活動報告

法制審議会での発言

2012/10/25 (14:50~15:10)  於:東京地方検察庁会議室

以下は、2012年10月25日に行われた、法制審議会刑事法(自動車運転に係る死傷事犯関係)部会第2回会議において、会としての意見を述べた発言記録です。文書で提出した要望意見書をもとに約16分の意見を述べました。
なお提出文書は下記です。
・当会要望意見書:「自動車運転に関する刑罰改正についての要望意見」
・補充意見書:当会副代表、内藤裕次弁護士の「要望書」

北海道交通事故被害者の会 前田敏章

自動車運転に関する刑罰改正について

北海道交通事故被害者の会の代表を務めております前田です。私は、17年前の丁度この日、当時高校2年生だった長女を、交通犯罪で奪われました。長女は、学校帰りの歩行中、前方不注視の運転者によって後ろから轢かれ、即死させられるという、正に、通り魔殺人的被害に遭いました。しかし加害者には執行猶予の判決。裁判長は脇見運転を「往々にしてあること」であるとその軽い刑の理由を述べました。以来私は、同じ思いの仲間と共に「犠牲を無にしない」「被害者の視点が社会正義につながる」、その一念で、活動を続けています。  お手許に「いのちのパネルとは」という冊子をお配りしましたが、あってはならない理不尽な被害死、あるいは怪我をされた方からの、「繰り返すな」という魂の叫びを、受け止めて下さい。
当会の概要については、資料と追加で持参しました会報39号をご覧下さい。私たちは13年前の結成以来、互いの支援・交流とあわせて、犠牲を無にせず、交通死傷被害ゼロの社会を創るための活動を、その中心に位置づけています。「こうした措置が執られていれば、私たちのような犠牲はなかった」という切実な思いを要望書としてまとめ、毎年、内閣府、法務省、警察庁など関係機関に提出し続けています。
その重要項目の一つが,今回の刑罰適正化です。その要点は、交通犯罪を特別の犯罪類型として厳罰化することであり、危険運転致死傷罪の適用要件の緩和であり、自動車運転過失致死傷罪の最高・最低刑の引き上げであり、そして、交通犯罪が軽く扱わられる一因でもある刑法211条2項の「刑の裁量的免除」規定の廃止です。

この要望内容は、私たちが2001年の刑法改正~危険運転致死傷罪新設~に向けて、北海道でも署名活動を行った経緯も踏まえて作られたものです。新聞の切り抜き資料に示しましたが、危険運転致死傷罪のおよそ実態に合わない適用基準の問題は、その施行直後より、当会の被害遺族などから幾度も「この事案に適用されないのであれば、法を定めた意味がない、法は飾りなのか」と指摘されておりました。新聞切り抜きに、今年に入って、兵庫と京都の事件への危険運転致死罪適用を求める署名を、札幌で支援し行う遺族の記事がありますが、この会員ご遺族は2001年の刑法改正に向けての署名を数千筆集めた方です。
 そしてこれも記事コピーを示しましたが、今年6月、北海道旭川市で起きた事件です。パトカーに追われ制限速度を70キロ近く超えた危険速度のクルマに衝突させられ、母親を失った遺族の息子さんが、判決前の今も、これが何故危険運転にならないのかと悲痛な声をあげています。
 私たちは2007年の自動車運転過失致死傷罪創設に当たっても、当時の法制審議会において、業務上過失致死傷罪からの分離については大いに評価しながら、しかしその最高刑が7年に留まることの問題点について強く意見し、同時に危険運転致死罪の矛盾改正についても主張してきました。
 このような、全国の被害者・遺族とつながった私たちの積年の思いから、今回こそはと大いに期待をして本日出席しております。そのことを先ずご理解ください。以下、部会長宛に提出しました「要望意見書」に基づき、申し述べます。

〈 要望意見の1 〉は、今回の刑罰改正を「被害ゼロ」のための改正と位置づけてもらいたいということです。

被害者と国民、共通の願いは、人間が作った本来道具であるべきクルマが凶器ともなっている事態を改めて欲しい、ということです。2010年の身体犯被害者総数93万人のうち、自動車運転による死傷被害が何と96%を占めるという異常事態は、即刻改善しなければなりません。憲法13条には、国民の生命について最大限の尊重が謳われています。法治国家として見過ごすことなく、立法措置を執り、クルマによる被害者も加害者も生まない社会にしていただきたいのです。「法益」とは「法によって保護される社会生活上の利益ですが、社会が守るべき法益に人命以上のものがある筈がありません。不可逆的な死傷という重大結果を招く交通犯罪を抑止するために、交通犯罪は特別の犯罪類型として体系化し、過失であっても、結果の重大性から重く処罰し、あってはならない、決して許さないという社会規範として示すべきです。今回の刑罰見直しが、「被害ゼロ」の道に確実につながるものとなることを心より願います。

 

〈 要望意見の2 〉は、危険運転致死傷罪の適用要件緩和と類型の拡大です。

その一つは、条文の、「正常な運転が困難な状態」、「その進行を制御することが困難な高速度」、および「その進行を制御する技能」という、行為や状態に殊更評価的要素を付加し適用のハードルを高くしている部分を改正し、その構成要件を緩和することです。
 同様に、「(人又は通行を)妨害する目的」および「(信号を)殊更に無視し」というこれら主観的要素の目的は、適用要件を過度に狭めているので除くべきです。 二つ目は、無免許運転やひき逃げ、制限速度超過、さらに、てんかんクレーン車運転事件にみられる投薬を怠ったケースなど、悪質で危険な行為全てに適用されるように、その類型の見直しを適切に行ってください。その際、「逃げた方が得」という矛盾が生じないよう所要の改正をお願いします。

補足の理由です。

現行の危険運転致死傷罪の、施行当初から指摘されていた矛盾はいくつもあります。例えば、アルコール又は薬物の影響で、正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ」とあり、「正常な運転が困難な状態」を「認識」していることを故意要件としていますが、酩酊状態が深くなればなるほど、その「認識」が難しくなってくるのではないか、という指摘が専門家(注:津田博之氏「危険運転致死傷罪における主観的要件」:「危険運転致死傷罪の総合的研究」日本評論社p130)からもされていました。  不要な高いハードルはというのは、「目的」や「殊更に」という内心的要素の立証を求めた部分にもあります。そもそも、「通行中の人または車に著しく接近する行為」や信号を無視という行為は、それ自体客観的に危険な行為なのですから、目的等の主観的要素が無くとも処罰に値すると考えるべきです。
こうした矛盾や問題が、施行後11年を経た今も改められていない結果、平成22年の同法致死罪の検挙人員は31人と、自動車運転過失致死等(4,002人)の130分の1にすぎず、改正を求める声が、大きく拡がっているのです。
ここに在る根本問題は、人命軽視のクルマ優先社会の問題であり、それを補完するため、交通事故被害を「仕方のない被害」と軽視し、「結果責任」ではなく、根拠のない「意思責任」を問うという、近代刑法の誤りが反映していることを指摘せざるを得ません。
また、京都府亀岡市の惨事を引き起こした無免許運転についても、「結果的に運転を制御する技能があれば危険運転致死傷罪に該当しない」という,無免許運転の悪質性に、矛盾した認定がなされないよう、改正が必要です。てんかん発作の薬の服用を怠ったケースなど、事案の悪質性、危険性が適正に裁かれるよう類型を拡大して下さい。
救護義務違反行為は、人の生命に対して及ぼす危険性が大きく、また、自己の犯罪行為の証拠隠滅という卑劣な行為でもあり、重罪として処罰する根拠が十分にあります。これも法益に照らし、逃げた方が得という意識を微塵も持たせないための法整備をして下さい。

〈 要望意見の3〉は、自動車運転過失致死傷罪の見直しです。3点あります。

一つは、交通犯罪抑止の法益から、そして、危険運転致死傷罪との隙間を埋めるために、致死罪の上限を10年以上の大幅に引き上げること。二つは、致死の場合の最低刑を、罰金刑ではなく有期刑に引き上げること。そして三つは、「刑の裁量的免除」規定を廃止することです。

 

理由です。

自動車運転が危険なものであるという社会的共通認識があるというべきですから、過失犯であってもその結果の重大性に見合う処罰を科すことが、交通犯罪抑止のために不可欠です。近年、危険運転致死傷罪新設や飲酒運転の厳罰化などにより、交通死者数は顕著な減少がありました。しかしその絶対数は依然深刻です。そして、事故件数と負傷者数についてはようやく減少傾向に入ったとはいえ、その数は、1967年以来の最小であった1977年の被害数に比し、それぞれ1.50倍、1.44倍と、極めて深刻な状況が続いているのです。また、この交通事故件数の中で酒酔い運転によるものが2001年比(2001年を100とした指数)で27と顕著な減小となっている一方、脇見や安全不確認など一般には過失とみられ、件数も圧倒的に多い安全運転義務違反は、2001年比77と顕著な減にはなっていません。
すなわち、悪質運転に対する法整備は、その適用に問題を残しながらも厳罰化という法の感銘力は有意にあったということであり、しかし一方、自動車運転過失致死傷罪は、最高刑が従来の業過5年から窃盗や詐欺罪よりも軽い7年に上げられたに過ぎず、その実際の適用も、依然として致死事件でありながら執行猶予付判決が多く残り、寛刑化に拍車をかける「裁量的免除規定」の影響もあって、「交通犯罪の罪は軽い」「事故だから仕方ない」というような深刻なモラル低下を払拭できず、結果として法の感銘力は希薄であったと言えます。
 「誰でも加害者になりうる過失犯だから重罰にできない」という論建ては間違いです。これでは、もしこれを怠れば人を殺傷させるかもしれないという、運転の際の注意義務がおろそかにされ、加害行為がまた繰り返されるという負の連鎖に陥ります。求められるのは、この連鎖を断ち切る重罰化です。
このことについて私たちの体験講話を聞いて書かれた中学生・高校生の声を紹介します。次の様に書いています

「交通事故も人を殺したということでは殺人と同じなのに、不注意だからと、罪が重くないのには、同じ命で尊さは平等なのにおかしいと疑問に思いました」(中学2年女子)
「少しのギセイは当たり前」と思っているような社会からこの国は変えていかなければならないのだろう。」(高校3年女子)

安全軽視の危険運転行為が根絶されるよう抜本的な改正をすべきです。自動車運転過失致死傷罪について、危険運転致死傷罪との隙間を埋めるべく、そしてその行為責任が結果の重大性に見合った罪となり、死傷被害ゼロのための抑止力として機能するよう最高刑を大幅に引き上げて下さい。同時に、現行法の致死の結果について罰金刑の選択を許すと,結果に見合わない軽い処罰の余地を認めることになります。下限を引き上げることが、交通犯罪被害ゼロの社会を創るために不可欠です。
 「刑の裁量的免除」規定は、検察官による「起訴便宜主義」により交通事犯の9割近くが不起訴となっている不当な現状を刑法が追認し、さらには自動車運転業務についてのみ免除が設けられることで、交通事犯を一般の業務上過失致死傷罪に比べ軽く扱うという間違った通念が拡がってしまいます。削除すべきです。

以上申し述べましたが、本要望意見書を補強するものとして、交通犯罪で奥様を亡くし、その後弁護士を志した当会副代表の内藤裕次弁護士の要望書を補充意見書として提出致します。被害遺族であり、法律に携わる専門家でもある立場からの貴重な意見を、併せて受け止めていただきたいと思います。

 最後に付け加えますが、私たちが厳罰化を望むのは、感情に流された「報復」の意識では決してありません。理不尽に、通り魔殺人的被害で命や健康を奪われた私たち被害者・遺族は、悲嘆と絶望の痛みをわかる当事者だからこそ、同じ被害者を生まない社会を創って欲しいと願い、それが死者への供養になるのでは、という純粋な気持ちになるのです。私たちが常に思い浮かべるは「命の尊厳」という言葉です。私たちの願いは、奪われた肉親を、損なわれた健康を、元のままで返して欲しい、それしかありません。それが叶わないのであれば、せめて命を、犠牲を、無にして欲しくないと願い、命の重みに見合う刑事罰が科せられて交通犯罪抑止につながることを望むのです。
このことを申しあげ、繰り返しますが、私たちの積年の痛切な思いが、もれなく答申に反映されることを切に願い、北海道の会の要望意見と致します。ありがとうございました。

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