吟遊詩人な日々
第91回 タイタン
 えと、コウはどこかな。んと、んと。ブリテン第2銀行の前をうろうろする。今日は久しぶりにコウと待ち合わせ。
 コウはね、魔法戦士。もちろん腕は一流。魔法の武器を集めるのが趣味かな。確か、オークキャンプで初めて会ったんだっけ。 その後コウがヘブンの友人だったことを知って。それ以来時間が会えば一緒に遊んでる。
 「コウ、おっはよ」
 「ぺこ、久しぶり」
 「うん、久しぶり。元気だった?」
 黒のフルプレートに覆われた漆黒の戦士といういでたち。
 「どこ行こっか」
 「う〜ん」
 「タイタンとかどう?」
 「うん。行く、行く。まだタイタン見たことない〜」
 「えっ、そうなんだ?」
 「うん」
 「じゃ、行こう」
 「うん」
 コウの出したルーンでリコールを唱える。南国の木々が生い茂るタイタン島。久しぶりにやって来た。 ぴょんと二人で隊長を蘇生するために来て以来だった。懐かしい。
 コウの先導にしたがって、岩山に挟まれた坂道を登る。道に巨大な死体がある。エティンくらいある。
 「これ、・・・もしかしてタイタン?」
 「そ」
 へ〜。道端にたくさんの巨体が横たわってる。
 「いないね」
 「うん」
 せっかくのタイタン狩りも肝心のタイタンがいないんじゃ何もならない。というわけで場所を移動することに決定。
 「蜘蛛行く?」
 「うん。でもあんまり湧いてないトコね」
 「オレ、持ってるの湧いてるトコ」
 「・・・・」
 あのダンジョンツアー以来湧いてる蜘蛛城はキライなのである。逝けるから(泣)
 「ぺこ、ルーン持ってる?」
 「うん。持ってるよ」
 「ぺこのルーンはどこの?」
 「えと、池のトコだよ」
 「じゃ、そっちにしよっか」
 「うん」
 またそれぞれでリコールを唱えて池のそばに到着。飛んだすぐそばにアベが一体いたので、慌ててテレポートで池の縁に上がる。
 「うわぁ、テレポート魔法持ってない」
 ぐはっ。魔法剣士なのに、なんでテレポートの魔法を持ってないんだ。背後で不可視魔法の呪文が聞えたと思った瞬間コウの姿が消える。 ん?今の声・・・。振り返ると、そこにいたのはやっぱりボブリン。
 「ボブリン、おっは〜」
 「よ、ぺこ」
 相変わらずここに通いまくってるのね。お金貯まってそう。他のハンターが先ほどのアベを倒したのを確認して、 ボブリンがゲートを利用して、池の縁とコウのそばにトンネルを作った。コウはこのトンネルを利用して、池の縁に移動する。
 「ありがとう」
 コウはお礼を言いつつ、ボブリンとわたしの前を通りすぎて、反対側の道に降り立った。さっそく近くのアベに切りかかる。 そんなコウを格好の獲物と見たアベが次々とコウを取り囲む。10体くらいいる?いくらコウでもこの数じゃ死ぬのは時間の問題。
 「逝ける〜」
 コウ、そんなこといってる場合じゃないって(笑)。とにかくコウを回復しなくちゃ。手分してコウに治癒魔法をかける。 ボブリンが回復の合間を利用してBS(剣の精霊)を出して援助攻撃。もちろんわたしも。全部を倒し終わった。 無事な姿のコウを見てやっと緊張が解けた。
 「よかった」
 おびただしいアベの死体から戦利品をとりたいけど。自分の放ったBSがうろうろしてるから、降りられない。あぅあぅ。
 コウからボブリンに視線を移した。
 「コウを助けてくれてありがと。ボブリン」
 「サポートの練習になったよ」
 あともう一人手伝ってくれた人がいるんだよね。その人のそばに寄ってお礼を言う。
 「ありがとうございました」
 「いえいえ」
 そう応えたのはなんとレビ。
 「あ、レビだったの?」
 「うん」
 「も〜びっくり。誰かと思った」
 「気づけよ」
 ぐ。成行きでこの4人で狩りをすることになった。ボブリンなんてコウの支援するからいくらでも戦ってくれなんて言うし。 わたしもレビと並びながら、自分のペースで狩りを楽しんだ。テラサンでの狩りがひと段落ついた。
 「場所移動しようか?」
 ボブリンの提案にみんな肯く。
 「どこ行く?」
 「蛇、蛇」
 思わず叫ぶわたし。蛇キライのわたしが蛇を狩りに行きたいのには、理由があるんです。

第92回 氷の杖
 ゲートを抜けると一面の雪原が広がってた。ここはもしかして新大陸の北極?
 「そ」
 ボブリンが肯く。うわぁ、いいところ♪
 ところで蛇キライでいつも逃げ回っているわたしが珍しく進んで蛇狩りに来るには理由がある。 氷大蛇と呼ばれるモンスターから最近になって、氷で出来た魔法の杖が発見されるようになったのだ。
 それは氷青に輝く美しい杖。氷で出来ているため光を反射する。だから別名「蛍光灯」と呼ぶ人もいるくらい。
 たくさんの人々がその杖に魅せられて。今や売りに出せば20万GPの値がつくほどなのだ。もちろん蛇狩りも人気急上昇だったりする。 わたしもその一人で、時間があれば通ってるんだけど、なかなか当たらないの。
 蛇が現れるのを待ちながら、4人でおしゃべりする。
 「確かにキレイだけどね」
 「うん」
 「あんなに視覚的にキレイなアイテムは初めてだよ」
 思わずこぶし握り締めて力説しちゃいます。
 「かなり気に入ってる?」
 うん、もちろん。
 「魔法使いは欲しくなるかな」
 コウの言葉に大きく頷く。うん、うん。でも。わたし、魔法使いなんて言われたの初めてかも。
 あ、そだ。すでに打ち解けてるけど。
 「ボブリン、レビ。えとね、お友達のコウ。とっても強いんだよ」
 コウがわたしの言葉に照れ笑いしてる。
 「えと、コウ。こっちはボブリンとレビ」
 今更だけど、ちゃんと紹介したかったんだもん。
 「ぺこ、知り合い多いよね」
 「うん、わたしって、友達の友達も友達になっちゃうから」
 「なるほどね」
 破顔するコウ。
 「だからね。2銀に行ったら知り合いばかりだよ。まとめて2銀'sって呼んでるくらいだもん」
 ね?そう言って2銀'sであるボブリンとレビに向き直る。
 「うん」
 でも知り合うと意外にどこかでつながりがあったりする。ボブリンとレビは、ぴょんと。コウは、ヘブンと。 知り合ったときはそんなことちっとも知らなかったのにね。
 氷大蛇を数時間かけて狩ったけれど、結局光杖は拝めなかった。

第93回 
 レビことレビアがブリテン第2銀行にいるらしい。彼女に会いたくて2銀にやってきた。ちなみにヘブンも一緒です。
 「レビ、こんにちは」
 「ぺこ。ちっす」
 「会いに来ちゃった」
 「うん。ヘブンも一緒か〜」
 「うん、そ、だけど?なに?」
 なんとなく含みのあるような表情で笑いながら、次の瞬間レビがとんでもないことを口走った。
 「ぺこ、いつ結婚するの?」
 「は?わたしが誰と?」
 「ぺこが、ヘブンと」
 ぐはっ。わたしとヘブンが同時に仰け反った。はぁ?なになに、どういうことよ?
 「結婚なんて、しないよ。夫に毎日殺されるような生活ヤだもん」
 きっぱり否定するわたし。当たり前だけどね。
 「オレももっと金持ちがいい」
 ヘブンももちろんきっぱり否定する。でも貧乏で悪かったな〜。ぷんぷん。
 「ぺこって、ヘブンにいぢめられて悦んでると思ってた」
 あのね。わたしはMぢゃないっ。それにしても。う〜む。どこからこんな話になってるんだろぉ。気になる。
 「レビ。つかぬことを訊くけど。レビだけがそう思ってるの?
 「ううん、2銀’s全員思ってるよ」
 ぐはっ。やっぱり。いつのまにかそういう目で見られてたのか。
 「ヘブンと仲良いし。いつも一緒にいるし」
 そ〜れ〜は〜。
 ヘブンは調教師志望。
 ↓
 わたしも調教師志望
 ↓
 レベルもほぼ同じ
 ↓
 だから訓練先は同じ場所
 ↓
 ちなみに二人は同じギルド
 ↓
 だったら一緒に行きましょう。終わったら一緒に帰りましょう
 って、なるでしょぉ〜〜〜。うぅ。落ち込みそうになる気持ちを振るい立たせてわたしは思いっきり叫んだ。
 「わたしには心に決めた人がいるの〜」
 ちょっと目を伏せて、
 「許されない愛なんだけど、ね」
 かなり芝居がかった口調でこう結んだ。
 「お〜」
 レビだけじゃなく、2銀にいた見知らぬ人々までわたしの言葉にどよめく。素っ頓狂な声をあげたのはヘブン。
 「えっ、ぺこ。隊長が好きなの?」
 なんで、そうなるねんっ!!心の中で思いっきり裏拳つきでツッコむ。
 「違います。わたしの愛してるのはざなちゃん♪」
 マイスィートハニー♪イッツオンリーラブッ(意味不明)。
 「あ〜。ざなね」
 耳にたこができてると言わんばかりのヘブンのうんざりした声。レビはざなちゃんのことは知らないからきょとんとしながら、
 「相手は女?」
 「そぉだよ。ざなちゃんは女性です」
 「ぺこ、ヘン」
 後ろにあとずさるレビ。ひどい。だから。とにかく。ヘブンとは結婚しません。わたしが結婚したいのはざなちゃんだけ♪ 一途な恋なのぉ〜。
 あ、明日から読者減ったりして(爆)。
 「吟遊詩人な日々」はあくまでぺこが吟遊詩人としてブリタニアデビューを目指す物語です。ホントだよっ。 吟遊詩人ちゃうやんっ。というツッコミが一部入ってますが。ぺこはあくまで吟遊詩人なので。そこのとこよろしく〜。
 ところで。ぺこの周りには超一流の男性が多いんですよ。本人達には口が裂けても言わないけど。密かにわたしの自慢なんです。 えと、くれぐれもみんなに会っても言わないでね。ナイショだよ。

第94回 麻痺
 わたしはいつもダンジョンに行ったり、トレハンに行ったり、遊んでばかりだと思われてるみたいですけど。 ちゃんと毎日修行してるんだから、ね。でも毎日毎日動物相手に調教してまぁす、って日記に書いても「またぁ?」ってことに なっちゃうから、書いてないだけなんですよ。ホントです♪
 最近はヘブンといつも一緒に行動してます。こうして一緒にいるからレビを筆頭に2銀'Sにカン違いされちゃうんだろうな。 だけど。だけど。だって〜しょ〜がな〜いなじゃな〜い〜。うぅぅ。
 「時間になったけど、今日はどこ行く?ブル?」
 「ブルより北極の雪狼のほうが上がるでしょ?」
 ヘブンの言葉に頷くわたし。だから城や家が建つまでは、ずっと北極通ってたんだもの。
 「じゃ、新大陸の北極行く?」
 わたしの提案にヘブンも首をぶんぶん縦に振った。
 「うん。蛇狩りついでに、調教もしよう」
 「うん」
 ヘブンが新大陸の北極にゲートを開いてくれる。到着した場所は首都ブリテインの地下水道入口横だった。 新大陸にはブリテインの地下を経由しないとリコールもゲートも移動できない仕組みなんです。
 居候先である隊長の家に、今はギルドハウスと呼ばれてるけど、住み始めてあまりこの街には来なくなった。 第2銀行には親しい友人達が集まるから時々は訪れることもあるけれど。
 久しぶりに来るとやっぱり首都は首都で、びっくりするほど人が多くて。街のざわめきが心地よかった。
 地下に降りて、もう一度ヘブンの開いたゲートをくぐる。
 一面の銀世界に到着した。針葉樹林との対比がとても美しい。ここは新大陸にある北極。今まで通っていた旧大陸側の 北極の昔の姿がまだここにはある。動物達の楽園。わたしのお気に入りの場所。
 ただし致命的に違うのは、ここには雪エレ・森トロルといった強いモンスターも棲んでいること。そして光杖を持つ氷大蛇が いるってことかな。
 今日はあくまで調教訓練だから、雪狼を見つけては調教するだけだけど。のほほん、のほほん。
 次の獲物を見つけようと思ったら、狼の吠え声とシューという息を吐く音が聞こえた。あ、ほんの数メートル先で狼が氷大蛇 相手に戦っていた。もちろん狼のほうが劣勢。
 うぉ、らっき〜。蛇だ、蛇だ。氷大蛇の透き通る身体が杖にしか見えない。うぉうぉう。わたしの獲物。倒して光杖ゲットだぜぃっ。
 まずはパラライズ(麻痺)の魔法を唱えて蛇の動きを止めた。そしてEB(魔弾)を連発。ほっほっほ。楽勝。実は氷大蛇は それほど強い相手じゃないんだけど。てへ。
 えと、戦利品、戦利品。期待をいっぱい膨らましてチェックする。ぐはっ。光杖入ってない。くすん。どうしてこう手に入らないの かなぁ。くじ運ないのかな。
 蛇の戦利品を漁っていたわたしの背後には森トロルが迫っていた。ここに通い始めて早々、雪エレに二度も殺されたわたしの 警戒心はちゃんとこの危険を察知できた。えっへん。とりあえず逃げる。インディも雪面は走りにくいみたいだったけど、 森トロルを引き離す程度に走る。
 ある程度距離をとったところで、パラライズ(麻痺)の魔法をかける。森トロルの動きが止まった。やったぁ。 んと、EB(魔弾)でもかけちゃおっかなぁ。一発を思いっきりぶつける。
 と、止まっていたはずの森トロルが動き始めた。げっ。森トロルの目が血走ってるように見える。ぐ。怒らせた・・かも。
 『うん、怒らせたって。逃げたほうがいいかも』
 インディがそういう顔をする。そっかなぁ。やばいなぁ。くるりきびすを返して、逃げる。うわあぁ、やっぱりホントだぁ。 勢いがさっきと違う。スピードも。逃げろ、逃げろ。
 あ、ヘブン。逃げるわたしと違って、召喚したデーモンを連れたヘブンがゆっくりとわたしとスレ違う。
 「ヘ〜ブ〜ン〜」
 声に「助けて〜」という気持ちを精一杯こめて、名前を呼んだ。
 わたしの後ろから森トロルが迫ってくるのを見て、事態を悟ったらしい。ヘブンが笑う。笑ってる場合じゃなくて。
 「追いかけられてるのぉ」
 わたしの叫び声より早くヘブンがデーモンに指示してトロルを襲わせる。森トロルはデーモンの敵じゃなかった。 あっという間にカタがつく。
 「パラかけて逃げれば良かったのに」
 「うん。かけたんだけど・・・」
 「うん」
 「動きが止まったら攻撃したくなっちゃって・・・」
 「で、追いかけられたんだ」
 大声で笑うなんて、失礼な人だ。そうだよ、調子に乗ったら追いかけられたの。ぷん、だ。

第95回 風エレ
 ふゎぁぁ、よく寝た。お日様がぽかぽか照って気持ち良かったからお昼寝をしてた。あくびをかみ殺しながら、 居間に続く階段を降りる。目が覚めたばかりでまだちょっとぼーっとしてるから。階段からオチないようにしないと。
 この間ぱっちり目が覚めているにも関わらず、デルシアでブルの調教中に池に落ちた。アタマから落ちたから怪我しちゃってね、 回復魔法で治癒したけれど、ダメージきつかったんだ。
 家にはわたし以外いないみたい。いつもあんなににぎやかだから、静かすぎて奇妙な感じがした。一人取り残されたみたいな。 ひどく孤独な思いがする。どうしてなんだろ。
 わたしも久しぶりにどこかおでかけしようかな。
 玄関側につながれているインディのそばに行く。
 「おはよ、インディ」
 『おはよ、ぺこ』
 「えと、お散歩がてらどこか行かない?」
 『いいね、お供しますよ』
 「ありがと」
 インディが少し首を傾ける。わたしが乗りやすいようにいつもこうしてくれる。わたしはインディに鞍を載せてないの。 いつもいわゆる裸馬の状態で跨ってるんだよ。このブリタニアでは鞍をつけた馬に乗ってる人を見たことないような気もするけど。
 そして。玄関の前に立ち、扉を開けようとしたそのとき、外でヒューッと空気を切り裂くような音が聞えた。 寸前で扉を開けるのを踏みとどまった。
 なに、今の音?
 玄関の見える窓辺に寄って、外を覗く。うわ、あれって、アレだぁ。四大精霊モンスターの中で最強の風エレが玄関の外で暴れていた。 ここって、風エレまでわくのかぁ。サイアク。あれ、倒さない限り、外出られないよ。ホント、ここってモンスターよくわくよね。
 一度ヘブンが死んじゃったときにね、ゴーストの状態で近所をチェックして周ったことがあるんだけど。 とにかくすごかったらしいです。とっても興奮してたもの。あんなトコ行ったら即逝けると力説してたし。 わたしも散歩がてら見て周ったことがあるけれど。地獄の底まで響くような唸り声が聞えた時点で引き返したもん。 とにかく恐かったから。
 ときどき。モンスターの大軍に追っかけられた人が家の前をすごい勢いで走り去っていくんだけどね。 捲かれたモンスターがうちの家の前にたむろしちゃうからそれのお掃除がタイヘンなのよね。はぁ。
 とにかく。今は風エレだわね。どうしよう。わたしは以前隊長と共に風エレに殺られた経験がある。 もちろん武器でなら風エレと互角に戦える自信がある。だけど武器を使わないと決めてるし。う〜ん。
 とりあえず、家のセキュリティを利用して、敷地から風エレを追い出した。玄関隅に風エレが移動したのを確認して、扉を開けた。
 風エレの前に立って、EB(魔弾)の呪文を唱える。あんまり効き目がないみたい。困った。風エレがわたしに反撃を加える。 魔法攻撃だからダメージがケッコウキツイ。
 う〜ん。このままだと殺られちゃう。いちかばちか今わたしが修行中のFS(火柱)の魔法を使うしかないみたい。 EBは第6系統魔法、FSは1ランク上の第7系統魔法なの。当然威力も違う。まだ修行し始めたばかりで、そううまくいかないんだけど。
 その上マナ(MP)の消費が激しくて2発打ったら、しばらく瞑想しないと次が撃てないという効率の悪さ。だけど。がんばろ。
 まず一発目。お〜、風エレに30%くらいダメージを与えた。ラスト一発。さらにダメージを与え、ほとんど死に掛け。 あと一発でしとめられそうだけど。う〜ん。マナ切れ。瞑想しないと。
 目を閉じて、しばし心穏やかになる。マナが身体に満ちてくる。よし。かっと目を開いて、もう一度攻撃する。
 シューっという音と共に風エレが消えて、その後には戦利品の山。らっき〜。戦利品をかばんにつめていると、ブラックが帰宅した。
 「ブラック。一人で風エレ倒したよ」
 「おぉ、それはなかなかたいしたもんだ」
 「ありがと」
 ブラックにそう褒められるととってもうれしい。魔法だけで風エレを倒したのは初めてだし。とってもとってもうれし〜。

第96回 ナイトメア
 視界に漆黒の馬が目に入った。
 「うわぁ、ナイトメアだ」
 「うん、買った」
 「おめでと〜、ヘブン」
 ブリタニアで一番人気の馬にヘブンが乗ってる。
 ナイトメア。漆黒の美しい馬。でも正確に言うとメアは馬じゃなくて、クリーチャー。つまり馬の姿をしたモンスターなの。 その優美な姿に惑わされると痛い目をみる。下級モンスターなんて相手にならない。蹴り殺しちゃうもの。野生メアに20人の戦士が殺されたという話もあるし。
 だから。グランドマスター(GM)クラスでないとメアをペットとして使役することは不可能に近い。ただし、 乗るだけならある程度スキルがあれば可能なの。ヘブンは乗馬限定でメアを購入したというわけですね。
 ヘブンが餌をやるためにメアから降りた。メアが室内をうろうろする。ヘブンが呼びかけるけど一向にヘブンの元に戻らない。
 「言うこときかね〜っ」
 あは。わたしは笑いながら窓辺に寄った。玄関脇にモンスターが溜まってる。ちょっと掃除しとこうかな。 そう思って玄関の扉を開けた。
 「あ」
 「あ」
 開いたドアからメアが出ていってしまった。そしてモンスターに向かっていく。あぁ、しまった。
 「ぺこ〜、ドア開けるなよ〜」
 「ごめんなさぁい」
 ヘブンがメアに呼びかけるけど、やっぱり無視。
 「言うこときかね〜〜〜」
 ・・・さすが乗馬限定。とりあえず、モンスターを一掃したらメアもおとなしくなるかも。そう思ってモンスターを叩くことにした。 魔法で攻撃開始。わたしが攻撃している間もヘブンがメアに呼びかけてるけど、全然反応なし。ちなみにメアには傷ひとつ入ってません。 メアからすればここのモンスターは雑魚。
 モンスターを倒し終わった。今度はメアが森のほうに移動し始めた。
 「野性化してる」
 あやや。慌てて、ヘブンが再調教を始める。森のほうに歩くメアを追いかけて、メアともどもヘブンの姿が消えた。
 はぁ。悪いことしちゃった。ホントに「乗る」だけとは思わなかった。ヘブンの帰宅を部屋で待とうと扉を開けようとしたら、 ゴーストが現れた。ヘブンじゃない??どしたのぉ?
 「OooOOOOoo」
 何を言ってるか、わかりませんが。霊媒のスキルないし。とにかく蘇生しないと。って。わたし出来ないんだった。 ん〜と、ぴょんを呼ぼっと。
 というわけでぴょんに緊急連絡。急に呼びたてたけど、すぐに来てくれた。
 「ごめんね、ありがと。ぴょん」
 「ヘブン、こっち来て」
 ぴょんのそばにヘブンが寄る。蘇生が始まるのかなと思ったら、
 「あ、秘薬ない」
 ぐはっ。魔法使いらしくない失態。というかぴょんらしくない。それほど急に呼んじゃったのかな、わたし。 足りない秘薬の血苔をすべてぴょんに渡して、ヘブンの蘇生を頼んだ。しばらくして元気なヘブンの声がした。
 「メアに殺されたぁ〜。メアこわ〜い」
 ぐ。怖い、怖いと連発するヘブン。ヘブンの回収を見守っていると、噂の張本人メアが家に戻ってきた。ホントに気まぐれなやつ。
 って。いやぁぁぁぁ。なんで、わたし???きゃぁ。ぐ。メアの・・蹴り・・・すごい。ヘブン。メア怖いね。
 ゆっくりと意識が途切れた。
 ・・・あ〜。ゴーストになって、ぴょんの前に立つ。
 「・・・ぺこまで」
 ぴょんの呆れたような声。うぅ。だって。だって。巻き添え食った。ぴょん、助けてよぉ。メア、恐い。 ヘブンの言葉が身にしみてわかった。瞬殺されたし。
 蘇生してもらって、回復もしてもらって、玄関の自分の死体から荷物を回収する。 すべてを終えたとき、ヘブンがメアに乗ってるのを見た。これで安心だわ。
 見てるだけじゃわからない。メアって「乗馬限定」でも恐い。
 もしメアが野性化したら・・・。うぅ。これからヘブンが馬を降りるたびに脅えるわ。またこんな目に遭うのかな。 また巻き添え喰らうのかな。
 ブリタニアの神様、早くヘブンを一人前の調教師にしてください。祈らずにはいられなかった。