような気がする」
 「はぅ」
 ごめんね。ねこ、そのとおりです。断末魔の叫声をあげる竜を眺めながら、まだまだ修行が足りないなと改めて思ってわたしなのでした。

第106回 薄紅竜
 上の階で遊んでいたメンバも次々最下層に集まり始めた。それを待ち構えていたように薄紅竜が現れた。 うわぁ、キレイな色。ピンク色。薄紅色。こんな色の竜もいたんだ。
 「ぺこ、逃げろっ」
 え?ヘブンの声に我に返るわたし。急いで周りを見渡すと全員薄紅竜から離れてる。うわ、出遅れた。 ってことは?やっぱり〜。わたしがターゲットだぁ。
 インディ、ごめん。頼む。一際高い声で嘶いた愛馬と共に上に通じるスロープ目指して乾いた地面を駆ける。砂煙があがる。 視界が悪いけど。仕方がない。
 薄紅竜の咆哮が聞えて、全身を貫く痛みが襲う。ブレス攻撃だ。その強烈な痛みに声をあげることもできない。 たった一度の攻撃で意識が朦朧とする。途切れかけるわたしを懸命にインディが逃そうとする。あぁ、スロープまでもう少しだ。 そのとき第二波が届いた。
 ゴーストになったわたしの視界に薄紅竜を罠にかけようとしているねこ達の姿が見えた。
 彼らのそばには、氷柱をさかさまにしたような突出した岩が四方を囲む空間がある。あぁ、なるほどね。竜を篭める天然の檻ってわけだ。うまく誘導された薄紅竜が閉じ込められるのが見える。
 「ぺこ、とりあえず上」
 ヘブンの声がすぐそばで聞える。あ、蘇生してもらわないと。スロープを昇って上に行く。 無事な姿のインディがわたしのうしろをひょこひょこついてくる。わたしを倒しただけで満足してくれたみたいで助かった。 インディが死ななかったんだもん。
 ヘブンが蘇生してくれている間、そんなことを考えていた。蘇生が終ったわたしに回復も施して、ヘブンはそのまま薄紅竜のもとに ナイトメアに跨り駆けて行った。最近、ヘブンに頭上がらないなぁ。何回助けてもらってるんだっけ??
 インディに跨り、死体となった元の自分の身体から荷物を回収する。といっても荷物は一つ。なるべく回収がしやすいように小さな かばんにまとめてあるから。あとは死体から洋服やアクセサリーなどを剥ぎ取る。あんまり堂々と出来る作業じゃないなぁ。 馴れちゃったけど。初めて見た人はどう思うんだろう。すべてを完了してもとの自分になる。うん。おっけ。
 薄紅竜のそばに集まってるみんなのそばにいく。あ、ほとんど終わりかけだ。身体からどくどくと血を流す竜が最後の力を振り絞って 翼を広げる。
 「おっけ。出てきたらそこで止めを刺すよ」
 ねこの言葉に全員が頷く。あとで聞いたところによるとあの天然の檻の中で倒すと戦利品の回収ができないんだって。 わたし達はあの中に入れないらしい。
 薄紅竜が檻を飛び出した。すでに息も絶え絶えな様子で反撃すらしてこない。
 「もう少し。もう少し」
 ねこが一撃を入れるタイミングを計る。
 「今だっ!!」
 同時に攻撃に参加していたみんなの魔法が一斉に放たれた。薄紅竜が落下し地面に叩きつけられた。ふぅ。終った。
 みんなで最初の戦利品を回収しようとしたまさにその時。大地を揺るがす声が洞窟内に響き、目の前には最強の古代竜「黒竜」が 姿を現していた。

第107回 黒竜
 「やばいっ」
 全員がそう思ったけど、時既に遅し。黒竜のブレスが次々に襲いかかる。
 「あ〜〜、うりぼう」
 いっちゃんの悲痛な叫びがこだまする。最初の犠牲者はたった一度のブレスで昇天した。そのあとも次々に犠牲者が出る。
 そしてわたしもその一人。今度の竜は容赦なくインディ諸共死の宣告を与えた。
 インディを失って初めて、ここに来たことを後悔するわたし。うぅ。こんなことになるなんて。
 一方ねこを始めとする腕に覚えのある連中は、冷静に黒竜を例の檻に誘導していた。
 わたしは通りかかりの女性に蘇生をしてもらい、その様子を一定の距離から見守ることにした。  スロープの右奥にあるマグマ溜りから火エレが絶えずわいてたし。だから火エレ狩ろうかなって。そのほうが死なないし。 インディ死なせちゃったもん。
 でも・・・。
 黒竜は檻の中でもその凶悪さを顕わにし、絶えずブレスでハンター達を脅かす。あ。やっぱり気になる。
 一番うしろに立って、みんなの回復を開始する。これくらいしか手伝えない。だけど。できることは精一杯やるっ。 命の灯が消えないように、一心不乱に呪文を詠唱しては回復を施す。
 同じように攻撃に参加しないメンバが後方支援を始めた。これで攻撃に専念できるはず。
 思った通り次々と黒竜に魔法で攻撃する。マナ(MP)がなくなったものは最後尾に移動して、瞑想してマナの回復を図る。
 気がつけば。最前列が敵の的となり、そのすぐ後ろに攻撃部隊。更に後ろに支援部隊。最後尾にマナ回復者と整然と隊列ができてた。 この編成が功を奏して、次々に攻撃魔法が繰り出される。絶えまなく続く攻撃についに黒竜が倒れた。
 ばんざ〜い。チームワークの勝利だぁ。やったぁ。
 黒竜のお宝はすばらしいものだった。覗いたみんなが歓喜の声を上げる。すべてのお宝を分配し、ダスタードを後にした。
 また来ようっと。そう思ったわたしはやっぱりちっとも懲りてないのでした。

第108回 グランドマスター
 目が覚めた。
 室内を照らすランタンの灯かりが部屋に優しい影をつくってる。時計を見ると、まだ夜明け前みたい。
 ベッドから降りて。そっとベランダに続くドアを開ける。
 ギルドハウスそのものが静寂の中に身を沈めているように思えるほど、物音がしない。みんなまだ休んでるんだろうな。
 長椅子に腰を下ろした。ひんやり冷たい。さすがにちょっと寒いかな。だけど。身体はまだ火照ってるような気がする。 ふぅ。まだ興奮が冷めてないみたい。
 夢じゃないんだ・・・よね?頬を軽くつねってみる。痛くない。あぅ。やっぱり夢?思い切って強くつねってみた。 痛っ。やっぱり。夢じゃない。わ〜い。わ〜い。
 今日、音楽のスキルがグランドマスター(GM)になったの。やっとって言われるかもしれないけれど。嬉しい。
 故郷を一人旅立って、ブリタニアにやってきて4ヶ月。大切な仲間と出会い、分かれ。
 楽しいこと。嬉しいこと。哀しいこと。淋しいこと。腹が立ったこと。 おもしろかったこと。いっぱい。いっぱい。 想い出を創りながら、過ごしてきた。
 吟遊詩人になりたくて。
 いつかブリタニア音楽堂でコンサートを開けるくらい一流の吟遊詩人になりたくて。
 そして。そして。夢に一歩近づいた。
 みんなを起こしちゃだめだから。小さな声でね。
 ばんざ〜〜〜〜い。
 えと、祝電お待ちしてます(笑)。

第109回 フェルッカ人
 「ぺこ」
 ヘブンに呼ばれて振り返った。
 「なぁに?」
 「ぺこン家に金床置かせて」
 あぁ、なんだそんなこと?うん、いいよ。
「金床」は鉱石を打つために必要な道具。鍛治作業には炉と合わせて重要なアイテムなんです。
 んと。じゃぁ、早速行ってくるね。というわけで。
 「ヘブン、フェルッカまでついてきて?」
 「えっ、なんで?ヤだ」
 人の家に頼みごとしておいて、その返事はなんやねんっ、と言いたいけど。この間黒サンダル代貰ったばっかりだし。 とてもじゃないけど、言えない。黒サンダル代にいくら貰ったかというと5000GPです(爆)。 何度も言うけれど、ブリタニアでは黒は特別な色。その特別な色で染めたサンダルだから高級品なの。 普通のサンダルが40GPもあれば買えちゃうんですけどね。わたしは黒サンダルがお気に入りなの。甘やかされてるって言われるかな。
 「わたし、石持ってないんだもん」
 「フェルッカ石ならあげるから」
 「両方ないの!!」
 「トラメル石ならぺこの家のチェストに大量に入ってたけど」
 「え?なんで、なんで?どうして、どうして?」
 「ぴょんじゃないの?」
 「あぁ、なるる」
 ぴょんが補充しておいてくれたんだ。いかにもぴょんのやりそうなことだ。
 「ね、ヘブン。フェルッカ一緒に来てよ。金床のディード(権利書)だって持ってないのに」
 「ヤ。お金渡すから。一人で行ったらお釣もあげる」
 悪魔のほほえみを向けるヘブン。えっ、ホントに?お釣貰えるの?う〜、う〜。
 「・・・一人で行ってくる」
 「じゃ、頼むね〜」
 してやったりと言わんばかりの表情をしながら、ヘブンが額面5000GPの小切手をぽんと手のひらに押しつける。 う〜ん、一人でフェルッカに行けないわけじゃない。というかいつも一人で行ってるんだけど。でも、でも。う〜。
 よし。フェルッカで昨日家を建てたコウを誘うことにしょっと。そのままコウの家に遊びに行けばいいし。 幸いコウが2銀にいるというし。うん、なかなか良い考えだ。
 どうしてこんなに一人で行きたくないかって?んと、特に理由はないんだけど。なんとなく一人で行くのは淋しいな〜って。
 たぶんブリテン第2銀行に行けば会えるはず。
 着いた途端嬌声が耳に飛び込んでくる。第1銀行に比べれば空いてるとはいえ、ここも人の多さは否めない。 首都は首都だもんね。2銀はブリテイン東の森に近いせいで、狩りに行く待ち合わせに利用する人が多い。 1銀で待ち合わせると相手を探すのにとっても苦労するからね。
 んと、コウいるかな。彼がいつもいる辺りを捜してみる。あ、いた、いた。
 「久しぶり〜」
 先にコウがわたしに気づいた。
 「あ、コウ。おはよ。早速なんだけど大工屋さんまでつきあって?」
 「大工屋?ぺこしゃん、家買うの?」
 「え、ううん。違うよ。それに、わたし。家ならあるもん」
 「え?そなの?」
 「うん、フェルッカに、だけど。今は妹が住んでるわ」
 「へ〜。じゃ、つきあうよ」
 「ありがと」
 快く承諾してくれたコウと一緒に大工屋に行ったけど。生憎金床のディードは売ってなかった。品切れ。 そういえばギルドハウスに置いてある金床もブラックがかなり探し回ったって言ってたような・・・。
 ごめんね、ヘブン。必ず買うから今日は勘弁してね。1軒しか探してないわたしを許してね。心の中で詫びた。
 さて。今度はコウの用事で細工屋に行く。
 「合鍵作らないと」
 うんうん。コウが細工屋で合鍵作りに没頭している間、横でその作業を見守る。何度も合鍵を壊しながら、 必死でがんばってるコウの横顔をじっと見つめていた。この合鍵を作る作業ってなかなか難しいのよね。
 「できた」
 そのうちの一つをわたしに差し出すコウ。あ、ありがと。わ〜い、鍵もらっちゃった。
 「じゃ、行く?」
 フェルッカのコウの家はユーの近くにあった。ギルドハウスほどじゃないけど、モンスターが湧くみたい。
 新築じゃなくて、内装込みの中古なんだって。訓練人形や水槽。炉が置いてある小さな家。中古には見えないけど。
 「オープンハウスにしたら、モンスター入ってくる?」
 「うん。特にオークとか」
 それはイヤだなぁ、と呟くコウ。
 コウのお家でのんびりお茶を楽しんだ。
 「うちのギルドハウス行ってみる?」
 「うん。行く、行く。正義の味方に会えるんだぁ」
 コウはギルド裸戦隊に所属してるの。コードネームはクレイジーブルー。コウにギルドのルーンを借りて、 わたしがゲートを開いた。
 う。寒い。ここ、北極。吐く息の白さと何より足元の銀世界がそれを証明してる。ギルドハウスと目の前の鉱山の間は人一人が 通れるほどの隙間しかない。足元でキュッキュッと雪を踏みしめる。ラージタワー建ててるんだ。大きい〜。
 「どうぞ」
 「うん」
 コウに続いて巨大なタワーの中に足を踏み入れる。
 「こんにちは」
 「あれ?」
 シンと静まり返った室内を上に上に昇るけど、誰もいない。
 「珍しい。誰もいない」
 「ん。残念」
 「じゃ、次行こう」
 うん。次に移動した先はコーブの近く。住宅地に庭のある大きな平屋が建ってる。
 コウはそこにスタスタと入っていく。慌てて、うしろをついていって、中に続く。
 「はてーさん、いる〜?」
 玄関を入るとカウンターで敷きられた、お店だった。座って話せるように椅子も並べてある。
 奥で人の気配がしたと思ったら、カウンターの奥のドアから熊マスクをした男性が現れた。
 「いらっしゃい、コウ」
 「どもども」
 「こんにちは」
 わたしがいたのが不思議だったのか。目を見開いて、こっちを凝視してる。
 「ぺこさんだよ」
 「はじめまして」
 はてーさんに向かって丁寧にお辞儀をする。
 「こちらこそ」
 そう言いながら、まだわたしをじっと見る。なんだろ。なんだろ。
 「恋人か?」
 「違いますよぉ」
 大仰に手を振るコウ。あはは。すっごいカン違いだ(笑)。
 コウがはてーさんと商談をしている間店内をくまなくチェック。とっても素敵なお店。これくらい広いお店っていいな。
 無事商談も終わり、はてーさんを交えて3人で談笑。はてーさんはすっかりわたしを気に入ってくれたらしい。 はてーさんはフェルッカ人でトラメルには行ったことがないみたい。行く気もないみたいだけど。そんなハテーさんがわたしに フェルッカに住みなさいという。
 確かにこっちに家はあるけど。トラメルには大切な仲間と友人がいるから。まだフェルッカには住めないの。ごめんね。
 また遊びに来なさいと笑顔で送り出してくれたはてーさん。彼と後に深い縁が結ばれることになることをまだわたしは知らない。

第110回 トレハンだよ。全員集合。
 ギルドハウスにねことぴょんが久しぶりに顔を見せた。それほど広くない室内に7人の人間がいる。船長、ヘブン、キール、 いぐあな、わたし。ぴょんとねこ。ね、全部で7人。
 早速ねこが「地図ない?」とみんなに訊ねる。これだけの人数が集まっていると、自然とそういう話になる。
 というわけで。みんなでトレハンです。わ〜い、わ〜い。やった〜。トレジャーハンティング。宝捜し。大好きなわたしなのです。 これぞ、冒険だと思わない?
 「あ、トレハン行くならお友達連れてきていい?」
 「うぃうぃ」
 「いいよ〜」
 みんなの許可を貰ったので、ブリテイン第2銀行にお友達を探しに行くことにした。たぶん、心おきなく来てくれるはず。
 2銀にリコールしたら、びっくりするほど至近距離に求める相手が立ってた。
 「あ、コウ。おはよ♪」
 「うわぁ、目の前にぺこちゃんが!?幻だ〜。幻覚だ〜」
 そういってわたしに背を向けて走り出すコウ。・・・。
 「ホンモノだけど・・・」
 「えっ?」
 背後のわたしの声に恐る恐る振り返る。
 小首をかしげながらコウに近づいて、
 「コウ、トレハン行くんだけど一緒にどうかなと思って?」
 「行く、行く」
 早速ギルドハウス行きのゲートを開いて、コウを連れてとんぼ帰り。コウと共に家に入る。 わいわい、がやがや室内はとてもにぎやかだ。トレハンを前にして盛り上がってるらしい。
 聞いてるか、聞いてないのかわかんないけど、とりあえずコウのことを伝える。
 「今日のゲスト、コウだよ〜」
 「ども〜」
 「いらっしゃ〜い」
 「裸戦隊の〜」
 「おはよ〜」
 「ゲストってコウか〜」
 様々な反応があったけど、全部歓迎ムード。良かった。全員コウとは初対面じゃないしね。
 準備が出来たので、みんなで移動開始。今日のトレハンはレベル3。
 えとね、宝のありかが書かれたトレハンマップは全部で5種類レベル1〜レベル5まであるの。そのレベルによって、 出現するモンスターや宝箱の中身にも雲泥の差がある。当然レベルが高くなるほどお宝も最高のものが現れるけど、 キケンも増すってワケです。 今回はレベル3なので、中級くらいかな。
 ねこが地図を解読した結果、場所はどうやらヒスロス島北らしい。うぅ。ヒスロスかぁ。ヒスロス島には地獄と謳われる有名な ヒスロスダンジョンがある。あんなとこ行くのね。今日は外側だし大丈夫だよね??
 ヒスロス島へのルーンを持っているぴょんがゲートを開く。一斉にみんなでゲートをくぐる。
 「うわぁぁっぁぁぁっっ」
 ゲートを抜けた先にはモンスターが溢れてた。雑魚ばかりだったけど、全員がパニックになるには申し分ないほどの量だった。
 力に自信のある船長、コウやいぐあなは速攻モンスターに切りかかっていった。わたしやヘブン、ねこはとりあえず不可視の呪文で 姿を消して様子を見る。ぴょんは吟遊詩人系魔法使いの力を発揮して、楽器を奏でて扇動を開始。
 で、最弱のキールは即死。
 「・・・・・」
 「もう死んでるし」
 「はやっ」
 トレハン始める前に死んじゃだめだよ、キール。親友レビにもらった蘇生魔法の巻物を使って、キールの蘇生。魔道師レビが 巻物にかけた魔法は完璧で、あっという間にキールの蘇生完了。わたしにもこんなに簡単に蘇生が出来るんだから巻物の力ってすごい。
 わたしがキールを蘇生している間にモンスターは一掃された。キールが荷物の回収をするのを待っている間にねこが言う。
 「えっと、もっと北で〜す。ついてきてにゃん」
 はぁい。ねこを先頭にぞろぞろ移動開始。歩きにくい鬱蒼とした森の中を足元に注意しながらインディと駆ける。 迷子になりたくなかったので、ねこと一緒に先頭を走った。
 ところが。ヒスロス島ってバカバカしいほど、モンスターがわいてる。ギルドハウス並み。団体行動のわたし達はどうしても 狙われるらしくて。気がつけばモンスターと人間の行列になってる。仕方がないので、そのたびに立ち止まってはモンスターを 叩くことになる。
 とはいえ、あまりにキリがないため無視するに決定。というか、走ってモンスターを捲くことになりました。
 せ〜の〜での合図とともに一斉に全力疾走。目標地点は北のほうといういい加減な取り決めで海岸沿いを全員が突っ走り始めた。
 わたしは騎馬だからねこの走るのに余裕で、ついていけたけど。気がつけば後ろには誰もいない。
 ホントにこれで全員現地に到着するのかしら??
 木々が密集する辺りの一際大きな木のそばでねこが立ち止まった。
 「ここ?」
 「ん」
 ちょっと見通しがよくないなぁ。モンスターが出たら、木の影とかで見えなかったりして。そんなことを思案しながら他の みんなの到着を待った。直に全員が揃う。あんな適当な取り決めでも全員揃うんだから、うちの連中っていったい?
 宝箱の埋まってると思われる大きな木の根元でねこが掘り始める。そのねこを中心に残りのメンバ円陣を組んで見守る。
 「じゃ、出るから。気をつけてね」
 ねこの声とともに一斉にわくモンスター。毒蜘蛛。火エレ。風エレ。リッチ。そしてオーガロード。
 ねこが急いで宝箱から離れる。ねこを狙ってリッチが魔法で攻撃をしかける。ねこに回復を施しながら、逃げるお手伝い。
 ねこが通過したと同時にイグアナやコウがリッチの前に躍り出た。リッチ相手に二人で切りかかる。
 火エレや風エレ2体を相手に船長が奮戦する。
 わたしとヘブンも前線から離れた位置でおちついて魔法を操る。
 そしてボスオーガロードにはぴょんが剣の精霊を召喚して攻撃を開始していた。これを出されると必ず狙われるし、 大抵死んじゃうからヤなんだけど。ぴょんは上級魔法使いで、とっても操るのが上手だから安心していられる。 ちゃんとタイミングを見計らって、消してくれるから被害は絶対ないの。ヘブンやねこも、かな。
 人数が多いことと、参加メンバの能力が高いことが幸いして、何の苦労もなく、あっという間にすべてのモンスターが昇天した。
 というわけで。ヒスロス島内の宝箱を幾つか漁りまくって、お宝がっぽりもって帰宅しました。
 だからトレハンはやめられないのです。てへ。