ワニ

 その真四角な宇宙船から降り立った宇宙人は、やはり四角かった。

「はじめまして、我々はアルタイル星からやってきたタイル星人で
す」
 彼らは、流暢な日本語で話し掛けてきた。
 話によれば、スペースシャトルからはがれた防熱タイルがアルタ
イル星にたどり着き、そこで進化が始まったらしい。
 そんなもの進化するか!と少し科学をかじった人間なら噛み付く
ところだが、してしまったものはしょうがない。

 野外ステージで明日から始まる演劇の練習をしていた僕たちには、
宇宙人なんかの相手をするヒマはなかったが、どうしても一言言わ
なければならない状態になってしまった。裏方の角無丸夫(かどな
し・まるお)が奴らの風貌を見て卒倒してしまったのだ。
 角無は、とにかく四角いものが大嫌いなのだ。彼が身の回りから
いかにして四角いものを排除してきたかというエピソードについて
は、いろいろ面白い話もあるのだが、それはまた別の機会に紹介す
ることにして、話をつづけよう。

「おい!どうしてくれるんだ。明日の公演ができなくなってしまっ
たじゃないか!」
 僕は、リーダーらしきやつに向かって、声を荒げた。
「どうしたんですか?我々はただ皆様に挨拶をしただけなんですが」 「こいつは、四角いもの、角のあるものが大嫌いなんだよ。こいつ がいないと、明日の劇ができないじゃないか!」 「そうでしたか、ではこうしましょう。その方の代わりを我々から 出しましょう」  リーダーらしきやつはあっさりと言った。 「タイルに演劇がわかるのかよ!」 「わかりますとも、こう見えても我々の星では演劇が大ブームなん です。今年は、チャップリンの『独裁者』をやりました。これは喜 劇なんですが、ずらりと並んだ兵隊たちが「タイル・ヒットラー」 と叫ぶシーンは大爆笑でしたよ。去年は菊地寛のパロディーでした ね。何十年ぶりかで帰ってきた父親が、タイル人の心を忘れていな かったという心温まる作品『父タイル』、いやあ今思い出しても涙 が出てきます。一昨年は‥‥」
「わかったわかった、どうやら心得だけはあるようだな。じゃあ、 裏方を頼むから、しっかりやってくれよ」  タイル星人のリーダーは、宇宙船に乗り込み、3人の別のタイル 星人を連れてきた。  彼らに、おおまかな役割を教え、一緒に練習を始めて驚いたのだ が、その技術たるや生半可なものではなかった。例えば模型の鳥を 飛ばすシーンなど、自分の体の薄っぺらい方を常に客席に向けて見 えなくすることで、あたかも本物の鳥が飛んでいるかのようにあや つったのだ。
「すごいじゃないか!気絶してるから言えるが、角無よりずっとう まいよ」
「ありがとうございます。タイル冥利につきます」
「しかし、気になっていたんだけど、何故彼らの正面には、3人と もワニの絵が描いてあるんだ?」
「演劇や歌舞伎の裏方をやる者の証(あかし)なんです」
「ふうん。でも何故ワニなんだ?」 「わかりませんか?これが本当の黒子(くろこ)ダイルですよ」


(筆者注)あー、またダジャレで落としてしまった...