ヒロシとメグ

 トゥルルルル‥‥‥
 事務所の電話が鳴った。
「ヒロシは今どこにいるんだ?」
 電話の相手がぶっきらぼうに言う。
「名古屋あたりにいますが」
「明日、伊豆でゴルフをやるんだが、こっちに来たりしないだろう な?」
「あ、いや、あいにくとそちらの方へ行くとの情報が入っています が」
「困るんだよ。明日は大事なクライアントとの接待ゴルフなんだ。 ヒロシが来て暴れたりしたら商談がだいなしじゃないか!」
「そうおっしゃられても、私どもではヒロシが立ち寄りそうな場所 を予測することしかできないんですよ」
「もういい、ヒロシが来たら恨んでやるからな!」ガチャン。
 乱暴に電話を切られてしまった。
 トゥルルルル‥‥‥
 また電話が鳴る。
「もしもし」
「あの‥‥‥」
 今度はおとなしい女性のようだ。
「どういたしましたか?」
「ヒロシさんの後を追っている女性がいますよね?」
「ええ、メグですね」
「そうそう、メグさんはヒロシさんに逢うつもりなのかしら?」
「今、ヒロシが名古屋でメグが大阪ですから、追いかけてるのは確 かですが」
「メグさん可愛そう。あんな乱暴なヒロシなんかのどこがいいのか しら。もう3人も殺してるんでしょ」
「はあ、先ほどまた1人犠牲者が出たようですね」
「なんとかならないの?私、心配で心配で」カチャン

「おい、どうなっているんだ!さっきからイカれた電話ばっかりじ ゃないか!」
24回めの電話を終え、私はつい同僚に文句を言ってしまった。
「やはり、名前がついてると変に感情移入しちゃう人がいるようで すね。戦後にこのシステムがすぐ廃止されてしまった理由がわかる ような気がします」
「しかし、よりによって最初からアベックだなんて、ついてないよ なあ」
 200X年、日本でも再び台風に名前をつける試みが行われたが、 とても長続きしそうにはなかった。

 ―そしてアベック台風が去った、あくる日。2人は次のような電 話に頭を悩ませることとなる。
「台風一家って言ってるけど、ヒロシとメグは、いつの間に家族に なったんだ?」