猟友会殺人事件

 事件現場に鍬形警部が訪れた時、そこは何故か水浸しであった。
 床には猟銃を持った万田勇作が普段着に靴下穿きという姿で、あお向けに倒れ、傍らでは容疑者の千代田武司と万田家のお手伝いさんが呆然と立ち尽くしていた。

「万田さんを撃ったのは、あなたですね?」警部は千代田に訊いた。
「ええ、そうです。でも警部さん、これは正当防衛なんです。もし撃たなければ私が殺されていたんですから」千代田は青ざめた顔で言った。
「正当防衛?ふん。このような事件では、みんな最初はそう言うな。誰か、それを証明する人間でもいれば別だが」警部は訊く耳持たずといった感じで答えた。
「あのぉ、私聞いたんです。旦那様が大きな声で『ぶっ殺す』だったか『ぶっとばす』だったか、そう言ったのを。その後銃声が聞こえたので慌てて来てみたら、旦那様の方が撃たれていたのです」
「あなたは、ここのお手伝いさんでしたね」
「はい。旦那様にはメイドと呼ばれてましたが」
 お手伝いさんは、七十を少し超えたくらいであろうか。物腰の柔らかそうな女性である。
「そうなんです。僕に猟銃を向けて、そんな恐ろしい言葉を投げかけられたので、殺されると思って咄嗟に自分の銃を撃ってしまったんです」
「そもそも、なんでそのようなことになったんだ?」警部は遺体の傍らの革靴をつまみあげながら千代田に訊いた。
「それはですね。今日の射撃大会での成績が発端だったのです。万田さんと僕は、この地域の代表として大会に参加したんですが、僕のせいで優勝を逃してしまったのです」
「それをなじられたというわけですか。もう少し具体的にお願いできませんか」
「すべては僕の不手際だったのです。室内の大会であるにもかかわらず、耳栓を忘れてしまったのですから。途中まではなんとか我慢できたのですが、これを決めれば優勝という段になって、頭がガンガンしてきて、的を外してしまったのです」
「なるほど。で、さっきから気になっていたんだが、なんでここは水浸しなんだ」
「それはですね。まあ、武士の情けとでもいいますか…」千代田が言いにくそうに言った。
「ははん。万田さんが失禁されたのを隠そうとしたわけですな」
「ええ、まあそんなところです。洗面器の水を思わずかけたのですが、現場の状況を変えてしまったのはよくなかったですね。すいませんでした」
「我々はあなたが犯人で、凶器は猟銃であるということまでを報告すれば任務は完了ですが、正当防衛であることは調書に書いておきます。後は署の方でお願いいたします」警部は一件落着といった感じで、後を部下に任せ、引き上げようとしていた。

「ちょっと待ってください」
 部屋の奥で声がした。いつの間に来たのか、名探偵写楽ホームズが奥の安楽椅子に後ろ向きに腰掛けパイプをくゆらせている。「これは正当防衛なんかじゃありませんよ。すべては計算された殺人です」写楽は皆の方を向き直って言った。
「何を言うか。また、わしを笑いものにしに来たのか」鍬形警部は顔を真っ赤にしている。
「警部は何故被害者が靴下のみで、靴を履いていないのかわからないのですか?」
「むぐ。それは、この靴の位置からみて、倒れた時に脱げたとみるのが妥当だろう」
「両方の靴が、一度にですか?これは革靴ですよ。かかともしっかりしてるから、つっかけて履いていたということもない。なのに両方とも脱げてしまうなどというのは変じゃありませんか」
「すると何か、被害者は最初から靴を履いてなかったとでも言うのか?土足で居ることが普通のこの洋室で、靴を履かないなんてことの方が変じゃないのかね」警部が口角泡を飛ばしながら言った。
「まあ、それはお手伝いさん、いやメイドさんにひとつだけ質問すれば解決しますから待ってください。──メイドさん、この洗面器をここに運んだのはあなたですよね?」
「はい、旦那様に言われて、大会から戻られた後、お湯を入れた洗面器をここに運びました。外出から戻られた後は、よくそう命じられるんですよ」

〜読者への挑戦状〜

 お湯をはった洗面器、脱がれていた靴、そして耳栓。この三つから、名探偵写楽ホームズは、事件が仕組まれた殺人事件であることを解いた。読者諸兄にも、その謎解きに挑戦してほしい。肝心なのは、正当防衛であることを周囲に知らせるためのトリックを崩すことである。

「解決編」

「えーいいですか。では説明いたします。被害者が何故靴を履いていなかったかですが、正確には靴下も穿いていなかったのであります。靴下を穿かせたのは容疑者の千代田とみて間違いないでしょう」写楽が皆を見渡しながら、もったいぶって言った。
「千代田が?何故そんなことを」鍬形がつっこむのは、お約束である。
「被害者はお湯をはった洗面器に足をつっこんで、足湯をしていたのです。これは疲れをとるためには有効な方法です。被害者は、その状態で撃たれ転倒した。床が水浸しになったのは、その時洗面器をひっくり返したからで、千代田が失禁を隠すために水をかけたというのは嘘です。千代田は、被害者が足湯を行っていたという事実を隠したかったのです。だから靴下を穿かせ、靴を履かせようとした。でも一つだけ計算違いがありました。足湯でリラックスした足は若干大きくなるのです。そこに水に濡れて縮んだ革靴を履かすのは困難です」
「何故、足湯をしていたのがバレちゃまずいんだ?口論をしてるのはお手伝いさんも聞いているんだし、正当防衛を主張するなら、何も足湯ごときを隠さなくてもいいだろう?」
「その口論なんですが、実はそんなものはなかったのです」
「なかった?しかし、お手伝いさんは確かに聞いたと…」
「そのトリックを今から、説明します。千代田は足湯をしている被害者に向かって、『それは何だ』というような質問をしたんです。耳栓をせずに射撃大会に出た千代田は耳が遠くなっていますから、被害者は大声で答えざるをえない。このへんが千代田の計算です。おそらく耳栓はわざと忘れたんでしょうね」
「なんか言っとることがよくわからんぞ。『あしゆ』と大声で言ったところで、口論になっているとは誰も思わんだろうが?」
「たー。警部も相変わらずにぶいですねぇ。お手伝いさんをメイドさんと呼ぶくらいですから、足湯を英語で言ったとしても不思議はないじゃないですか」
 写楽は自信満々だが、警部の顔は見る間に青ざめてきた。
「おい…。ま、まさか。ここまでシリアスに話をすすめておいて、今回もダジャレでおしまいなんてことはないだろうな。フットバス、ふっとばす、うわあ!知らないぞ知らないぞ。俺は帰る、こんな事件ばっかり、もうたくさんだ〜」

(了)